第20話 交錯する思惑

 ナツキとアイカがアレクシアグラードの街を歩いている頃、遅れていたフレイアとシラユキも一気に追い上げ街に到着した。

 恐怖の七大女将軍のうち二人が乗車している馬車なのだ。さぞかし御者は怖くて急いだに違いない。


 馬車から降りた二人は、ナツキを探して街を歩く。こちらもアイカと同じく目立たない恰好をして。



「んん~っ、やっと着いたわ。誰かさんのせいで道に迷って大変だったけど」


 自分も道に迷ったのに、全部シラユキのせいにするフレイア。わざと聞こえるようにシラユキに向かってぼやく。


「はぁ、弟くん……どこかな」

 振り向きもしないシラユキはナツキのことで頭がいっぱいだ。


「ちょっと待ったぁ!」

 ガシッ!

 相手にしてくれないのに痺れを切らし、フレイアが直接シラユキの腕を掴んで話しかけた。


「なに?」


「『なに』っじゃないわよ! あんたが相手してくれないと、私がずっと独り言してるみたいじゃない」


 実は構って欲しいフレイアだ。挑発するような口を利いているのも、シラユキに反応して欲しいだけかもしれない。


「フレイア……もしかして、私のこと好き……」

「なわけないでしょ! 私が好きなのはナツキなのっ!」

「そう……私は、フレイアのこと、ちょっと好きかも……」

「えっ」


 シラユキの発言でフレイアの顔が赤くなる。仲が悪いと思っていたのに、突然の告白で照れてしまったのだ。


「は? はあ? 別に私はあんたなんか……」


「私も士官学校時代は嫌いだった。何だかフレイアって偉そうで威張っていて、態度と胸が大きくて、嫌味な先輩な感じがして――」


「ちょっと、あんた喧嘩売ってる?」


 フレイアがツッコむが、シラユキは無視して話し続ける。


「そして、自分大好きな陽キャっぽくて、パリピな感じで、胸が大きくて、キラキラ女子で、男をとっかえひっかえしてそうで、人生楽しそうで――」


「ちょ、ちょっと、後半おかしくない? てか、胸が大きいを二回言ってるんですけど」


 結局のところ、陰キャのシラユキは陽キャっぽいイメージのフレイアが気に入らなかったようだ。


「でも、今は嫌いじゃない。話してみたら意外とパリピじゃないしモテそうでもない」


「う、うるさいわね。モテなくて悪いか」


「それに、凶悪な炎の大将軍とか言われているのに、そんなに悪くはなかった。ちょっとおバカなポンコツ女」


「やっぱり喧嘩売ってるでしょ!」


 所々に棘を入れるのはシラユキらしい。


「ふっ、ふふふっ……やっぱり面白い。フレイアと、こんな風に話せるなんて思わなかった」


「ええええっ! シラユキが笑ったの初めて見たかも」


 自然な笑顔のシラユキを見たフレイアが驚く。無理もない。ナツキの前では表情も柔らかいシラユキだが、他の人には無表情で鋭い目つきを崩さないのだから。

 ナツキと知り合ったことで、少しだけシラユキが変わったのかもしれない。



「あんた、笑うと結構可愛いわね。まっ、わ、私もあんたのこと嫌いじゃないわよ」


 モジモジしながら話すフレイア。ちょっと気恥ずかしいのか、そっぽを向いている。


「でも、ナツキの彼女は私。フレイアは諦めて」

「にゃにおーっ! 彼女は私に決まってるでしょ。あんたこそ諦めなさいよ」

「弟くん何処かな……」

「って、聞きなさいよ! まてぇ!」


 仲良くなったようで前と変わらないような二人だった。


 ◆ ◇ ◆




 一方、ナツキとアイカの二人だが――――


「凄く歴史があって大きな街ですね」

 ナツキがキョロキョロと周囲を見渡している。


「あんまりキョロキョロして迷子になるんじゃないわよ。アタシもそこまで面倒見切れないし」


 少し後ろをアイカが歩く。恋人同士というよりは姉弟のような感じだ。


 そのアイカが、通りの向こう側から来る二人組の女性に気付く。見たことのある特徴的な髪が目に留まったのだ。


「なっ! あ、あれは……」


 アイカの視線の先、そこに見えるのは、燃えるような赤い髪をした魅惑的な女と、新雪のように煌く銀髪をした美しい女。そう、フレイアとシラユキだ。


「な、何であいつらが……デノア王国攻略の為、リリアナに派遣されたって聞いてたのに……」



 アイカが立ち止まったのに気付いたナツキが戻ってきた。


「アイカお姉様、どうかしましたか?」


 ナツキが話しかけるが、アイカの頭の中は二人から逃げる方法を考えていた。


 マズい、マズい、マズい、アタシが城を抜け出してきたのがバレるし! 一番厄介なのに会っちゃうなんて。

 てか、何でフレイアとシラユキがアレクシアグラードにいるのよっ!


