第18話 集結する世界最強の女たち
宮殿の大広間でレジーナの報告を聞くアレクサンドラ。このイジワルそうな顔をした皇帝の叔母が、レジーナからの話で一気に不機嫌になる。
「な、なんじゃと! レジーナよ、もう一度申してみよ!」
「ですから、リリアナに派兵されていました我が軍ですが、何やらデノアと停戦に合意したようなのです。送り込んでおりました私の部下から魔法伝書鳩で手紙が届きまして」
一度聞いて耳を疑ったアレクサンドラが、二度聞き返すことになった。皇帝の命令で動いたはずの軍が勝手に停戦などあり得ない事態なのだ。
「援軍としてシラユキも送ったはずじゃが」
「シラユキ殿の軍もです。詳しい状況までは分からぬのですが、何やらデノア王国勇者と一騎打ちの末、フレイア殿もシラユキ殿も敗北したとのこと」
「は? はあああああああぁぁぁぁああっ! なんじゃとっ!」
驚きのあまりアレクサンドラが変な声をあげる。
「帝国最強の魔法使いが……一騎当千の大将軍が負けるはずがなかろう! 何かの間違いではないのか!」
「私も同感です。あの存在自体が超危険物みたいな二人が負けるなんてあり得ませんでありますな。冗談みたいな話であります。はははっ!」
レジーナが腰に手を当て笑う。
「わ、笑い事ではない! 帝国最強の大将軍を倒す程の勇者であるならば一大事であるぞ! その勇者はどうしたのじゃ!」
「報告によりますと一人で城を出たとのことで、多分ですが帝都に向かって進撃したのでは? いやあ、これは恐るべき逸材がデノアに存在したのですな。大将軍を倒す程の強者。不肖、この私レジーナも手合わせするのが楽しみであります」
「楽しんでおる場合か! すぐにフランシーヌに派遣した大将軍三人を呼び戻せ! フランシーヌ統治もデノア攻略も後回しじゃ!」
「はっ! 畏まりました」
レジーナが
「そなたもすぐに備えよ!」
「あの、東方に派遣しておりますマミカ殿はどうしましょう? 呼び戻しますか」
「あやつはならぬ! ヤマトミコとの国境を守らせておけ。早くせよ! デノアの勇者が現れる前に帝都の防備を整えるのじゃ!」
「はっ!」
レジーナに命じてからアレクサンドラは自室に戻った。
もう少しで帝位の
「あああ! おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇーっ!」
ガッシャーン!
「い、痛っ……」
怒りの余りに部屋のイスを蹴り飛ばしてから、足を押さえてうずくまるアレクサンドラ。
「おのれ、計画が台無しじゃ! デノアのような小国に大将軍を倒す勇者がおるなど聞いてはおらぬぞ。ま、まさか、この宮殿まで攻め込むなどあるまいな……」
アレクサンドラが頭を抱える。
「い、いざとなれば私兵を使う手も……い、いや、あれらは非常時の備え。先ずは大将軍を……」
アレクサンドラは自分を守らせる為に、アレクサンドラ親衛隊という私兵を持っていた。用心深い彼女は、能力の優れた子供を幼いうちから集め、自分に忠誠を誓わせ飼っているのだ。
「マミカを使う手も……いや、あの女は危険じゃ。心を操る能力など近寄らせるわけにはいかぬ。それにあの女……単純なレジーナと違い、何やら勘も鋭く抜け目ないようで苦手じゃ」
アレクサンドラはカワイイ大将軍マミカを嫌っていた。最強の精神系魔法の使い手という危険な存在なのもあるが、そもそもカワイイ大将軍というネーミングもふざけたような性格も嫌いなのだ。
他の大将軍は皇帝に忠誠を誓い、皇帝の代理人である自分に従っている。しかし、マミカだけは油断ならないと考えていた。何か得体のしれない恐ろしさがあるのだ。
マミカと会う時には一瞬でも気を抜けない。精神系魔法を防御するスキルを持つ部下を数人連れて、マミカの魔法を防御できる体制をとるほどに用心していた。
それもあって一人だけ遥か東方のヤマトミコとの国境沿いにある城に派遣させたのだ。なるべく帝都から遠ざける為に。
◆ ◇ ◆
翌朝――――
ナツキにポンポンされたり抱きしめられたりで、一晩中甘い
悪夢に苛まれていた日々が嘘のように思えるほど快適な目覚めだ。もうナツキ無しではいられないくらいに。
「はあっ……アタシ……もしかしてナツキに依存してる? 抱き枕みたいにしちゃってたし。もう気持ち良くてクセになりそうかも♡」
快適な目覚めなのに、頭を抱えて悩むアイカ。少年を
「マズいマズいマズい……何なのこの子。めっちゃ心地良いんですけど」
