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 一度目のリハーサルを終えると、すぐに音響チームによる細かい修正作業が始まる。


 時山さんがあちこちに指示を飛ばし、テキパキと行動する姿は、高校生から見ると体育会系の部活動とさえ思えてくる。


「インカムの調子はどうかな? きちんと音拾えてる?」


 指示を飛ばし終えた時山さんは、僕らに向かってそう聞いてきた。


「僕の方は大丈夫です」


「私は……その」


 言いにくそうにしている音論に、時山さんは微笑むような顔で優しく言った。


「大丈夫大丈夫、ネロンさん。若い癖に生意気言ってんじゃねえ、なんて言わないからきちんと教えてね。そんなこと言うやつは音響失格だもんね」


「は、はい! ちょっと音が聴きにくいです」


「オッケー。じゃあ少しだけ音量を上げて、あとこっちのイヤーピースにしてみようか」


 外したインカムを受け取った時山さんは、数秒でイヤーピースを交換して、音論に戻す。


 交換スピードの速さえぐかった。わんこそば盛る人くらいのスピード感に職人の魂を感じた!


「じゃあうちの若い連中の作業が終わったら、もう一回行ってみようか」


「はい! お願いしますっ!」


 音論に続いて、僕も同意の言葉を返し、二回目のリハーサル——の前に。


「音論、次は目隠ししてやってみよう」


「うん! 私に巻いて巻いて!」


 その言葉に従い、僕は音論にいつも配信で使っている目隠しを装備させる。


 代わりに僕の目隠しも音論が巻いてくれて、そして二度目のリハーサル。


 歌唱は問題なさそうだ。緊張はあるようだが、それ以上に楽しいという感情が勝っているのだろうか。さすが僕のシンデレラは、メンタルがつよつよだ。貧乏で鍛えたメンタルはここでも強い。


 対して僕は小心者なので、相変わらず緊張はする。


 だが、ギターを弾くと落ち着ける気がする。何度も何度も、ファイナルの楽曲『セクシャリーダンスパーティー!』だけを反復練習したおかげか、指の動きも悪くない。


 これなら、人前で披露できる及第点と言って差し支えないだろう。


 自分で弾くことを考えずに、地味に難しい編曲をしてしまったけれど、一曲特化で練習したから、なんとかってところだな。


 二回目のリハーサルを終えて、一度全体休憩に。


 目隠しはパージした。人前だと地味に恥ずかしいし。


「おつかれーっす」


 全体休憩になったタイミングで、知らない女性が入ってきた。誰だろうか?


「おはよー、二枚堂にまいどうくん」


 時山さんがそう返すと、他の人も次々とおはよう、人によってはもっとフランクな言葉で挨拶をした。


 なので僕ら『ヨーグルトネロン』も、それに続いて、


「おはようございます!」


「おはようございます!」


 と、頭を下げる。正体不明の女性に。


「おはよーう。おお、きみらが今日唯一リハーサルに参加するって言った子らかー。偉い!」


 僕らの肩にバシッと手を置き、ニッコニコの二枚堂さん。


 唯一リハーサルに参加? なんのことだろう?


「あの、唯一って……偉いってなんででしょう?」


 音論の質問。果たしてどんな答えが返ってくるのか。


「おや、知らない系? きみらが参加してるコンテストのファイナリスト、本当なら今日纏めてリハーサルする予定だったんだよ。なのに他の参加者は、やれクリスマスだのクリスマスだのクリスマスだの言って日にちをずらしてくれって言いやがったんだ……ちっ。裏方スタッフの準備もあるってのに勝手言いやがって……っ! その点きみらは偉い!」


 他の連中、なかなか図太いというかわがままというか……よくそんなこと言えたな。それが許されるなら、正直僕だって音論とクリスマスをゆっくりしたかったんだけど。


「こらこら二枚堂ちゃん、独り身の大人が若い子をひがむもんじゃないよ。それに確か色ノ中識乃さんは、クリスマスが理由じゃなくて、単に天候が悪くて飛行機がストップで来られなくなったんでしょ」


 時山さんの言葉で初めて知ったけど、天候ナイス!


 天候が僕に味方してた! そういや北海道は今頃雪シーズンだもんな、あの雪かき地獄から解放された喜びはあるが、お爺ちゃんお婆ちゃんは大丈夫だろうか。今夜連絡してみよう。


「あーそっか。そいや確かに悪天候が理由も一人いましたねえ。そりゃ天候は仕方ないけど、でもね時山さん。他は違うでしょ他は! なにがクリスマスだからライブがある、だよ……ったく! どうせクリスマスライブなんて、ライブハウスで夜にちょろっとじゃねえか。ワンマンでもねえくせに気取ってんじゃねえよ、そもそもこっちは昼スタートで夜遅くまでやらねえし、サクッとリハ済ませてライブハウス行けって思うじゃんっ!? ナマ言ってんじゃねえ、って思うでしょ普通さ!?」


