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「紹介するわ。音響リーダーの時山ときやま武士郎たけしろうさんや」


「初めまして、時山です。三十七のおっさんだけど、気軽に声かけてくれて構わないからね」


 糸咲さんのはからいで、ご挨拶する機会をもらえたのはありがたい。大人に挨拶するって、なんか緊張するし。


「初めまして、ヨーグルです」


「初めまして、ネロンです!」


 今日はよろしくお願いします——と、二人で頭を下げると、時山さんからまさかの言葉を頂戴した。


「知ってる知ってる。なんたってワタシ、『ヨーグルトネロン』のチャンネル登録してるからね!」


「え! 本当ですか!?」


 僕より早く音論が言った。僕は驚いて言葉が出せなかった。まさかまさか、ここにも視聴者がいるなんて思わなかったのだ。


「本当だよ、ネロンさん。いやあ感動だよ、顔を隠して活動しているアーティストはたまにいるけれど、こうやって素顔を見れると、やっぱりこの仕事やってて良かったー、って思えちゃうよねえ。あっはーははー!」


「ちょっと恥ずかしいですけど、動画視聴、ありがとうございます! あの、差し支えなければ、アカウント名をお尋ねしても大丈夫ですか?」


 音論の言葉に、時山さんは嬉しそうな表情を見せ「喜んで」と言ってからアカウント名を口にした。


「トッキブツです」


 トッキブツ……あれ、なんか聞き覚えあるな……。


「キミの瞳に乾杯の人!?!?」


「あ、そうだ! その人だ!」


 思い出した。初めての生配信で、音論が貧乏ぶっちゃけトークをしたときに『キミの瞳に乾杯』って投げ銭してくれた人だ!


「うわあ感動、覚えててくれたんだ、嬉しいなあ!」


 ごめんなさい、僕はちょっと忘れてました。


「覚えてます覚えてます! 見えてないよね!? って私が言ったことも覚えてます!」


 記憶力いいんだよな音論。やたら歌詞もすぐ覚えるし。


「すいません、僕の記憶力がゴミで……」


「いやいや構わないよ、ヨーグルさん。普通に考えて覚えてるネロンさんがすごいんだから」


「そう言ってもらえると、助かります」


「しかし、もうここまで来たんだね……いやあ、とても瞬発力のある駆け足だ。初めて楽曲を聴いたとき、いつか仕事するかもって思ったけど、まだキャリア半年くらいだもんね?」


「はい、正直、こんな大きなステージに上がって良いのか、今でも信じられないですよ」


「良いんだよ、勝ち進んだんだから。そうだろ糸咲ちゃん?」


 糸咲さんは妹がうろちょろしないように頭を手で押さえながら、せやせや、と頷いた。


「糸咲ちゃんからあらかじめ聞いてるけど、『ヨーグルトネロン』は、パソコンの音源を使うんだよね?」


「はい。でも今回は僕もギターを弾かせて貰います」


 約束したからな。散々練習したし、そのために今日もギター持参して、ついでにエンペラーショタコンさんから機材を借りてきたのだ。


「なるほど。じゃあ楽器の確認がてら、ちょっと音出してみようか」


 ステージに上がってみて——と、時山さんに促され、僕は機材を持ってステージへ上がる。


「うわ、広」


「あはは、ライブハウスと比べたら全然違うでしょ」


「はい……かなり」


「ライブハウスも良いけれど、大きい箱もやっぱり素晴らしいと思うよ」


「めちゃくちゃ緊張しますねこれ……まだお客さんいないのに、なんかプレッシャーがすごいです」


「すぐ慣れるよ。だいたい最初は緊張するんだから平気だよヨーグルさん」


 じゃあ軽く音貰える——と。時山さんが言ったので、僕はひとまずアンプに繋いで適当にギターをかき鳴らす。


 ものすごく音が跳ね返ってきて、やまびこにやまびこをいくつも重ねたみたいに、音が増殖している。これはリズム狂いそうだな……。


「反響は今は気にしないで大丈夫。曲流すときは音をちゃんと拾えるように、インカムつけてもらうから」


 僕の顔色から察したのか、時山さんはそう言ってくれた。頼りになる。


「うん、ギターは大丈夫そうだね。じゃあ次はネロンさん。ステージにどうぞ」


「はい!」


 嬉しそうに、まるでスキップするかのように登壇する音論。


「そこのマイクで何か声を出してみてくれるかな」


「はい、えっと……こんにちはー!」


 音論の『こんにちはー!』も増殖。


「すごい! 楽しいっ!」


「そうだろう? そう言ってくれると準備するこっちも楽しいんだよー」


 時山さんめっちゃいい人! 本当アカ名トッキブツを忘れててごめんなさいって気持ちになる!


「よし、じゃあ午後からは曲流してリハしようか。二人はお昼はまだかい?」


 その言葉に音論とまだですとシンクロして返事をすると、


「ほなら飯買い行こか。俺出すわ」


 と、糸咲さんが言った。


「お、羽振りがいいねえ。せっかく糸咲ちゃんの奢りだから、ちょっと高級なお弁当とか頼んじゃおうか!」


「かまへんよー。なら時山さん。俺ともう一人、誰か車運転できる人貸りてええ?」


「あいよー。おーい、昼飯にすんぞー! 誰か弁当買い出し行ってー! 喜べお前ら糸咲ちゃんの奢りだってよ!」


 大きな声で叫ぶように言った時山さん。その声に遠くから、時山さんに勝るとも劣らない大声で返事が届く。


「よっしゃ糸咲さんごちそーさまーー!」

「誰いく誰いく!?」

「じゃんけんしようぜ!」

「高い弁当屋知ってる奴が行くでいいんじゃないか!?」

「よし高い弁当屋知ってる人挙手れはーーい!」

「いや全員かよ!」

「じゃあじゃんけんだな! 誰が勝っても意思疎通!」

「さーいしょーはー! ぐうううぅ!!!!!」

「ジャーンケーン!!! ポォォォン!!!!!」

「よっしゃあ!!! 焼肉弁当おおおお!!!」

「うおおおおおおおおおーーー!!!!」

「ヒャッハー! ヤッキニクヒャッハーッハーー!!」

「ヤッキニク! ヤッキニク! そーれヤッキニク!」

「どしたあヤッキニク! あそーれヤッキニク!!」

「はぁいヤッキニク! ヤッキニクよいしょっ!」

「カールービしお! カールービたれ! 特上!」

「ナムルとキムチも忘れないでーー!!!!」

「ネギタン塩もなーーーー!!!!??」


 みんな元気過ぎかよ……みんな声デカすぎだろ……。


 なんだよこの盛り上がり。無駄に年越しカウントダウンで騒ぐ若者のテンションじゃん。


 どんだけ焼肉弁当好きなんだよ、音響チーム。


「夢の焼肉弁当!?!? やったあヤッキニク!!!」


 いや音論も参加するんかーいっ!

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