第50話 決戦

 ナツキ姉妹シスターズの馬車が帝都正面に到着した。目の前には堅牢な造りの城壁が続き、その中央に巨大な城門が口を開けている。まるでナツキたちを嚙み砕こうとするあぎとのように。


 魔法城塞都市ルーングラード


 ルーテシア帝国首都であり、外周32キロメートルにも及ぶ巨大な城壁で街を囲った要塞都市でもある。

 街の中央には豪華絢爛ごうかけんらんな宮殿が建ち、遠くからでもその重厚感ある威容を眺められるほどだ。


 魔法結界ツングースカドヴァーという強力な防御術式結界陣で街を守っており、外界からの攻撃にも耐えうる構造となっている。

 ただし、魔法レベル10クラスの巨大攻撃魔法では、この限りではない。



「大きな城ですね。まるで空まで続いているみたいな」


 威容を見せる宮殿を見たナツキが言う。余りにも巨大で、自然に出た驚嘆きょうたんと贅沢過ぎて呆気にとられた両方の意味だ。


「装飾過多」

 いつの間にか後ろにいるシラユキが呟いた。


 帝国の絶大な権力を誇るように、その様式や装飾、彫刻に至るまで派手な色彩と最高の贅沢を込められている。神聖不可侵にして絶対権力者たるルーテシア皇帝を崇め奉る象徴だろう。


「シラユキお姉ちゃん、た、確かに豪華で派手ですよね。でも城壁は頑丈そうで力業での突破は難しそう」


「堅牢な城壁と強力な魔法結界で守られた帝都。でも、余り意味は無い」


「えっ?」


 シラユキの言葉に、ナツキが聞き返す。これだけ難攻不落に見える城壁が無駄なのかと。


「それはね、私の火炎魔法でぶっ壊れるからなのよ」

 馬の手綱を掴んでいたフレイアが会話に参加した。


「ええっ、フレイアお姉さんの魔法で?」

「そっ、あのくらいなら一発でドカーンね」


 巨大な城壁とフレイアとを見比べる。


「あの、もしかして、お姉さんたちって要注意人物では?」


「よく分かったわね。特に私とシラユキとクレアの魔法使い三人は、対城攻撃大魔法が使えるから要注意人物扱いよ。まあ、厳密に言うと他の大将軍も破壊は可能だし、一番警戒されているのはマミカだけどね」


