第21話 試される覚悟

 ナツキが目を覚ますと、そこは鉄格子てつごうしのある部屋だった。ひんやりとした硬い床に転がされているようだ。


 ガチャガチャガチャ!

「う、動けない……」


 後ろ手に縛られていて立ち上がることができない。どうやら武器とお金を奪われ、収容所のような場所に監禁されているのだろう。


「誰か! 誰かいませんか!」

 鉄格子の外に続く廊下に向かってナツキが叫ぶ。


 シィィィィィィーン――


「誰かいませんか! ここから出してください!」


 もう一度叫んでみると、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。


 

「何だ、騒がしい!」

 一人の女兵士が現れた。看守役だろう。


「あの、ここから出してください」

「黙れ、怪しいヤツめ! 取り調べが終わるまで帰ることは許さん!」


 看守は全く聞き入れる気はないようだ。


「一緒に旅している人と待ち合わせしているんです」

「ダメだと言っているだろう!」

「でも……そうだ、お金は? 荷物とお金を返してください」


 シラユキから借りた金を奪われ焦るナツキ。帝都ルーングラードに行く為の大切な資金だ。


「あのお金は親切な人に借りた大切なお金なんです。返してください」


「それは無理な相談だな。お前のような怪しい少年が大金を持っていたんだ。取り調べが終わるまで返せるわけがないだろう」


「でも……」


「はははっ! まあ、没収された金は、私ら兵士が山分けして遊興費に消えるのが常だがな。はい、残念でしたーっ!」


「返してください! あれは、あのお金は……戦争を終わらせる為の……親切で優しい人たちを守る為の……大切な」


 泣きそうな顔で話すナツキに、イヤラシイ顔になった女看守が言い放つ。


「いいね、その顔。悔しくて屈辱に塗れた顔だ。お前は旅の者で知らないのだろうが、ここアレクシアグラードでは釈放されるには金が必要なんだよ。簡単に言えば賄賂わいろだな。手持ちの金の倍を用意しろ。そうしたら考えてやっても良いぞ」


「わ、賄賂……そんな……」


「まあ、お前は若い男だから、金を払っても女兵士達にイケナイコトされちゃうかもしれないがな。金の心配より自分の心配をした方が良いんじゃないのか? はははははっ!」


 酷い言いようだ。無実の罪で逮捕され、賄賂を払わないと釈放されないという。ここ帝国では軍も警察も腐敗し、法による統治が崩れているのだろうか。これでは何でも権力者のやりたい放題になってしまう。



 ナツキの心に暗い影が差す。

 カリンダノールで会った定食屋の男性の言葉。女兵士に脅されていた男性。そして、ここアレクシアグラードで犯罪に手を染め生きる希望も見失った人達。その全てが、ナツキに世界の真実を突きつける。


「こんなの間違ってる……」


 ボクは……知らなかった。最初は悪い帝国が攻めてきて、勇者が戦争を止めれば平和になるって思ってたんだ。でも、ルーテシア帝国にも良い人も悪い人もいて。他国を侵略して贅沢をしている国なのに、貧しくて食うのに困る人が多いなんて。


「そうだ、帝都に行って皇帝に会うんだ……戦争を止めるだけじゃなく、法を守ったり国民を飢えさせないようにって言わないと。その為には、こんな所で立ち止まっている場合じゃない……」


「おい! 何をゴチャゴチャ言っている」

 独り言を呟くナツキに、女看守が注意をした。



 何とかして、ここを脱出しないと……


 脱出する方法を考えるが、両手を拘束され鉄格子の中ではどうしようもない。

 あれこれ考えていると、女兵士がナツキに話しかけてきた。暇なのだろうか。


「それにしても、お前、見れば見るほど美味しそうだな。初心うぶな感じがたまらんぞ。ぐふっ、私は若い男の見張りでツイているなあ。一緒に逮捕された男達は暴れたから別の牢屋に入れたが……私はこっちの見張りで良かった。ぺろっ」


 女看守が舌なめずりする。イケナイコトでもするつもりなのだろうか。


 カチャ! ギィィィィーッ!

 ニヤついた女看守が鉄格子の鍵を開けた。そのまま扉を開けて中に入ってくる。


「どれ、上官に手籠てごめにされる前に、私が味見でもするか。ふふっ、可愛がってやるから安心しろ」


 完全にオヤクソク展開になる。これが他の国なら女騎士が『くっころ展開』だが、ここルーテシア帝国では男が『くっころ』されてしまうのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! ダメです!」

「ふふふっ♡ 良いぞっ、もっと叫べ。その方がグッとくる」


 女看守はヘンタイさんだった。またしても、ナツキ貞操の危機である。


「そ、そうだ。そう言えば、犬はどうなりましたか? オジサン達にイジメられて怪我していたんです」


 この状況を何とかしようとして考え出した結論が、ワンコの話題だった。ナツキ渾身の作戦だ。


「んっ、犬……あの怪我していた犬のことか?」

 奇跡的に女看守が乗ってきた。


「はい、知っているんですか?」

「ああ、怪我をしていたからな。私が引き取った」

「て、天使?」

 ずきゅぅぅぅぅーん!

