5


 その後もリハーサルを続けて、気づけば時刻は夕方に。


 予定では五時までだったが、なんだかんだ談笑したりして、とっくに五時は過ぎているし、おそらくもう外は暗くなっているだろう。


「みんなおつかれさーん!」


 最後の仕上げリハーサルを終えてから談笑していると、糸咲さんが戻ってきた。


「あ、おい糸咲んときてめえ! 買い物ついでにふらつくとか言ってどうせ女と遊んできたんだろ、おいこら正直に話せよなあ? 今日を生きたかったら素直に言えよなあ?」


 真っ先に噛みついた二枚堂にまいどうさん。


 その噛みつきに『予想してましたよそう言ってくるの』みたいな顔をした糸咲さんは、微笑した。


「なに笑ってんだこらおら! マウぴょんがフラれたことがそんなにオモシレーかよ、上等だ顔面に頭でパンチしてやんよ覚悟しろよなあ、歯ァ食いしばれえええっ、砕いてやっかんよお!?」


麻初まういちゃん相変わらずやなあ。絶対そう言うてくる思てたから、ほれ、これやるわ」


「なにこれ?」


「そこそこええ値段するビンテージワイン。ワイン好きやったやろ? メリクリ」


「糸咲んときのそういうところ、付き合いたいと思えないけど好き、メリクリワインさいこー!」


 扱いに慣れてる。なんだあの対応力と予測能力。


「みんな今日お疲れ様、ワインはあれだけやけど、みんなの分もうて来てん、そろそろ届く頃やねんけど……」


 なにを——と、思っていたら、配達員の人が現れて領収書を受け取った糸咲さん。


 数回会話をして、配達員さんはフェードアウト。


「丁度届いたわー。みんなのぶん」


 とりあえず来てみてくれへん——と。糸咲さんの案内で、入り口通路まで来ると、なんか甘い匂いがして来た。


「せっかくのクリスマスやし、ケーキいるやん? 人数分用意して来てん、あとチキン。クリスマスやしチキン食うやん?」


 なんだこの気配りお兄さん。素直に尊敬しちゃう。


 糸咲さんの気配りにテンション上がった音響チームのシャウトが響く。うおおおおおおおおお!


「ち、ちきん……? あの骨がついてて、もしゃもしゃできる噂のあの……絵本とかでしかみたことないチキン……?」


 男連中のシャウトが響く中、貧乏娘が僕の隣で悲しいこと呟きだした。きっとその絵本は図書館とかで読んだんだろうな、って思うと泣けてきて、僕もシャウトに混ざることにした。うおおおおおおおおおお!


 にしても、ケーキもチキンも箱がでけえ。


「今日はホンマ、クリスマスやのに仕事させてもうてすんません。ささやかなことしかできへんけど、ケーキとチキン持ち帰って、家族と食ってください。独り身の人は……頑張って食ってください」


「あはは、本当糸咲ちゃんはそういうところマメだよね。だからワタシらは、糸咲ちゃんの仕事ならいつでも引き受けちゃうんだよ」


「時山さんあきませんて、そないなこと言われたら、また甘えてまいますやん」


「はははっ! 甘えていいよ、糸咲ちゃんならね」


「あかん、頼りになり過ぎでっせホンマ」


「お互い様でしょうよ」


 それに——と。時山さんは振り返り、僕らを見た。


「今日作業が進められたのは、『ヨーグルトネロン』のお二人のおかげですよ。助かっちゃったよ本当に」


「い、いえ、むしろ僕らこそ感謝ですよ。クリスマスなのに、家族がいる人だっていますし、そんな人たちの貴重な時間をお借りして、リハーサルさせて貰って、本当にありがとうございました!」