 とんでもない話を聞いてしまいナツキが戸惑ってしまう。そんな破壊能力は人の為せる業とは思えない。まさに伝説の神話級英雄か神の業だろう。


「もしかして……お姉さんたち……。帝国が周辺国を平定しちゃったら、アレクサンドラさんから邪魔者扱いにされたりしませんか?」


 ナツキは考えていた。

 帝都の城壁を破壊できるほどの超破壊魔法を使える英雄なのだ。戦時中は利用するだけ利用し、終戦後は邪魔になって身の危険があるのではないかと。



「そりゃ議長からしたら邪魔でしょうね。いつ敵対するか分からないし」


狡兎こうと死して良狗りょうく煮らる」


 フレイアの返答に被せるかのようにして、シラユキが故事を述べ始めた。少しドヤりながら。

 ナツキの前で良いところを見せようとしているのだろう。即興でポエムを詠むだけではない。故事や歴史にも詳しいのだ。


 因みに狡兎良狗こうとりょうくとは、飼い主に忠実な猟犬は、狩る兎がいなくなったら不要となり処分されるという意味らしい。

 戦闘に功績のあった家臣が、敵国が滅んだ後は邪魔になり殺されるたとえから、役に立つ時はさんざん利用して、用済みになったら見捨てられるという意味だ。


 まさにアレクサンドラの考えそのものだった。



「フレイアお姉さん! シラユキお姉ちゃん! 二人はボクが守ります。絶対に処分なんかさせない」


「ナツキ……」

「弟くん……」


 自分よりずっと強い二人を守ると言うナツキ。赤の他人から見たら、愚かな小僧だと笑うかもしれない。だが、そんなナツキの言葉にフレイアもシラユキも胸を打たれていた。


 理屈ではないのだ。ナツキの真剣な想いがそうさせていた。たとえ、どんなに強い女であっても、守ると言ってくれる人の存在は嬉しいものなのだから。




「それにしても、クレアは無事かしら」


 そうフレイアが呟くように、クレアは途中で馬車を降ろし開放していた。

 自力で帝都に戻ってもらい、ネルネルとロゼッタに作戦の変更を伝えてもらう役目だ。もし伝えられなかったのなら、代わりにクレアが奇襲攻撃の役目を担うようにと。


「クレアなら問題ない。皆に愛されてるから。きっとボロボロのクレアを見たら門番も通してくれるはず。うぷっ」


 クレアを心配するようなことを言いながらも、シラユキの顔は少し笑っている。きっと、くすぐり調教が忘れられないのだろう。


「クレアさん……後でサービスしますからね」

 今のところ災難続きのクレアに幸あらんことを祈っているナツキだった。



 そうこうしているうちに正面の城門からゾロゾロと兵士が出てきた。その兵士の中心には一際大きな女戦士の姿が見える。


「あれ、ロゼッタ姉さんですよね」

「あのデカさはロゼッタね」

「むっちりムチムチ」


 交戦間近なのに、この緊張感の無さときた。お互いが強大すぎる力を持ち、下手に手を出せない理由からだろう。


 ◆ ◇ ◆




 相対する帝都側、城門を守るロゼッタの遥か前方にナツキたちが乗った馬車が見える。作戦変更を伝えられないまま戦闘になってしまったのだ。


「ううっ、最強の魔法使い炎のフレイアと氷のシラユキ。あの一騎当千、天下無双の大将軍を相手にすることは、一国の軍隊を相手にするのに等しい」


 そうロゼッタが言うと、部下たちが恐怖で震えあがった。


「ああっ、私たちのような一般兵士は一撃で黒焦げに」

「黒焦げにされるのと氷漬けにされるのは、どっちがマシかしら」

「こ、怖い……まさかフレイア様たちと戦うことになるなんて」

「うわあぁん、故郷のお母さん……」


 皆口々に天を仰ぎ声を絞り出す。

 味方にいても恐ろしい大将軍なのに、敵になったとあらば悪夢のような状況だろう。


 そんな、戦意喪失している部下に、ロゼッタが語りかけた。


「皆、命を無駄にしちゃダメだよ! あの二人には、たとえ何千人が一度に突撃しても意味が無い。一撃で全滅するだけだからね」


「「「ひぃぃぃぃーっ!!」」」


「ここは私に任せて! あの二人に対抗できるのは私だけ。皆はここで待機。絶対に攻撃しちゃダメだからね」


 ロゼッタの声に、兵士たちから歓声が上がる。死地への突撃とばかり思っていたのに、優しい上官から待機の命令が出たのだから。


「ああああっ! 助かったわ」

「さすがロゼッタ様、男前です!」

「逞しくて筋肉が眩しいロゼッタさまぁ~っ!」

「帝都乙女アンケートで抱かれたい女ナンバーワン!」

「よっ、色男! 乙女殺しヴァージンキラー!」


「あ、あの、私……女の子なんだけど……」


 喜んでくれるのは嬉しいが、男扱いされるのには不本意だ。少しボーイッシュな顔がむくれている。そんな顔も可愛いのだが。



「では、帝国七大女将軍が一人、力のロゼッタ参る!」


 ぐわぁぁぁぁ~ん!

 ロゼッタの周囲の空間が歪む。格闘レベル10という、人知を超えたウルトラスキルなのだ。その超絶バトルオーラは、彼女の周囲の空間に干渉し歪曲させる。


 戦闘態勢に入った時にだけ彼女はオーラを解放する。余りにも強い力は、周囲の空間を捻じ曲げ破壊してしまうからだ。


「スキル、肉体超強化! 神速超跳躍走法ホリズンドライブ! 行くぞっ!」


 ズドドドドドドドドドッ!

 ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――


 静止状態からの超加速。地面を蹴り付け一気に加速したロゼッタが全力疾走する。


 まるで地面を滑空するはやぶさのようなスピードだ。その速さは時速300キロにも相当する。一般人の全力ダッシュが時速20キロ程度なので、その桁違いの速さがどれだけ凄いかは誰が見ても理解できるだろう。





 ズドドドドドドドドドッ!


「ねえ、ロゼッタが突進してくるけど」

 誰にともなくシラユキが言った。


「き、きっと話し合いに来たんですよ」


 ナツキはそう言うが、遠くからでも目に見えるバトルオーラは本気モードだ。


「取り敢えず魔法撃っとくわね」

「フレイアお姉さん!」

「大丈夫よ。ロゼッタの魔法防御は桁違いだから」

「でも」


 心配するナツキにシラユキが声をかけた。

「アレクサンドラ議長に命令されているんだと思う。戦うフリをするだけ。ロゼッタは魔法を素手で撃ち落とすから問題ない」


「えええ……そう言えば、前にそういうの聞いたような」



 フレイアが戦闘態勢に入る。


「心配いらないわよ、ナツキ。本気じゃないから。戦ってるフリをしながら話をしてみるわね。それに、ロゼッタが本気になったら、私たち接近戦では絶対に勝てないし」


 あくまで遠距離攻撃を得意とする魔法使いのフレイアたちだ。近距離に入られたら一呼吸の間に、ロゼッタの直突き連撃で全滅だろう。


「冥界の門を開け放ち顕現せよ! 煉獄のほむらは火炎のつぶてとなり降り注げ! 獄炎殲滅の雨ギーラデミウス!」


 フレイアの魔法術式が展開する。

 予想以上の超破壊力で――――


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