「くあぁ♡」


 ナツキの姉喰いスキルで女看守がグラっときた。縛られていて動けないが、少しだけスキルが発射され当たったようだ。


「な、何だ今のは……エッチな気分に。いや、元々エッチだったな」

 その女は元からエッチだった。


「あの、犬は大丈夫なんですか?」

「ああ、怪我は浅かったから問題ない。ワンコをイジメるなんて許せんヤツらだな」


 男には厳しいのに犬には優しい女看守のようだ。


「良かったぁ~」

「そう言えば……お前もワンコみたいだな」

「えっ?」

「ふふっ、良いことを思いついたぞ。ワンワンプレイでナデナデしまくってやる」


 女看守の指がグニグニといやらしく動く。完全にイケナイコトモードだ。


 こちょこちょ――

「ぐへっ、コチョコチョコチョ、おっと手が滑った」

「そこはダメ!」


 女看守の手がイケナイとこに滑り込む。ナデナデとか言いながら、狙いはイケナイ部分らしい。そっちはナデナデではなくチ〇チ〇だろう。

 これでは、もう完全に詰んだかに見える。


「ああっ、ダメです! そこは……恋人同士じゃないと」

「いいぞいいぞぉ、もっと叫べ。ぐへぐへぐへ」

「ああっ……そこは……」

「おふっ、これは意外と……おっ」


 ナツキの頭にフレイアやシラユキの顔が浮かぶ。


 ああああ……ごめんなさいフレイアお姉さん、シラユキお姉ちゃん、ついでにアイカお姉様。

 ボクは、こんなところで知らない女の人と初エッチしちゃいそうです。本当なら結婚を決めた相手とじゃないとダメなのに。さよなら、ボクの童貞生活ドーテーライフ……


 童貞にロマンは無いのだが、ちょっぴり惜しいナツキなのだ。初めては好きな人としたいから。


 ――――って、諦めちゃダメだ!

 こんな所で捕まっている場合じゃない! ボクは決めたんだ、国を守る勇者になるって! いや、それだけじゃない。他の国にも苦しんでいる人がいる。


 ボクは、世界を救う勇者になる!



「――ごにょごにょ」


「どうした、諦めたのか? もっと嫌がってくれた方が楽しいのだがな。ぐへへっ」


「わ、ワン、ワンワン。お、お手したいワン」


 これがナツキ渾身の切り札。犬の真似だ。

 ちょっとバカっぽいが、犬好き女看守を油断させて拘束を解かせるにはこれしかない。


 ずきゅぅぅぅぅーん!

「ぐはぁ♡ い、良いぞ、それ。やっとワンワンプレイをする気になったか。仕方ない、縄を解いてやるか。これは内緒だぞ」


 案の定、ワンワンプレイをしたい女看守がナツキの縄を解く。ナツキの予想が的中した。


「ほら、お手!」

「たああああっ!」

 ビビビビッ!


 お手の代わりに姉喰いスキルを打ち込んでやった。当然、不意を突かれた看守はもんどり打って倒れる。


「ごめんなさい、犬が好きな看守さん。ワンコが好きな人に本当の悪人はいないと思うから、もう悪いことしちゃダメですよ」


 ぷしゅぅぅぅぅ~っ!

 ケツを高く上げた状態で倒れている女看守に向かって喋る。まるでケツに話しかけているみたいだ。




 ガチャ!

 牢屋を出て控室のような部屋に入ると、ナツキの荷物と金が置いてあった。急いでそれを懐にしまう。


「良かった。お金も無事だった」


 ホッとするナツキだが、足音と共に次々とドアから女兵士達が入ってくる。

「おい、お前、何でここにいる!」

「脱走か!」


 振り向きざまに姉喰いスキルを放つナツキ。アイカとの特訓が役に立った。


「たあっ! とうっ!」

 ビビビビビッ!


 ガタンッ、バタンッ!

「ぐうっ、おい、ガーレン! 早く来い! 脱走者だ、そいつを捕まえろ!」


 倒れた女兵士がガーレンという部下を呼んだ。すぐに部下がドアから入ってくる。


 ズシッ、ズシッ、ガツッ!

「お呼びですか、隊長」


 その部下は女ではなかった。全身を筋肉の鎧で武装したかのような屈強な男だ。身長は入り口よりも高く、体重も120キロ以上はあるように見える。


「そ、そいつを捕まえろ! 精神系魔法を使うぞ、気を付けろ! うあっ♡」

 昂る欲情で上気した女兵士が、それだけ言って気を失った。


「へい、お任せください」


 グギギギギギギギッ!

 ガーレンが両手を広げる。途轍とてつもなくデカい。広げた腕には鋼のような筋肉と血管が浮かぶ。


 ナツキ最大のピンチだ。貞操の危機以外の大ピンチである。今までは運よく姉属性女性相手に勝ち続けたが、遂に屈強な男と戦うことになった。


 今、ナツキの真価と覚悟が試される時が来たのだ。


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