第34話 イメチェンのネルねぇ♡

 重税や格差社会の弊害へいがいなのか、はたまた女性上位社会の不満なのか、それとも元からクズなのか。ガラの悪い男たちが因縁をつけてきた。激高した男がネルネルの襟元を掴み、揺するようにねじり上げる。


「ゴラッ! どこ見て歩いてんだ! チビ女がっ!」

「おうよ! こちとら失うもんは無ぇんだ! 女様だからって容赦してえからな!」


 興奮した男たちが唾を飛ばしながらまくし立てる。


「くっ、面倒くさいんだナ。まとめて殺すか……(ぼそっ)」


 ボサボサの髪の奥にあるオパールのように妖しい虹色の瞳が光る。幾多いくたの戦場で一騎当千の強さを誇る大将軍なのだ。指先一つ動かすことなく、目の前の男たちを肉塊に変えるくらい造作もない。


「ああぁん! 何か言ったか!?」

「やっちまおうぜ!」


「くっ、闇の触――」

 ガバッ!


 ネルネルがスキルを発動する直前だった。ナツキがネルネルを守るよう間に入ってきた。いや、この場合、実際に守られたのは男たちなのだが。


「待ってください! 軽くぶつかっただけじゃないですか。暴力はダメです」


 ナツキを見た男たちがニタニタと下卑た笑いを浮かべる。丁度良いカモが転がり込んできたとでも思っているのだろう。


「何だぁ、このガキは?」

「がははっ、弱そうな小僧だな。この小汚い女にお似合いだぜ」

「間違いねえ。女様は美しいから価値があるんだ。こんなブスは要らねえんだよ」

「はっはっは! 確かにブスだな。しかも小汚え!」

「分かったかブス! お前は存在価値がねぇ!」


 相手が弱そうと思ったからか言いたい放題だ。



 ナツキは思い出していた。かつてゴミスキルだのゴミ男子だのと悪口を言われていた頃を。


 あの頃は悪口を言われてもスルーしていた。言いたいヤツには言わせておけば良いと思っていたし、言い返して険悪になるよりも我慢すれば波風立たないとさえ考えたのだ。


 しかし、無数に浴び去られる言葉の刃は、少しずつだが心をえぐり徐々にダメージとして蓄積されるのだ。やがてそれは自己肯定感の低下や劣等感を招き、更に負のスパイラルへと陥ってしまうのだから。


「そうだ、誰だって世界に一人しかいない大切な存在なんだ。お姉様が教えてくれたんだ……」


 マミカの話を思い出すナツキ。誰であっても他人の存在を否定して良いはずがない。


「何だこのガキ、ビビったのか?」

「おい、痛い目にでも遭いてえのか!」


「取り消してください! 容姿を侮辱するのはダメです!」

 自分より大きな男たちに、ナツキはハッキリと注意する。


「ああぁん、ブスにブスって言って何が悪いんだ、ゴラッ!」

「そうだそうだ、小汚ねえブスだろが!」


「取り消して! 人は容姿だけじゃない、心が綺麗な人や真面目に頑張っている人だっているんだ! ネルネルさんは、世界にたった一人の大切な仲間なんだ!」


 きゅぅぅ~ん♡

 ナツキの予期せぬ発言に、ネルネルの胸の奥に不可思議な化学反応が起きた。いや、正確に言うと心臓ではなく脳なのだが。

 脳内にドーパミンとセロトニンとエストロゲンが分泌され活性化する。恋の化学反応だ。



「おらっ、くらえっ!」

 バシッ! ドカッ!

「ぐあっ、痛いっ」


 ネルネルの頭が恋愛化学反応でおかしくなっている頃、ナツキはガラの悪い男たちに殴られていた。最近やけにボコられるナツキ君だ。


「ボコっちまえ!」

「おらぁぁああっ!」


「ぐああっ、獄炎剣フレイアブレード!」

 スドドンッ!