 僕のお礼に音論も続き、


「私たち、この恩は一生忘れません。時山さんたち音響チーム、二枚堂さん、みんなの貴重なお時間を貸してもらって、本当に恵まれているな、って思いました」


 ありがとうございます——と。二人でお辞儀。


「ファイナルの投票権はワタシたちスタッフにはないから言っちゃうけど、ワタシは『ヨーグルトネロン』を応援してるよ。頑張ってね、ネロンさん、ヨーグルさん!」


 トッキブツさんあらため、時山さんからの応援に素直に感謝を伝えると、続いて二枚堂さんからも言葉を頂戴した。


「マウぴょんもしゅきピに全力エール込め込めキャノンブッパしちゃーう! 頑張れえ!」


 その言葉にもきっちりお礼を返した。


 正直、もう酔ってるのかと思ったけど、まだワインは未開封だった。たぶんストローあったら半分くらい既に吸ってたと思う。


「ひとまず、ヨーグルくん、ネロンちゃん。今日はお疲れ様。二人は電車やしまだ未成年やから、今日は気いつけて帰りや。ネロンちゃんは喉のアフターケアしっかりするんやで。ここからは二人が二十歳超えたら絶対誘ったるから」


 そう言った糸咲さんに、ケーキとチキンの箱を手渡され、僕たちは荷物をまとめて帰り道。


 糸咲さんの言葉に従い、僕は音論に、あらかじめ用意していたのど飴を口に放り込ませて、潤いをもたらすマスクを装備させてから、電車に乗った。


 きっと糸咲さんは独身を集めて呑みに行ったのだろう。でも妹はどうしたのだろうか。一人で勝手に帰らせたのだろうか、いやたぶん連れて行ったんだろうな、妹思いだし。


 しかしすごいな糸咲さん。神気遣い過ぎて本当に尊敬する。


 さて。電車に揺られ下車。時刻はまだ七時くらいだ。未成年だけど、帰るにはまだ早い。


 駅から歩きながら、僕は言った。


「音論、このあと予定あるか?」


「ん? うへへ、チキンとケーキ頬張るくらいかな?」


「じゃあちょっとうちに寄ってくれ。渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの? なになに?」


「ちょっとしたプレゼント。せっかくクリスマスだし」


「え! いいの!? 本気で!?」


「そりゃ嘘で言わないだろ」


「あ、うん。え、なにかななにかな」


「あ、あまり期待するなよ……」


「期待マシマシキャノンブッパしてるの葉集くんだよ?」


「ちょっと二枚堂さんの影響を持ち帰ってるな……」


 音論があんな大人(踏んでないのに爆発する地雷系)にならないことを結構ガチで祈りながら、マンションに到着。


「ただいまー、姉さん荷物届いてる??」


 帰宅してリビングに向かうと、姉さんがゴロゴロしていた。ものすごくラフな格好で。


「おーおかえりー。来たよ来たよ! めっちゃ良い感じのやつ!」


「お邪魔しまーす!」


「おー音論ちゃんいらっしゃーい。早速、こっちこっちカモーン!」


「え、え、え……っ!」


 姉さんに連行される音論からケーキとチキンボックスを受け取り、僕は見送った。


 この日のために、僕はリサーチしたのだ。


 具体的になにをリサーチしたか。それは。


「お待たせーじゃーん!」


 脳内でひとり呟いていたら、完了したようで、ドレスチェンジした音論が空き部屋から姉さんに引っ張り出された。


「ちょっと恥ずかしいけど、す、すごいジャストサイズ……これがシンデレラフィットってやつなのかな!?」


 ジャストサイズ。シンデレラフィット。そりゃそうだ。


 僕がリサーチしたのは、音論の詳細なスリーサイズなのだから。


 スリーサイズだけじゃなく、足のサイズから肩幅まで完全にリサーチした。情報提供、牙原さん。無茶な頼みだから相当な見返りを要求されると思っていたが、なんと牙原さんは無償で協力してくれたのだ(逆に怖い)。


「似合ってるな、さすが」


 オーダーメイドチャイナ風ドレス。僕からのクリスマスプレゼント、という口実を利用して、実は前々から着せたかったチャイナ風ドレスを着せただけだろ、と言われたらぐうの音もでないけれど、きちんと理由はある。


