第19話 ネルネルもロゼッタも性欲全開!

 フランシーヌの首都オルレーンにある帝国軍前線司令部――

 急遽きゅうきょ、帝都へと帰還することになった三人の大将軍。それぞれの心中は複雑であった。


「ほら、急ぎますわよ。早く帝都へ戻り陛下をお守りするのです」

 クレアが完璧な身支度を整えてからそう言った。


 煌く金髪は美しく縦ロールされ、動く度にキラキラと周囲に星をバラ撒いているかのようだ。惚れ惚れするような完璧なラインを描く肢体は、朝日に照らされて絵画のような幻想的な風景を創り出している。



「ふひゃひゃ、わ、わたしは途中アレクシアグラードに寄っていくゾ。ちょっと用事……というか考えがあるんだゾ」


 ボサボサで寝ぐせがついた不潔そうな髪なのに、何故か神秘的な雰囲気で目が離せない女が口を挟む。

 そう、パッと見ただけで人にド変態な印象を与える変態大将軍……もとい、闇の大将軍ネルネル・スパルベンド・ホルモルシーピングである。


「ええ……ネルネルさん、皇帝陛下の勅命ちょくめいですわよ。すぐに帝都に戻るべきですわ」


 さすがにクレアが注意する。皇帝陛下の命に背くのは反逆罪になりかねない。


「大丈夫、ちょっと寄るだけだゾ。わたしに考えがある」


「それは……どういった?」


「ぐへへっ、で、デノアの勇者がリリアナから北上し帝都を目指すのなら、必ずアレクシアグラードを経由するはず。わ、わたしが密かに偵察して、ど、どんなヤツか調べておきたいんだゾ」


「それは確かに……敵の情報を得るのは重要ですわね」

 クレアが少し納得した顔になってうなずく。


「ほ、本当にフレイアとシラユキを倒すほどの勇者なら、わ、わたし達三人が雁首がんくび並べて、敗北する無様な結果になるかもだゾ」


「まさか、最強のわたくし達が負けるなんてあり得るのかしら?」



「でも、現にフレイアとシラユキが負けたんだよね」

 二人のやり取りを見ていたロゼッタが口を開いた。


 デカい体の割に温和な表情をしているロゼッタ。化粧っ気のないボーイッシュな顔だが、人の良さそうな澄んだ瞳に何処となく愛嬌のある顔は可愛くもある。


 ムチッ、ムチッ、ムチッ――


 ロゼッタの巨体が動く度にムチムチと肉の音が聞こえてきそうだ。身長は190センチメートル(本人は189だと主張)。しかも背が高いだけでなく、筋肉質でありながら胸と尻はムッチリと女性らしい脂肪も兼ね備えている。


 ロゼッタ本人は大きいのを気にしているようなのだが、その長身巨体と爆乳巨尻のコンボは、ある特定の男性を魅了してやまない。抱かれたいと密かに想う隠れファンが多いようだ。



「いまだに信じられませんわ。あの二人が負けるなんて」

 クレアが呟く。


「何か特殊なスキルを持っているのかもしれないね。私達も気をつけないと」

 心配そうな顔のクレアの肩にロゼッタが手を置いた。


「ロゼッタさん、相変わらず男前ですわね」

「それ褒めてないよね。クレア……」

「し、失言でしたわ。ロゼッタさんの逞しい肉体がまぶしくて」


 クレアとしては褒めているつもりなのだが、デカいのを気にしているロゼッタには逆効果だった。貞操逆転世界と呼ばれるルーテシア帝国でも、ロゼッタの肉体は規格外なのだ。


 ただ、女房関白帝国乙女が基本のルーテシア帝国に於いて、高身長で逞しく包容力がありそうなロゼッタは隠れた人気がある。実はファンが多いのに、密かに想いを寄せている男ばかりで、本人は全く気付いていなかった。


「はあぁ……男欲しい……何処かに好みの男子が落ちてないかな? もう欲求不満が溜まり過ぎてどうにかなりそうだよ」


 ロゼッタが本音を漏らす。

 そう、このロゼッタ、七大女将軍の中でも最強レベルに性欲強めだ。滅茶苦茶溜まりまくっているのに、御多分ごたぶんれず男に怖がられていて誰も近寄らない。ファンの男も遠巻きに眺めているだけだ。



 そんなムラムラが止まらないロゼッタの様子を見たネルネルが、とんでもない提案をする。


「あひゃひゃ、て、敵の勇者を生け捕りにしたら、ロゼッタが拷問して情報を吐かせる役目をすれば良いんだゾ。地下牢に監禁して……鎖で身動きできないようにして……い、イケナイコトたくさん……ぐへっ、ぐへへへへっ」


「その手があったのか!」

 ロゼッタが乗せられる。

「い、良いのかな? イケナイコトしちゃって」

 大きな体をモジモジして身悶えるロゼッタ。


「ぐへぇ、い、良いんだゾ。ファンタジー小説の世界では、気高い男騎士を捕らえてイケナイコトしまくって『くっころ展開』になるのは定番なんだナ」


「くうぅぅぅぅ~っ♡ が、頑張っちゃおうかな。よぉーしっ! 私がデノアの勇者を倒して『くっころ』だ! おおぉーっ!」


 むちっ、むちっ、むちっ――

 興奮したロゼッタの肉体がムチムチと音を立てる。少し褐色の肌が汗で光り艶々だ。もわぁっとフェロモンのような湯気が立ち上り、自らの淫乱度数を高めてしまう。



「あ、あの……ネルネルさん、あまりロゼッタさんをそそのかさないようにしてくださいまし。危険ですわ。ロゼッタさんが暴走したら誰も止められないですわよ」


 それとなくクレアが止めに入る。

 ネルネルはニタニタ笑っているが、ロゼッタは慌てて弁解し始めた。


「や、やだなぁ。私が拷問なんてするわけないじゃないか。こ、言葉の綾だよ。え、エッチなお仕置きはしちゃうかもだけど……と、とにかく、私もネルネルと一緒にアレクシアグラードに寄って行くよ。クレアは先に帝都に戻ってくれないかな」


