第9話 お飾りの女帝

 シラユキが部屋でイケナイコトしている頃、ルーテシア帝国の帝都ルーングラードでは、第35代皇帝アンナ・エリザベート・ナターリヤ・ゴッドロマーノ・インペラトリーツァ・ルーテシアが、部下から報告を受けていた。


「陛下、フランシーヌとの戦争は我が軍の勝利が確実でございます」


 報告しているのはアンナの叔母おばにあたる元老院議長のアレクサンドラ・ゴッドロマーノである。

 キツい印象の目鼻立ち。茶色の髪はアップにして、更にイジワルそうな印象が強調されている。三十代後半でありながら皇帝の叔母という立場を利用し議長に上り詰めた権力者だ。


「そうか……」

 不安そうな顔をしたアンナが答える。


 まだ幼い女帝である。前皇帝であるアンナの母が亡くなり、急遽きゅうきょ、巨大な領土を支配する皇帝に祭り上げられてしまった少女だ。


 柔らかそうなふわふわの金髪に青色のつぶらな瞳。豪奢ごうしゃな衣装も玉座も少女には不釣り合いだった。報告しているアレクサンドラの話を、おどおどした態度で聞いていることからも、操り人形のお飾り皇帝というのが分かるだろう。



「我が軍はフランシーヌ全土を掌握しょうあくしました。残存している反乱勢力は速やかに鎮圧。すぐに軍を戻し、まだ平定しておらぬ南方へと向かわせます」


 アレクサンドラの話に、アンナが恐る恐る質問をした。


「あ、あの、一般市民に被害が出ぬように……」

「陛下!」


 ビクッ!

 アレクサンドラの一喝でアンナが震えあがる。


「政治や軍事に関しては、陛下は口を挟まぬよう! 全て私が取り仕切っております故。陛下は黙ってソコに座っておれば良いのです!」


「し、しかし……」


「ルーテシアを、より強く偉大な国にするためです! 黙って私に従ってください! 陛下には私の息子と結婚して子供をたくさん産んでもらいますからね! お世継ぎとなる女子でないとなりません! それが貴女の仕事です。いいですか!」


「ううっ……は、はい」


 アレクサンドラにキツく言われ、大きな目に涙を溜めながら答えるアンナ。まだ幼いのに政略結婚で好きでもない男と結婚させられるのだ。


 貞操逆転世界であるルーテシアにおいて、結婚の決定権は女性側にあることが多い。しかし、皇帝を操り権力を独占したいアレクサンドラは、無理やりアンナを息子と結婚させようとしていた。自分の孫を次期皇帝にし完全に権力を握るのが目的である。




 バタンッ!

「ふふっ、あの子ったら完全に怯えて私の言いなり」


 自室に戻ったアレクサンドラが呟く。そこに政略結婚相手にしようとしている息子が近寄ってきた。


「ぐへへっ、母上、上手く行ってますか?」

「アンドレイ、おまえは子供をたくさんつくるのですよ!」

「うん、俺、たくさん孕ませる。ぐへへっ」


 母親に似て意地の悪そうな息子アンドレイがニタニタと笑う。それを見たアレクサンドラも満足気だ。


「これで私達の権力も盤石ばんじゃくじゃ。現皇帝の母である我が姉も、邪魔だから毒殺してやったというのに。何も知らないなんて哀れなアンナなんだから。用済みになったらアンナも同じように毒殺してあげるわ。ルーテシアの富も権力も全て私達のもの! あははははっ、あーっはっはっはっはっは!」


 全ては簒奪さんだつを企むアレクサンドラの策略だった。邪魔な皇帝を廃し、自分の孫を皇帝にし権力を独占する。更に富と権益を増やすために周辺諸国を侵略し支配。強欲な悪女なのだ。




 一方、玉座の間に取り残されたアンナは――


「ううっ、ぐすっ、うわぁぁ……私は鳥籠とりかごに囚われた偽りの女帝……誰も私の味方はいない……うううっ……」


 必死に我慢していた涙が次々と溢れてきた。自分以外誰もいない玉座の間にすすり泣きが響く。ぽろぽろと大粒の涙を零しながら。


 まだ幼いのに勝手に嫌いな男と結婚させられ跡取りを産むだけの道具にさせられるアンナ。小さな体を震わせ、ギリギリのところで折れそうな心を支えている状態だ。


「誰か……誰でもいい……余を救い出してくれる人がいたら……。もし、そんな勇者がいたのなら、余は全てを捧げても良い……。誰か……助けて……」


 叶わぬ望みだと思いながらも、自分を助けに現れる勇者を夢見るアンナだった。


 ◆ ◇ ◆




 一方、そんな自国の事情も知らないシラユキは、一人ベッドの中で悶えながら文句を言っていた。


「何よ何よ、何なのよ! あのナツキって子、凄く強いじゃない。精神系のスキルの使い手なんて希少なのに。まさか、この私が膝ガックガクで立っていられないほどなんて……」


 シラユキの脳裏に、ナツキの言葉が浮かぶ。

『とても響きの良い名前じゃないですか。シラユキさんの綺麗な銀髪にピッタリです――』


「うううっ、くふぅぅぅぅ~っ♡ そんなの言われたの初めてぇ♡ はっ、いかんいかん。敵の言葉に惑わされるなんて、大将軍にあるまじき失態。で、でも……敵の勇者と許されざる恋……良いかも。きゃぁぁーっ! 私の好きな異世界小説のヒロインみたい♡」


 このシラユキ、人前では無口で不愛想なのに、一人の時は良く喋る。コミュ障あるあるである。しかも小説や二次元に登場するキャラクターや悲恋の物語が大好き。日々、イケナイ妄想をしているのだった。


 そして、周囲から男嫌いに見られているが、実は年下男子は大好物の危険なお姉さんなのだ。ちょっと優しい言葉をかけてくれたナツキに、もうグラっときてしまっているチョロい女でもある。



 コンコンコン!

