第51話 最強対最強
フレイアの魔法術式が展開し、広大な帝都正面の広場が地獄絵図と化した。
フレイアの極大魔力で天空に開いた冥界の門から、煉獄の焔で焼かれた無数の
一撃で大軍を屠る広範囲殲滅魔法である。
この常識外れの超破壊大魔法により、帝都正面を守る兵士たちは完全に戦意を喪失した。城門で待機していた兵士たちが、次々と腰を抜かしてその場にへたり込む。
「きゃああああぁっ!」
「いやぁぁあああっ! 助けてぇ」
「もう絶対フレイア様には逆らいません」
「降伏しますぅ~~~~」
「お母さぁぁ~ん!」
皆、目の前で起きている地獄のような光景に生きた心地がしない。雨のように降り注ぐ炎の弾丸により、地面が
もし、前方に突撃していたら、確実に全滅していたはずだ。そこにいる全員が、部下想いで優しい上官に感謝していた。
ロゼッタとしては部下を無駄死にさせたくない優しさもあるが、ナツキたちと戦闘を避ける目的もあったのだが。
ヒュゥゥゥゥーッ! ズドドォォーン! ズドォーン! ヒュゥゥーッ! ヒュゥゥーッ! ヒュゥゥーッ! ズドドドドーン! ドドドドドーン!
「えええっと…………フレイアさん、やり過ぎでは?」
信じられないような目の前の光景に、呆然とした顔のナツキが声を出す。
「このくらいで良いのよ。こんなの見せられたら兵士たちも怖気づいて手を出そうと思わないでしょ。中途半端にやって反撃されたら、それこそ犠牲者が出ちゃうじゃない」
「言われてみれば。同じ帝国軍同士で争うのは避けたいですからね」
「それに土煙で視界が隠れて丁度良いのよ」
フレイアが言うように、今なら視界が悪くロゼッタと作戦の打ち合わせができるはずだ。
しかし、そのロゼッタが鬼気迫る迫力で突進してくるのが見えると、さすがのフレイアも動揺する。
「うおおおおおおぉぉぉぉっ!」
ズドドドドドドドドドッ!
ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――
地獄が
「あれっ? ロゼッタが本気っぽい」
さっきまで自信満々だったフレイアが後ずさりする。
「私も迎撃する」
シラユキが前に出た。
「地獄の最下層、ギガントマキアの氷剣よ、我が力となりて敵を貫け!
青白いシラユキのオーラが立ち上がり、その前方に巨大な氷の剣が出現する。地獄の最下層に封印されている氷剣の力を顕現した一撃必殺の攻撃魔法だ。
「たあっ!」
ズバアアアアァァァァー!
「あれっ避けられた」
シラユキの魔法はあっさりロゼッタにかわされる。動きが直線なので読まれやすかったのかもしれない。
ただ、それはロゼッタの並外れた運動神経と格闘スキル10の能力だから可能であり、彼女以外には不可能だろう。
「ちょっと、あんた肝心な時に役に立たないわね!」
「ううっ、今のは油断しただけ。次は頑張る」
そんなコントのようなやり取りをしている内に、突進しているロゼッタが眼前まで迫ってしまった。
ドドドドドッ、シュタッ! ダアアッン!
一気に距離を詰めたロゼッタは跳躍し、ナツキたちの乗る馬車の上に降り立つ。
真っ先に動いたのはナツキだ。フレイアとシラユキを守るように、二人の前に出て両手を広げた。
「ロゼッタ姉さん、待ってください!」
口だけではなく行動で示すナツキだ。愛する女を守るように身を挺するナツキの姿に、二人の彼女候補は胸が高鳴った。
いや、もう一人。自分をハグで迎えるのかと勘違いしたロゼッタもドッキドキだ。
「ふはぁ♡ ナツキくん、会いたかったよ。そんな情熱的に私を迎えてくれるんだね♡」
ぎゅうぅぅ~っ!
一瞬でバトルオーラを消し、情熱的なハグをするロゼッタ。ムチムチな超恵体にナツキが埋まってしまう。
「ぷはっ、ろろ、ロゼッタさん。今は戦闘中です」
「大丈夫だよナツキ君。爆風と土煙で見えないから」
ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ!