「まあまあ、二枚堂くん落ち着こう。嫌なことあったならお酒付き合うからさ、ね?」


「と、時山しゃん……っ! 聞いてよまたフラれたー!」


 うわーマジかー。じゃあ八つ当たりにうってつけの口実だったんだろうなあ。ファイナリストクリスマス問題……。


「はいはい今は聞けないから、今夜は音響チームで飲みに付き合うよ」


「はあ……時山さんの音響チームほんとメンブレかまちょしてくれるから大好き」


 この人、一体なんなのだろう。今のところ最近フラれたってこと以外、ずっと正体不明なんだけど。


 外見、というか顔は典型的なバンギャだけど。青メッシュだし。


 舌ピアスだし。耳もピアスだらけだし。顔面にバンギャ要素てんこ盛りなのに、すげえ地味なダウンコート着てるのは結構ギャップがある。萌えるわけじゃないけども。


「……ふう、ちょっと落ち着いた。よし、自己紹介しとこーね、メンブレだからテンション控えめに」


 そう言った二枚堂さんはダウンコートを脱いだ。


 下にはものすごいダメージ加工されたバンドティーシャツに、これまた短えファンキーなスカートとあみタイツにロングブーツ、そして手にはライブグッズっぽいラバーバンド。


 なんというか、バンギャと地雷系のハイブリッドみたいな人だな。混ぜるな危険だろそのふたつ。


 この人絶対、エナジードリンク(デカいやつ)とかストロングな缶酎ハイ(デカいやつ)をストローで吸うタイプの人間だと思った。思っただけだが。


「ほいほーい、絶賛メンブレ中の二枚堂にまいどうういでーす。ステージ照明とステージバックスクリーンをイジッたお金で暮らしてまーす。はい、かまちょ!」


 うっわー、なんかめんどくせえ。第一印象でここまでめんどくせえオーラ出してる人、初めて見たかもしれない。


「わ、私は『ヨーグルトネロン』のネロンです、よろしくお願いします……か、かまちょ!」


 乗るんかい! ノリ良過ぎかよ!


「ほら、ヨーグルさんも自己紹介しなきゃ!」


 確かにその通りだ。音論に言われた通り、自己紹介をしようじゃないか。


「初めまして、僕は『ヨーグルトネロン』のヨーグルです。よろしくお願いします、二枚堂さん」


「ヨーグルさん、かまちょかまちょ……かまちょも言わないとほら」


 小声で僕に囁いてくる音論。それ僕も言うの? いつから自己紹介といえば恒例のかまちょになったの?


 ……なんか哀しそうな目で二枚堂さんが見てくる。


「か、かまちょ……」


 言ってみた。くっっっっそ恥ずかしい!


「いえーいうぇーいかまちょかまちょ! きみらノリ良過ぎ〜、二人ともマウぴょんのしゅきピ認定確定事項決定なんだけど〜やばすぎ〜」


 一人称、マウぴょん——か。一人称がきーばさん、って友人のおかげで普通に感じるけど、いい大人の一人称としてどうなんだろう……とも思わなくもない。あと認定確定事項決定の意味不明さが、やばすぎ〜。


「今日照明班の参加は二枚堂くんだけかい?」


「そだよ時山さん。マウぴょんだけ彼ピいないから……」


「そんな理由できみだけ参加なのだったら、ちょっと仕事の向き合い方に問題あるんじゃないの?」


「まあ、じょーだんなんだけどね。照明はあらかたセット完了してるし、マウぴょんが今日参加したのは、ステージバックスクリーンの最終確認と、ステージ照明のカラチェン動作最終チェックだよ」


 喋り終えた二枚堂さんは、辺りをキョロキョロ見渡して、なにかを探し始めた。


「あっれー? 糸咲んとき来てないの? 今日来るとか言ってなかったっけー? まさか糸咲んときまでクリスマスだから、とか言うんじゃねえだろうな……?」


 しざきんとき? たぶん糸咲さんのことだろう。読解。


「糸咲さんなら、買い物ついでに外ふらついてくるって言ってましたよ、二枚堂さん」


「はあっ!? それ絶対、女と遊んでんじゃんマジで。糸咲んとき、あの野郎……マウぴょんがフラれたばかりでいい身分だな、ちくしょうっ……!! 絶対許さない、今度会ったら顔面に頭でチョップしてやる……っ」


