第40話 すれ違い
翌日、クレアとレジーナが宮殿に呼び出された。アレクサンドラ議長から新たな命令を受ける為である。
「クレア・ライトニング、レジーナ・ブライアース、両二名の大将軍は帝都を出て敵の迎撃をせよ! クレア大将軍は帝都南方ボドリエスカの砦を。レジーナ大将軍は帝都西方ゼノグランデの砦を」
予想外の命令を出すアレクサンドラに、クレアの表情が曇る。
「議長、デノアの勇者が侵攻中とのことで、帝都の防備を固めておる最中、我々が離れるのは危険なのでは? それに戦力の分散は敵を利するばかりかと……」
「クレアよ、事態は刻一刻と変化しておるのじゃ。敵の動きに合わせて当方も作戦を変えるのは当然のこと!」
「事態の変化とは? 作戦に当たり、わたくしたちにも情報をお教え願いたいですわ」
「ならぬ! 事は帝国を揺るがす重大な事態なのじゃ。そなたはボドリエスカにて敵を迎撃せよ。例え相手が誰であっても通してはならぬぞ。必ずデノア勇者一味を倒すのじゃ」
「はっ! 畏まりました」
納得のいかないところがありながらもクレアが従った。
「レジーナよ、そなたはゼノグランデにて西方を警戒。もし、帝都で何かあった時は、大至急引き返し対処せよ」
「ははぁ! 畏まりであります」
レジーナの方は深く考えずに返事をする。いつものことだ。
「陛下の護衛は我が親衛隊に守らせる。心配は要らぬ。よいか、そなたらは今すぐ出発せよ!」
「はっ!」
「ははぁ!」
二人の大将軍が敬礼して退出する。完全に二人が部屋から出たのを確認してからアレクサンドラが呟いた。
「ふぅ、一先ずはこれで良い。誰が裏切っているのか分からない以上、二人を一緒にさせておくのは危険じゃ。離れて任に当たらせておくべきじゃな」
アレクサンドラの計画はこうだ。
嘘が付けない単純な性格であり帝都に残っていたレジーナは裏切っている可能性が低い。故に帝都直近のゼノグランデの街に置き、何かあればすぐ呼び戻すつもりでいた。
クレアは街道沿いにあるボドリエスカの砦を守らせ、侵攻してくるであろう勇者を迎撃させるつもりだ。もし、フレイアとシラユキが裏切っていれば、彼女に対処させるつもりでいる。
忠義に厚く規律を重んじるクレアならば皇帝の命令に従うはずだから。
そして帝都と皇帝を守るのは、彼女の手駒であるアレクサンドラ親衛隊。特殊で強力なスキルを持つ彼女直属の部下に周りを固めさせる布陣だ。
「この布陣ならば……問題無いはず。もし、大将軍二人が裏切っていたとするならば、強敵なのは勇者ではなくフレイアとシラユキじゃ!」
発想の転換だ。フレイアとシラユキが勇者に負けたのではなく、元から三人がグルだったと考えていた。
「大将軍を失うのは大きな損失だが……い、いや、大将軍の中に裏切り者がいると考えるのならば、いっそのこと……。そもそも、周辺国の支配が完了した暁には、あの最強の魔法使いであるフレイアたちは邪魔になるだけ」
アレクサンドラの目が据わり、指を顎に当て考え込んだ。
「そうじゃ、そもそもレベル10のスキル持ちなど危険極まりない存在なのじゃ。我が軍の戦力ならば頼もしいが、一旦敵となったのなら、これ以上の脅威はない。邪魔になった大将軍は始末するべきか……」
考えていたアレクサンドラが立ち上がり地図を広げる。
「フレイアとシラユキは始末するとして……。ネルネルとロゼッタはどうなのじゃ? あやつらは裏切っているのか? いくら精鋭揃いの親衛隊といえど、大将軍四人を敵に回しては勝ち目がない。やはりマミカを呼び戻すべきじゃったか……」
そこまで考えてから否定する。
「いや、マミカこそ一番危険じゃ。むしろ主犯はマミカではないのか? ミーアオストクに魔法伝書鳩を飛ばし、マミカの所在を確認するか……いや、あの女ならば部下を洗脳して偽の情報をよこすことも容易いはず。全てが信用できぬわ」
主犯がマミカではないのかと、アレクサンドラが疑い始める。偶然にも、大体当たっているのだが。
「クソっ! あの下賤の者め! 平民出身で身寄りがないのを、士官学校エリートコースに入れてやったというのに。これだから身分低き卑しき者は嫌いじゃ!」
自分が金を出したわけでも育てたわけでもないのに怒り出すアレクサンドラ。まだ裏切ったと確信も無いのに酷い言いようだ。
「この国の全てを手に入れた暁には、あのような下賤の輩は全て処刑してやるわ! 私が全てを手に入れる! 富も権力も名声も。美食も美酒も男も全てじゃ! あと少し、あと少しで手に入る。ここまで来て失うわけにはゆかぬ! 例え相手が大将軍であってもな」
大将軍を同時に相手にするのは避けたいアレクサンドラは、どうやって分断し孤立させてから倒すのか算段を講じていた。
だが、すぐその後に朗報が入るのだが――
