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 五番手——か。まさかファイナリストで最後とは。


「ごめん葉集くん……じゃんけん完敗しちゃって……」


「いや、悪くない順番だよ」


 正直、かなり良い。


 ファイナリストの楽曲は、何度か動画サイトなどで視聴している。油断したら負けると思えるくらい、みんな素晴らしいアーティストだし、ここに同じファイナリストとして混ざれてることが将来自慢になるかもしれないと思えるレベル。


 だが——それでも。それだとしても、警戒すべきは色ノ中だ、と。僕の本能が警鐘を鳴らしている。


 だから色ノ中の後ろの順番は、僕が一番欲しかった順番だ。アイツの歌唱力の性質を知っているから、後ろはかなりありがたい。これはかなりのアドバンテージだ。


 残り物には福がある——か。残り物を引くことができたのは音論のおかげなので、幸運の女神と言ったところだろうか。しかもファイナリスト組で最後。インパクトを残すにはこれほどの好順番もない。控えめに言って最高だ。


 本当に音論を幸運の女神——あるいは勝利の女神にするために、僕ができることは、ギターを頑張るくらいしかないけれど、できることがあって良かった。


 僕が見つけた官能シンデレラを、最高のメインヒロインだと、証明する。それが僕の役目だ。


「勝とうぜ」


「もちろん」


 控え室で隣同士に座り、僕たちは決意を固めた。


 刻一刻と、迫って来る時間が早く感じて、だんだん緊張してくる——でも、悪い感じはしない。心地良い緊張感。


 昨夜同じベッドで寝た緊張感と比べたら、大したことないとすら思えてしまう。僕の心臓は昨夜鍛えられたようだ。


 僕らとは離れて座っているが、色ノ中もそれなりに緊張しているようだな。それでもアイツなら、やり遂げるんだろうな、最高のステージを。


 果たしてどのような曲で勝負するのか不明だが、色ノ中の歌唱力ならば、どんな曲にもアジャストする——しかも今回は自分で作詞作曲編曲までこなしているのだから、ベストを出せる曲選をしていることは間違いあるまい。


 だとしても、うちのボーカルはもっと凄い。僕はそう信じている。


「では色ノ中識乃さま、上がるスタンバイに向かってください」


 旗靼はたなめさんの言葉に従い、色ノ中は退室。


 一言くらい声を掛けてやっても良かったが、敵に塩を送る余裕なんてこれっぽっちもない。


 自分たちのことに集中。他は他、僕たちは僕たち。


「ん……?」


 内心集中していても、やはり緊張は誤魔化せない。スマホが震えたのでポケットから取り出そうとした手が震えている。


 情けないぜ、しっかりしろ、まったく——そんな風に自分に言い聞かさせて、スマホを取り出した。


「……助かるな、こういうの」


 表示されたメッセージを見て、僕は勇気をもらった。


「音論、ほら見てみろよ」


 言いながら、画面を音論に向ける。


「音論にも来てるんじゃないか?」


 メッセージは馬島くんから。たった一言『二人ともがんばれよ』ってメッセージだが、その一言でとんでもなく励まされてしまう。ありがとうと返信。


「見てみる!」


 音論もスマホを確認。すぐに僕に向けて来た。


「きーばから!」


 がんばるのよ、ろんろー、柿町くん——と。意外にも僕の名前まで書いてくれて、ちょっと嬉しかったりする。


 スマホを仕舞おうとすると、また震えた。手ではなくスマホが。今度は姉さんからで『あたしに弟自慢させろよ〜』と、プレッシャーを煽るような文章だったけれど、いまの僕の背中を押してくれる最高の言葉だ。姉の脛齧りをして育った弟が頑張って格好付けてやるよ、と返信。


 エンペラーショタコンさんからは『賞金はうちの店に使え』という催促が届いた。気が早いけどその言葉には、割引してよね、と返信してスマホを鞄に仕舞う。


 音論も返信を終えたのか、コートのポケットにスマホを戻した。


 程なくして、ステージの声が聞こえてくる。


 軽めの自己紹介と曲名紹介。そして歌唱が始まる。


 色ノ中識乃の本気が、いよいよ聴こえてくる。



 ※※※



 およそ五分前。


 関係者ルームには、各レコード会社の人間、そして『シンデレラプロジェクト』の審査担当であり、今日のライブスタッフからメンバーまで、全てを集めた糸咲奇王の姿があった。