「これ、ひょっとしてファイナルの衣装……?」


「うん。せっかくのファイナルだし、良いかな、って思ったんだけど……どうだろう?」


「良い! 動きやすい! フィット感すごいのに苦しくない、なにこの職人の技術!」

 

 職人の技術ヤバい人に頼んだからな……姉さんの知り合いのコスプレイヤーさんに頼んで紹介してもらった、オーダーメイド専門の人。店はやっていない人だけど、腕だけで数多くのコスプレ衣装を作り、そのどれもが全てのレイヤーさん憧れの衣装とさえ呼ばれる職人——に頼んだオーダーメイドである。


 なんと料金十八万円。高校生のくせに奮発した僕だ。


 ちなみにガラスの靴風の透明なヒールも込みで二十万である。今更だけど良く頼んだよな僕……。


 チャイナ風ドレスに薄手のフォーマルなロング丈ジャケットをオススメしてきた職人様の意見を採用して良かった。ピッタリフィットし過ぎて音論の控えめな胸部でもエロ過ぎるから、あの職人様、本当に神だな……。


「これ、ほんとに私が貰っていいのっ!?」


「逆に、貰ってくれなきゃ誰が着るんだよ」


「うわ嬉しい! でも、なんでこんなに私サイズなんだろ……?」


 不思議だなあ——と、その言葉には無言で僕も不思議そうな顔をして誤魔化した。


「ヒールもピッタリだ!? 葉集くんまさか……」


 やばい。僕が詳細データを牙原さんにリサーチさせて、横流ししてもらったことがバレる!?


「まさか葉集くん……私の腰つきだけで、み、見抜いたの……? う、噂で聞いたことある……特別に訓練された男子は、女子の腰つきだけで、全てを理解する、って……」


「どこの噂だよそれ!」


「きーば!」


「牙原さんあることないこと適当に教え過ぎだろ!」


「葉集くん、本当に本当にありがとう! でもこんな素敵なプレゼント貰っちゃうと、申し訳ないよ……私なにも用意してなかったよお」


「いいよ別に。リターン欲しさにプレゼント渡すサンタさんいないだろ、普通」


 そのドレス姿が一番のプレゼントだし——という言葉は飲み込んだ。


「そのドレス姿が葉集にとって最高のプレゼントだよ」


 僕が飲み込んだ台詞を僕に許可なく吐き出すのやめて欲しいんだけど、この姉。


「とりあえずクリスマスだしケーキ食おうぜ。姉さんも食うだろ、チキンもあるぜ!」


 僕は誤魔化すために、食に意識を誘導。


 なんとか成功して、音論は着替えたあと、僕たちとケーキ、チキンを食ってから、姉さんの送迎により帰宅した。


 チキンを食いながら、ファイナルの対策——僕が思いついた秘策であり卑怯な戦法の賛同も得たので、じわじわとファイナルが楽しみになって来た。


「……………………」


 でも糸咲さん……ケーキもチキンも量多いよやっぱ。


 ケーキもチキンも家族サイズ過ぎるって……。家族サイズにしても多いよ……なんででけえチキン十本も入ってるんだよ。想定したファミリーの数が大家族過ぎるって。


 まあ量の多さに、音論はテンション爆上がりしてたが。


 チキン増し増しサンドが作れちゃうって、感動してた。


「まあ、僕の貰った分は消費出来たからいっか……」


 こうしてクリスマスリハーサルは無事終了。


 ファイナルまで、あと三日。寝たらすぐだ。


 寝る前に忘れずに、お爺ちゃんお婆ちゃんの雪被害を心配してメリークリスマスコールをしてから寝た僕である。


 ちなみにお爺ちゃんお婆ちゃんの二人は、寒いから沖縄に旅行中とのことだった。七十四歳のアクティブ老夫婦!

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