第7話 寂しがり屋の大将軍

 再び街のメインストリートをシラユキの車列は進む。不機嫌そうな顔の彼女が側近の方を向くと、小刻みに震えていたその女性の足がガタガタと大きく振れだした。


「はぁ…………」

 溜め息をつくシラユキ。


 そして、自分が何か気に障ることをしたのかと勘違いした側近が、余計にビクビクと怖がってしまう。とにかくシラユキは部下や側近にも怖がられているのだ。


 結果的に石を投げた子供を助けたのにも関わらず、更にシラユキのイメージが怖い女になってしまったようだ。

 昔からそうだった。完璧過ぎる超絶美形に切れ長の鋭い目つき。無口で不愛想な性格。怒っている訳ではないのに、勝手に周囲に怖がられてしまうのだ。



 シラユキは、心の中で毒づいていた――――


 何よ! 泣かなくてもいいじゃない。せっかく助けてあげたのに。

 それに、あの騎士もおもらし・・・・なんかして……。これでまた私のイメージが悪くなっちゃう。きっと、部下にパワハラする鬼将軍とか言われるのよ。何よ、人の気も知らないで。



 そう、実はこのシラユキ、単にコミュ障で人から誤解されているだけだった。何となく見た目が美人過ぎたり無口で不愛想なので、勝手に周りが怖いイメージを作り上げているだけなのだ。

 本当は、人とのコミュニケーションに飢えた寂しがり屋である。


「はあ…………」


 溜め息をつくシラユキに、側近が「っひぃぃ~」と声にならない声を上げた。自分が大将軍の機嫌を損ねたのではと勘違いしているのだろう。

 もう私は一生男に縁が無く処女なのではないかと、シラユキが諦めムードになりながら馬車は進んで行く。


 ◆ ◇ ◆




 リリアナ南部城壁都市にある執務室。本来はフレイアの仕事場であるこの部屋だが、今は甘ったるい雰囲気に包まれていた。


「ほら、ナツキ少年。お菓子をたべるかい♡」

「あ、あの……何でボク、お姉さんの膝の上なんですか?」


 イスに座ったフレイアが、自分の膝にナツキを乗せて、後ろから抱きしめているのだ。もうラブラブバカップルのように。


「はい、あーん♡」


 お菓子を摘まんでナツキの口元に持ってゆくフレイア。ラブラブカップルおやくそくの『あーん』で食べさせるアレをやろうとしているようだ。


「だから、ちょっと待ってください。あ、当たってます。お、おっぱいが当たってますから。マズいですよ。まだ付き合ってないのに」


「よいではないか、よいではないかぁ♡ 私は彼女候補なんだから、実質もう彼女みたいなもんだろ。ナツキ少年よ」


 やはり済し崩し的に恋人同士になろうとしているようだ。ルーテシア乙女のフレイアとしては、押して押して押しまくれのドスケベ精神なのかもしれない。




 コンコンコン!

「フレイア様――」


 そんなフレイアの一方的な性欲全開の執務室に、シラユキが到着したとの知らせが入る。部下の女騎士が部屋に入り報告したのだ。


「うむ、私が出迎えよう」

「はっ!」


 報告をした女騎士の目が泳いて、太ももをモジモジと擦り合わせている。目の前のラブラブバカップルな二人を見て興奮しているのだろう。


「なんだ、何か言いたいことでもあるのか。ナツキは私のだ。やらんぞ」


 フレイアがギュッと膝の上のナツキを抱きしめながら言う。


「い、いえ、何でもありません。し、失礼します」

 顔を真っ赤にした部下が部屋を出て行った。きっと今夜は眠れない。


 ◆ ◇ ◆




 シラユキが城の広間に入ったところで、フレイアが出迎えた。露出度高めで色気を振りまき活発な印象のフレイアと、気品漂い他を寄せ付けないクールな印象のシラユキ。まるで正反対な二人の対面だ。


「よく来たなシラユキ。何も無いがゆっくりしてゆくと良い」

 笑顔のフレイアが気さくに声をかける。


「ええ……それより、途中で耳に入れたけど、停戦したってどういうこと?」


 シラユキが全く表情を変えず、停戦した理由を訊ねる。そして、その目はフレイアが抱いている少年を見ていた。


「まあ、細かいことはどうでも良いでしょ。私はデノア王国を滅ぼすより楽しいことを見つけたんだ。男は良いぞぉ♡ あっ、万年非モテの永遠処女シラユキさんには関係無かったわね。ぷーくすくす」


「ちょ、ちょっとフレイアお姉さん」


 わざとシラユキを挑発するようなフレイアに、ナツキがいさめようと口を挟んだ。


 ピキッ、ピキピキピキピキ――――


 シラユキの周囲から冷気のようなオーラが出て、広間の温度が急激に下がる。部下達が皆「ひぃぃ~」と悲鳴を上げて逃げ出した。


「ぐっ……ぐぐっ……万年非モテ……永遠処女……うううっ」


 鋭い目つきを更に険しくしたシラユキがフレイアを睨みつける。


 貞操逆転世界のルーテシア帝国において、女性に非モテだの永遠処女だのと言うことは最大の侮蔑であった。女ならば男の一人二人をはべらせるのが普通である。一般社会で童貞イジリをされるくらいの憤慨ものだと思ってもらえれば分かりやすいだろう。


