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少し目を閉じたつもりだったのに、寝てしまった。
気づけばライブ終了まであと一曲。なんてこった!
慌てて起きた僕の隣で、音論が毛糸であやとりをしていた。なぜあやとり?
「あ、おはよう葉集くん」
「おはよう、やばい寝ちまった!」
もったいない! せっかくライブを一番近くで観れる最高の場所に入れるのに、何やってんだ僕は、ちくしょう!
「待って待って——はい、これ」
急いで舞台袖に向かおうとしたら、音論からティーシャツが渡された。
よく見ると、音論もチャイナドレスの上に同じティーシャツを着用している。
「最後、出演者全員でステージに立って挨拶するときの着替えにどうぞ、って。さっき糸咲さんが来て渡してくれたの」
マジか、糸咲さんが来たことすらわからずに寝ていたのか僕……起こしてくれれば良いのに、とは思ったけれど、よほど僕は緊張から解放されて、気が緩んでいたのだろう。
既に控え室には誰もいないし。みんな舞台袖待機中なのかもしれない。
急ぎ上を着替えよう。パーカーとシャツを脱ぎ、僕はティーシャツをすっぽり被った。
「おお……肉体!」
「どんな感想だよ」
引き締まっているわけでもない僕の肉体に需要なんかねえよ、と。そんなことを思いながら、僕は音論に手を差し伸べた。
「行こう、いよいよ結果発表だ」
「うんっ!」
手を握った音論を立たせて、僕たちは舞台袖に移動。
最後の曲が丁度終わったタイミングで、ステージは明るいまま、僕たち出演者全員でステージに向かう。
「今日は来てくれてサンキュー! 改めて出演者全員で感謝しまーすっ!」
大トリをやり切った大先輩が言って、僕たちは一斉にお辞儀。
頭を上げて、ステージに向かって手を振ったり、ピースしたり、それぞれがそれぞれの形で感謝を伝えている。
僕も遅れぬように、手を振った。どこにいるのかわからないけれど、姉さん、エンペラーショタコンさん、馬島くん、牙原さんたちに、届いてくれただろうか。
大トリアーティストは、全員男のバンドグループなので、ステージ上で雑に衣装を脱ぎ、僕らと同じティーシャツに着替えた。脱いだ時の歓声でステージが揺れたかのように感じる。
「さて、ここからはみなさんが投票してくれた結果を発表したいと思いまーす! 楽しみでしょー!?」
着替え終えたバンド『Dark《ダーク》 Noise《ノイズ》Cherry《チェリー》』のボーカルであり、リーダーでもある
観客から『気になる〜』やら『当たり前〜』やら、色んな言葉が飛び交い、反応を嬉しそうに受け止めている。
「スクリーンに注目——はいドーン!」
掛け声のタイミングで、スクリーンにファイナリストの名前が映し出される。
「さてさて、誰が一位なのかなー、誰かな誰かな誰かな誰かな〜」
楽しそうだな、そのポジション。なんか良いなー。
結果を発表される側からすると、ものすごく焦らされて緊張がやばいけど。なぜかギター持ってステージに上がった時よりも緊張してる。
「まず、じゃあ何位から見る? いきなり一位から見てみる?」
「いや、それは違うでしょ神朽。普通に下から順番でしょ」
タオルで汗を拭いながら、バンドでベースを担当している
良いなあズルいなあ。あんなやり取りだけで笑って貰えるなんて……と、ちょっと失礼なことを思ったけど、思っただけだ。
「じゃあ五位から! ドラムロール!」
と言ってもドラムロールはなく、神朽さんがドゥルルルルルルル〜と自前で口にして、五位のアーティスト名だけがスクリーンに表示された。
「第五位——『ナックルアンドナックル』!」
会場から一斉に拍手が巻き起こり、名前を呼ばれた『ナックルアンドナックル』さんは一歩前へ出てお辞儀すると、マイクを渡されて観客に言葉を贈る。
「五位ではありますが、楽しかったです! またここに立てるようなアーティストになりたいって、強く思いました、ありがとうございましたー!!!」
悔しさを滲ませていたが、それは出さず言い切った。
「じゃあ続いて四位このアーティストだ——ドゥルルルルルルルル〜」
神朽さんのドラムロールが終わると、スクリーンに四位のアーティスト名が表示される。
「第四位は『二時の方角に虹ありんす』!」
五位の『ナックルアンドナックル』さんからマイクを受け取った『二時の方角に虹ありんす』さんの挨拶。
「次は一位取りまーーーーーすっ!! あー悔しい!」
叫ぶように言ったその言葉は、本当に心から放たれた気持ちだろう。
「三位ドゥルルルルルルルル〜。『晴れ時々メテオ』!」
「三位……悔しいですけど、でも楽しかった! 楽しませて貰えた感謝が大きくて……でもやっぱり悔しいですっ!」
泣きながらの感謝。その姿にはグッとくる。
「んじゃ二位と一位は一気に行っちゃう!? どうするどうする〜? 思い切ってもう一回五位から発表してみる?」
感傷的にならないように——と。そんな配慮を感じる神朽さんのMCに、会場はまた盛り上がる。
