第5話 世界を救う勇者

 完全にデレデレになってしまったフレイアが、食後のスイーツを食べながらナツキにボディータッチしている。栗色のサラサラヘアーをナデナデしながらニヤニヤが止まらない。


 姉喰いスキルを受け続けただけではない。

 元からショタ好きなフレイアであったが、一晩中スキルの特訓をするナツキを見て気に入ってしまったのだ。


 ひたむきに強くなろうとする真っ直ぐな心。辛い幼年学校時代を過ごしたにもかかわらず、仲間を守りたいという純粋な気持ち。手つきがエッチなのに、実は初心うぶでピュアな少年ハート。

 全てがフレイアのドストライクなのだ。


 なでなでなでなで――

「はああぁ♡ 本当にキミは可愛いなぁ♡」

「え、えっと……フレイアお姉さん」


 ふと、フレイアが視線を感じ周囲を見渡すと、羨ましそうな顔をした側近女性達がチラ見しているのに気付く。


「おい、貴様らは席を外していろ」


「「はい、畏まりました」」

 フレイアの命令で側近達が下がってゆく。


 ナツキとじゃれている時はデレッデレなのだが、部下に向き合う時は恐怖の女将軍の顔になる。帝国臣民にも恐れられている七大女将軍の威厳は健在だ。



 部下が退出し二人っきりになったところで、おもむろにフレイアが話を切り出した。


「ところで、これからキミはどうするつもりなのだい? も、もし、良ければ……わ、私の側近にならないか? 毎日エッチ……じゃない、待遇は保証してやろう」


「ごめんなさい……それはできません」

 ナツキが申し訳なさそうな顔で断った。


「もしかして、報酬や待遇を気にしているのか? それならデノア王国軍にいた時の何倍も払ってやろう。絶対に後悔はさせない」


「ち、違うんです。フレイアさんは良い人だし、スキルの特訓もしてくれた恩もあります。でも、ボクは国を救う勇者になりたいんです。敵に寝返っちゃダメだと思うので……」


 ナツキの真っ直ぐな目で、フレイアが悩殺されそうになる。


「くぅぅ~ん♡ 力ずくでも私のものにしたいのに、そんな綺麗な目で言われたら逆らえないぃ♡」


 デレたフレイアが元の厳しい顔に戻り、ナツキを真っ直ぐ見て話し始めた。


「これは、言い難いことだが……デノアの滅亡は変えられない。例え私が軍を退いたとしても、帝国には他に六人の大将軍がいる」


「そ、それは……」


「大将軍は一人でも一騎当千の猛者だ。そして、それぞれ屈強な騎士や魔法部隊を引き連れている。デノアのような小国では、我らルーテシア帝国の大軍を押し返すのは不可能だ」


 フレイアの話でナツキが黙ってしまう。

 確かにデノア王国の軍は瓦解し戦力もままならない。今ここでフレイアの軍だけ退けても、次々と侵攻する帝国軍を押し返すことなど不可能だろう。


「ナツキ少年、私はキミを失いたくない。このまま戦い続けたら、間違いなくキミは戦死してしまうだろう。わ、私はキミを助けたが、他の大将軍はそうは簡単にいかないぞ。何しろ、とんでもなく性格悪い女とかド変態女ばかりだからな」


 フレイアが自分のことは棚に上げ、他の大将軍をド変態呼ばわりだ。


「デノアが滅ぶのは変えられないのだ。それならいっそ、私の部下になってデノアの統治に協力しないか? キミの仲間の命だけは保証してやろう。それに、キミをバカにした奴らを守る義理などないだろう」


 フレイアの話を黙って聞いていたナツキが上を向く。真っ直ぐな瞳に強い意志を込めて。


「それでも……それでもボクは戦います。確かにボクは皆から『ゴミスキル』とバカにされてきました。でも、良い人も多いんです。パン屋のおじさんは、いつもボクを気遣ってくれたし。定食屋の御夫婦は、優しく声をかけてくれて、たまに一品サービスしてくれるんです。ボクは、そういう優しい人達を守りたい」


 きゅぅぅぅぅーん♡

「か、かっこいい♡」


 ナツキの真摯な態度を見たフレイアがうっとりしてしまう。瞳の中にハートマークが浮かんでいるみたいに。


「そ、そこまで言うのなら、ちょっとだけ協力してあげても良いんだけどね。べ、別に敵に味方するわけじゃないんだから。キミを失いたくないだけなのよ♡」


「本当ですか、フレイアお姉さん!」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「ちょっ、キミ、スキルが漏れてるからぁ♡」

