第22話 スキル覚醒? 先端から熱い迸り
ビクトル・ガーレン
第30回、31回、32回、ルーテシア帝国拳闘大会男子の部優勝者である。その巨体を活かした強烈なパンチは、一撃で敵を
帝国士官学校時代から男子の中では無敵を誇るガーレンは、格闘技の試合に於いて130戦129勝1敗。これだけの戦績を残しながらも軍での階級が低いのは、女性上位帝国であるルーテシアの宿命か。
今、その屈強な男兵士が、ナツキの前に立ちはだかる。
「おい、なんだガキかよ? 小さくて分からなかったぜ」
ガーレンが口を開く。見た目通りの野太い声だ。
「くっ、強そうな人だ。でも、ボクは負けない!」
ナツキが短剣を抜いて構える。武器も荷物と一緒に回収できていて助かった。
「ほうっ、俺とやろうってのか。小さいのに根性だけはあるようだな。この格闘戦無敗の俺と……いや、一敗していたか。まあ、あの女は別格だからな。バケモンみたいに規格外の女は無効で良いだろ」
丸太のように太い腕を上げ巨大な拳を作ったガーレンが言う。意外と細かい性格なのか、一敗した相手の説明までしてくれた。
「負けるわけにはいかない。デノアで待っている皆の為にも、戦争で苦しんでいる人達の為にも……」
アイカとの特訓を思い出し、短剣にスキルを込める。剣とスキルを融合させ勝機を見出すのだ。
「行きます!
ガシィーンッ!
「おらぁああっ! 効かねえなあ。ぬるい、ぬる過ぎるぜ! おらっ!」
バアアアアァン! ゴロゴロゴロ、ドォオオオーン!
「ぐっはああああっ!」
スキルを込めた剣は、あっさり止められた。剣を持つ手首を掴まれ、お返しとばかりにガーレンの右フックが飛ぶ。
ナツキは空中で三回転して床を転がり、壁にぶち当たって止まった。
そう、姉喰いスキルは姉属性の人物にしか効かないのだ。
「ううっ、痛い……一撃で……」
立ち上がろうとするが体に力が入らない。強い衝撃を受け、筋肉が悲鳴を上げているかのようだ。
「ふっ、弱いな。まあ、俺を見て挑んだ勇気だけは褒めてやる。なんたって俺は格闘レベル6のスキル持ちだからな」
軽く揉んでやったとばかりに腕や首を回すガーレン。準備運動にもならないと言いたげだ。
※スキルレベル:一般的にはレベル1や2が多く、レベル3になると優秀とされる。レベル5を超えると英雄レベルの強さと言われ、レベル7以上になると伝説になるほどだ。
レベル7~10は存在自体が希少で確認できる者は殆どいない。帝国に於けるレベル10は大将軍の七人だけである。
「ま、まだです……まだ負けてません……」
震える足をバシバシと叩き、気合を入れて立ち上がるナツキ。
「おいおい、ぼうず。そんなんで勝てるわけねえだろ。諦めろ」
「あ、諦めない……ボクは、勇者になるって決めたんだ」
バンッ! ドガッ!
「ぐああっ!」
ガーレンの右手が往復した。今度は軽くあしらうように平手打ちだ。
「くうっ、フレイアブレード! フレイアブレード! フレイア…………」
ナツキが剣を振るが何も起きない。
ボクは、何を勘違いしていたんだ……。フレイアさんやシラユキさんに勝ったからって調子に乗って……お姉さんたちは手加減してくれていたのに。
このままじゃダメだ。もっと、もっと強い力を……ボクに力があれば……強いスキルが……。ボクだってレベル10なのに。姉喰い……ゴミスキルと言われてきたけど……でもフレイアさんたちと同じレベル10なんだ。
「フレイアブレード! フレイアブレード! くそっ、何で力が出ないんだ」
「どうやらぼうずは戦闘系スキルが無いようだな。精神系スキルと聞いて用心したが、大したことねえようだ。そろそろ楽にしてやるぜ」
ガーレンが拳を上げる。もう一撃入れてから拘束するつもりだろう。
「フレイアブレード! ううっ、何で……」
フレイアさん……あの強く美しい獄炎のようなオーラ。全てを焼き尽くす炎の魔法使い。凄い……まるで神話に登場する伝説の魔法使いみたいだ。
ボクも、あんな力があれば……
振り上がるガーレンの腕を見ながら、ナツキの脳裏にはフレイアの姿が浮かび上がる。ドスケベでイケナイコトしようとするお姉さんだけど、本当は強くて優しい人。
フレイアさんの力……そうだ、あの獄炎のような能力……あんな力があれば。ほんの少しでもいい。ボクにも力が……。
あれ? そういえば『姉喰い』って、どんな能力なんだろ? 精神系魔法のスキルって言われてるけど……実際にどんな魔法なのか分からないぞ。姉喰い……姉喰い……お姉ちゃんを食べちゃうのかな?
