第52話 マミカとネルネルは潜入しシラユキは闖入する

 帝都西門を通る人が途絶えた隙を狙い、マミカを先頭にして二人の大将軍が歩いて行く。門には警備の兵士が何人もいるが、誰もマミカたちに気付かない。


 スキル認識阻害アムネジアエフェクト


 マミカの精神系魔法で対象の人物の認識を阻害させ、そこに存在するはずのものを見えなくする能力である。


 厳密にいえば見えないのではなく、気にならないだろうか。例えば森の中に生えている一本の木や、砂利道に落ちている一個の小石は気にならないはずだ。

 この魔法でも同じように、そこに存在するはずの人物が、あたかも道の小石のように気にならない存在と錯覚させてしまう。


 ただ、この魔法は術者本人にしか効果がないのだが。



 タッタッタッタッタッ――

 先頭を歩くマミカには門番の兵士たちは誰も気付かない。堂々と歩いて通過して行くのを黙って見送るばかりだ。


 ただ、ピッタリとマミカの後ろに張り付くよう歩くネルネルには認識阻害の効果が薄く、兵士たちが何か違和感を覚えた。


「あれ? 何かおかしくないか?」

「お、おい、そこの怪しいヤツ、止まれ!」


 ネルネルの後ろ姿に気付いた兵士が声をかけた。前から歩いてきた時には誰もいなかったはずなのに、通り過ぎてから突然その空間に人が現れた感覚である。



「お、おい、大丈夫じゃないゾ」

「ふふっ、アタシを見くびるなし」

 ネルネルの文句にも動じず、マミカが兵士に腕を伸ばし魔法を発動した。


「スキル、記憶操作マニュピレートメモリ!」


 その魔法を受けた兵士たちは、あたかも身体検査が終わったかのように後ろを向いて雑談を始めてしまった。


「ふうっ、やっと人通りも減って落ち着きましたね」

「ああ、朝は出入りが多くて大変だったぜ」


 もうネルネルの方を見ることもなく、何事も無かったかのように時が流れて行く。



「とんでもないスキルなんだナ……」


 敢えて聞こえるように言ったネルネルは、先を行くマミカに追いつく。


「記憶をイジったのカ?」

「そっ、もう検査は終了したって記憶を書き込んだの」

「お、恐ろしいんだナ。わ、わたしたちに使うんじゃないゾ」


 様々な精神系魔法を使うマミカだが、この記憶操作マニュピレートメモリが最も恐ろしいスキルだとネルネルは考えていた。

 もし、記憶を好き勝手にイジれるのなら、もう何でもアリになってしまうだろう。


「使わないわよ……」

「マミカ?」


 複雑な顔をしたマミカを察し、ネルネルは黙った。


「このスキルは膨大な魔力を消費するし、何度も気軽に使えるもんじゃないわよ。それに、記憶の改変というのは後々大変なことになるかもしれないし。一度書き換えた記憶は、それが真実として定着する。後から矛盾が生じたら恐ろしいことになるかもしれない……」


 何か遠い場所を見るような目をマミカがしている。


「もし、アタシの知人や親しい人の記憶をイジったりしたら……それはもうアタシの知っている人じゃなくなっちゃう。偽りの記憶により会話する赤の他人。ねえ、想像してみてよ。親しい人の言葉が、本当なのか作り物なのか分からなくなるのを。話しかけられる言葉が作り物かもしれないと思ったら、そんなのアタシは存在していないのと同じだし」


「そ、それは、全てが空虚に感じるんだナ……」


「でしょ、だからアタシは顔見知りの記憶はイジらないから安心して」


 記憶を操作するのは非常に危険なことだとマミカは考えていた。

 顔も知らない赤の他人ならば問題ないかもしれないが、顔見知りではマミカとの連続した過去の記憶が構築されているはずだ。だから一部の記憶を変えれば、必ず他の部分にも影響が出るのではないかと。


