第39話 稀代の悪女

 レジーナ・ブライアース、この比類なき剣の達人はルーテシア帝国至上最強の剣士である。毎年行われる騎士の祭典ルーテシア帝覧武闘大会で、他を寄せ付けぬ圧倒的強さで連覇し、人は彼女を敬意をこめて剣聖と呼ぶ。


 彼女の名声はそれにとどまらない。余りにも早い太刀筋故、誰も彼女の剣を目で追うことができず、ただ閃光が走っただけと評されているほどだ。


 剣技に於いて彼女の右に出るものは過去にも現在にも居らず、多分未来にも存在しないとさえ言われている。



 それだけの強さを誇りながらも、何故かレジーナの評判がギャグ枠のように扱われるのには理由があった。その捉えどころがない雰囲気と、ちょっとおバカで騙されやすい性格が原因なのだが。



「うわっはっは! ネルネル殿もロゼッタ殿も相変わらずでありますな。男を探してアレクシアグラードへ。これは愉快愉快。この私もご相談にあずかりたいところであります」


 腰に手を当て豪快な感じにレジーナが話す。ちょっと意味が良く分からない。


「フレイアさんとシラユキさんも行方不明だというのに、あなたまで遊びに行かれては困りますわ。あと、『ご相談』じゃなく『ご相伴しょうばん』ではなくて?」


 とりあえずクレアがツッコんでおく。


「はははっ! そうとも言いますな」

「そうとしか言いませんわ」

「細かいことは良いではないですか。ははっ」

「はぁ、あなた、ホントに良い性格してますわね」

「ありがとうございます!」


 褒めてはいないのだが満面の笑みでお礼を言うレジーナ。本当に良い性格だ。



「ところでフレイアさんとシラユキさんが負けたというのは本当ですの? わたくし、いまだに信じられませんわ」


 心配そうな顔になったクレアがレジーナに質問した。詳しい情報を知りたいのだ。


「それが、私にもさっぱり。部下が報告してくれただけで、私は全く分からないのでありますよ。こりゃ、私としたことが。不惑の致すところであります」


「えええ…………」


 クレアの目が『このうっかりさんのレジーナ』と言っているようだ。あと、『不惑ふわく』ではなく『不徳ふとく』ですわとツッコむタイミングを逃してしまった。



「しかし大将軍を倒すほど強いデノアの勇者。相手にとって不足なし! 今から剣を交えるのが楽しみでありますよ」


「勢い勇んで負けたりしないでくださいましね」


「クレア殿……」

 ガシッ!

 真顔になったレジーナがクレアの肩を抱く。


その凛々しく気高い美形女騎士でありながら、どことなく王子様系女子の顔を覗かせる表情。そんな夢のようなキメ顔で囁くのだからたまらない。


「ボクが負けるわけないだろ。美しいお嬢さん」


 キラキラの瞳で見つめられたクレアの頬が染まる。このレジーナ、たまに王子様風リアクションで帝都の女たちをメロメロにするのだ。まるで男装の麗人のように。


「レジーナさん……あなた、相変わらずですわね。ロゼッタさんとは違う意味で男前なのですから」


「ありがとう。ボクのお姫様」


「ふぅ、まったくですわ。冗談はそれくらいにしてくださいな。レジーナさんが男好きなのは周知の事実なのですから」


「ええっ! わ、私が男好きなのバレてるのでありますか!?」


 演技派女優から元に戻ったレジーナが頭を抱える。


「バレるも何も、部屋にドギツい官能小説がいくつも置いてありますのに。そ、その、かなりハードな……」


「ぐはっ! ふ、不覚っ! クレア殿にはバレておりましたか」


「他の皆さんにもバレていますわよ。レジーナさんは隠しごとが苦手なのですから。まあ、そこが長所でもありますのよね」


 ちょっとおバカだが愛されキャラのレジーナ。彼女の単純で裏表がない性格は、他の者同様にクレアも好感をもっていた。それ故、たまに愚痴を聞いてもらったりと甘えてしまっているのだが。


 この二人が並んでいる姿は、まさにお姫様と王子様のような天にも昇る美しさで、帝都の女性たちの憧れでもある。



「レジーナさんも官能小説ばかりでなく、現実の男性に手を出されてはいかがですか? あなたなら引く手あまたでしょうに」


「そ、そうかな? もしかして、私ってモテモテでありますか?」


「史上最強の剣聖レジーナ、男装の麗人、美しき女騎士、癒されそうなおバカキャラ、パツパツのワガママボディ。あなたに抱かれたいと願う男性は五万といましてよ」


「ちょっと、最後の方はどうなのでありますか」


 実際のところ、この美しき女騎士に憧れる男は星の数ほどいそうだ。見た目の美しさや強さも然る事ながら、パンツスタイルの騎士服を内側からムチムチと盛り上げる魅惑のボディは、世の男性たちを魅了してやまない。



