第10話 帝国の英雄たち

 うっかりベッドの上で対決と口を滑らせたシラユキ。しかし、内心は滅茶苦茶動揺していた。


 どどどどど、どうするのよ! 私、男の人と手も繋いだこと無いのに。

 お、思い出せ、私は異世界恋愛小説で恋を学んだはず。このような時は、女子から壁ドンして男を追い込めば良いと『婚約破棄したショタ伯爵の家にカチコミしてエッチ調教しました!』という小説に書いてあったはず。


 シラユキは間違った内容の恋愛系小説で恋を勉強していた。いや、ルーテシアでは正しいのかもしれない。


「さあ、ベッドの上で、あなたを倒してみせる」

 相変わらず考えていることと喋っていることが正反対のシラユキ。


「負けません! ボクは何度でも戦います。戦争を終わらせて世界を平和にします!」


 真剣な顔のナツキが宣言した。

 幼年学校では皆からバカにされ頼りない印象だったのに、フレイアとの戦いや特訓で見違えるような自信をつけているのだ。


「行きます!」

「ちょ、ちょっと待って。先に私の壁ドンが……」


 いきなりナツキに抱きつかれ、小説のような壁ドン展開にはならなかった。計画が崩れてシラユキがいっぱいいっぱいになってしまう。


「えいっ! えいっ!」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「それダメぇぇぇぇ~っ♡」

「えいっ、えいっ、えいっ!」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「らめぇぇぇぇ~っ♡」


 何度も何度も姉喰いスキルを打ち込まれ絶体絶命のシラユキ。もうクールな顔が崩れて羞恥のアヘ顔をさらしてしまいそうだ。


「そうだ、フレイアお姉さんに習った必殺技を……」

「えっ、ええっ、なな、何する気?」



 それはナツキがフレイアと一晩中特訓をした日のこと――


『よいか、ナツキ少年。今からとびっきりの必殺技を教えてやる』

『サー、イエッサー!』

『帝国の女大将軍を倒すのなら、わきペロを覚えるのだ』

『えっ、腋ペロ?』


 突然イケナイコトを教えるフレイア。いくら純粋なナツキでも疑った顔をする。


『腋は舐めるところじゃないですよ……』

『ば、ばかもの。ルーテシアでは舐めるところなんだ』

『はっ、ごめんなさい。国が違えば文化も違いますよね』

『分かればよろしい』

『サー、イエッサー!』

『先ず、私の腋をペロペロしてぇ♡』

『フレイアお姉さんは、もう敵じゃないから舐めないですよ』

『ああぁ~ん、失敗したぁ♡』


 と、いうことがあった。ただフレイアがナツキにペロペロされたくて嘘をついただけなのだが。



「行きます! 必殺マリーアタック!」


 部屋着に着替えてラフな格好になっていたシラユキの腋はがら空きだ。ナツキは一直線に攻撃を加える。


 ついでにナツキのネーミングセンスは最悪だった。腋と聞いて、腋汗がイメージの女教師マリー24歳彼氏いない歴イコール年齢から拝借しているのだ。本人が聞いたら恥ずかしさで卒倒するかもしれない。


 ペロペロペロペロペロペロペロ――


「うっきゃぁぁぁぁああああぁ~ん♡ 遠征でお風呂入ってないのにぃ♡ らめぇ♡ もう許してぇぇぇぇ~っ♡」


 とても人には見せられない戦いで、シラユキが完全敗北した。妄想の中ではドスケベなシラユキだが、そっちの実戦経験は皆無で男に免疫が無いのだ。いきなり腋ペロされて、屈辱の腋堕ちしてしまう。


 こうして、帝国最強の大将軍二人目がナツキの手に堕ちてしまった。もう、訳が分からない。


 ◆ ◇ ◆




 フランシーヌの首都オルレーンは完全にルーテシアに掌握されていた。ここ首都に置かれた司令部に、帝国が誇る最強の女大将軍三人が集結している。


「やっと終結しましたわ。これでルーングラードに帰れますわね」


 フランシーヌ方面派遣軍司令官を任されているクレア・ライトニングが、優雅な動きでポーズをキメる。


 ビシッ! バシッ! シュタッ!

 まるでオーケストラの指揮者のような大袈裟なアクションでキメポーズ。

 変なポーズなのに、全てが完璧で優雅に見えてしまうのは、彼女が神に愛されたかのように美しいからだろう。


 クレア・ライトニング

 ルーテシア帝国大将軍、光の魔法使いである。


 均整の取れた芸術的な絵画のような雰囲気さえある容姿端麗な顔には、キラキラと輝く蒼玉サファイヤの瞳。豪奢ごうしゃな金髪は完璧なカールを描く縦ロールだ。


 スラっとした痩身そうしんだが、出るとこは出ていてセクシーなプロポーションをしている。幾重にも連なる巻き髪が、ポーズをキメる度に煌き、まるで絵本の中から飛び出してきたお姫様のように美しい。