「ええええ…………」


 思い切りジト目になった顔で二人を見つめるクレア。命令より男やエッチを優先してしまう同僚に呆れ顔だ。


「そ、そんな目で見ないでよクレア。すぐに追いつくからさ。ちょっと敵の勇者を調査するだけなんだから。隙があったら捕らえてイケナイコト……ゲフンゲフン、そ、そうそう、情報を聞き出したりね」


 目が泳いでいるロゼッタ。もう頭の中はエッチでいっぱいだ。



「はああっ、仕方がないですわね。わたくしは先に帝都に向かいますわ。あなた達もすぐに追いついてくださいましね」


 クレアが折れた。二人が遅れたら小うるさい元老院議長アレクサンドラがヒステリーを起こしそうで気が重い。とにかく、すぐ自分に追いつくか、または敵の勇者を捕らえてしまい、皇帝陛下に良い報告ができるのを祈るばかりである。



「ぐへへへっ、拷問だゾ。くっころだゾ」

「ふんす! ふんす! どんな勇者なんだろ。楽しみだなぁ」


 クレアの気など知りもせず、不気味な笑いのネルネルと鼻息荒いロゼッタがウッキウキで支度を始めた。


 ◆ ◇ ◆




 ナツキ達がアレクシアグラードに入ろうとしている頃――

 フレイアとシラユキの凸凹コンビは、やっとペースを上げナツキとの距離を縮めていた。

 軍の所有する馬車を上官命令で拝借し、御者に馬を操らせてお客様気分だ。


「や、やっとここまで来たわね。まだ街は見えてこないのかしら?」


 馬車から外の景色を覗いているフレイアが、無表情でボーっとしている同僚に声をかける。


「ふうっ…………」


 何やら感傷的センチメンタルな顔をして溜め息をつくシラユキ。フレイアの声など聞いてもいない。


「ちょっと、シラユキ! 何か返事しなさいよ。私が一人で喋ってたらバカみたいじゃない」


「弟くん……早く逢いたい……」

 心ここにあらずのシラユキ。遠い目をしてナツキを想う。


「くっ、私って何でこの女と一緒に旅しているのかしら……」


 今更ながらシラユキと一緒に旅をしているのに疑問を抱くフレイアだった。


 ◆ ◇ ◆




 そして肝心のナツキ達はといえば――――


「アイカお姉様、何で変装しているんですか?」


 普通に服を着ているアイカに問いかけるナツキ。普通に服を着ているのだから問題ないはずなのだが、普段が下着姿のような露出度高めファッションなので違和感がある。


「さすがに古くからの帝国領内だとバレるし」

 フードを深くかぶり直してアイカが言う。


「何がバレるんですか?」

「えっと……ほ、ほら、アタシって可愛いでしょ」

「はい、可愛いです」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「って、なに正直に言ってんのよ! 嬉しいじゃない」


 ナツキに可愛いと言われて、アイカが満更でもない顔をする。ちょっとご満悦だ。


「だ、だから、アタシがアタシだってバレるの」

「バレちゃマズいんですか?」

「マズいに決まってるでしょ。大将……んんっ、可愛いと色々大変なのっ」

「そうなんですか」


 何か重要なことをうっかり喋りそうになってしまうアイカが、その煽情的な肢体をくねらせて誤魔化す。


「でも、アイカお姉様って凄い自信ですね。ボクもお姉様くらい自信が持てるようになりたいな」


 ナツキの話を聞いたアイカが少しだけ真面目な顔になる。


「いい、ナツキ。他人がゴミとか悪口言ってくるのを真面目に聞いちゃダメ。そんなの聞いてたら自尊心や自己肯定感が低下しちゃうから。そうやって他人の自己肯定感を下げてマウントをとろうとするヤツが少なからずいるのよ」


「はい、お姉様」


「自分の価値は自分で決めるの! 他人が勝手に決めた価値を受け入れちゃダメ。赤の他人は上辺だけしか見てないし、本当にその人を理解なんてしてくれないんだから」


「はい」


「だからナツキ、自信を持ちなさい。自分は世界に一人だけしかいない大切な存在だって。そして、いつかそいつらを見返してやるのよ!」


「はい、何だかアイカさんと話していると元気が出てきます。ボク、頑張れそうです」


 アイカの話で少しだけ自信を持ったナツキだった。



「アタシ、何やってんのよ。マジになちゃって……他人は利用するだけだったはずなのに……」


 小声で呟くアイカにナツキが聞き返した。


「アイカお姉様、何か言いましたか?」

「何でもない。さっ、アレクシアグラードに入るわよ」

「はい」


 歴史ある帝国都市に入る二人。この後、二人に数奇な運命が待ち受けているとも知らずに。


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