「ふっ、私は自分より弱い男には屈しないのであります。いつか、私を倒すほどの剣士が現れた時は、この身も心も全て捧げる所存! ふへっ、も、もう、そりゃ何でも……」


「あのドギツい官能小説のようにですか? ふふっ」


「クレア殿ぉ~、それは内緒にしてくだされぇ~~~~」


「レジーナさんより強い男なんて、この世にいますのかしらね? 限りなく可能性が低いような? まあ、頑張ってくださいまし」



 クレアの言うように、この常勝不敗の女騎士を倒せる男など、この世に存在するのかは怪しい。


 ただ、この時はクレアもレジーナも知らなかった。いずれ現れる勇者によって、レジーナの不敗伝説は終わりをつげ、何でも言うこときかされる女にされてしまうのだということを。


 ◆ ◇ ◆




 宮殿玉座の間にアレクサンドラの声が響き渡る。皇帝アンナに報告に来ているのだ。


「陛下、デノア王国の勇者らしき者が、我が国の領土を侵攻中のようです。至急、総力を以って排除いたしますので、陛下は絶対に宮殿から出ないように。分かりましたね!」


「ゆ、勇者……デノアの勇者が余のおる宮殿に向かっておるのか?」


 おどおどした顔でアンナが聞き返した。


「陛下っ! 絶対に出てはなりませぬよ! もし陛下に何かあれば再びお世継ぎ問題で帝国は混乱するのです! 陛下には私の息子と結婚し、世継ぎとなる子供を産まなければならないのです! それまで宮殿を出ることは許しませんから!」


「ううっ……し、しかし、ここ帝都で戦になれば、市民に被害が……」


 アンナの悲痛な思いに、あざ笑うような顔を向けるアレクサンドラ。


「ふふふっ、ふはははっ、あっはっはっはっは! おかしい。今更、市民に被害ですって。何をおっしゃっておられるのです。もう被害は出ているのですよ。皇帝アンナの名において戦争を起こしておるのです。敵国の民も、我が国の兵士も、幾千幾万の死体の山を築いておるのですから」


「ああ……ああああっ……」


 幼いアンナの顔が歪む。十歳の少女にとって、自分の名において多くの人間が死んだという現実を受け止めるのには荷が重過ぎる。


「ふはははははっ、あっはっはっはっは! 全部あなたのせい。そう、陛下が殺したのです。いいですか! 自分の罪の重さを知ったのなら、ここを出ようなんて思わないこと。あなたには、ここ以外で生きることなんてできないのですから」


「あああ……ああっ、わああああぁぁぁぁーっ! あああぁーん! えぐっ、ひぐっ……」


 遂に堪えきれず、アンナが泣き出してしまった。人前で涙だけは流すまいと耐えてきたにもかかわらず。

 戦争により多くの人が亡くなった現実を突きつけられたばかりか、自分を救い出してくれる勇者という、ほんの微かな希望まで打ち砕かれてしまう。


 どこまでも卑劣で狡賢い悪女アレクサンドラ。罪は全てアンナに着せ、自分は富と権力を思うがままにしているのだ。


 ◆ ◇ ◆




 玉座の間を出たアレクサンドラに、側近が近付き顔を耳元に寄せ囁いた。魔法伝書鳩で届いたばかりの情報を伝えたのだ。


「なにっ、それは本当か?」

「はっ、確かにフレイア様とシラユキ様だったと申しております」

「何故、二人がアレクシアグラードに……」




 側近を下がらせたアレクサンドラが自室へと入る。暫し考え込む。


 部下からの報告は、フレイアとシラユキをアレクシアグラードで見かけたというものだ。ナツキを探して軍の収容所を訪れた時のことだろう。


 不祥事が発覚するのを恐れた収容所の上官が部下に口止めをしていたはずだ。しかし、『人の口に戸はたてられぬ』と言うように、何処からか噂が漏れてしまったのかもしれない。


「リリアナで勇者に敗れた二人がアレクシアグラードに……。何故……」


 アレクサンドラの眉間にシワが寄る。


「デノアの勇者……大将軍の敗北……アレクシアグラード……まさか……二人が最初から裏切っていたとしたら……」


 用心深く権謀術数けんぼうじゅっすうに長けたアレクサンドラが出した結論がそれだ。通常ならば皇帝に忠誠を誓う帝国騎士が謀反など、あり得ないと思うであろう。しかし、人を欺くことには並ぶ者がいない彼女としては、その可能性を捨てきれないのだ。


「まさか……いや、しかし……これはマズいのじゃ。もしそうだとするならば、大将軍はどこまで関与して……。フレイアとシラユキは信用ならん。デノアの勇者と行動を共にしておるのやもしれぬ。早急に手を打たねば」



 稀代の悪女アレクサンドラが動き出す。ナツキ姉妹の更に裏をかくように。戦いは策謀戦の様相を呈してきた。






 ――――――――――――――――

 常勝不敗の剣聖レジーナ。彼女を屈服させ初めてを奪う男は現れるのだろうか。

 一方、悪女アレクサンドラは暗躍する。この権力を一手に握る悪女に、ナツキ達はどう戦うのか――


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