第59話 戦局大逆転の道化師来たる

 神速超跳躍走法ホリズンドライブで疾走するロゼッタが地面を蹴り垂直の壁を走り、三次元立体軌道を描いて宮殿前広場に降り立つ。


 そこは大混乱となっていた。近衛軍が撃った魔法で地面が焦げ、矢が散らばり、怪我をした人々が逃げ惑っている。


「そんな……酷い、同胞であるルーテシア国民に向け攻撃したんですか! こんな、こんなのって……」


 目の前の光景に、ナツキは絶句した。


『国民を虐殺した政権なんて誰も支持してくれませんよ!』かつてナツキが言った言葉である。

 死体は見当たらないようだ。もしかしたら近衛軍が同胞を殺すのを躊躇ためらったのかもしれない。だが、国民に牙を剥いた政権は滅びゆく運命だろう。



 そんな中、宮殿前に陣取った近衛軍は、ナツキとロゼッタの登場に色めき立つ。特に、その中央奥にいる長官が。


「来たな! この裏切り者めがっ!」


 宮殿正面の奥に陣取った近衛軍長官ソーニャ・ニコラエヴィチが言い放った。


「者ども、敵の勇者と裏切り者ロゼッタを討ち取れ! 弓兵、魔法兵、総がかりで攻撃せよ!」


「お待ちください!」

 そこに割って入ったのは親衛隊隊長ユリア・クラシノフだ。宮殿内から駆け付けナツキたちの前に立った。


「な、何だ貴様は! 邪魔だてするのか、この子娘風情が!」


 ソーニャの怒声を無視したユリアが、剣を抜き堂々と宣言する。


「我が名はアレクサンドラ親衛隊隊長ユリア・クラシノフ! 大将軍ロゼッタ・デア・ゲルマイアーよ、相手にとって不足なし、我ら親衛隊一同全力でお相手いたす!」


 ユリアの声で、その横にリーゼロッテ、ヒナタ、オリガ、ニーナ、マリアが並ぶ。親衛隊六人で全力攻撃するつもりだろう。



 対するロゼッタも正々堂々と名乗りを上げる。


「我が名は帝国七大女将軍が一人、力の女戦士、ロゼッタ・デア・ゲルマイアー! 我が無敵の剛腕剛脚で相手するに相応しい剣士と認めよう。一斉にかかってくるがよい!」


 そして、ナツキの方を向いたロゼッタが言う。

「ナツキ君、キミは安全な場所に――」


「いえ、ボクも戦います。決して無謀なんかじゃない。ロゼッタ姉さんが強いのは知っています。だから、ここはロゼッタさんに任せ、ボクは隙を見て宮殿内に入りマミカお姉様の元に向かいます」


 ロゼッタは少し眩しい目をしてナツキに語りかける。

「キミは出会った頃の可愛いだけの少年じゃないんだね。勇者ナツキ君。分かった。共に戦おう」


 ◆ ◇ ◆




 後ろからナツキを追いかけているフレイアとシラユキだが、大挙して逃げてくる市民に道を塞がれ抜けられずにいた。


「こまったわね……」

 フレイアがそう言うと、シラユキが後ろを指差した。


「兵士が押し寄せて市民がパニックになっている」

「えっ? あっ、そうか。鎮圧されるのではと恐れているのね」


 宮殿前の騒ぎから逃げてきた人々としては、大軍で押し寄せるロゼッタの部下を見たら恐怖するはずだろう。


「じゃあシラユキ、ちょっと空に向けて撃って」

「ん?」

「いいから。派手なやつね」

「分かった」


 シラユキは空に向けて手をかざす。

「万物絶対停止の極限よ、その究極の冷気で華となれ! 原子絶対凍華ゲルゼルティア!」


 シュバアアアアアアァァァァァァ――


 空に放ったシラユキの魔法が、大気を凍らせて大きな花の結晶となる。天空のキャンバスに美しく描いた結晶は、やがて雪となって降り注いだ。


 この魔法は対象の敵や物体を氷漬けにする恐ろしい大魔法だが、空に向け撃った為に大気が凍ったのだ。


「ああああ……雪が……」

「まだ残暑が続いているのに」

「綺麗……」

 見たことのない幻想的な景色に、パニックになっていた人々が一瞬沈黙する。



「帝国の市民よ、我らは敵ではない。横暴を極める議長を正し皇帝陛下をお救いする解放軍である!」


 そこに凛々しく威厳のあるフレイアの声が響いた。ナツキの前ではデレデレで甘々な声だが、いざという時はやはり凛々しかった。


「か、解放軍だと……」

「俺たちは助かったのか?」

「ああっ、解放軍が来たわ」

「おおおおっ!」


 人々のパニックは、やがて歓声となり地響きのように帝都中に広がってゆく。


 シラユキも後ろの兵士たちに命令する。

「あなたたちは怪我した人々の救助と手当を」

「「「はっ!」」」


 混乱を収めた二人は、再び宮殿に向け走り出した。


 ◆ ◇ ◆




 ロゼッタの体からバトルオーラが立ち上る。最初から全力全開フルスロットルだ。


「行くぞ、肉体超強化! どりゃああああああっ! 超音速直突き!」

 スパァァァァアアアアアアーン!