「はあぁ♡ 男は良いぞぉ。特に若い男は。もう最高ぉ♡」


 デレッデレになったフレイアは、全く周りが見えていない。そもそも自分も処女なのを忘れているようだ。


 人は異性関係になるとマウントを取りがちだ。特に、急にモテ期がくると、それは顕著に表れる。大将軍なのに意外と人間が小さいと思われそうだが、今まで男に避けられていたフレイアにやっときた春なのだ。ちょっとくらい多めに見てほしい。


 そして、当初の目的を完全に忘れたフレイアが、シラユキを挑発して一触即発の状態になる。本当に困ったお姉さんである。


「フレイアお姉さん! ボクはシラユキさんを止めようとしているのに、何で怒らせてるんですか! もうっ、ダメじゃないですか」


 ナツキがフレイアを注意する。このままフレイアに喋らせていては大変なことになりそうだ。


「あぁ~ん♡ ごめんなさい。怒らないでよぉ。ちょっと自慢したかったんだもん。またお菓子食べさせてあげるからぁ」


 ナツキには弱いフレイアが体をクネクネさせて謝った。


「その少年は誰?」

 シラユキが問いかける。喋り方は淡々としているが、漏れ出ている青白いオーラで怒っているのは一目瞭然だ。


「ああ、この子はデノアの勇者だよ。一騎打ちで私が負けて何でも命令を聞くと約束させられたんだ。熱くて逞しいアレを体の芯まで打ち込まれてな。はぁん♡ もう、すっごく良かったのぉ♡」


「フレイアお姉さん! 言い方」


 誤解を招きそうなことを言い出すフレイア。とっさにナツキが止めに入る。打ち込まれたのは姉喰いスキルであって、決して如何いかがわしいものではない。



 ゴバァ! ビュゥゥゥゥゥゥーッ!

「フレイア……敵の勇者とエッチして寝返ったの」


 シラユキの全身から凄まじいオーラが放出された。それは周囲の空間を凍り付かせる程の迫力で。


「ゆ、許せない……私はボッチなのに、フレイアだけ気持ち良いことして……」


 ツッコむところはそこなのかと言われそうだが、長年男から避けられ続けたシラユキの鬱憤うっぷんは相当なものなのだ。戦争より恋愛関係が大事である。


「ま、待て、シラユキ。男は良いぞぉ」

「お、男なんか……男なんか……私を嫌う男なんか滅べば良いのよ!」


 落ち着かせようとしたフレイアの『男は良いぞぉ』発言で、更にシラユキを怒らせてしまったようだ。もう火に油……いや、氷に塩である。



 ガバッ!

「待ってください。ボクが戦います。フレイアさんは見ててください」

 ナツキがフレイアを庇うように前に出た。


「ちょっと、キミ危ないよ。シラユキは冷酷非情で性格悪いから。あんな氷の女は私が相手するよ」


 フレイアもナツキを庇うように前に出る。やはりバカップルみたいに押し合いへし合いしてしまう。


 イライライライライラ――

 もうシラユキのイライラが増すばかりだ。


「ダメですよ。人のことを悪く言ったら。ボクはシラユキさんのことをよく知らないけど、勝手なイメージで性格悪いとか決めつけたら傷付くはずです」


 ドキッ!

 シラユキの氷の心に微かな光が射す。


「ええぇ、でもでもシラユキって、いつも怖い顔してるし部下を泣かせてるし。それにシラユキ・スノーホワイトって、名前と苗字がかぶってるし」


 そこはシラユキが一番気にしているところだ。シラユキもスノーホワイトも、どっちも白雪みたいである。

 せっかくナツキの言葉で少しだけ雪解けしそうなシラユキの心だったが、フレイアのツッコみで余計にイライラが増してしまった。


「ボクは良い名前だと思いますよ」

「えっ?」


 まさかの敵であるデノアの勇者から援護が入り、シラユキが聞き返した。


「だって、とても響きの良い名前じゃないですか。シラユキさんの綺麗な銀髪にピッタリです。きっと、ご両親が、新雪のように純白の穢れ無い心を持った女性になって欲しいと願って付けた名前かもしれませんよ」


 ドキドキ!

 再び凍り付いていたシラユキの心に灯った微かな光りが広がってゆく。それは、カチカチに固まった心と体を解かし、諦めかけていた男との初体験に心ときめかすくらいに。


「う、うるさい。そんなの、あなたには関係無い」

 うるさいとか言いながらも、内心嬉しいシラユキ。


「ボクはデノア王国を守ります。戦争を終結させて平和にするんです」

「あなた一人で変えられるわけない」

「確かにボクは弱い。でも、守るって決めたんです。ボクと勝負してください」


 ナツキがシラユキに勝負を挑んだ。フレイアが『危ないよ。やめなよ』と過保護感満載で止めようとしているが、ナツキの意思は固いようだ。


「私と勝負……どうなっても知らないけど」

「ボクが勝ったら、何でも言うこと聞いてもらいます」

「ななな、何でも……」


 何でもと聞いて、シラユキが動揺する。


「な、何でも……だと。それってエッチな命令だよね。私、なにをされるの? ま、まさか、フレイアみたいに熱くて逞しいアレを体の芯まで打ち込まれちゃうのかな……ボソボソボソ――」


 小声でボソボソ独り言を呟くシラユキ。青白いオーラを出しながら美しく鋭い目つきで呟く様は、傍からみたら恐怖でしかないだろう。


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