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「んじゃあたし達は、入場まで軽く時間潰してくるから」
そう言った姉さん達は僕たちを車から降ろして、どこか行った。一度駐車してから歩きでその辺散歩するらしい。
「渋滞もなくってサクッと着いちゃったけど、もう中入れるんかな?」
「わかんないけど、行ってみよーよ!」
「だな」
同意してみたけれど、どこから入れば良いんだろうか。正面入り口か? それとも裏口に回ったほうがいいのか?
それすらもわからないけど、正面の方が近いし、とりあえずそっちに行ってみるとしよう。
「まだ入場はご遠慮願います」
普通にガードマンに止められてしまった。
「あ、あの僕ら出場者なんですけど、まだダメですか?」
「でしたら確認のため、お名前を教えていただけますか」
「『ヨーグルトネロン』です」
「え……あ、あーはい、確認できました、ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
なんだあのガードマン。名前言った瞬間、ちょっと動揺(?)した気がするけど、なんなんだろう。
「あ、あの!」
通り過ぎようとしたら、ガードマンに呼び止められた。
「は、はい、なんですか?」
まさか信じてもらえなくて、入れてもらえないのだろうか、じゃあどうすれば良いんだ——と、思っていたら、ガードマンさんは、
「頑張ってください、動画見てます」
と、言った。またかよ視聴者に会っちゃうパターン!
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
僕が言うと音論も続き、感謝を伝えた。このペースで視聴者に遭遇してたら、そのうち顔隠して配信してる意味なくなるんじゃねえのか、とすら思えるけれど、とは言っても
思いがけないところで勇気を貰っちまったよ。
中に入り、控え室がある方へ向かう。
「お、
途中の通路で
「おはようございます、二枚堂さん」
「おはようございます、二枚堂さん」
音論と挨拶をシンクロさせて、お辞儀。
「おはよー、元気してたー?」
「もちろんです、元気元気です」
「ネロンちゃん、なんか今日良い感じのメイクしてる〜、こないだよりめっちゃ美少女じゃん!」
「えへへ……ちょっと気合い入れて貰っちゃいました!」
「カラコンも入れてる? クリクリおめめ似合いまくり〜」
「……なんか照れます……」
「きゃわ〜!」
二枚堂さんが音論をベタ褒めしてるけど、この人よくカラコン見抜いたな……女性だと簡単に見抜けるものなのだろうか。
「ヨーグルくんも、キメッキメじゃ〜ん」
「僕も気合い入れて貰って来ました」
「ひょっとしてウルトラガンロックエクストラハードワックスじゃね?」
「なんでわかるんですか!?」
ワックス見抜くとか、この人ただモンじゃねえな!
「マウぴょん、見る目あるからねーん、男以外……あは、あはは……」
そんな悲しい話題に持っていこうとしないで。そのエピソードについていくには、あと十年くらい僕の歳が足りない。
「そ、そうだ二枚堂さん、僕……というか僕ら二枚堂さんにお願いがあるんです」
「なになに〜?」
「お願いというか、まず確認なんですけど、実は……」
僕はライブ中にして欲しいことがあって、それが可能かどうかを聞いた。
「できるよー。簡単余裕超楽勝」
「お願いしても良い……ですか?」
「おけまる〜。マウぴょんが最高のタイミングでバッチリ決めてやんよ」
「ありがとうございます、二枚堂さん」
「りょりょりょのかしこま〜。ハア……感謝される喜び尊い」
ありがたい。ありがたいけれど、お礼を言うたびにちょっとウルウルするのやめてほしい。どんだけ感謝されて来ない人生を生きてきたんですか、二枚堂さん……マジで。
「とりま、二人とも控え室行っちゃいなよ。まだ誰も来てないから貸し切りだぞーい」
二枚堂さんに案内されて、控え室へ。一番乗りかあ、ライブは四時からなのに二時になったばかりだし、三時にすらなってねえもんな。そう考えると裏方スタッフってずいぶん早くに入るんだな、大変そうだ。
早く来すぎたのは僕らだけど、一番乗りってなんか困るよなあ、どこに居れば良いのかわからないという。
僕が悩んでいると、音論が率先して奥に行って、近くにあった椅子を取った。
「ここに座っちゃおうよ」
それに賛成して、僕も奥へ。椅子を持って隣へ座る。
「始まったら食う時間ないだろうし、今軽く食っちゃうか、サンドイッチ」
そう言って、僕はランチボックスを広げた。
「うおお……サンドイッチとは聞いていたけど、まさかこんなに種類たくさんなんて」
