第6話 氷の女

 ナツキがドスケベ女のフレイアに食べられそうになっている頃、デノア王国第二都市キースまで撤退した女教師マリー率いるデノア正規軍は混乱していた。


「やっと、街が見えてきました。私達は助かったのですね」

 マリーが呟く。何度も後方を気にしながら。


 ナツキの同級生女子達も一緒に後方を気にしながら顔を見合わせていた。一人で大将軍を説得に行ったナツキが戻って来ないのだ。


「ねえ、ナツキ君戻らないね……」

「やっぱりフレイアって大将軍に殺されちゃったとか?」

「あいつ、弱いから瞬殺じゃね?」

「でも、ナツキ君のおかげで私達……」


 女子達が口々にナツキの名を上げ噂する。ゴミスキルとバカにしていたのに、その同級生を守るために犠牲になったのは複雑な心境なのだ。


「やめて! ナツキは死んでないし! ぐす、ううっ……あ、あたしが、あんなこと言ったから……あたしのせいでナツキが……」


 ミアのメスガキっぽい顔に涙が流れる。いつもキツく当たっていたのだが、本当は優しく一生懸命なナツキを心配していた。



 そんな一行がキースの前線司令部に到着した時、暗く沈んだ気分が一変する。前線司令官から、まさかの報告を受けたのだ。


「ええっ! ルーテシア帝国炎の大将軍が停戦に応じたですって!」

 マリーが驚きを口にする。


「い、一体何があったのですか?」


「情報によると、我が王国の若き勇者が一人で帝国軍に攻め入り、炎の大将軍フレイアと一騎打ちの末、見事勝利。そして、その見返りとして一時停戦を実現させたとのことだ!」


 前線司令官が述べる。話している本人も半信半疑な顔をしながら。


「も、もしかしてナツキが……」

 泣いていたミアの顔がパアッと明るくなり呟く。


「で、でも、あの弱いナツキ君が?」

「もしかしたら、隠れていた能力が覚醒したとか?」

「まさかぁ、御伽噺おとぎばなしじゃあるまいし」

「でも、それしか理由が思いつかないけど」


 同級生達もナツキの話で盛り上がる。自分達がバカにしていた男子が覚醒し、巨大な敵の大将を打ち破ったとなれば恰好のネタだろう。


「あたしたち、助かったのよ! ナツキがやったの。きっとナツキよ。ナツキが敵の大将軍を倒したのよ!」

 ミアが熱く語る。ナツキのおかげで助かったのだと。


「ナツキ君が助けてくれたの……」

「でもさ、よく考えたらナツキ君って凄くない?」

「そうよね。他の男子なんか逃げ出したのに」

「そうそう、ナツキ君は逃げずに戦ってくれた」

「言われてみれば、他の男子ってゴミよね。普段イキがってるのに」

「それな」

「今まで気づかなかったけど、ナツキってイケてね?」


 同級生女子達が口々にナツキを褒める。

 今まで散々『ゴミスキル』だの『使えない男』だのとバカにしていたのに、ここにきてナツキの評価が爆上がりだ。手のひら返しは人の世の常である。


 ◆ ◇ ◆




 デノア王国でナツキの評価が爆上がりしている頃、当のナツキは最大の危機を迎えていた。ドスケベお姉さんにベッドルームに連れ込まれ、かつてないほどの貞操の危機である。


「ほら、おいで。お昼寝しよっ♡」

 フレイアがベッドに横たわって露出度高めのローブを脱いだ。


「あの……夜は特訓で寝てないので、お昼寝するのは分かるのですが。裸になる必要ってありますか?」


 素朴な疑問である。純粋故にナツキは、女に襲われるなどと思っていなかった。


「え、えっと、ルーテシアでは普通よ。寝るときは裸になるのが普通なの。ほら、キミも脱いで脱いでっ♡」


「ちょ、待ってください」


「ぐへへぇ♡ ナツキ少年の肌スベスベぇ♡ もっと触っちゃお♡」


 ナツキの服の中に手を突っ込んだフレイアが、ベタベタとお腹を触る。事案発生になりそうだ。


 今までも何度か女教師や先輩から狙われることも多かったが、毎回ナツキの姉喰いスキルで勝手に相手が陥落し未遂で終わっていた。しかし今回は、スキルの制御を習得したが故に、フレイアにグイグイ攻め込まれているのだ。


「ちょっと待ってください」

「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いからぁ♡」

「ダメですって」

「ああぁん、ペロペロさせてぇ♡」


 ガタンッ!

 ビビビビビ――

「ダメって言ってるでしょ! 悪いお姉さんはお仕置きです」

 ナツキがフレイアに姉喰いスキルを打ち込んだ。しかも直接体に触れて。


「ひゃああああぁ~ん♡ ダメぇ、許してぇ♡」


 強く濃厚なスキルを直接体内に撃ち込まれたフレイアが、これまで感じたことがない強烈な感覚で体を跳ねさせる。それは体の奥深くで、耐えられない程の甘いうずきを引き起こしてしまった。


「ぷしゅぅぅぅぅ~っ」


 フレイアが、とても人には見せられないような体勢になって布団に突っ伏した。これが帝国最強で誰もが恐れる大将軍だとは、はたから見たら誰も信じないだろう。


 ファサッ!