 実際の記憶の原理は知らないが、もし自分にとって大切な人の記憶から自分の存在が消えたりしたら――

『きっと、心が耐えられないから』そう思っていた。



「じゃ、じゃあ、わたしは奇襲の準備をするんだナ」

「アタシは隙を見て宮殿に潜入するから」

「き、気をつけるんだゾ」

「アタシを気遣ってんの? あんたらしくないわね」

「うるさいんだナ」


 帝都に入った二人は、それぞれの役目を果たすべく街の中に紛れていった。


 ◆ ◇ ◆




 帝都正面で戦っていたナツキ姉妹シスターズと帝国軍だが、膠着こうちゃく状態のまま動かなくなった。


 完全に怖気づいた兵士たちは正門内で待機となり、ナツキたちの乗った馬車は正面広場の真ん中にポツンと止まったままだ。


 ロゼッタがナツキたちから作戦を聞き、部下に動かないよう命令を出しているのだ。まあ、仮に前進せよと命令しても、誰も行きたくはないだろうが。



「はぁ、助かった……」

「でも、ロゼッタ様が突撃しても倒せないなんて」

「相手は大将軍二人、仕方がないわよ」


 部下たちが口々に言う。先程の激烈な戦闘の話を。


 設定としては、ロゼッタが大将軍二人と善戦するも、体力を消耗し一旦引き上げたということになっている。

 実際はナツキと話をしたり、大胆なハグでギュッギュしてフレイアたちに怒られただけだが。


 当のロゼッタは議長に報告に行くと宮殿に向かい、残った兵士たちは座って休憩しているところだ。



 そんな完全に気が抜けている兵士たちが、思いもしない突然の嵐に見舞われる。嵐は嵐でも、猛吹雪だ。


 パカラッパカラッパカラッ――

 一頭の馬に乗った女が正門に入り声をかける。


「ねえ、食料と水が欲しいんだけど」


 頭越しに声をかけられた女兵士が、振り向きもせず返事をした。

「はあ? そこにあるだろ。自分で取りに行けよ」


 ぶっきらぼうに言い放った女兵士だが、向き合っている同僚たちが自分の後ろを見て固まっているのに気付く。


「えっ、あれ?」

 変な声を上げた兵士が、ゆっくりと後ろを見ると――


「お腹空いた。早く水と食料を。あと、馬にも餌をあげたいから」


 馬上から一方的に話すその女は、まるで天界の戦女神のように美しい。


 風に揺れる銀髪はこの世のものとは思えない煌びやかさで、スラリと伸びた長く美しい脚は同性までも魅入らせてしまう。

 ただ、鋭い目つきの中に光る翠玉エメラルドの瞳が、真っ直ぐに女兵士を射抜いている。視線で殺しそうなほどに。


 そう、その女こそ誰もが恐れる冷酷非情な氷の女王。大将軍シラユキ・スノーホワイトその人だ。

 実は年下男子に堕とされまくりのムッツリスケベで痛い女なのはまだ知られていない。



「えっ、あっ、あひっ! し、ししし、シラユキ様ぁ。あ、あの、お、お許しを。こ、殺さないでぇ。無礼な口を利いて申し訳ございませんでしたぁぁ~っ!」


 女兵士が泣きながら命乞いをする。土下座体勢で。


「えっ、だから水と食料を……」


 また勝手に怖がられてシラユキが傷付いた。お腹が空いたので食料を分けてもらいに来ただけなのだが。


 そもそも敵の陣地に食料を貰いに行くのが常識外れだが、そこはシラユキだから仕方がない。食料が少ないという話を聞いたシラユキが、『ちょっと調達してくる』と言い出してこうなったのだ。



「ああ、ロゼッタ様がいない時に……」

「おい、言うな! ロゼッタ様がいないのがバレたら終わりだぞ」

「お前がバラしてるじゃねーか!」


 パニックになる兵士たちにシラユキが声をかける。


「ロゼッタいないなら、代わりに食料を運んできて」

「「「ひぃぃぃぃーっ!」」」


 こうしてナツキ姉妹シスターズは、敵の真っ只中で水と食料の補給に成功した。


 ◆ ◇ ◆




 宮殿のアレクサンドラに報告にきたロゼッタは、不機嫌な彼女の叱責を受けてしまう。


「何をやっておるか! 早く始末せぬか、ロゼッタよ!」

「申し訳ございません……」


 帝都正面でフレイアに広範囲殲滅魔法を使われたとの報告を受けたアレクサンドラは大激怒した。もし、あの魔法を帝都に撃ち込まれたと考えただけで、恐怖でおかしくなりそうなのだから。


「魔力を使い果たした魔法使いはただの人であろうが! 早くとどめを刺しに行かぬかっ!」


「しかし、先方はフレイアとシラユキが交互に戦い魔力を温存しているようなので……迂闊うかつに手を出せません」


 皇帝を救い出すまで時間を稼ぎたいロゼッタは、何かと理由を付けて長引かせようとしていた。


「もうよい、下がれ!」

「はっ」



 ロゼッタが部屋を出て行ってから、アレクサンドラは周囲を守っている親衛隊に声をかけた。


「ゼノグランデのレジーナを呼び戻すのじゃ!」


「はっ! すぐに」


「それから、リーゼロッテ、オリガ、ニーナ、マリア、そなたらは帝国近衛軍2万と共に正門へ……」


 そこまで言ってからアレクサンドラが考える。これは罠なのではないかと。


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