「こっちがタマゴでそっちがツナサンド、その隣がハムチーズで……って見ればわかるか」
「これは?」
「それは照り焼きチキンサンドだな」
「食べて良い!?」
「ああ、もちろん」
「いただきまーす」
僕も適当に食っておこう。ポテサラサンド美味え、たぶん僕、サンドイッチで一番好きなのポテサラかもしれない。
「美味しい照り焼きチキン!」
「そりゃ良かった。飲み物もあるから、ゆっくり食えよ」
ペットボトルのキャップを開けて、ストローを差してから、渡す。
「ありがとう、ストローまで準備してるとは……葉集くんすごい」
「姉さんが持ってろって教えてくれたからだよ」
「これ、なんのジュース?」
「僕がなんとなく作ってうちの冷蔵庫に常備してるはちみつ入り乳酸菌ドリンク」
はちみつとレモン果汁を乳酸菌飲料で混ぜただけのお手軽ドリンク。なんとなく作ってみたら美味かったから、空になったペットボトルを綺麗に洗ってから入れて、我が家では常備しているのだ。
「はちみつって喉に良いとか聞くし、丁度良いかなと思ってな」
「これ、すごく美味しい……甘過ぎず、酸っぱ過ぎず、でも甘くて美味しい」
「それは良かった。うちにたくさんあるから、なんだったら何本か持ってっていいぞ」
姉さんが編集部などからのお中元やらで乳酸菌飲料の原液貰ってくるから、まだまだ大量にあるし。
サンドイッチを食べ終えたが、まだ誰も来る様子がない。
なにせ十分くらいで食べ終わったからな、サンドイッチ。
「ちょっと裏方さんたちに挨拶してこようか」
ここでずっと待ってても逆に緊張するし、少し歩きたいというのが本音だ。
「うん、行こう行こう」
音論の同意も得たので、控え室を出て、時山さん達に挨拶しに向かうことにする。
「おや、おはよう『ヨーグルトネロン』のお二人とも」
裏方スタッフが休憩してるスペースに向かうと、さっそく時山さんに会うことができた。
「おはようございます、時山さん」
音論も僕に続き挨拶すると、時山さんはバナナを取り出して渡してくる。
「食べるかい?」
「ありがとうございます、いただきます!」
音論は躊躇わずに受け取る。ひと口サイズとは言え、あんなにサンドイッチ食ったのに、すげえな。
「ヨーグルさんもどうぞ」
「いただきます」
拒否するのも悪いと思って、まあまあ満腹なのに貰ってしまった。
受け取ったからには食う。音論はチビチビ食っているが、満腹というわけではなく、どうやら味わって食べているようだ。
ならば僕は男らしく食ってやるぜ——と意気込んで、三くちで食ってやった。どの辺が男らしいのかは、僕もわからない。
「おっ、ヨーグルさんいい食べっぷりだねえ。若いって素晴らしいね、もっと食べな食べな」
時山さんに、いい食べっぷりと判断されたことで、新しいバナナ一房が僕に渡された。
ぶっちゃけいらねえ……でも流石に一房なら、いま食わなくても良いだろうし、いただいておこう。
「ありがとうございます」
音論が無言で僕を羨ましそうに見てくるので、控え室に戻ったら全部あげよう。
しばらく雑談を楽しむついでに、時山さん以外への挨拶も済んだし、ぼちぼち他の参加者も集まって来ているだろうか。
「音論、そろそろ他の参加者も来てるかもしれないし、戻ってみるか」
「うん、そうだね。今回はコンテスト参加者以外も集まるから、きちんとご挨拶しないとだね」
音論の同意も得たので、僕たちは時山さんにバナナのお礼と、今日のセッティングをしてくれたお礼を述べてから、控え室に戻った。
戻ってみると控え室には、ちらほらと参加者が集まっていた。コンテスト参加者だけでなく、僕らのあとにパフォーマンスする大先輩たち。テレビや音楽雑誌で見たことのあるアーティストばかりで、いささか僕の緊張がやばい。
ファイナリストは全組揃っているが、皆それぞれ自分のことに集中しているのか、はたまた僕と同じく緊張しているのか、下を向いて精神統一している者もいれば、落ち着かない様子でソワソワしている者もいる。
そんな中、僕ら——いや、残念ながら僕を見つけて近寄って来る奴がいた。
「ああ、久しぶりのはっくんに心が踊ってしまう……落ち着くのよわたし……ここで行動を起こしても逆効果であり、わたしにプラスに働くことはなにもない——だけれど、そもそも愛ってプラスマイナスの損得勘定で説明できたりしないわよね……うふふ、じゃあもういっそのこと、この場で既成事実を成立させてしまえば……そうすれば大勢の証人がいるわけだし、ひょっとして今、千載一遇のチャンスなのかもしれない、うふふ、ならもう服なんて脱ぎ捨てて、抱きつくしかない……?」
「お前独り言が長いんだよ……」
「えっ!? わたしの心の声が届いたというの!? やーん以心伝心、もはや一心同体、気持ちが