ナツキの髪を撫でながら呟く。
アイカは誰にも心を許さずに生きてきた。人間は誰しも悪い心を持っていて信用できないからだ。信じたら裏切られる。裏切られるくらいなら最初から誰も信用しなければよい。
しかし、ナツキはちょっと違う。最初は無防備で危なっかしくて放っておけなかった。自分好みの少年を騙して遊ぶつもり。そのついでに剣の稽古をつけてやるだけ。利用するだけ利用して、美味しい思いだけして裏切る。
そう思っていた。
なのに、ナツキの真っ直ぐな瞳や、一生懸命に練習する姿に目を奪われてしまっている。更に、自分と境遇が似ているのが決定打となった。
厳密には違うのだが、親に棄てられ施設で陰口をたたかれながら育った彼女には、同じように『ゴミ』と陰口をたたかれたナツキに親近感を抱いてしまったのだ。
それがナツキと急速に距離を縮める結果となったのかもしれない。
「んっ、朝……んんっ、ふああぁ~っ。おはようごぁいます、お姉様……」
ナツキが寝惚け
ずきゅぅぅぅぅーん♡
「ふあぁぁ~っ♡ って、急にお姉様言うなし!」
不意を突かれてアイカが顔を赤くする。
「えっ、あ、そうでしたアイカさん」
「アイカじゃない。お姉様でしょ」
「で、でも今……」
「はい、『お姉様!』ほら、言って」
「お姉様……」
「はい、よろしい。これからはお姉様ね」
「はーい」
お姉様呼びが気に入ってしまったアイカがナツキに強制する。もう『お姉様』で決定だ。
「ほら、起きた起きた。今日も早いわよ」
「今日はアレクシアグラードへ向かうんですよね」
「そうよ、アレクシアグラードは大きな都市だから色々あるわよ」
アレクシアグラード――
帝国第三の都市であり、過去の大戦でゲルハースラント・フランシーヌ連合軍との激戦区でもある。
強大な物量で攻め込む連合軍に対し、帝国魔法騎士団大将軍アレクシア・ドミトリーチェ・ゼレノイの電撃的な各個撃破により敵を粉砕。街を取り戻したのだ。
その類い稀なる功績を当時の皇帝が称え、街の名称をアレクシアグラードと改名していた。
「アレクシアグラードに行けば、帝都までの道のりも簡単ですよね」
「そうね……まだ遠いけど交通の便も良いし……」
ナツキの問いに答えながらも、アイカは心ここにあらずで考え込んでいた。
大丈夫……アタシは問題無い。
アタシは誰にも屈しない。ナツキも信用させてから裏切るだけ。アタシが全て美味しくいただいてやる。
誰もアタシを従わせることなんて不可能なんだから。世界中の誰であっても。あのいけすかない元老院議長でも、それが例え皇帝であっても…………。
◆ ◇ ◆
一方、フランシーヌ残存勢力の掃討も完了し、占領政策と帰還準備を進めていたクレア達は――
アレクサンドラの命令で飛ばした魔法伝書鳩からの報告を受けていた。
「どうしたんだいクレア? 難しそうな顔をして」
神妙な顔つきで手紙を読むクレアを見たロゼッタが声をかけた。
「ロゼッタさん……この手紙の
クレアが魔法伝書鳩で運ばれてきた帝都からの手紙を見せる。
「これは、正式な帝国からの書である証として
手紙に国璽があるのを確認したロゼッタが言う。
「わたくしは、うっかりさんのレジーナが間違って出したのかと疑っているのですわ」
「ははは、まさか、いくらレジーナがうっかりさんでも、国璽を押した手紙を間違って出したりしないよ」
ロゼッタがレジーナのうっかりを否定する。ただ、レジーナがポンコツなのは認めているようだ。
「ところで手紙には何て書いてあるんだい?」
「大至急帝都に戻るようにと……ですわ」
「大至急? それはフランシーヌの占領より重要なのかい?」
「フレイアさんとシラユキさんが、デノアの勇者に敗北したようですわ」
一瞬だけ間をおいてロゼッタが驚愕した。
「は? ……はあああああ!? えっ、あのっ、フレイアとシラユキが負けたって言うのかい?」
「だからそう言っていますわ。デノアの勇者が一人で帝国領に進撃し、大将軍フレイアとシラユキを撃破。国境で一時停戦を約束させ、その勇者は帝都を目指して侵攻中とのことですわ」
「そ、そんなバカな……あの最強の魔法使いフレイアと、何者も寄せ付けない攻防一体鉄壁のシラユキを……。あの二人が負けるところなんて想像できないよ」
帝国七大将軍に激震が走る。
帝国……いや世界最強の七人の女が帝都に向け集結しようとしていた。
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