愛しいナツキを抱きしめながら、ボーイッシュな顔を乙女な感じにうっとりさせたロゼッタがくちびるを突き出す。ナツキのくちびるを奪うように。
「ふんす、ふんす! はぁあっ、ナツキくん♡ もう止められないよ♡ ちゅぅぅ~っ♡」
「うわああっ!」
「ちょっと! なにどさくさに紛れてキスしようとしてるのよ!」
「弟くんのファーストキスは私がするの。誰にもさせない」
殺気を帯びたフレイアとシラユキの目がロゼッタを睨む。戦闘中より本気モードかもしれない。
「ち、違うよ。ほっぺにしようとしたんだよ」
下手な言い訳をするロゼッタだが、誰が見てもくちびるを狙っていたのは明白だ。
「まったく、油断も隙のないわね。というか、ロゼッタ、何で本気モードなのよ。ビックリするじゃない」
ナツキを引きはがして自分の方に寄せながらフレイアが愚痴った。
「だって、手加減したら怪しまれちゃうよ。本気を見せて部下や議長に怪しまれないようにしたんだよね」
気の良い笑顔でロゼッタが答える。
「紛らわしいわ!」
「体育会系怖い」
自分たちも本気モードで魔法を放ったのを忘れた二人がツッコんでいる。おまえが言うな状態だ。
ただ、圧倒的強さを誇るフレイアとシラユキだが、一対一の戦闘に於いては、ロゼッタに勝てないのではと怖さを知ることになる。二人は、あまりロゼッタを怒らせないようにしようと密かに誓った。
◆ ◇ ◆
その頃――――
帝都西方バラシコフから単独で戻ってきたネルネルだが、帝都西門の前で困っていた。
「マズいんだナ。ぎ、議長の命令で作戦が狂ってしまったというのに、ナツキたちと連絡が取れないばかりか、西門を警備する門番を突破できないんだゾ」
物陰から西門を覗きながらネルネルが呟く。
非常事態中だからなのかアレクサンドラの命令なのか、門の警備が厳しくなっている。通過するには兵士の尋問を受けねばならないようだ。
「下手に騒ぎを起こしたくないんだナ……」
そんな独り言を呟いていると、後方から近づく人影を察知した。闇の触手の探索レーダーにかかったのだ。
シュバアアッ!
「ちょ、危なっ!」
突然、闇の触手の攻撃が飛んできて、後ろから近付いてきた女が声を上げる。ネルネルにとっては聞いたことのある声だ。
触手は女の眼前で止まっている。
「何するし、危ないでしょ」
女が被っていたフードを外すと、ふわっと手触りの良さそうなピンクのボブヘアーが現れた。
「何だ、マミカなのカ」
ネルネルは伸ばしていた触手を引っ込めた。
ナツキたちと別行動をとっていたマミカが西門まで辿り着いたのだ。先に到着していたネルネルの後ろから現れ鉢合わせしたのだろう。
「何だじゃないし。確認してから攻撃しなさいよ」
「音もなく背後をとるからなんだゾ」
そんな言い合いをしながらも隣に並び、一緒に西門の方を覗き込んだ。
「警備が厳重になってるわね」
「騒ぎを起こさずに通る方法を考えていたんだゾ」
「なら、アタシの後に付いてきてよ。素通りするから」
簡単に言うマミカに、ネルネルは少し拗ねた顔をする。
「まあ、アタシの魔法で認識阻害や記憶操作すれば簡単だし。それより作戦の変更があるんだって――――」
マミカの説明を聞いたネルネルが頷く。
「分かったんだナ。市民に被害が出ないようにとかナツキきゅんらしいんだゾ」
大将軍の中でもネルネルは
世の中には、本人は良かれと思って行った結果、余計に多くの犠牲を出してしまうこともあるだろう。意図的に国民を虐殺する政権は論外だが、一見国民のためと言いながら理想論で進めた政策が、結果的により多くの被害者を出してしまうことだってある。
ただ、そんなネルネルでも、あのお人好しで騙されやすい少年の夢を叶えてやりたいとは思っている。世界に一つくらい優しさという理想で国を変えた事例もあっても良いかもしれない。
だって、恋する男の理想を叶えてあげたいのだから。
「ぐへっ、ぐひひひっ……ナツキきゅん♡」
「うわっ、ネルネル。あんたまた変な笑いになってるし」
見た目は美少女になったのに、やっぱり不気味な笑いを浮かべるネルネルだった。
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