「もう野蛮な戦闘は懲り懲り。早く帰って優雅にお茶でもしたいですわ」


「ぎゃははははっ! わ、わたしはまだ足りないゾ。も、もっと、こう、わたしを楽しませる敵はいないのか。ふひっ、ふひひっ、思いっ切り調教してみたいゾ……」


 クレアのセリフに口を挟んだのは、闇の魔法使いネルネル・スパルベンド・ホルモルシーピング。見た目も喋り方もヤバい印象しかない女だ。


 ネルネル・スパルベンド・ホルモルシーピング

 ルーテシア帝国大将軍、闇の魔法使いである。


 伸び放題で寝ぐせが付いたボサボサの髪。神秘的な紫色の髪をしているから、手入れをすれば綺麗になりそうなのに勿体ない。ただただ見た目は汚らしい。


 髪の間から見える瞳はオパールのような虹色。顔立ちは悪くないが、怪しげな印象が先行している。ちゃんとすれば可愛く見えそうなのに、身だしなみには無頓着なようだ。


 小柄なのに尻だけはムッチリとエロい。見た目からして只者ではないのに、喋り方もヘンテコなのでより一層不気味に見えてしまう。


「ぐへぇ、ど、何処かに、わたし好みの少年でも落ちてないのか。徹底的に泣かせてやりたいゾ! ふひひひっひっ」


「わたくし、ネルネルさんの趣味だけは理解できませんわ……」



 ガタンッ! ダダッ!


 ネルネルとクレアが話している時、近くの瓦礫がれきから数名の兵士が飛び出てきて怒声が上がる。


 ズザザザザッ!

「死ねや! 侵略者め!」

「撃てぇーっ!」

 ズシャァァーッ! ズシャシャシャ!


 潜伏していたフランシーヌ軍の残党が、クレア達目掛けて一斉に矢を放った。

 発射した誰もが、侵略者のルーテシア将校に一矢報いたと思ったその時、信じられない事態が起こる。いや、放った本人は思う暇もなく絶命しただろうか。


闇の触手ヘンタイバインド!」

 グサグサグサグサグサッ!!


 突如として地面から現れた黒い触手が、発射された矢を絡め取り、次々と兵士たちを串刺しにして肉片に換えた。一瞬の出来事である。


「ふひっ、敵は葬ったゾ」

「うっ、グロいものを見てしまいましたわ」


 クレアが目を背ける。ただ、こうなることは最初から分かっていたかのように、弓を放たれた瞬間も全く動いていない。ネルネルが闇の魔法を発動したのを、クレアは瞬時に理解していた。


 七大女将軍の一人一人が一騎当千の強さなのだ。一般の兵士が束になってかかっても、彼女達の体に傷一つ付けることも不可能だろう。



「それよりネルネルさん。お風呂に入った方がよろしくてよ。少し臭いますわ」

 クレアが鼻をつまむ。


「大丈夫。こ、これはわざと風呂に入っていないんだゾ。こうするためにね」


 ネルネルが後ろに声をかけると、彼女の部下の女兵士が現れた。


「ネルネル閣下、お呼びでしょうか」

「ねえ、わたしの足を舐めるんだゾ」

「えっ、で、ですが……」


 部下の女がチラチラとクレアの方を気にする。


 カポッ!

 そんな状況もお構いなしのネルネルが、ブーツを脱いで生足を少女に向ける。離れていてもツーンと臭いそうな蒸れた足だ。


「はい、どうぞ」

「うっ、うぐっ……つっ、ちゅっ、れろっ……」


 何度か躊躇ちゅうちょしていた少女が、意を決してネルネルの足に舌を伸ばした。


「ふひひっ、ほら、こうすれば綺麗になるゾ。体中舐めさせればお風呂はいらない。わ、私天才だゾ」


「ああっ、何だか眩暈めまいがしてきましたわ……」

 クレアが眉間みけんに指をあてる。


 じゅるっ、れろっ、ちゅっ、ちゅぱっ――


「ちょっと、あなたも無理することないですわよ。変態な上官が嫌なら私のところにでも……」


 衝撃的プレイを見てしまったクレアが、少女に声をかけた。


「ちゅぷっ、だ、大丈夫です、クレア様。げぇっ……わ、私が好きでやっていることですので。おえぇっ……げほっ、げほっ」


嘔吐えずいてるじゃありませんか! 意味が分かりませんわ!」


 このクレア・ライトニング、ちまたでは高飛車で性格最悪の女などと評されているが、実は七大女将軍の中で一番の常識人だった。いや、他が強烈過ぎてマトモに見えるだけかもしれない。


「ああっ! もう変態が多過ぎて付いて行けませんわ」



 いつの間にか熱が入ってきた女兵士が、念入りにネルネルの足の指の間まで舌を入れている。無理やりやらせているのなら自分の部隊に移動させてやろうと思ったクレアだが、本人が同意の上でならどうしようもない。


 そんな変態な空間に、もう一人の大将軍が現れた。


「何か音が聞こえたけど大丈夫かい? えっ、ええっ! あ、あの……」


 先ほどの戦闘の音を聞いて出てきたのに、変態プレイの真っ最中で動揺する大きな女戦士。そこにいる誰よりも長身だ。


 ロゼッタ・デア・ゲルマイアー

 ルーテシア帝国大将軍、力の女戦士である。


 先ず驚くのが190センチはありそうな身長だろう。全体的に筋肉質にも拘らずムッチリと女性的な体をしていて、爆乳と巨尻のコンボで目のやり場に困る。薄着で褐色の肌が露出していて、腹には逞しく美しい彫刻のような腹筋が浮かび、惚れ惚れしてしまいそうなほどの肉体美だ。


 ボーイッシュな顔だが紫水晶アメジストのような澄んだ瞳が可愛い。ダークブラウンの髪を後ろでまとめたポニーテールが、動く度にフリフリと動いている。


「ああ……えっと、楽しそうだね」

「ド変態ですわ!」


 気を遣って褒めておくロゼッタに、クレアが速攻でツッコみを入れた。何とも不揃いな三人組である。

 

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