「ほら、裸だと風邪ひきますよ」


 あられもない恰好で横になっているフレイアに、ナツキが布団をかけてあげた。


「いいですか、え、エッチなのはダメです。そういうのは結婚してからするものですよ」

 真面目な顔してナツキが説教する。


「け、結婚って、デノアでも婚前交渉くらいするでしょ!」

「それは……する人はいますけど」

「ずるいずるいぃ♡ 私もエッチしたいのぉ♡」

「でも、せめて恋人同士でないと」


 ナツキが少し譲歩して結婚から恋人に条件変更した。


 女性上位で貞操逆転世界のルーテシアでは、女は男を壁ドンでもして強引にベッドに引きずり込むのが普通である。『イヤよイヤよもエッチのうち』という言い回しもあるくらいだから。


 ただ、周囲から悪魔のような女と評されている大将軍フレイアは、ほぼ全ての男から怖がられていて食事にでも誘おうものなら泣かれてしまうくらいだった。


 そんな悶々もんもんとした青春を歩んできたフレイアとしては、溜まりに溜まった欲求不満で爆発寸前なのだ。まるでイケナイコト禁止中の男性くらいに。


「やだやだぁ♡ 私も恋人同士になるぅ♡ 結婚して♡」

「ええええ……」


 何かもう、駄々こねる子供のようになったフレイアが、ベッドの上で手足をジタバタしている。


 スキル云々よりも、素直な笑顔や感謝を向けてくれるナツキに、かつてない程の好きという感情が爆発して止められない状態なのだ。フレイアの人生において、自分を怖がらず懐いてくれた少年は彼だけだったのだから。



「あの、まだ戦争中なので、戦争を終結させて平和になったら考えます」


 ガバッ!

 ナツキの話を聞いたフレイアがベッドから飛び出した。


「ホント? 戦争が終わったら考えてくれる?」

「は、はい……考えるだけですよ」

「じゃ、じゃあ、彼女候補ってことで♡」

「はい」

「やったやったぁ! 私が第一候補ねっ♡」


 悪魔のように恐ろしい女と評される、帝国最強七大女将軍の一人、フレイア・ガーラントがナツキの彼女候補になった瞬間である。もう、鼻の下を伸ばしてデレッデレだ。悪魔のような女の面影は無い。


 ◆ ◇ ◆




 翌日、太陽が傾き始めた頃、シラユキの軍勢はフレイアが支配するリリアナ南部の城壁都市へと到達した。

 住民としては、恐ろしい女将軍が支配し乱暴な帝国軍女兵士が街を闊歩かっぽしている状況での援軍とあらば、とても心穏やかではいられないだろう。


 ザッザッザッザッ! ガタガタガタ!


 数万もの大軍勢が街に入り我が物顔で通りを進んで行く。街の人々は目をつけられぬよう頭を下げて通り過ぎるのを待つばかりだ。


 そして、一際豪華な装飾がされた馬車が通過しようとした時、予想だにしない事件が起きた。


「出て行け! 侵略者!」

 ガンッ!


 小さな男の子が車列の前に飛び出し、持っていた石を馬車に投げつけたのだ。その石は豪華な馬車の屋根に当たり、ガラガラと音を立て転がり落ちる。


「貴様! 何をするか! この馬車が大将軍シラユキ様の馬車と知っての狼藉ろうぜきか!」


 すぐに周囲を守っている女騎士が駆け付け、剣を抜き言い放った。


 ガバッ!

「お、お待ちください。お許しを。子供のしたことです」


 母親とおぼしき女性が男の子を守るよう覆い被さり弁明する。何度も頭を下げて。


「ならぬ! 大将軍の馬車に石を投げる行為は、すなわち帝国に対して反逆を意味する! 即刻、親子ともども首をはね見せしめとする!」


「お許しください。どうか、どうか寛大な御沙汰ごさたを」


 頭を地面に擦り付け謝る母親に対し、剣を突き付けた女騎士がニマァと下品な笑みを浮かべた。


「そうだな、母親は斬首で構わんが、息子の方は利用価値があるかもしれぬ。遠征で飢えた女兵士が多いからな。若い男は女兵に与えてイケナイコトしちゃう方が良いだろう」


「あああぁ、お許しを。息子はまだ子供です」


 ガチャ!

「待て」


 その時、馬車のドアが開き、美しい銀髪をなびかせ全てが完璧な造形美を持つ女が降り立った。大将軍シラユキである。


 その女の姿が見えた瞬間に、周囲の兵士も市民も凍り付いたかのように動けなくなる。まるで一気に気温が下がったかのように。


「何故、石を投げた……」


 鋭く冷徹な翠玉エメラルドの瞳でにらむシラユキ。余りの恐ろしさで親子がガタガタと震え出す。


「あああ……申し訳ございません」

「うわぁぁ~ん、ごめんなさいぃ」

 土下座をした母親は恐怖で固まり、子供は泣き出してしまった。


「うっ……も、もうよい。先へ進め」

「で、ですが……」


 シラユキが母子を無視して先に進むよう命令するが、剣を抜いている女騎士が口を挟んでしまった。


 キッ!

「ひはぁ……」

 ジョォォォォ――


 シラユキに睨まれた女騎士が白目をむいて失禁してしまった。余りの恐怖で体が言うことをきかないのだろう。しゃがみ込んだ地面に水たまりが広がってゆく。





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