 まあ、暇すぎて城を抜け出したアタシが悪いんだけどさ。そもそも、あのババアアレクサンドラがアタシを辺境に追いやったのがムカつくのよね! あからさまにアタシを嫌ってるみたいだし。



「お姉様、アイカお姉様」

「えっ、あっ、ナツキ……」


 ナツキに体を揺らされて、やっと現実に思考が戻ってきたアイカ。ナツキが心配そうな顔をする。


「どうかしましたか?」


「あぁ~っ、えーと、そ、そう、アタシ、急用を思い出しちゃった。ちょっと出かけてくるから。さっき取った宿屋で落ち合うってことで」


「えっ、アイカさん?」


 タッタッタッタッタッ――

「じゃ、そういうことでぇ~」


 一目散に駆け出すアイカ。二人がコチラに近付いてきたのだ。



「アイカさん、急にどうしたんだろ? でも、余り詮索せんさくするのも悪いよな。ボクだってデノア軍なのを黙っているんだし」


 ふと、ナツキの視線が商店街の人形に止まる。

「あっ、あれはルーテシア名物のマトリノア人形だ」


 店に向かって駆け出したナツキの後ろを、ちょうどすれ違うようにフレイアとシラユキが通り抜ける。ほんの一瞬の偶然で、お互い気が付かないタイミングで。


「まったく、あんたはいつも不愛想なんだから」

「そう?」


 そのまま気付かずに、二人の大将軍は話しながら雑踏に消えて行った。


「ん? 今、フレイアお姉さんとシラユキお姉ちゃんの声がしたような……気のせいかな。こんな場所にいるわけ無いし」


 ナツキが振り向くが、そこには険しい顔をして先を急ぐ街の人が見えるだけだ。




 買い物をしてから宿に向かおうと、ナツキは商店街を歩いていた。そして、裏通りに入ったところで事件は起きる。


「何だろう。こんなに大きくて栄えた街なのに、人々は皆険しい顔をしている。長く戦争が続いていて生活が苦しいのかな? 早く皆が笑って過ごせる世界になれば良いのに」


 そんなことを考えながら歩いていると、路地の向こう側から動物の鳴き声と何かの騒ぎ声が聞こえてきた。


「キャイン、キャイン、クゥゥーン」

 ドカッ! バキッ!

「オラッ! コイツめっ!」



「えっ、な、何の騒ぎ?」


 ナツキが路地を曲がったところで、信じられない光景を見てしまった。貧相な身なりの男達が、縛られた犬を棒で殴っている場面だ。


「な、何をしているんですか! 弱いものイジメはやめてください!」


 真っ直ぐ犬のところに駆け出したナツキが、縛られている犬を解放した。怯えた犬は一目散に逃げ出して何処かに消えてしまう。


「おい! テメエっ! 何しやがる!」

「このガキっ! 勝手に逃がしてんじゃねえ!」


 二人組の男が血相を変えてナツキに掴みかかる。酒臭い息がかかるが、それでもナツキは怯まない。


「抵抗できない犬を殴るなんてダメに決まってるでしょ! 大の大人なのに恥ずかしくないんですか!」


「うるせぇ! ゴラッ! あの犬が俺に噛みついたから躾てんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」

「そうだそうだ、俺たちの勝手だろ! ここでは弱いモノは踏みにじられる運命よ」


 男達が大声で怒鳴る。これが街のルールだと言わんばかりに。


「そ、そんな」

 ナツキが絶句する。


「ガキ、お前はよそ者かもしれないから教えてやるがよ。この国では弱者は生きて行けねえんだよ!」


「おうよ! 元から生活が厳しかったがよ、今の皇帝になってからは最悪だぜ! 戦争の為に税金はドンドン上げる。俺達のような低所得者は食っていくのもままならねえ」


「そうだそうだ。スキルの高い子供は帝都に送られ士官学校へ。高い地位と良い暮らしが保証される。だがな、スキルの低いヤツら……特に俺たちのような男は低賃金で強制労働よ。例え戦地に送られて戦死しても、ろくな弔慰金ちょういきんも出やしねえ。俺達は使い捨ての道具なんだ!」


「で、でも、やって良いことと悪いことが……ぐああっ!」


 反論しようとするナツキだが、襟を掴んだ男が締め上げる。


「そうだよ、特権階級のヤツらは贅沢な暮らしをして、俺達のような底辺の人間を踏みにじるんだ。だから、俺達も弱いモノを踏みにじっているだけさ。その何が悪いんだ! ああっ!」

 

「おらっ、悔しかったら何か言い返してみろよ、ガキがっ!」



「ぐううっ、くそぉ! な、何で……」


 ナツキの心が悲しい気持ちでいっぱいになった。戦争や貧困による心の荒廃。格差社会の恨み。憎しみの連鎖。どうしようもないやるせなさ。


 どうして……どうして、この人達は、こんなになってしまったんだ……。今の皇帝のせいなのか。

 周辺国を侵略して富と権益を手に入れているはずなのに。国民は、こんなにも貧しく荒んでいるなんて。


 でも、だからと言って弱いものをイジメるのはダメだ!


「やめろっ! 放せ!」

 ナツキが男の腕を振りほどく。


「おら、やっちまえ!」

「どうする、偽善者さんよぉ!」


 掴み合いになったところで、騒ぎを聞きつけた女兵士達がやってきた。


「おい、何をしている! 全員取り押さえろ!」

「「はっ!」」


 一斉に襲いかかられて前後不覚になり倒れるナツキ。薄れゆく意識の中で、優しくしてくれたフレイア、シラユキ、アイカの顔が浮かんで消えた。






 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 女兵士たちに捕らえられてしまったナツキ。くっころ展開まっしぐら♡……ゲフンゲフン、試練の展開です。

 でも、きっとナツキなら乗り越えてくれるはずです。


 エッチなお姉ちゃんたちが続々と集結中。ナツキ貞操の危機も近いのか? ご期待くださいませ。


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