第49話 思い出す光景

 決戦予定日早朝、ナツキシスターズは帝都ルーングラード正面近郊まで到達した。姉妹たちも士気が高く皆やる気に満ち気分が高揚している。ずっと羽箒はねぼうきでくすぐられ続けたクレア以外は。


 ボドリエスカからルーングラードまでの道のりで、何故かナツキは御者役をしているクレアの部下にも気に入られていた。敵であるはずなのに緩い感じになってしまうのは、きっとナツキのキャラのせいだろう。



「部下のお姉さん。これ、水と食料です。もう少しなので食べて頑張ってください」


 ナツキが食料を差し出すと、笑顔の部下が受け取る。


「いやぁ、悪いね少年」

「おっ、勇者君も食べなよ」


「ありがとうございます」


 一緒に食事をするナツキとクレアの部下。緊張感が無さ過ぎだ。


「それにしても……キミは凄いな」

「そうそう、あのクレア様を……」


「えっと、クレアさんなら疲れて寝ています。戦いが終わったら開放しますので安心してください」


「い、いや、その……キミって、初心うぶで純朴そうに見えるのに、意外とアッチは凄いんだと思って」

「そ、それよ。こう見えて攻めるのよね。ねえっ、夜はつよつよなの?」


 何かを誤解しているようだが、部下の女兵士がナツキを見て舌なめずりする。クレアのエッチな声を聞かされ続け変な気分になっているのかもしれない。


「ねえ、もし良かったら、私が捕虜を変わろうか?」

「ちょっと待って、捕虜は私がするから。あなたは御者をやりなさいよ」


 どうやら捕虜になってナツキの攻めを受けたいようだ。貞操逆転帝国に於いて、ナツキのような純朴そうな見た目で攻め攻めな男はモテるのかもしれない。

 俗にいう、『昼は純朴男子、夜は肉食系狼』らしい。



「ほらぁ、ちょっとくらい良いでしょ♡」

「減るもんじゃないし。ちょっとだけよ♡」


「ちょっと待ってください。ダメです。付き合ってないのにエッチなんて禁止です」


 嫌がって逃げようとするナツキが、更に女兵士たちを興奮させてしまう。帝国の慣用句『イヤよイヤよもエッチのうち』である。


「ほらほらぁ、襲っちゃうそぉ♡」

「やだぁ、嫌がる仕草もキュンってきちゃうぅ♡」


「誰がキュンってくるのだ!」


 突然後ろから凛々しい声がして、女兵士たちが硬直した。その声は、戦場で一騎当千の強さを誇り誰もが畏怖する象徴だからである。


 ギギギギギギ――

 女兵士たちが壊れた機械のような動きで後ろを向く。当然、そこに立っているのは燃えるような真紅の髪をなびかせた炎の大将軍フレイアである。


のナツキ少年に手を出して、ただで済むと思っているのではあるまいな!」


 威厳のあるフレイアの声で女兵士たちが震えあがる。もう漏らしそうなくらいに。


「ひっぃぃぃっ! すすす、すびません」

「は、はは、はい、フレイア様の男とは露知らず」


 そこにダメ押しでシラユキも登場する。朝日に輝く銀髪と鋭く光る翠玉エメラルドの瞳が、今は大型ネコ科肉食動物のような存在感だ。


の弟くんに手を出そうとした女は誰? 今すぐ極刑にしないと」


「「はひぃぃぃぃぃぃ~~~~っ!」」

 ショバァァァァァァ――


 朝っぱらから災難なことに、ナツキにちょっかいかけようとした女兵士たちが恐怖で昇天しそうになる。ダブルでおもらし付きで。


 ナツキにはデレデレで甘々なのに、やっぱり他の人には怖がられている二人だった。


 ◆ ◇ ◆




 ちょっとしたナツキを巡るトラブルはあったが、無事帝都近くまで到着した。マミカは既に馬車を降り、迂回して帝都へ向かっている。


 ナツキを気に入ってしまった女兵士たちともお別れの時間だ。


「じゃあ、お姉さんたちとはここでお別れです。ここまで御者役ありがとうございました。お元気で」


 別れの挨拶をするナツキに、女兵士たちもしんみりした雰囲気になる。ここで熱い抱擁をしたい気分になっているようだが、フレイアとシラユキの視線が怖くて無理だろう。


「で、では、私たちはこれで……」

「頑張ってください……あの、私たちも議長の圧政には……」

 そこまで出かかった言葉を女兵士が飲み込んだ。


「はい、お姉さんたちも気をつけて。平和になったら、今度は敵じゃなく会いたいですよね」



 良い感じになった雰囲気をぶち壊すように、馬車の中から声が上がった。


「ちょっと待ってくださいまし。わ、わたくしも連れていってぇ♡ もう限界ですのぉ♡」


 馬車の中からクレアが手を伸ばすが、フレイアとシラユキに捕まってしまう。その顔は昼夜の調教で蕩け切っている。


「はははっ、お前にはまだ調教が待っているぞ!」

「そう、決して終わることのない無限の責め苦」


「はあぁぁぁぁ~♡」

 ズサァァァァ――


 引っ張られたクレアが幕の中に消えてしまうと、部下たちが震え出した。


 ガタガタガタガタガタ――

