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「なんかめっちゃ疲れたな……」


「……うん」


 控え室に戻って来れたのは、最後のステージ上での挨拶が終わって、およそ一時間後だった。


 挨拶のあと舞台袖に戻ると、旗靼はたなめさんに呼ばれて着いて行くことに。音楽雑誌に掲載するための優勝者インタビュー、それと『シンデレラプロジェクト』の公式ページに掲載するコメント等ををやり切って、最後に旗靼さんから事務所契約の必要書類と説明資料を受け取り、ようやく戻って来れたのだ。


 控え室にはもう誰も居ない。僕らしか残っていない。


 お世話になったスタッフさんや、糸咲さんにきちんと挨拶するタイミングもなかったことが悔やまれるな。後日旗靼さんに電話番号でも聞いて、お礼を言わせてもらうとしよう。旗靼さんとは連絡先交換をした。なにか質問があればいつでも連絡をください、と。そう言ってくれた。


 今はとりあえず、帰り支度をせねば。さてさて。


 着替えようかとも思ったけれど、ティーシャツの上にパーカーを羽織り、ノートパソコンの鞄、ランチボックス、エフェクターケース、ギターケースを持った。着てきたシャツは畳んでランチボックスに綺麗に収納できたし、忘れ物がないかを確認して、よし帰り支度完了だ。


「さあ、帰るか」


 姉さんが車で近くで待ってくれているし、待たせるのも悪いだろう。


「荷物手伝おうか?」


 僕が両手を塞がっているのを見て言った音論。


「平気だよ、来る時も持ってたし。それに音論はほら、トロフィーと花束を持ってるだろ」


「でも葉集くんと比べて、持ちやすいよ」


 旗靼さんから持ち帰る用のトートバッグを貰ったから、トロフィーと書類などはトートバッグに入っている。花束は手に持っているが。


「そのトロフィー、そこそこ重いだろ」


 ガラスで出来たトロフィーは普通に重いし、ガラスの靴がてっぺんに飾り付けられている。デザイン的にめちゃくちゃ折れないように気を遣うだろうから、音論の持ち物はなるべく減らしてあげたいのだ。


 トートバッグに入れたまま、音論はトロフィーに視線を落とした。


「私たち……獲れたね」


「ああ、獲ったな」


 信じられない気持ちと、音論なら当然だと信じていた気持ちが混ざって、なんだか複雑な気分だ。でも嬉しいのは間違いない。だって一位なのだから。


「ねえ……葉集くん」


 トロフィーから視線を僕に移動させた音論は、真っ直ぐに僕を見つめ、


「私は……その、葉集くんの……」


 メインヒロインなの……? と。確認するようにたずねてくる。


 その言葉を誤魔化せる単語や文法なんて僕は知らない。


 自業自得だ。僕が挨拶で言った言葉なのだから。それでイジられたことも、今は理解している。


 だから僕は言った。素直に。もう我慢しないでいいから。


「そうだよ。僕は音論が大好きなんだ」


 恥ずかしい気持ちは不思議となかった。その代わりに、やっと言えた満足感の方が大きい——だって僕がシンデレラを獲りたかったのは、この言葉を伝えるためなのだから。


 スッキリした。ずっともやもやしてた気持ちを言うって、こんなにもスッキリするんだ、知らなかった。


 でも——どうしよう。ここから。


 伝えるには伝えたけれど、伝えてよかったのかまではわからない。


 が——直後、僕は幸せ者だと確信した。恵まれ過ぎていると本当に思う。


 一度トートバッグを置き、両手を自由にした音論は、両手が塞がった僕の口を唇で塞いだ。


 長かったのか、短かったのか、体感では秒速だったから判断不能。唇が離れて、一気に鼓動が加速した僕を見つめ、音論はいつもより咲かせた笑顔ではにかみ、言った。


「私も大好き! えへへ」


 荷物を置き、塞がった両手を自由にした僕は、静かに音論を抱きしめた。


「絶対億万長者にしてやるから」


「…………うん」


「僕はお前が大好きだから」


「うん、知ってた」


「だから……僕と」


「僕と?」


「一生音楽を続けて欲しい。僕と……付き合って欲しい」


「よろしくお願いします」


 耳元で囁かれた言葉は、僕にとって優勝よりも価値がある言葉に思えてくる。


 しばらく抱きしめてから、僕は人生初の恋人の顔をじっくりと眺める。可愛い。


 可愛すぎて困ってしまう。


「あんまり見つめられると……私もう一回ちゅってしちゃうかも……」


「それ僕に見つめる以外の選択肢ないじゃん」


「欲しがりさんだ……えへへ」


 二回目、三回目——と。唇を重ねる。


「葉集くんからもして欲しいな」


「わかった」


 四回目、五回目——唇を重ねる。あまり長居するわけにもいかないし、名残り惜しいけれど抱きしめる時間は終わりだ。


 ふと、僕は気になった。僕がさっき『僕はお前が大好きだから』と言った返しが、『うん、知ってた』だったことが無性に気になり、たずねてみる。返ってきた答えは、


「そ、それはその、えとえっと……きーばリーク」


 である。申し訳なさそうに言われたことで、やたら恥ずかしくなってきた。じゃあ僕が好きだと知ってて、誕生日とかクリスマスとか過ごしてたの?


 なにそれ聞かなきゃ良かったやつじゃん。恥ずかしい。


「牙原さん、やってくれたな……」


「きーばから葉集くんに、二言はないけど一言チクっただけ、って言っておいてって言われてるの」


「ズルい!」


「あとあと、私のお誕生日のときにちゃんと謝ったでしょう、とも言ってた!」


「…………いつ?」


「えとね、葉集くんがきーばに親戚のおじさんって言われてたとき」


「あ……ああ」


 あのやたらと深く頭を下げて『裏切ってごめんなさい』って言われたときか、たぶん。


 記憶力良すぎかよ音論。僕にはそんなシーン、言われてようやく思い出せるレベルなのに。


「まあ、許す……牙原さんを許す」


 なにせ借りがある。音論の全てのサイズをリークして貰った借りがある。それでチャラにしてやろう。


「そろそろ行こっか」


「だな」


 荷物を持ち直し、僕たちは外へ。


 並んで少し歩くと、姉さんの車を発見したので、そちらに向かって足を進める。


「ちょっと待って葉集くん……あのね」


 と。恥ずかしそうにモジモジしながら、呼び止めた僕を上目遣いで見つめ、言った。


「さ、さっきの続きは、また今度ね……私、その先は初めてだし……きっと音漏れしちゃうから」


 恥ずかしそうに、でも僕の心を性癖ごと豪快に掴む台詞だった。


 もし別れたら、音楽を続けられないかもしれない——なんて心配は今はしないでいい。一生しないでいい。


 だって僕は、初めて歌声を耳にした瞬間から、この音漏れシンデレラに解けない魔法を掛けられてしまったのだから。


「僕の性癖を理解し過ぎかよ」


「えへへ……歌唱担当だもん」


 あとは僕が音論に嫌われないようにしなきゃな——と。人生のモチベーションが上がった僕は、音論に、


「行こう」


 と、言った。車に行こうという意味と一緒に——これから先、億万長者になるための道を共にする決意を込めた言葉である。


「うん! どこまでも一緒に!」


「もちろん」


 僕たちが本当に大変なのはこれからだ。


 でも、二人ならやれる。絶対にやれる。


 僕らヨーグルとネロンは、二人で『ヨーグルトネロン』なのだから。










 オトモレシンデレラ! 終わり。

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