「いよいよやな……しょっぱなから色ノ中ちゃんか」


 どんな曲を仕上げて来たんか楽しみや——と。小さく呟いた糸咲は、旗靼から受け取った順番表を確認する。


 色ノ中識乃の音楽は侵食からの支配。聴く者の耳を侵食して、支配する。そして中毒性まである。


 侵食してきて支配して、さらに中毒性——仮に病気だったなら、間違いなく厄介なウイルス性のやまいだろう。


「やあ、糸咲さん、こんにちは」


 糸咲に声を掛けて来たのは、三次審査でお借りしたライブハウスのオーナー。お世話になったお礼も兼ねて、糸咲が特別に招待したのだ。


「ご無沙汰してます、オーナーさん。すんません、俺の方から声掛けるつもりやったんですけど、なかなか手が開かんくて」


「あはは、全然構いませんよ、こんな素晴らしいところに招待してくださって、本当にありがとうございます」


「そう言ってくれると、ありがたいですわホンマ」


「いよいよ、決まるんですね……シンデレラ」


「ええ。俺もいよいよ、って感じですわあ、このライブが終われば、ようやっと少しゆっくり出来ますわ」


 審査を一人でこなし、その間に二十の曲を作りあげ、裏方スタッフを召集し、ライブ参加アーティストにも声を掛けた——およそ半年間、糸咲は働き過ぎたと言っても過言ではないくらい、働いた。


「凄い忙しそうでしたもんね、糸咲さん」


「正直死んでまうと思いましたし、今も瀕死っすわ……せやけど、瀕死の俺は今日また生き返ってまうんですよ、きっと」


 ライブは生き物であり、くたくたになった人間に息を吹き込むもの——糸咲はライブこそ、本当に音楽を楽しめる場所だと信じている。


「ライブって、一般のお客さんの場合は、参戦するために仕事はよ片付けてクタクタになったりしますやん? 俺も学生時代に課題レポート必死に片付けて、ホンマしんどくてクタクタやのに、せやけどライブが終わると元気になっとるんすわ」


「では疲れ切った糸咲さんは、もう間も無く生き返るってわけですな。ははは」


「期待してますねん、今日は特に」


「お目当てのアーティストでもいるんですか?」


「『シンデレラプロジェクト』のファイナリストは全員、お目当てのアーティストみたいなもんですわな」


 初めて自分でプロデュースした企画から、新たな才能が飛び立つ瞬間——糸咲はそれが楽しみで仕方ないのだ。朝が嫌いな彼が、今日は早く起きてワクワクしていたくらいに楽しみにしていた。


「オーナーさんは、お目当ておるんですか?」


「そうですねえ……強いてあげるなら、ほら三次の時にものすごいエッチな曲を作ってた『ヨーグルトネロン』ですかね。メロディが異様に耳残りが良くて口ずさみそうになるんですよ。歌詞が歌詞なので口ずさみそうになって、グッと堪えるんですけどね」


「あはは、ええとこ目を付けてますわなオーナーさん。『ヨーグルトネロン』には俺も期待してますねん」


 ライブハウスのオーナーは伊達やないな——と。糸咲はニヤッと笑んだ。


「さて、そろそろ一曲目が始まりますよオーナーさん」


「みたいですね。一曲目は……ああそう、彼女も凄いですよね、色ノ中識乃さん。なんというか、声に魔力めいたものを宿しているような、そんな歌唱力がありますよね」


「オーナーさん、めっちゃええ目、ちゃうな、ええ耳しとるわ。正直、色ノ中識乃とヨーグルトネロン。本来のパフォーマンスを発揮すれば、この二組のどちらかが俺はシンデレラ獲る思てますねん」


 だが——ライブは生き物。良いも悪いも生きているフィールドで、本来のパフォーマンスをできるかは、アーティスト次第である。


 それでも糸咲は色ノ中識乃とヨーグルトネロンに期待せずにはいられない——なぜなら、糸咲がこのコンテストでどうしても声を掛けたかった二人がいるのだから。


 ハグルマンことヨーグル。色ノ中識乃。


 糸咲も初めは理解に苦しんだ。なぜヨーグルは、色ノ中識乃と組んで来なかったのか——と。だがそれは、もうとっくに理解している。


 自分の歌詞を満遍なく表現して歌ってくれるアーティストに作詞をしたい——それは作詞家ならば誰もが思うこと。


 つまりヨーグルの歌詞を世界で一番歌いこなすのは、ネロンだけ——と。糸咲の直感が間違いじゃないことは、もう言うまでもない。


 ここまで来たんやもんな——と。微笑しながら呟く。


 そして最初のアーティスト——色ノ中識乃の曲が始まる。

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