「や、やはり、凶悪なフレイア様と冷酷非情なシラユキ様……」

「ささ、逆らわなくて良かったぁ……」


 青い顔をしたまま後ずさって行く。


「あの、クレアさんも無事に解放しますから気にしないでください」


 一応誤解がないようにナツキが声をかけておいた。もう完全に誤解しているかもしれないが。




 女兵士たちの姿が見えなくなってからナツキが馬車の中に戻ると、まだ二人は悪ふざけしている最中だった。ふざけ過ぎである。


「あの、もう演技はしなくていいですよ」


「もう終わりなの。クセになりそうだったのに」

「同感。クレアの反応が良過ぎ」


 ちょっと残念そうなフレイアとシラユキだ。あまりSに目覚めさせると、後でナツキが餌食にされそうで程々にして欲しいところかもしれない。




「もうっ! もうっ! もうっ! やり過ぎですわっ! いくら気付かれないようにとはいえ、こ、こんなにエッチに攻められるなんて聞いていませんわよ!」


 あられもない姿になったクレアが抗議しまくる。ボロボロの服を着ていても、クレアはクレアとしての美しさを一向に損なっていない。まさに奇跡のようだろう。


 ファサッ!

 ナツキが上着をクレアの体にかける。優しく労わるように。


「クレアさん、ごめんなさい。大変な目に遭わせてしまって。この埋め合わせは後で必ずしますから」


「ほ、本当ですわ。ナツキさん、わたくしがこんなになるまで頑張ったのですから、この借りは必ず返してもらいますわ。何でも言う通りにしてもらいますからね」


「はい、ボクにできることなら何でもします」


 きゅぅぅぅぅーん!

「くっ、この穢れを知らないような顔を見ていると、何だか不思議な気持ちになってしまいますわ。それに、ここ数日で体が敏感になってしまったような……」


 蕩けた顔になるクレアが、ハッとなってかぶりを振る。


「い、いけませんわ! 危ない危ない。こんなエッチなテクで焦らされて、危うく術中に嵌められるところでしたわ。わたくしは、絶対に絶対に堕とされませんからね!」


「そんな、堕としてません」


「いいえ、油断できませんことよ! キツい調教で追い込んでからの、優しく上着をかけ労わる仕草。これは悪い男の常套手段ですわ! なっんて恐ろしい少年なのでしょう。ぷんぷんですわ」


「ええええ……」


 必死に抗おうとするクレアだが、その顔は真っ赤になっていて怪しい。

 これにはフレイアたちも複雑な心境で。


「ねえ、シラユキ……」

「なに?」

「これ、嫌な予感がするんだけど」

「同感」

「またライバルが増えそうな気が……」

「ああっ、聞きたくない……」


 クレア・ライトニング、25歳。この神に愛されたかのように美しい女性が、後に、二度と戻れないほどドロデレしてしまうのだが。本人は、まだ気付いていなかった――――


 ◆ ◇ ◆




 ナツキたちと別れたマミカは迂回路を使い帝都に向かっていた。当然、身元がバレないよう変装しフードで顔を隠している。

 普段が下着のような露出度高めのファッションと派手な容姿なだけに目立ち過ぎるからだ。



「ナツキ……大丈夫かな」

 後ろを振り返ったマミカが呟いた。


 何故か分からないが、馬車を降りナツキと別れた光景を何度も思い出してしまう。

 カリンダノールでナツキと出会ってから、昼も夜もずっと一緒にいて、もう生活の一部になってしまっているからなのだろうか。



 マミカの脳裏にナツキの言葉が甦る――――


『お姉様、気をつけてください』

『大丈夫だし。アタシは最強だから』

『でも……無理はしないでくださいね』

『分かってるって』


 ナツキの熱い瞳がマミカを射抜くほど見つめる。


『そんな心配しないでって。アタシなら誰にもバレずに潜入できるし。ナツキ、あんたは勇者になって世界を救うんでしょ。アタシと出会ったばかりの頃は頼りなさげで心配だったけど、今のナツキならできるよ。自信を持って』


『はい、お姉様』


『全て終わったら……、け、けっこ……結婚するんだからね! 決定事項だから』


『はぃ、ええっ、結婚。それは……』


『そこは素直に、はいって言いなさいよ。もうっ』


 ――――――――



「ふふっ、アタシが結婚とか。昔は思いもしなかったな。悪夢にうなされ、誰も信じられず、周囲が全て敵だと思っていたのに」


 我ながら自分の変わりように苦笑しながらマミカが進んで行く。これからどんな運命が待ち受けているのかも知らないまま。






 ――――――――――――――――

 日夜くすぐり攻撃を受けて壊れ気味のクレアさん。そしてマミカは密かに潜入するため帝都へと向かう。様々なフラグを立てながら。(お姉様は無敵だから、きっと大丈夫……)


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