 苦し紛れに放ったナツキの姉喰いスキルが炸裂した。ガーレンに撃った時より小ぶりだが、両手からミニ火球が放たれ二人の男の腹に命中する。


「痛ってええっ!」

「こ、こいつ強いぞ! 戦闘スキルを使いやがる」

「逃げろっ!」

「くそっ、覚えてやがれよ!」


 モブっぽい捨て台詞を言った男たちは、一目散に逃げ出して見えなくなった。絵に描いたようなザコっぷりで、見事ナツキの引き立て役に貢献してくれたようだ。



「ネルネルさん、大丈夫ですか――おっと!」

 ネルネルの方に近寄るナツキだが、足元がふらつきよろけてしまう。


 壁ドォォォォーン!

「はうぅぅっ♡」


 脳内が恋愛化学反応でおかしくなっているネルネルに、トドメの一撃でナツキの壁ドンが炸裂した。もちろん偶然だ。

 ナツキの身長はネルネルよりちょっぴり大きいので、ギリギリ壁ドンが成立し顔が近い。


「あっ、すみません……」

「はうっ♡ だ、大丈夫なんだナ♡」




 これまで恋愛というものに興味もなければ縁もゆかりもなかったネルネルが、初めて異性としてナツキを意識した瞬間だった。

 今、ネルネルの見ている景色は、それまでのモノクロームのように荒んだ世界から、十億色以上の色鮮やかな世界へと変貌へんぼうを遂げたのだ。


ネルネル恋愛ビジョン――――


 はわわわわぁぁ~っ♡

 ななな、なんなんだナ。脳内麻薬がドクドク出まくって心臓がバクバク鼓動しているんだゾ。こ、これは、わわ、わたしは精神攻撃を受けているんだナ!


 ※違います。


 こ、これが噂に聞く壁ドン? うっ、ううっ、心なしかナツキがカッコよく見えてきたんだゾ♡ よ、弱いくせに、わ、わたしを守るなんて……。はぁぁん♡ 何だかナツキの為に、お弁当を作ってやりたい気分なんだナ♡


 うっきゃぁぁ~っ! 今まで男を調教したり拷問したいと思ったことはあったけど、男の為に尽くしたいなんて思ったのは初めてなんだナぁぁぁぁぁぁーっ!


 ――――――――




 闇の女、ド変態大将軍ネルネルは意外とチョロかった。今までずっと男に縁がなかったのだからしょうがない。不気味で恐ろしく恐怖の対象であり、男から守られたり大切にされるのが初めてなのだから。


「ネルネルさん、大丈夫ですか? どうかしましたか?」

「ぽへぇぇ♡」


 ナツキが声をかけるが、ネルネルは上の空だ。ぽけーっと呆けた顔でナツキの目を見つめるばかり。


「ネルネルさん! ネルネル教官!」

 ガクガクガク!

「うへうへうへぇ……」


 ネルネルの肩を掴んでガクガクと揺するナツキ。スキルの調べてもらうはずなのに、肝心のネルネルがこれではらちが明かない。


「はっ! ちょっ、ま、待つんだナ」

 突然、正気に戻ったネルネルが、ナツキから距離をとる。


「うっ、わ、わわ、わたしは急用ができたからナツキは先に帰るんだゾ」

「えっ、そうなんですか」

「そうなんだゾ。重要で緊急な用事なんだゾ」

「はい、ではネルネルさんたちの宿で待っています」


 疑問に感じながらもナツキが来た道を戻って行く。そして、ネルネルはフラフラと街の雑踏に消えてしまった。


 ◆ ◇ ◆




 ナツキが部屋に入ると、フレイアやマミカ達が戻っていて、部屋中が喧騒に包まれていた。皆、ナツキは自分のものだと主張しているようだ。


 ガチャ!

「ただいま。戻りました」


「ナツキぃ~っ! ネルネルに何かされなかった?」

 ぎゅぅぅ~っ!


