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 色ノ中識乃は、ステージに立つ『ヨーグルトネロン』を見つめ、歯軋りをした。


「……どうして……わたしじゃないの…………」


 あそこに立っているのは——と。歯を食いしばる。


 色ノ中識乃が柿町かきまち葉集はぐるを意識し始めたのは、彼の母親が亡くなった後だった。


 それまで彼女は、葉集を意識したことはなかった。ただの幼馴染——と。それ以上の感情はなかった。


 が、落ち込んで落ち込んで、肩を落とし続ける彼の背中には、幼馴染として日々心を傷ませていた。励ましてあげたいけれど、言葉が見つからない。もどかしい日常に自分の無知を呪ったほどに。


 だがある日、彼は急に立ち直ったのだ。あんなに絶望感を漂わせた背中は逞しくなり、泣くこともなくなった。


 一体なにがあったのか——当時の彼女なりにリサーチし、得た情報は、彼が音楽で立ち直ったことを知る。


 そして彼が作曲家を目指していることを知った。


 落ち込んでいた背中は、いつの間にか夢を追いかける背中に変わっていた。


 その姿を見た彼女は、ひとつ下の彼が夢を見つけたのに、自分には夢なんて、それこそ将来なりたいものすらない、つまらない人間だ——と。当時小学生だった彼女は、自分を責め続けた。


 その姿は、ある種の自暴自棄とも言えるだろう。なにも小学生から夢を持つ必要はないと言う人もいるだろう——けれど、絶望から自分の力で立ち上がった幼馴染という距離の近い人間が夢を見つけて、それを純粋に追い掛ける背中はとても大きく、幼い彼女の目にはまるで、ヒーローのように映ったのだ。


「思えば……あの時からよね、わたしがはっくんを追いかけているのは」


 夢を追う背中を追いかけた少女。


 追いつきたくて、追いかけた。必死に。


 葉集の背中を追いかけ、自分も作曲をしてみようと思い至るまでには時間を使ったが、思い至ったあと行動するまでの時間は必要なく、すぐに作曲作業に取り掛かることになる。


 不幸だったのは、彼には才能がなく、彼女には才能があったことだろう。


 不幸にも——不公平にも。


 その才能は葉集が幼いながらに積み上げた努力を一瞬で抜き去った。皮肉にも、追いかけた背中を一歩目で追い越したのだ。


 たった一曲、されど一曲。


 心を折るには、十分な曲。


 その曲に彼女は、自身への皮肉を込めて『夢喰い』と名付けた。歌詞は付けていないが、いつか作詞する日もくるかもしれない。


 あるいはその曲こそ、彼女が葉集に書いて欲しい曲とも言える。


 母親の死に絶望し、一曲に絶望し、しかしそれでも彼は音楽から離れることはなかった。姉である葉恋の誘いから作詞という方向に可能性を見つけ、葉恋の同人サークルでデビューする。


 色ノ中識乃が歌唱を始めたのは、葉集がハグルマンとして活動を始めたからである。歌声の才能を解き放つきっかけは、葉集が知ることはないが、葉集自身なのだ。


 当時、葉集は中学三年。色ノ中識乃高校一年。


 サークルで作詞を始めたことを知り、彼女は葉集の姉に直談判し、自身を売り込みゲーム曲のボーカルを勝ち取った。


 全ては葉集の歌詞を歌うため——だけど、葉集の書く歌詞はゲームのために書かれた歌詞であり、彼女のために書き下ろされた歌詞ではない。


 それでも良かった——たとえ自分のために書き下ろされた歌詞でなくとも、歌詞を葉集が書いてくれて、自分が作曲して編曲する。それだけで、まるで自分たちの子供のように感じられて満足だったのだから。