お姉ちゃんの力の千分の一でも食べられたら良いのに。
ガーレンの拳が迫るのをスローモーションで見ているナツキ。まるで
フレイアさん……獄炎の炎……姉喰い……
その時、フレイアの獄炎のオーラの映像と、ナツキの姉喰いスキルが
「
ズドンッ!
「ぐおおおおおおっ!」
その時、信じられない現象が起きた。ナツキが持つ短剣の切先から小さな火球が放たれたのだ。それはガーレンの腹に命中し、その屈強な肉体の大男が膝をついた。
「えっ、ええっ! 何か出た! ドビュって出た」
一番ビックリしているのはナツキだ。頭の中で何かがフレイアと繋がったと感じた瞬間、ほんの少しだがフレイアのような魔法が使えたのだから。
「ぐっ、ぐはっ、ぼ、ぼうず……やるじゃねーか。この俺をダウンさせるなんて。がはっ!」
ナツキを認めたガーレンが倒れた。ボディへの強烈な一撃でダウンしたのだろう。
「はっ、い、今のうちに」
兵士が全員倒れているのを見たナツキが駆け出す。今なら収容所を脱出できるかもしれない。
◆ ◇ ◆
ナツキが収容所でピンチに陥っていた頃、アイカも大ピンチになっていた。
少し前――――
「まったく、何であいつらがいるのよ。帝都から遥東方に移動させられてムカついてたから、抜け出してやったのに。
アイカが文句を言いながら通りを歩く。
「どうせ西方と南方の侵略が成功したら、次はヤマトミコに攻め込むつもりなんでしょ。不可侵条約って言っても、どうせ長くは続かないんだろうし。そうなったらアタシが最大の激戦区ってことじゃないの。
アイカはアレクサンドラを信用していなかった。皇帝の代理として言葉を伝えているが、アイカとしては直に皇帝から話を聞かなければ信用しないタイプだ。
幼い皇帝を
因みに、ヤマトミコとは東の果てに存在する女が支配する島国だ。
アイカは海を隔てた国境の街、ミーアオストクの城を守るよう命令されていた。
ドカッ!
「あいたっ!」
「きゃっ!」
考え事をしながら歩くアイカが、横の通りから出てきた女性とぶつかってしまった。
「あっ、ごめん。前見てなかったし」
「も、問題無い……私も見ていなかった」
アイカが軽く謝ると、相手の女も応えた。新雪のように煌く美しい銀髪の若い女だった。
「――って、シラユ……うぐっ」
アイカが慌てて顔を隠す。会いたくないと思っていた相手に会ってしまったのだ。
「んっ? あれ?」
「ひ、人違いです」
怪しむシラユキに、アイカはフードを深く被って誤魔化そうとする。
ななな、何でコイツがここに居るのよぉぉぉぉーっ! 逆方向に行ったはずなのに。
ま、まさか、アタシ……尾行されてた?
方向音痴のシラユキが道を間違え逆方向に回ってしまっただけである。決して尾行などしていない。
「おい、シラユキ、勝手に先に行くんじゃないわよ。まったく、また道に迷っちゃったじゃない」
そこに、燃えるような赤い髪をした女まで現れた。言わずと知れたフレイアである。
「迷ったのはフレイアも同じ」
「あんたねぇ……って、その女は?」
フレイアが、シラユキの隣にいる女に気付く。
「ん、よそ見していたらぶつかった」
「あんた、前見て歩きなさいよ」
「でも、この人、何処かで会ったような気がする」
シラユキの話でフレイアもフードを深く被った女性の方を見る。
「そういえば、何処かで見たことあるような……」
「い、いえ、人違いです。アタシは旅の美少女アイカ」
声色を変えたアイカが誤魔化そうとするが、余計に怪しくなる。
アイカは、逃げるか戦うかで迷っていた――――
ま、マズい。マズいマズいマズいし! 選りにも選って凶悪なフレイアと冷酷非情のシラユキとか。絶対、
先に
「あっれぇ、あんたマミカじゃん。カワイイ大将軍の。ははっ、カワイイ大将軍とかふざけた名前だけど。実際に可愛いから逆にビミョウなんだけどね」
フレイアがアイカの正体に気付いた。偽名を使いフードで顔や体を隠していても、溢れ出る煽情的なフェロモンや雰囲気は誤魔化せない。
「うげ……マミカ・ドエスザキ……」
シラユキが嫌そうな顔をする。
「ちょっと、シラユキ! 何よ、その嫌そうな顔! アタシの方が嫌だし!」
シラユキのリアクションにツッコんでしまったマミカ。そう、今まで隠していたが、アイカの正体はマミカだったのだ。
マミカ・ドエスザキ
ルーテシア帝国大将軍、カワイイの
因みにシラユキとは同級生だ。シラユキのことを、いつもツンツンとすまし顔で偉そうにしていると感じ嫌っていた。それに対し、シラユキもマミカを、あざとくて男受けが良くて人気のリア充だと思い嫌っていたのだ。
遂に正体がバレて絶体絶命のアイカ改めマミカ。果たして、ピンチを切り抜けナツキを徹底的に調教し堕とす計画は成功するのだろうか。
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