3


 昼飯の焼肉弁当をご馳走になり、僕は一度外に出た。


「うわ寒っ……!」


 十二月だもんな……クリスマスだし。


 昼間でも寒いのは当たり前か。これでも北海道育ちだから寒さには強い自信はあった方だったんだけど、なんか北海道の寒さとこっちの寒さは、種類が違う気がする。


 北海道の寒さは痛い。こっちは寒い。そんな感覚。


「お、ヨーグルくん、どないしたん?」


 入り口付近に立っていると、糸咲さんの姿が。いつの間に外に出ていたのか気づかなかったけど、コンビニ袋を持っているから、なにか買ってきたのだろう。


「ほれ、これ飲みい。外は寒いやろ、ホットやから美味いで」


 そう言って、コンビニ袋からホットカフェオレを取り出し、僕に渡してくれた。お礼を言って受け取り、わずかに手のひらを温めてから、いただきますと缶を開ける。


「お昼ご馳走さまでした、糸咲さん」


「ええねんええねん、俺これでも大人やし」


「それ言ったら音響チームも大人でしたけどね」


 糸咲さんより年上だし。全員の年齢までは聞いていないが、少なくとも時山ときやまさんよりかは下である。


「音響さんたちとしっかり話せたんか?」


「はい。散々僕は話させてもらったので、今は音論が色々質問してますよ」


「ええことやで。音楽で食っていくなら、彼らのような裏方さんに愛されるアーティストになりぃや。裏方さんへの感謝を忘れへんアーティストになるんやで」


「はい。もちろんですよ……ライブ経験なんて三次審査しかない、ゼロに等しい僕らにすら、丁寧に話してくれて色々教えて貰って……既に感謝しかないですよ」


「はは、せやろ。時山さんたちは俺が声かけたプロフェッショナルやもん。めっちゃええ仕事しよるねんで」


 糸咲さんもカフェオレを取り出し、一口。


「なんか糸咲さんのイメージ、こうして話してみると全然変わってきましたよ」


「ほう? ちなみにどんなイメージもっとったん?」


「三次でお会いする前は、性格悪い天才です」


「うっ……そんなストレートに言われると響くわ。なんで性格悪い思われたんや」


「だって二次、三次の期限。二週間というギリギリ間に合う期限。あれはどう考えても性格悪いですって」


 そしてファイナルではじっくり時間を与えてくるあたりも、かなり性格の悪さを感じていたが、そのイメージは今ではかなり異なってきている。


 だけども、ずっと思っていた文句を言ってやったぜ。さすが僕。高級焼肉弁当という昼飯を奢ってもらって、カフェオレまでご馳走になっている相手に対して、自分でもどの口で言ってんだてめえ、って思うけれど、残念ながら僕の口である。


「あはは、確かにそりゃ性格悪いわな。俺でもそんな奴、性格ええとは言えへんわ」


 失礼な言葉にも気分を害することなく、笑ってくれる。


 ああ、そうか。糸咲さんが大人なのに話しやすいと感じる理由がわかった気がする。


 ちょっと雰囲気が姉さんに似てるんだ、この人。


「んで、今はどんなイメージやねん?」


「妹思いの優しいお兄さん、ですかね」


「やめえや照れるやないかい! 妹ととは歳の差あるし、当然のことしとるだけやから誤解せんといて!?」


「なんでせっかくの良いイメージを払拭しようとするんですか……」


「恥ずいもんは恥ずいねん。高校生に言われたらなおさら恥ずいねんて」


「子供が生意気言ってすいません」


「それを子供が言えてまうところの方が生意気やわ。その台詞言うん、普通親とかやろ」


 たしかに。そう言われてみればそうだな。


 まあ両親いないから、言われた経験ないのでピンとこないが。


 わざわざ両親いない発表をしたところで特に意味はないので、「ですかねー」と言っておく。


「ヨーグルくん、まだリハやのに結構緊張しとるやろ?」


「……はい、正直かなり」


 音論を不安にさせないように隠していたつもりだったが、流石に糸咲さんは見抜いてくる。


 こういうところ、かなり姉さんに似てるな。


「リハで緊張するのもええことやと思うよ。リハなら失敗し放題やし」


「失敗慣れし過ぎて、悪い部分だけを本番に活かさないようにしなければなりませんね……」


「それもそやね。せやけどきみらなら大丈夫やと思うで」


「糸咲さんの期待も重いっすねえ」


「プレッシャーかけるつもりはなかってん。重かったんやったら許してな。せやな、せやったらお詫びついでにプレッシャーをひとつ軽くしてやれること教えたる」


「なんですか?」


 ここだけの話なんやけど——と。いかにも口が軽そうな人間のテンプレみたいな言葉から始まり、さらに糸咲さんは続けた。


「オフレコやで。どこの——とは言わへん、ちゅーか言えへんねんけど、きみらが仮にファイナルをバックれるとかのやらかしをせん限り、声かかる思うで」


「声……?」


「一社、きみらに目をつけとるレコード会社がおんねん」


「……………………っ!?」


 それってつまり……メジャー契約ってことか?