 けれど、それだけでは満足できなくなってしまったのだ。


 言ってしまえば嫉妬だ——音論の出現により。


「まさかここまでの泥棒ネコだとはね……」


 自分の方が上だ。ルックスも声質も、何もかも。


 あの泥棒ネコに劣っているところは何一つない。


 そう信じている——そう信じていた。


 このファイナルステージで、ネロンの歌を聴くまでは。


 あんな姿を見せられては、葉集との賭け——自分が勝ったら組んでもらうという約束すら、きっと無理だと気づき、色ノ中識乃は精一杯の強がりで微笑した。


「ズルいじゃない……あんなに楽しそうで……はっくんも」


 あそこに自分がいないことが悔しい。隣に立てなかった自分が惨め。天才と呼ばれようと必ずしも万能ではない。才能がないことだってある。


「わたしには……年下キラーの才能がなかったようね」


 呟き。それは、失恋を悟った、彼女なりの敗北宣言。


「でも、シンデレラは譲らないわよ……まだわたしの有利は揺るがない」


 客席の盛り上がりは、ファイナリストでは最高潮。


 しかし、彼女の言葉も間違っていない。温度差がある。


 いまだ、彼女の歌による束縛から自由になっていない観客は、少なくない。


 最高潮ではあるが、会場キャパを考えると、マックスピークとは呼べない。


 彼らが色ノ中識乃に勝利するには、まだ足りない。熱狂が足りない。


「このままなら、わたしの勝ちね泥棒ネコ」


 瞬間——彼女は信じられない光景を目にする。


 そして一瞬で、まるで会場全体に魔法でも掛けられたのか——と。そう錯覚するほどに観客は熱狂と歓声に包まれた。


 全てを舞台袖で目撃した彼女は、全身の力が抜け——膝を床に落とし、呟いた。


「……はっくん、カッコよすぎ……っ!」


 失恋を悟った彼女ではあるが、それでも惚れた相手の大舞台に目を奪われてしまう——だって。


 悟ったが、悟っただけ。失恋したって好きでもいい。


 叶わなくとも。これからは、叶えようとしなくとも。


 涙は流さない。色ノ中識乃が強いから——ではなく。


「泣かないわよ……こんなステージ、涙で滲んだらもったいないもの」


 真っ直ぐに見つめる彼女の視線は、貫けなかった葉集のハートをノックすることも叶わない。


 その代わり、彼女は舞台袖で一番盛り上がる。天才と呼ばれようとも、何度も何度も天才と呼ばれた彼女であろうとも、それしかできないのだから。



 ※※※



 上手くいった上手くいった上手くいった!


 テンション上がる、やべえテンション上がる!


「最っっっっ高に決まった、クソ気持ちいいいいい」


 ネロンさんと背中を合わせ、互いに体重を預けながら、僕は呟くように口にしていた。僕の声は当然マイクが拾うこともなく、ボルテージの上がった熱狂に呑まれた。それが最高に楽しい!


 歓声が嬉しくて気分良くて心地良くて気持ちいい。こんな経験、二度とできないかもしれないとさえ思える。


 二枚堂さんに感謝だ。この作戦は二枚堂さんなしでは成立しなかった、本当にありがとうございます、まさか僕のお願いに二枚堂さんのアドリブまで決めてくれるなんて、なんて感謝すりゃ良いんだ。


 あとは曲を完走するだけだ。ボルテージ最高潮のまま、もう曲は終盤——集まった観客全員を僕たちのことを今後も忘れられないようにしてやろうぜ。



 ※※※


 

 およそ三秒の魔法。それがファイナルで葉集が提案した作戦である。


 事前に二枚堂に相談したのは、その三秒間、ライトをセンターに絞って欲しいと頼んだ。


 二枚堂の快諾により、その作戦は実行された。しかも二枚堂のアドリブにより、二人の目隠しカラーである、パープルとグリーンのライトでセンターを彩った。


 だが二枚堂のアドリブはそれだけではない。舞台上の二人は気づかなくて当然であるが、センターを照らしてからずっと、舞台上の様子は観客に向けて、ステージスクリーンに映し出されていたのだ。