◆ ◇ ◆
ネルネルとロゼッタが帝都ルーングラードに到着した。通常よりずっと早い。異次元レベルのロゼッタの走りあっての芸当だが。
「うげぇぇぇぇ~っ! やっぱり酔ったんだナ」
美少女に
そもそも、地上を高速滑空するような動きに対応できるのはロゼッタの体くらいだろう。
「ネルネル、大丈夫?」
「大丈夫じゃないんだナ」
「少し休むかい?」
背中に乗ったネルネルを、ロゼッタが逞しい腕で掴み前に回す。気遣い抱きかかえながら、ぐったりした彼女に声をかけた。
「さ、先に宮殿に向かうんだゾ。議長に帰還の報告と、クレアとレジーナに事情を説明しないとならないんだナ」
「わかった。じゃあ宮殿に急ぐよ」
「急ぐと言っても普通に走るんだゾ」
「わ、分かった」
当然のように超加速しようとしていたロゼッタが、ジョギングくらいの速さで走り出す。ジョギングなのに一般人の全力疾走くらいありそうだが。
◆ ◇ ◆
アレクサンドラ議長のところに報告が入った。大将軍二名の帰還の知らせである。
「ほう、今頃帰還したか……ふっ、会おう」
報告を聞いたアレクサンドラがほくそ笑む。彼女にとって丁度良いタイミングだったのだ。
宮殿大広間――――
アレクサンドラの前に二人の大将軍、ネルネルとロゼッタが並ぶ。
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありません」
恐縮した顔でロゼッタが言う。
「て、敵の勇者の情報を集めていたんだナ」
続いてネルネルも発言した。
「ずいぶん遅いご帰還じゃな! 重役出勤のつもりかの!?」
少し棘のある言い方でアレクサンドラが返事をする。だが、顔を上げたネルネルを見て訝しむような表情になる。
「き、貴様は誰じゃ!」
目の前の美少女がネルネルだとは気付かないようだ。同僚の大将軍でも気付かなかったのだから、アレクサンドラも当然分からなかった。
「うっ、大将軍ネルネルなんだゾ。何で皆わたしだと分からないんだナ」
「はあ? ネルネルじゃと! まるで別人ではないか。く、曲者めっ!」
アレクサンドラに曲者扱いされてしまうネルネル。
「毎回、面倒くさいんだゾ」
「それはこちらのセリフじゃ!」
「それより議長、何故ここに親衛隊が勢揃いしているんだナ?」
偽物っぽいネルネルを追求するアレクサンドラだが、ネルネルにとっては彼女の周りにいる親衛隊の方が気になるようだ。
アレクサンドラの周囲を守るように、親衛隊十二人が勢揃いしているのだから。
そう、アレクサンドラは二人が裏切っているのを疑い、親衛隊を呼び寄せ守らせているのだ。いずれも特殊なスキルを持つ精鋭揃いである。
用心深い性格の彼女らしい。
「デノアの勇者がこの宮殿を狙っているとの情報があったのじゃ。警備を厳重にするのは当然であろう」
さも当然であるようにアレクサンドラが言う。本当は自分を守らせているのだが。
「ふむ、その喋り方……やはりネルネルか。前は猫背でボサボサの髪で趣味の悪い服装だったが……言われてみれば声が似ておるようじゃ。デノアの勇者が我が国に侵攻中である故、敵の送り込んだ
「だから本物だって言っているんだナ」
「まあ良い。よれより、そなたらに新たな任務を申し渡す。
クレアたちにしたように、アレクサンドラがネルネルとロゼッタを別々の任務に就けようとする。
「ネルネルよ、そなたは帝都西方のバラシコフの砦を守るのじゃ。デノア勇者の襲来を警戒。もし、帝都で何かあれば大至急戻り対処せよ」
「ん? 勇者が帝都に向かっているなら、ここを離れるのは愚策なんだナ。大将軍が一体となって帝都を守るべきなんだぞゾ」
「黙らぬか! これは陛下のご命令であるぞ! 大将軍が帝都全方位を守り、デノア勇者の襲来に備えよとの仰せじゃ! よいな!」
ネルネルの反論を、皇帝の権威を使い封じ込めるアレクサンドラ。彼女らしいやり方だ。
「わ、分かったんだナ……」
アレクサンドラは、続いてロゼッタの方を見て命令する。
「ロゼッタよ、そなたは帝都正面を守るのじゃ! クレアたちも配置に付けておるが、もし勇者に突破された時は帝都に入れさせぬよう全力で阻止せよ!」
「はい」
不安な顔をしながらロゼッタが返事をする。
しぶしぶ命令に従い部屋を出る二人。当初の予定が狂い、動揺が隠せない。
この時、運命の悪戯か神の気まぐれか、任地に向かうクレアたちと帝都に入るネルネルたちが入れ違いとなってしまった。計画を伝えられないままバラバラの任地に向かうことになる。
もし、ほんの少し時間がズレていたら。後に起こる現実は全く違うものになっていたはずなのに――――
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