 は? マジで? マジでえええええ!?!?!


「どやどや? 少しはプレッシャー減るやろ?」


「いやめちゃくちゃのしかかりましたけど!?」


「え、なんでや!? 何位でも声掛かるなら、気楽なスタンスで本番いけるやん!?」


「それ聞いてもまだ確定ってわけじゃなさそうですし、どう考えても気を抜くことなんてできませんって!」


「そ、そない考えもあるんか……いやあ、真面目やんなヨーグルくん。俺やったらそないな話聞いた時点で浮かれまくって、本番直前まで旅行とか行ってまうわ」


「糸咲さん、メンタルが天才過ぎるんですよ」


 旅行って。行けるかよ。行けてたまるかよ。


 本番まで遊んでる時間もったいない!


「天才言われるのは悪い気せえへんわなあ、いやーほんまに」


「糸咲さんなら言われ慣れてそうですけど」


「んー、まあそう言ってくれる人がぎょーさんおるんは否定せえへんけど、なんべん言われても困らへん言葉やん?」


「期待が重荷になったりしないんですか?」


「せえへんなあ。むしろもっと期待してくれたらやる気でんのにー! って思うとるわ。もちろんプレッシャーがないわけやないで。せやけど俺の場合、プレッシャーに強いっちゅーより、プレッシャーより強いねん。プレッシャーを感じることよりも遥かに、応えたいって思いの方が何倍も強いねん」


「カッケェ……主人公みたい」


「せやろー。俺も言ってて俺カッコええやんって自画自賛してもうたわ」


「糸咲さん、見た目はチャラそうなお兄さんって感じなのに……」


「これな……実は俺の努力やねんで」


「チャラそうな外見がですか?」


「そう思われたいねん」


「メリットあるんですか……?」


「メリットっちゅーより、夢やな。ほら、俺って作詞作曲編曲やんか? でもそれって言うてまえば裏方やん? 目立つことない裏方やん?」


「目立ちたいんですか?」


「いいや、裏方でかまへんよ。せやけど、地味〜なイメージ持たれるんも嫌やんか。これから作詞作曲編曲、全部やのうてもどれかで食って行こう思った若い子らに、俺みたいな奴もおんねんで、ってとこ見せてやりたいねん」


 それと——と、カフェオレを飲み干し、糸咲さんは続けた。


「逆に俺みたいな奴でも作詞や作曲や編曲をやってるんやし、それなら自分でも出来るかも——そう思って音楽始めてくれる人がおったら嬉しいやん」


「やっぱカッケェです、糸咲さん」


「ついでにこんなファッションでもしとかんと、夜おねえちゃんに優しくしてもらえる酒場で素直に職業答えても信じてもらえへんねん……曲作ってるの? すご〜い、ってドレス着たおねえちゃんにちやほやされたいねん」


「今までの格好良さを台無しにしましたね」


 やっぱり姉さんに似てやがる。確信した。


 糸咲さんが台無しにして、僕が確信していたら、着信あり。音論からだったのですぐに出る。


「そろそろリハーサルする時間だよー!」


「あ、うんわかった、すぐ戻るよ」


 短い通話を終了させ、糸咲さんに向かって、


「そろそろ戻ります、カフェオレご馳走さまでした」


 と、言った。


「ほなら最後に聞いとこか、ヨーグルくん。ええ曲仕上がったか?」


「もちろん。糸咲さんからのメッセージも受け取りましたからね」


「メッセージ? さっきのオフレコトークのことかいな?」


「それはプレッシャーです。課題の『メインヒロイン』に込められたメッセージですよ。糸咲さんなりのファイナリストに向けたエールなんでしょう、あれ」


「あはは、そこまで読み解いて来よるんか、えぐいな!」


「ライブは盛り上げてなんぼ——盛り上がってなんぼ。僕のメインヒロインが最強のシンデレラだと証明するために、僕はここまで来たんです。オフレコ話を聞いたところで、僕らの狙いはシンデレラ以外にありません」


「ほほう、なら楽しみにしとこか、本番でのきみらのライブ」


「はい。まあ若干——


「ん? どないな意味?」


「それは秘密です。一応言っておきますと、反則ではないですよ。ルール内で実現可能な卑怯なこと。これ以上は控えさせてもらいます、オフレコで拡散されたら困りますもん」


 なにせ糸咲さんと会話しながら、さっき思いついた秘策である。もちろんきちんと音論にも相談してから実行するかを決めるけれど、きっと音論なら実行を選ぶ。そう確信している。


「秘密か……まあ実現可能言うんやったら、サクラ大量に仕込むなんてどう考えても無理やし、反則やないんやったらかまへんよ。せやったらそれこそ本番を楽しみにしとこか。じゃあ俺はリハーサル終わるまで買い物ついでに外でふらついとるわ」


 リハーサルやのうて、本番のステージできみらの最高のライブ曲を聴いてみたいし——と。そう言った糸咲さんは、どこかふらふらと歩いていった。


「その期待には、必ず応えてやりますよ」


 小さく呟き、僕も入り口から戻る。


 プレッシャーを忘れさせてくれた、その期待に応えるために。

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