「それ頭突きですよね……?」


「それなー! マウぴょん石頭だから、糸咲んときの顔面に青メッシュの爪痕残して伝説になってみせっから応援よろ」


 青メッシュの爪痕。もう言葉が怖い。


「ところで、あそこで目をキラキラさせてる女の子は誰?」


 二枚堂さんが向いた方には、目をキラキラさせてる糸咲さんの妹、瞳王めおうちゃんの姿があった。


「アタシ!? アタシのこと呼んだ!?」


 嬉しそうに近寄ってきた瞳王ちゃん。確かに目がキラキラしてる。


「迷子……じゃないよね。まさか時山さん、娘いたの!?」


「いないよ、ワタシは独身だし、その子は糸咲ちゃんの妹さんだよ」


「糸咲んときの……いもうと……だとっ!?」


 謎の衝撃を受けた二枚堂さんは、なぜか膝をついた。


「アタシは瞳王めおう! おめえさんは、マウぴょんさん、間違いねえな?」


「うん、マウぴょんだよ……よろ」


 面くらってる二枚堂さんに音論が耳打ちして、サンディエゴに住んでたから経緯を説明。なにかに納得した二枚堂さんは立ち上がった。だからなんで膝ついたんだよこの人。


「にしても、糸咲んときと違ってかわいいなー、よろしくメオメオ。目もクリクリしてるし、バストサイズだけでサンディエゴ帰りって納得しちゃってるマウぴょん、マジ理解力超能力、やばすぎ〜」


 ああなんか今、膝ついた理由察した。二枚堂さん、胸部サイズ敗北が悔しかったんだな、たぶん。


 こんなこと言えないけど、もし二枚堂さんの胸部に音つけるなら、昔のゲームハードのソフトでセーブデータ消えた時の音だもん(でんでんでんでんでんでんでんでんどぅんどぅ〜ん)。


 言えないけど。僕の脳内再生余裕やばすぎ〜。


「ところでしゅきピ。きみら『ヨーグルトネロン』の曲でさ〜、何かスクリーンに映して欲しい演出とかあったりする?」


「演出……ですか。すいません、僕らライブ経験ゼロで、今日準備できてないどころか、今それに気づかされました」


「おーマジで? すげーなマウぴょんのしゅきピ、初ライブをこんなでけえ箱でやんのかよ」


「なんかすいません」


「いやいや気にすんなし〜。つかそれで謝ったりできる方が偉いって。そんなガンダで来ちゃったら、もっと天狗になるっしょ普通。演出? じゃあてめえらでダンスってろ——とか言っても許されるくね?」


「言えませんよ! 許されませんし、そんなこと僕が言ったら僕が僕を許しませんから!」


「真面目なメンズ、略してマメンマジ偉い!」


「……………………」


 そこはマジメンじゃねえのか、って思いが強すぎて黙ってしまった。ところで『ガンダ』ってなに。わからな過ぎてスルーしちゃったじゃん(後日調べたところ、全力ガン疾走ダッシュ略してガンダってことらしい)。


「んじゃー、PCある系ある系だねある系じゃーん、そっから歌詞をマウぴょんのUSBメモリにコピってマウPCに送ってちょ。ささっとバックスクリーンに流せるように、ちょっと編集してあげる」


 マウPC。マイPCみたいに言ったなー、この人。


 言い終わるとUSBメモリを渡してくる二枚堂さん。


「え、良いんですか!?」


「うんうん、良いよ。だって『ヨーグルトネロン』はマウぴょんのしゅきピだもんね〜いえーいうぇーい!」


「い、いえーい!」


 ハイタッチ。音論も乗って「うぇーい!」とハイタッチ。


 お言葉に甘えて、歌詞をコピーしてUSBメモリを返却。


「時山さん、十分ちょーだい。サクッとやっつけちゃうから」


「十分で良いのかい?」


「マウぴょんを誰だと思ってんの、マウぴょんだよ。メンブレかまちょなめんどくせえ人間だけど、ノリノリで付き合ってくれたネロンちゃん、不器用だけど見捨てなかったヨーグルくん。しゅきピのためなら、マウぴょんはどこまでも尽くす女だよん。いつも重過ぎるってフラれるんだけど……ツラ……今日は呑み尽くそう。タルで注文したら出してくれるのかなあ……酒って良いよね……弱いマウぴょんに優しくしてくれるお酒のこと、ガチめに超ラブい」


 喋りながら徐々にテンションをここまで落とす人初めて見た。落ち込みながらもパソコン操作続けてるけど、最後酒に告ってたぞこの人。


「ほーい完成、マウぴょん頑張り一等賞優勝」


「はやっ!」


 十分すら経過してねえ……マジかよこの人天才じゃん!


「とりま流しながらリハってみる〜? あ、でも二人は背を向けて歌うからスクリーン見えね〜ってね」


「確かに見えませんけど、本当ありがとうございます!」


「え、マジこんくらいでヨーグルくんに感謝されんの!?」


 ちょっと泣きそうになってる二枚堂さん。果たしてこの人をここまでメンブレにした失恋相手が許せないとすら思えてくるのは不思議だ。


「二枚堂さん、私からもありがとうございますって言わせてください!」


「ネロンちゃ〜ん、しゅき〜!!!」


「えへへ。じゃあもし私がメンブレしたとき、かまちょって言ったらしてくれますか?」


「するする〜絶対するう!」


 抱きつかれた音論は優しく二枚堂さんの頭を撫でた。


 なに見せられてるんだろう、と。僕と音響チーム全員の想いはひとつになった——と思う。


 あとこっそりだけど、僕にはハグねえのかよ、って少しだけ思った。

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