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「ありがとうございましたー! 『ヨーグルトネロン』でしたっ!」
曲を終え、ステージ上で感謝したネロンさんは勢いよくお辞儀。僕も続き、お辞儀。
顔を上げると、ステージ照明が落ち、僕たちの姿は再び暗転に隠される。
マイクをスタッフに預けたネロンさんは、僕のところまでダッシュして来て、
「ヨーグルさんっ!」
と、興奮気味に両手を挙げた。
「最高だった!」
ネロンさんの両手に、僕の両手を合わせ——ハイタッチ。
そのまま撤収作業の邪魔にならないように、舞台袖に引き返す。
舞台袖に戻ると、すぐに二枚堂さんが手を振りながら走り寄ってきてくれた。
「お疲れちゃ〜ん、
「二枚堂さん……ガチありがとうございました!」
僕は精一杯の感謝を込めて、頭を下げた。
ネロンさんも同じく勢いよく頭を下げた。
「えっ……どしたどした……なんでいきなりマウぴょん感謝されちゃってんの!?」
「最っっっっ高の照明、バチっと決めてくれて……本当はもっと伝えたいんですけど、僕にはこれ以上の感謝の言葉が見つからないんです」
僕の言葉に続いて、
「色もつけてくれてて、私歌いながら凄く凄くテンション上がっちゃいましたっ!」
ネロンさんも二枚堂さんに感謝をたたみかける。
「あううぅ……だ、だって、ほらお仕事だし……マウぴょんはお仕事しただけだし……これがマウぴょんのお仕事だし!?」
ステージ上がる前、泣かないでくださいって言ったからだろうか。二枚堂さんのパターンが変わった。
台詞パターンは変わったけど、めっちゃウルウルしてる。
これで『別に感謝されることなんてしてないんだからねっ!』って言われたらツンデレになっていたんだろうな——とか思いながら、やり切った満足感ともう少しギターをやれた不満感、そしてなにより、もっとあの舞台に立っていたかった名残惜しさを振り払うように、天井を見つめた。
暗い天井。さっきまでライトに照らされていたから、余計に暗く感じて、不思議な気分になる。
しばらく上を見つめていると、他のファイナリストが次々と僕たちのもとへ来て、流れもといテンションでハイタッチからの握手を交わした。
その中に、色ノ中の姿はない。舞台袖にもいない。
けど——僕は知っている。色ノ中が舞台袖で盛り上がってくれたことを。ネロンさんと背中合わせしてるとき、しっかりと見えていたからな。アイツの姿が。
「……………………」
ああ、そうか。僕はきっと色ノ中に勝ちたい気持ちと同じくらい、認められたかったのかもしれない。
天才に認められたい凡才——か。
たった一曲でへし折られた心から——あるいはそれ以前の絶望感から——、僕はここまで持ち直したぞ、どうだ天才、諦めなければいくらでも何度でもゾンビのように立ち直れるんだ、って。それを見せつけたかったのかもしれない。
「ヨーグルさん、お疲れ様」
僕の手を軽く握り、ネロンさんがそう言って微笑んだ。
暗い場所なので顔色までは確認できないが、その瞳はとても綺麗で、カラコンだけの力ではなく、彼女が持つ魅力そのものだと言える。
「お疲れ様、ネロンさん」
握られた手を軽く握り返し、本当なら全力で抱きしめたいくらいだったけれど、それは我慢して内心で呟く。
特等席で最高のメインヒロインを観せてくれてありがとう——と。
「さあ、控え室に一旦戻ろうぜ」
忙しそうにしてる時山さんたちスタッフにも、短めの挨拶をしてから、僕たちは控え室に戻った。
戻ってみると、このあとステージを控えている先輩たちからめちゃくちゃ褒められて、全員とハイタッチ。
だがその中にやはり色ノ中の姿はない。
気にはなるが、探す体力がないし、僕が探しに行く理由もない。盛り上がってくれてありがとうなんて、そんな感謝するのも変な感じだし、あれでも一応幼馴染なのだから、言葉にしなくとも伝わるだろう。
ファイナルの結果発表は、ライブの最後に
疲れたな…………でも、この疲労感、なんて心地良いんだろう。
「私、おトイレ行ってくるね」
「おう、気をつけてな」
僕に比べて、まだまだ元気なネロンさんは、トコトコと小走りでトイレに向かった。
その間僕は、タオルを顔に乗せて、すこし目を閉じた。
※※※
トイレに向かうと言った音論だったが、行き先はトイレではなく、ライブ中は誰もいない通路。
「色ノ中さん」
そこで色ノ中識乃を見つけ、声を掛けた。
掛けられた声に、視線を音論に向けた色ノ中識乃は、腕を組み通路の壁に背を預けて、微笑しながら言う。
「約束、覚えているかしら」
約束——それは、ステージに上がる前の約束。
葉集が舞台袖でライブ観戦に集中していたさなか、二人でトイレに行き、手を洗いながら交わした言葉。
「はい、もちろんです」
「ならいいわ。わたしの負けよ好きにしなさい」
負け——というのは、ファイナルの結果ではない。
このステージで、ファイナルを優勝した方が葉集に告白し、負けた方は一生葉集に気持ちを伝えないという賭け。
色ノ中識乃の挑発に乗せられ、堂々と受けて立った音論だったが、その賭けには音論にメリットはない。受けた理由としては、負けたくない気持ちが強かったから、だろう。ファイナルにではなく、葉集への想いの強さで。
「まだ結果は出てませんよ?」
「結果がたとえわたしの勝ちだったとしても、わたしの負けよ。あんなに楽しそうにするはっくん、小さい頃からずっと知ってる幼馴染なのに……初めて見たのだから」
「でもそれじゃ、賭けになりません」
「いいのよ、ならなくて。最初から賭けになっていなかったのだから」
色ノ中識乃の言葉もその通りだ。葉集の気持ちは、完全に音論が独占状態であり、賭けなど成立していない。
それでも、色ノ中識乃なりの必死の抵抗だった。
でもそれはもうやめた。彼女は足掻き終わった。
気持ちを伝えない。一生——そんな約束をしたとしても、そしてきっちりと守り通したとしても、きっとすぐに葉集から音論に伝えてくると察してしまったからである。
色ノ中識乃には、それくらいの覚悟は読める。
天才だから——ではなく。幼馴染だから。
「これ、あげるわ」
そう言って色ノ中識乃は、音論にスポーツドリンクを投げた。
受け取った音論は感謝を伝え、ふとラベルに視線を落とす。
そこには色ノ中識乃が書いた、メッセージがあった。
『彼は魔法使い気取りの王子様よ。自分の才能にも気づいていない愚かな王子様。ちゃんと捕まえておきなさい、油断するとあの才能はどこまでも遠くに行くわよ』
と。ラベルの文字の上から、油性ペンで書かれたメッセージ。ボトルを渡した色ノ中識乃は音論の方へ歩み寄り、肩を抱いた。
「ネロン——あなたが油断したら、今度はわたしが泥棒ネコになるから」
泥棒ネコと呼ぶのをやめろ——葉集の言葉に従った色ノ中識乃は、そう言って気丈に、そして可憐に笑い飛ばした。
「またいつか、ライブご一緒したいです、色ノ中さん」
「またの機会があったら、じゃあそのときはわたしが大トリを貰うわよ」
「負けません、絶対に」
ふふ——と。あくまで強がりを貫いた色ノ中識乃は、そのまま舞台袖の方へ向かって歩き出した。
その後ろ姿を見た音論は、小さく呟く。
「強くて格好良い人だ……」
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