もう一回五位から発表する案は、ベースの想鬼さんに止められて、いよいよ一位と二位の発表だ。
今更だけど、本当に変な感じだ。ここまで残っていることも含めて、テレビや音楽雑誌でしか見たことないアーティストに囲まれ、結果を発表されるなんて。
幸せ者だな、僕は——と。そう思うと、まだ発表されていないのに泣きそうになった。
グッと涙を我慢。
「一気に行くぜおらあ——ドゥルルルルルルルル〜」
そして——残された僕らか色ノ中のどちらかが一位になる瞬間が訪れた。
スクリーンに映し出された名前を見て、僕はもう限界だ。
我慢した涙は我慢できない。勝手に涙が溢れてくる。
結果を神朽さんが口にする前に、スクリーンに映し出された名前を見て、音論が僕に抱きついて来た。もう我慢できない僕は、涙を流しながら抱き返した。
「一位『ヨーグルトネロン』! 二位『色ノ中識乃』!」
まずは色ノ中ちゃんから——と、マイクを受け取った色ノ中が、観客に向かって言葉を贈る。
「今日はありがとうございました。二位。ありがたい結果です。でもここがわたしの最高地点ではありません。もっともっと……もっともっともっともっと大きくなって、このステージに呼んで貰えるアーティストを目指したいと思います。応援、よろしくお願いします」
冷静に——しかし、悔しさは隠せていない。
色ノ中が泣いてるところ、初めて見た。幼馴染なのに。
「じゃあいよいよ一位の挨拶、めっちゃ面白いこと言って貰いましょう!」
神朽さんやめて!? 無茶振りしないで!?
マイクを受け取った音論がめちゃくちゃ戸惑ってる!
「あの、私……えと、き、今日の朝ごはんはサバの塩焼きとシジミのお味噌汁を食べました! 美味しかったです!」
なに言ってんだ、って。僕ですら思った。
なのに会場からは笑い声が聞こえてきて、滑ってない。
「あと目隠し取っちゃいましたー! そんなネロンから言えることは……」
そう言って、マイクを下ろした。
大きく息を吸い込み、そして——マイクを使わずに、叫んだ。
「ありがとーーーーございまーーーーーーーーすっ!!」
よく通る声が、会場の隅々まで広がり、反響する。
改めて思う。この声質は、とんでもない才能だな。
お客さんからは今までで一番大きな拍手喝采。マイクを下ろして直接届けられた声に、観客席は盛り上がる。
「はい、ヨーグルさん。面白いことどうぞ」
わざわざマイク使って音論が言いやがった。僕に面白いことを言う才能があると思うなよ!?
「えー、と。ヨーグルです。あの……面白いこと……ですか……」
何も言葉が出ない。頭が真っ白に染まる。
言葉が出ない言葉が出ない。涙しか出ない。
そんな状況で、僕が言えることは、もう面白いことなんかではなく——素直な気持ちだけだった。
「あの……面白いことはちょっと言えないんですけど、これだけは言わせてください……」
涙声で、別に通る声質でもない僕の声は、自分でも聞いていられないレベルだ。
だけど——これだけは言っておきたい。言いたい。
「僕の……僕のメインヒロインをシンデレラにして下さり、本当に、本当に……ありがどゔございまずっ!」
涙声だし、かすれてるし、最悪なコンディションだ。
手のひらで顔を隠しても、隠れない。涙を隠しても声でわかってしまう。もう——なにもできねえよ僕。
号泣する僕に、客席から色んな声が贈られてくる。
動画のコメントみたいに、弾幕のように。
『頑張った!』『偉い!』『ザ、男!』『格好良いぞヨーグル!』『早くデビューシングル出せ!』『ヨーグルきゅーん!』『ヨーグルきゅん頑張ったー!』
と。なぜかわからないけれど、めちゃくちゃ称賛の鳴り止まない拍手と、本当になぜかわからない『ザ、男!』とか『格好良い』とか一番意味わからない『ヨーグルきゅん』とか、さまざまな言葉を頂戴して、暖かさを感じてまた涙が溢れて来る。
「なんかほぼ告白じゃん! こんな大舞台でそれ言うかよ、お前カッケェなヨーグル!」
神朽さんの言葉——え……?
僕なんて言った……? 告白? してないでしょう?
「さーて、男を見せたカッケェヨーグル。そしてネロンちゃん、俺らからも拍手と花束、あと優勝トロフィーも贈っちまうぜ! おめでとー! 受け取れコンチクショー!」
わけがわからないまま、僕らは出演者全員からも拍手を貰い、神朽さんから花束とトロフィーを渡された。
「最後、写真撮ろうぜ!」
神朽さんが言うと、時山さんが高そうなカメラを持って出てきた。
ステージ上で、お客さんをバックに、写真撮影。
ありがたいことに、トロフィーと花束を掲げる僕らをセンターにしてくれて、今日の瞬間を一枚の写真に残してもらった。
本当に、死んでも忘れることのない、大切な思い出ができた瞬間だ——と。僕は心から感謝をする。
受けた恩は、これから返そう——二人で頑張っていこう。
心に刻み込んだ僕の決意と共に、カウントダウン三日前ライブは、無事閉幕したのだった。
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