「あ、ごめんなさい」


 何かもう済し崩し的に、フレイアがナツキに協力することになってしまった。ショタ好き姉属性女としては、ナツキの一挙手一投足にドキドキしてたまらないのだ。




 ナツキを執務室に連れて行ったフレイアが地図を広げる。


「これが現状の世界だ。この北方の巨大な国がルーテシア帝国。今、私達はココにいる。併合されたリリアナだ。そして、キミの祖国デノアはリリアナの南にある国」


 フレイアが現状の軍事情報を教えてくれている。


「現在ルーテシア帝国は東方のヤマトミコとは不可侵条約を結んでいて、国境線沿いには小規模の軍しか配置していない。そして、西方のフランシーヌ共和国と戦争中であり、軍の半分はそちらに向けている。だが、戦況は一方的であり、帝国の勝利で終わるだろう。やがて帝国は西方の軍を引き揚げるはずだ」


「はい」


「ここリリアナには私が先陣としてきているが、援軍として氷の大将軍シラユキが向かっている。先ずはシラユキを止めねばならないだろう。西方の帝国軍がコチラに移動する前に」


「ありがとうございます。シラユキさんを説得して軍を退いてもらえば良いんですね」


 屈託ない笑顔をフレイアに向けるナツキ。それだけでフレイアの顔がデレっと緩んでしまう。


「ぐへっ♡ こ、コホン……だが、シラユキは一筋縄には行かぬぞ。なにしろ、彼女は狡猾こうかつで残忍。氷のような心を持った恐ろしい女だ。何やら男嫌いの気があるようだし……そもそも笑った顔を見たことないというか……」


 フレイアの話によると、シラユキは難攻不落の怖い女のようだ。


「分かりました。ボクがシラユキさんと決闘して、何でも言うこと聞かせます」


「あんっ♡ 言い方ぁ」


 何でも命令させると聞いてフレイアが大きな胸を抱いてクネクネする。何でもさせるのは自分にして欲しいと言わんばかりに。


「やっぱりフレイアお姉さんは良い人ですね」

「はうぅ♡ 私を良い人なんて言ってくれるのはキミだけだよぉ」


 ナツキに褒められて大喜びのフレイア。体をクネクネ振る度に、露出度高めのローブの巨乳がぷるんぷるんしている。


「ねえねえナツキ少年、一緒にお昼寝しよっか?」

「えっ、でも……」

「何もしないからぁ♡ ちょこっとだけ」

「そうですね……何もしないのなら」

「やったっ♡ らっきぃ♡」


 完全にドスケベな顔になったフレイアが、下心丸出しでナツキの腕に抱きつきベッドルームに連れて行く。ときおり『ぐへへぇ♡』と変な笑みを浮かべながら。


 ナツキ、最大のピンチである。


 ◆ ◇ ◆




 その頃――――

 デノア戦線派遣部隊第二陣、氷の魔法使いシラユキ・スノーホワイト率いる大軍がリリアナ国境都市付近まで迫っていた。


 一際豪華な装飾がされた馬車にシラユキが乗っている。まるで彼女の周りだけ冷気が漂っているかのような張り詰めた雰囲気で。


 新雪のようにきらめく美しい銀髪。切れ長の鋭い目には、翠玉エメラルドのような深い色の瞳。馬車が揺れる度に、精巧な銀細工のような髪がサラサラと流れて一層美しさを増しているようだ。


 スラっとしたスレンダーな体形は気品が漂い、控え目な胸さえも完璧な造形に思えてしまう。


 彼女はフレイアとは正反対に、胸元が隠れたキチッとした上着を身に着けている。

 だが、スカートから覗く脚は芸術的な曲線を描き、適度な肉付きの良さで煽情的せんじょうてきだ。帝国内でも、密かに彼女の足で踏んで欲しいと願うマニアなフェチが男女共にいるという。


「到着予定時刻は……?」

 シラユキが氷のように冷たい声質で呟いた。


「は、は、はい、もうすぐでございます。明日中には到着いたします」


 側近の女性が、緊張からか声を震わせて答える。シラユキの声が冷たいのもあるが、鋭く美しい目で見つめられると、まるで金縛りにあったかのように動けなくなるのだ。


「そう……」

 静かにそう呟いたシラユキが、視線を馬車の窓へと向ける。


 叱られるのではと恐怖で固まっていた側近が、ホッと息を吐いて力を抜いた。それほどまでにシラユキは恐れられているのだ。



 貞操逆転世界であるルーテシア帝国。女は皆ドスケベで超積極的な国民性であるなかで、シラユキは極めて異質な存在であった。


 権力のある貴族や軍高官の女性ならば、お気に入りの部下男性や男娼をつまみ食いするのは当たり前の世界だ。

 しかし、シラユキはどのようなイケメンにも無反応で興味を示さない。まるで男嫌いのように、冷たい視線であしらうだけである。


 自身の氷系魔法レベル10のスキルも相まって、冷酷無比な氷の大将軍と呼ばれ恐れられているのだ。



 救国の勇者を目指すナツキに危機が迫っていた。いや、その前に……下心丸出しのフレイアにベッドルームに連れ込まれていて、むしろ貞操の危機な気がする。


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