 露出度高めの恰好でマミカが抱きついてきた。

 このところスキンシップが激しい姉たちの影響か、ナツキの体の奥深くにムクムクと立ち上る熱い感覚が強まっている。つまり、イケナイコトしたくなってしまうのである。


「だ、ダメです。マミカお姉様、当たってます」

「ぬへぇへぇ♡ ナツキぃ、どうしちゃったのかなぁ? また、あそこがイケナイ感じになっちゃったぁ♡」


 先日の、ある一部がイケナイ感じになっちゃったのを思い出す。とにかく自主規制な感じだ。


「ちょっと、マミカ! またって何よ!」

 当然、フレイアがツッコむ。

「くっ、NTR……極刑……」

 同じくシラユキもだ。

「ううっ、いいないいな。私もイチャイチャしたいのに」

 ロゼッタは通常運行で欲求不満だ。


 他の女の嫉妬はスルーしたマミカがナツキの顔の傷に気付いた。


「てか、ナツキ、顔が腫れてる」

「あっ、さっきオジサンたちと喧嘩して……」

「最近のナツキって、よく喧嘩するわね。わんぱく?」

「こ、子ども扱いしないでください」

「気を付けなよ。でも……ふふっ♡ 可愛いっ♡」

「も、もうっ!」



 そんな会話をしながら、明日からの作戦決行に備える。お姉ちゃんたちとまったり過ごしていたその時、思いがけない事件が起きた。


 ガチャッ!

「ただいまなんだゾっ♡」


 突然入ってきた知らない女に、そこにいる大将軍たちがぎょっとする。何が起きたのか理解できないといった感じだ。


 その女は当然のように部屋の中に入ると、ベッドに腰かけて煌く虹色オパールの瞳をナツキに向ける。


「ナツキ、大丈夫だったかナっ♡」


 そう言った若い女。まるで宝石のようにキラキラと、星を内包したかのように輝く瞳。神秘的な紫の髪は美しくセミロングでカットされ、サラサラと肩にかかり流れている。


 小柄な体は守ってあげたくなるような少女らしい可憐さで、まるではかなげな深窓の令嬢のように可愛らしい。



「ネルネルさん。髪切ったんですね。似合ってますよ」


「「「「ええええええええぇぇぇぇーっ!!!!」」」」

 そこにいる四人の女、フレイア、シラユキ、マミカ、ロゼッタが、全員同時に驚愕する。


「えっ、あれっ、ネルネルなの?」

 信じられないものを見たといった感じの顔をするフレイア。


「こ、骨格から違うような……影武者?」

 あのシラユキが、驚きで目を丸くしている。


「あれだよね、闇の力で肉体変化メタモルフォーゼしたんだよね」

 ロゼッタに至っては変化や変形したのではと疑うほどだ。


「ううっ、あんたって美少女だったの? いつも変な恰好してるから知らなかったし」

 マミカが訝しげな顔をする。ライバルが増えたとでも言いたげだ。



「し、失礼なんだナ。骨格変化もメタモルフォーゼもしてないんだゾっ」


 話し方が同じなのに、全く違うキャラに聞こえてしまう。前は不気味な印象の喋り方だったのに、今では可愛い美少女ヒロインの喋り方だと感じてしまうほどに。


「てか、ナツキはよく分かったわね。この美少女がネルネルだって」

 ナツキの方を見たマミカが呟く。


「分かりますよ。髪型が変わってもネルネルさんはネルネルさんです。何処からどう見てもネルネルさんです。世界に一人だけの大切なネルネルさんです」


 ずきゅぅぅぅぅーん♡

 恋愛モードになっているネルネルのハートが撃ち抜かれた。


「ぐはぁ♡ はっ♡ はっ♡ か、体が熱いんだナっ♡ そ、そうだ、ナツキ。わ、わたしのことも姉と呼ぶのだゾっ♡ そうだな、お姉さんやお姉ちゃんは他の女が使っているから……。そ、そうだ、『ねぇねぇ』が良いんだゾっ♡」


「そうですね、ネルネルねぇねぇだと言い難いから。うーんっと『ネルねぇ』でどうですか?」


 ネルネルがメタモルフォーゼして『ネルねぇ』になった瞬間である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る