 ロゼッタの拳が超音速を超えた。拳から発生した衝撃波マッハコーンが周囲の空間を巻き込み破壊しながら突き抜ける。


 ――――ズドドドドドドドドドドーン!


 ロゼッタが突き抜けた後から爆音が轟く。親衛隊オリガ、ニーナ、マリアの放った三つの魔法を一撃で弾き飛ばした。

 そのまま一気に距離を詰めたロゼッタがユリアの攻撃範囲に入る。


 待っていたかのように構えていたユリアが、剣技スキルレベル9の威力で奥義を叩き込んだ。


「お覚悟! 我が最強の奥義でお相手いたす! 発火剣絶断イグニッションスマイト!」


 斬撃を極めたユリアの剣が発火する。極限まで剣速を上げることで、空気との摩擦抵抗で炎を纏う剣技である。


「うおおおおっ! 超音速上段蹴り!」

 ズバアアアアアアーン! キィィィィーン!


 ユリア渾身の一撃が、ロゼッタの蹴りで弾かれる。

 そこにリーゼロッテとヒナタが斬り込んだ。ロゼッタが蹴りを出した一瞬の隙をついて。


「ウェルベルシュトルム!」

圓月剣えんげつけん!」


 必殺のタイミングで両側から入った同時攻撃だ。しかしロゼッタは更にその上を行った。


「はああああああっ! でああっ!」

 ガンガァァーン!


 完全に入ったかに思われた剣が、両方同時に弾かれている。

 恐るべき連携で攻撃したはずの親衛隊が完全に圧されていた。世界トップクラスであるユリアたちの剣を、尽く防いでいるのだ。


「強い……まさかここまでとは……これがレベル10。人が到達しうる最大最強の極致なのか」


 ユリアが狼狽うろたえる。六人同時ならばいい勝負になると予測していたが、実際に戦ってみればロゼッタの強さは想像以上だった。



 この地上最強の戦士を前にして、この場にいる誰一人として太刀打ちできる者は皆無であろう。完全に戦局は決したかと思われたその時、緊張を打ち破るが如く予想外の人物が乱入する。


 そう、シリアスシーンには場違いの笑い声を響かせながら。


「ふぁあーっはっはっは! 天が呼ぶ、魔が呼ぶ、人が呼ぶ、天地鳴動して私を呼ぶ! 電光石火、一撃必勝、レジーナ・ブライアース推参!」


 ズドドドドドドドドドドーン!


 凄まじい衝撃波を上げながらロゼッタとユリアの間に着地したのは、帝都では誰もが知る剣聖レジーナだ。気合を入れれば衝撃波が発生し、口上を述べればバックに五色の爆炎が立ち上る女。


「はっはっは、アレクサンドラ議長の救援要請にて参上仕ったであります! って……これは……どのような状況で……」


 勢い勇んで登場したものの、全く状況がつかめずレジーナかキョロキョロする。



 沈黙を破るように最初に叫んだのはユリアだ。

「大将軍レジーナ様、その者が敵であるデノア勇者ナツキ。そして反乱軍になったロゼッタ様ですぞ!」


「なにぃ! 勇者だとっ、相手にとって不足なし! ん? えええっ! ロゼッタ殿、反乱軍に入ったのでありますか!」


 更にレジーナが混乱する。


「レジーナ、私たちは仲間だろ! 敵はアレクサンドラ議長だ、共に戦おう!」

 ロゼッタも叫ぶ。同僚であるレジーナを仲間にする為に。


 結果、益々レジーナの頭は混乱した。

「ど、どちらが私の敵でありますか?」


 そこに極め付けの情報がもたらされる。単純なレジーナの頭がショートするくらいの。



 部下から報告を受けた近衛軍長官ソーニャが勝ち誇ったかのように言い放つ。


「反乱軍に告ぐ! 貴様らの仲間である大将軍マミカは我々が拘束した! 大人しく降伏せよ! 貴様らの作戦は失敗したのだ!」



 この時のレジーナは、人生で最も悩んだ瞬間だった。普段、特に深く考えずに行動している彼女は、腹が減ったら食べ、眠くなったら寝て、ムラムラしたらイケナイコトする。


 天性の素質を持つ彼女にとって、人並みに悩むことなど皆無である。悩むと言ったら、今夜の食事おかずは何にしようとか、今夜のオカズは何にしようくらいだ。(前者と後者のオカズは意味が違う)


 敵の勇者と戦えると喜び勇んで戻ったのに、この混乱する状況で正常な判断ができなかったとしても責められまい。


「うがあああああああっ! さっぱり分からないであります。とりあえず全員ぶっ倒してからにするでありますよ!」


 混乱したレジーナの結論がそれである。


 有利な戦局になったと思った矢先、レジーナの乱入とマミカの拘束という事態に。しかし、ここからが後の世に奇跡の勇者と呼ばれるナツキの真価が発揮されるのだった。


 今はまだ無意識にエッチなことをしてしまう少年が、真に世界を救う勇者になるのだ。


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