 作戦自体は単純なものだ。しかし勇気と覚悟は必要になる。


 その作戦を葉集が思い付けたのは、姉である葉恋のおかげだろう。


 自身の作家デビューで、顔を晒した姉の覚悟と勇気。


 それを受け継いだ弟は、今舞台上で目隠しを外した。


 ネロンも同じく。ステージ中央、あらかじめ決めていたタイミング。


 楽曲二番の歌詞『解けない魔法かけて』——と。ネロンが歌ったあとの三秒。


 その三秒は、次の歌唱に入るまでギターも止まる。


 メロディだけで、歌唱も止まる。その三秒で彼らは、ステージ中央に走り寄り、そして——互いの目隠しを解き合ったのだ。


 ネロンはヨーグルの目隠しを。ヨーグルはネロンの目隠しを——互いに解き合い、それぞれ手にした目隠しを手首にリストバンドの用に巻き付けた。


 互いに背中合わせでのパフォーマンスにも、客席のボルテージは加速している。


 普段顔を隠しているアーティストが、素顔を晒した。


 顔を隠しているというハンデをアドバンテージに変換することで、色ノ中識乃が観客にめたかせから解き放つ。


 仕掛けは単純。効果は絶大。


 彼らを知らない人間だけならば、そこまで効果は期待できなかった——が、この会場の観客席には彼らを知る人物が、少なくとも最低四人いる。


 最低人数はわかれど、最高まではわからない。


 だが、何人でも構わないのだ。一人でも二人でも。


 ゼロでなければ構わない。広い会場、しかし観客と観客の距離は広いとは言えない。


 熱気——熱狂。彼らを知る人間が一人でも存在する限り、その熱さは客席を駆け巡り、伝播でんぱする。


 顔を隠していたから出来た作戦。もう一生使えない作戦。


 二度と訪れない、今日だけのメモリアル。


 この日だけの特別な瞬間。それを観れた——と。観客は一斉に盛り上がる。


 つまり——『ヨーグルトネロン』が投下した覚悟と勇気の爆弾は、観客の熱気に当てられ誘爆した。会場全体を枷から解き放つ爆風を巻き上げ大爆発したのだ。


「前言っとったルール内の卑怯行為ってそういうことかいなっ! ヨーグルくん、めっちゃわかっとるやん!」


 その様子を観ていた糸咲は、興奮気味に叫んだ。


 叫んだところで、声は熱狂に呑み込まれる。


「ライブは生き物盛り上げてナンボ! ようやったようやりやよったであの最年少どもめ! それでこそ俺が呼びたかった男やでホンマ!」


 両手を突き上げ、糸咲は飛び跳ねる。疲労困憊していたはずなのに、その疲労を感じさせないほどに。


 スクリーンに表示される歌詞、ステージの主役。


 どちらからも目が離せない糸咲が、この爆弾で一番喜んだ人間かもしれなかった。




アーティスト名『ヨーグルトネロン』

曲名『セクシャリーダンスパーティー!』

作曲歌唱・ネロン

作詞編曲・ヨーグル




さあ 幕を開けて Ah SHOWTIME!


お待ちかねDance is Dance Party!

始めましょう レッツイグニション!


イッツセクシャリータイム!


踊るネオン 照らされナイトステージ ここはダンスホール

踊るネコ キミはワンコ ダンシングアニマル 人間だってそうでしょ


声を上げて上げて 挙手してハンズアップ! 朝が来るまでとことん踊り明かそう

脚を上げて曲げて セクシーポーズシャッターチャンス

見惚れていないで ねえねえ こっちにおいでよ


手招くワタシは 小悪魔気取って

誘ったキミを 落としましょう魔性


Go To Hell? No No 片道切符Heaven行き

Stand up please! Yes! アッパーカモン!

下からそうそう 一緒に果てなく踊ろう 一夜限りのダンスセッション始まり昂るブルブル

don't stop Kiss me 絡み合って

don't stop hug me 求め合って

愛と愛を混ぜ混ぜ混沌 意地と意地を張り合って我慢の限界

まだまだまだまだまだ ネコはまだまだ鳴き足りないの にゃんにゃにゃにゃん


ダンスホールの主役はワタシ おあいにくBANG!

譲らないのよ ここは テリトリー

奪いたいなら ここに エントリー



踊るネコ ワタシはネコ ワンコはそのままお座り待て伏せ

笑うネコ 小悪魔キャットガール 意地悪しても許してにゃんにゃんおねだり


声を上げて上げて オゾンも吹き飛べ! 雨の予報は晴れ女に任せて なんて強がり嘯く

嘘を吐いて吐いて 可愛く舌ペロ 騙される方が悪いのごめん許してにゃ


近寄るワンコに 悩殺はにかみイチコロはい余裕

理性を無くして ほんとう呆れるほどお馬鹿さん


Go To Heaven? No No 片道切符 片恋行き

Stand up please! Yes! ジッパーダウン

下までほらほら 可愛いワンコね もっと鳴いてごらんなさい きゃいんきゃいん

don't stop music ボルテージ上げてこ

don't stop magic 解けない魔法かけて

嘘を愛と偽り混濁 騙した数だけ女は綺麗になる

どんどんどんどん 空っぽのワタシを満たすわ でもまだまだまだまだ腹ペコハングリー


ダンスホールのライトを独占 舌ペロ決めて許してにゃん

欲しがりは ここに ワンコイン

やだ馬鹿ね キミは騙されマジ恋



女の武器を使って なにが悪いの 愛されたいってダメなことなの じゃあ教えてよ 消えない愛を頂戴

やだやだ もっと欲しい 一人にしないで

置いて行かないで 抱きしめて離したら許さない

ダメにした責任とってくれなきゃ許してあげない


don't stop love me とめちゃダメダメ

don't stop love me とめちゃヤダヤダ

声と声が溶け合う共鳴 ネコとワンコ 漏れちゃう鳴き声 セッションセクシーボイス

もうもうもうダメダメ限界 喉が渇いて壊されちゃう五秒前の寸止め一秒 Ah もうダメ狂いそう


いじわる加速 嫌いじゃないの 音漏れ

いたずら笑顔 覚えたトキメキ 照れ照れ


ダンスホールここに終幕 許してあげる特別にBANG!

ごめん嘘 不規則心臓 うるさいドキドキエクスタシー

愛知った ココロ盗まれ 不意打ちくちづけ ほら笑顔


とろける声で甘えて お腹満たされゴロゴロ

喉を鳴らして 耳たぶチロチロ 頬を染めておやすみグッニャイ 愛と踊ったGoodNight

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