「全部声に出してたしうるせえよ。僕が変な目で見られるから、頼むから近づくな」
「ああん、ぬえちゃう……っ!」
「黙れ怪異」
なにそのフレーズ気に入ってんだよ、お前。
ちょっと関わりたくないので、僕は音論の背後に隠れた。
「お久しぶりです、色ノ中さん」
「あら、生きていたのね。とっくに泥棒ネコから捨てネコになっていたと思っていたわ」
「おかげさまで、可愛がって貰っちゃってます」
……音論ってさ。色ノ中に対して強く出るよな。なんなの、その謎の対抗心。すごく頼もしさがあって僕は助かるんだけど。
女子を盾にして頼もしさを感じてる僕。控えめに言って、情けないし、言い訳できないくらいダセえ。
僕が自分のダサさに押しつぶされていると、色ノ中は鼻で笑い、言った。
「勝つのはわたしだけども。順番はまだ決まっていないけれど、わたしの前に歌って盛り下げたとしても安心なさい。わたしが尻拭いしてあげるから」
その挑発に対して、音論は普段よりも強い声、そして口調で返した。
「私も同じ台詞、色ノ中さんにお返しします。安心して盛り下げちゃってください」
強気。なにがなんでも、引くつもりはないという意志の強さを感じた。
うちのボーカルが、ここまで強気なのだ。ならば僕からも一言くらい強がってやろうじゃねえか。
「僕一人じゃお前には敵わない。でもな色ノ中、僕と音論——二人なら、お前に負ける気がしねえよ」
たとえシンデレラを逃したとしても——僕たち二人なら、色ノ中よりライブを盛り上げることは必ず出来る。もちろんシンデレラを絶対に獲りに来たという決意は忘れちゃあいない。
そのための準備はして来た。そのためのお願いも済ませてある。
「僕が見つけた最強のボーカルは、同人界の歌姫にも負けてないと証明してやる」
「ふふ、やはり格好良いわ、はっくん……でも、そこまで言うのなら、じゃあわたしが勝ったら、泥棒ネコと解散して、はっくんにはわたしと組んで貰うわよ」
「じゃあ僕たちが勝ったら、音論を泥棒ネコと呼ぶのやめろ」
あ、しまった。すごい凡ミスをしたことに気づいた。
僕に一生関わるなって言えば良かったじゃんか……。
くそう、情けない姿を見せたから、せめて少しくらい格好良いことを言いたい欲が出過ぎてしまった結果のケアレスミス。ミスに気づいても訂正したらもっとダサくなるから訂正することもできない……行き場のない悲しみである。
「いいわよ、ふふ、本番楽しみになったわ……ふふ、ふふふ」
泥棒ネコは必ず叩き潰す——と。威圧感な視線と言葉を残した色ノ中は、自分が座っていた椅子に戻った。
「葉集くん……私、絶対負けないから」
「信じてるよ。僕をアイツと組ませないでくれ」
「うんっ!」
気持ち、気合い、対抗心、負けないという意志——全てが詰め込まれた、とても良い返事だと感じた。
思わず頭を撫で回したくなるが、せっかく髪をセットしているので我慢我慢。
ひとまず先輩方に挨拶をして、色ノ中以外の同じファイナリストにも挨拶周りの時間である。
全組に挨拶が済むころには時間が過ぎていき、ファイナリスト全員が
「では、これより『シンデレラプロジェクト』ファイナリストの順番を決めます」
旗靼さんは言って、新品のトランプを取り出す。ケースからトランプ出し、五枚を抜き取り箱に戻す。
「私の持つトランプを一枚ずつ引いていただき、若い数字を引いたアーティストから順番にステージに上がってもらいます。引く順番は、じゃんけんで決めてください」
その言葉に音論が「私やっていい?」と聞いてきたので、僕は「任せた」と返す。
最初はグー。じゃんけん——ぽん。
「ぐぎぎぎぎぎぎ…………っ!」
じゃんけんの結果は敗北。音論は最後に引くことに。相当悔しかったのか、出した手をグーのまま歯を食いしばっている。
なにせ一撃で敗北してたもん。グーを出した音論に対して全員パー。完全敗北過ぎてちょっと笑えた。
「大富豪なら負けないのに……っ!」
「まあまあ、残り物には福があるって言うだろ」
たとえどの順番でもやることは同じだしな。
他のファイナリストがトランプを引いて、最後に残った一枚が手渡される。
「では数字をこちらに向けてください」
旗靼さんの言葉に従い、トランプの表面を向けた。
それぞれの番号を確認した旗靼さんは、手持ちのメモ帳に書きこみをして、順番を発表した。
一番目——色ノ中識乃。
二番目——ナックルアンドナックル。
三番目——晴れ時々メテオ。
四番目——二時の方角に虹ありんす。
五番目——ヨーグルトネロン。
「以上の順番でステージに上がっていただきます」
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