 そんな妄想全開のシラユキの部屋にノックの音が響いた。


「だ、誰?」

「ボクです、ナツキです」

「は、なな、何であなたが!」

「ちょっとお話したいのですが」

「待って、待って、きゃあっ!」


 ドッタンバッタン!


 突然の来訪に慌てるシラユキ。丁度そのナツキでイケナイ妄想をしていたところなのだ。


 待って待って待って! イケナイコトしてたのがバレちゃう。部屋を換気しないと。わ、私、お風呂入ってない。臭ったらどうしよう。汗臭い女とか思われたら。だだだ、だって、部屋に来たってことは、私に何されても文句言えないってことだよね。


 シラユキが一気にベッドインまで想像が飛ぶ。デノア王国などでは男女の同意が問題になるが、女性上位のルーテシア帝国では、女の部屋に男が来るということはそういうことである。女にイケナイコトされちゃっても、男は黙って天井のシミを数えるばかりなのだ。


 ガタンゴトン――

 ガチャ!

「な、何の用だ!」


 さっきまでデレデレ顔でペラペラ喋っていたのに、急に厳しい顔と口調になってドアを開けるシラユキ。


「あの、シラユキさんと話がしたくて」

「話……敵と話すことなんて無い……」


 いきなりつれない返事のシラユキ。この女、頭の中で考えている事と実際に喋っている態度が違う。特に男と話す時は緊張からか冷たい態度をとってしまうのだ。


「でも大事なことなんです。戦争をやめてほしい」

「戦争……戦争など無くならない。この世は弱肉強食」


 シラユキの心がパニックだ――


 ああああぁ~っ! 私のバカバカぁ! 何でそんなこと言っちゃうのよ。本当は戦争なんてやりたくないのに。私は静かな場所で本を読んだり年下男子をナデナデしたりして、心穏やかに暮らしたいだけなのよ。


「シラユキさん!」

「はひぃ……」


 突然ナツキに名前を呼ばれ、ちょっとだけシラユキの地が出る。変な返しをしてしまった。


「シラユキさんが寝ている間に街の噂を聞きました。子供が馬車に石を投げたって話です」


「そ、それが何か?」

 シラユキの顔が険しくなる。どうせ子供を泣かせたという話だろうと思っているようだ。


「噂では、謝る子供を泣かせたうえに、騎士を恫喝どうかつしてオモラシさせたそうですが、それは嘘ですよね」


「えっ」


「本当は止めようとしたんじゃないですか? 小さな子供が処刑されるのは可哀想だから、助けようとしたんだと思います。シラユキさんは優しい人だから」


「ち、違う……私は冷酷非情の大将軍。戦いに私情など持ち込まない。ただ敵を倒すのみ」


 心にもないことを言ってしまうシラユキ。


「ボクには分かります。だってシラユキさんは弱い魔法で戦ってくれたじゃないですか。本気を出せば大魔法を使わなくても一撃でボクを倒せたはずです。ボクのスキルが効かないほどの強い人なのに」


「そ、それは……」


 相変わらず顔は険しく鋭い目をしているシラユキだが、心の中では滅茶苦茶動揺していた。


 もうっ、何なのこの子。私が欲しい言葉をくれるし。そんなのされたら好きになっちゃうじゃない。

 というか、あのスキル凄く効いてるんですけど。足腰がガックガクになるくらい効きまくってるんですけど。本気で効いてないと思ってるのかしら。


「シラユキさん」

「な、何かしら」

「デノア王国への侵攻をやめてくれませんか?」

「そ、それは……」


 ナツキの真っ直ぐな瞳を見て、シラユキの決心が鈍る。帝国にいて皇帝の言葉は絶対である。命令に背くなどあり得ない。ただ、現皇帝は幼く、代わりにアレクサンドラ元老院議長が代理で言葉を伝えている。


「明日もう一度、ボクと勝負をしてください。シラユキさんは強いから、ボクは勝てないかもしれません。でも、ボクは誓ったんです。皆を守るって! 国を守る勇者になるって!」


「勝負ですって……」

 はああああぁ~ん♡ ダメダメぇ。もう一度あんな精神攻撃を受けたら、絶対に立っていられない。今度は部下の前で失態を見せてしまうかも。ど、どうしよう……。


「んんっ、コホンっ。勝負なら今してあげるわ。ベッドの上で」


 何を血迷ったのか、シラユキがベッドで試合をすると言い出してしまった。部下やフレイアの見ている前でガックガクにされるより、密室で堕とされる方が良いと判断したのだろう。


 二人の第二ラウンドが始まろうとしていた。


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