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「つまり、百ヶ狩ひゃっかりさんと柿町は、夏休みとか結構遊んでいた——そういうことなんだな?」


「まあ、うん」


 夏に牙原さんとショッピングモールで遭遇したが、そのことはわざわざ馬島くんに言わなかったんだな牙原さん。なんかお喋りなのか違うのかわからない性格してて、僕は人間観察が得意なはずなのに、牙原さんはわからないんだよなあ……。


 僕は馬島くんを相手にして、音論は牙原さん担当。


 事前に音楽活動は秘密にすると、ケーキのロウソク消した時に少しだけ打ち合わせして、そうすることにした。


 ロウソク消したのに、ケーキは手付かずである。


 実は結構頑張って作ったから、食って欲しいんだけど。


 ちなみに姉さんは飯を食って一旦退散した。よほど号泣した牙原さんの扱いに困ったようだ。


「お前、それもう——だろうよ!?」 


 声を潜めて馬島くんは言っているが、僕の耳には確定レベルだろうよ、と言ったことがはっきりと伝わった。


「まあ、見守ってくれよ馬島くん」


「……ぐ。そう……だな。俺は見守るよ……でもコソコソ遊んでたことを内緒にしてたのは怒るからな?」


「おあいこにしない? 僕は僕で馬島くんちで逃げ回っていた僕を馬島くんが一回見捨てたことを水に流すからさ?」


「ああ……そうだな。あれは俺も反省してる、本当ごめん」


 思えばスニーカーまで貰った相手に、なぜ僕が優位に話せているのかわからないけれど、たぶん馬島くんは、あの日色ノ中いろのなかに踏まれたことを牙原さんにリークして欲しくないんだろう。


 言わねえよ、それはさすがに。


 だって言ったら牙原さん、マジギレして今から北海道に飛ぶ危険性ありそうだもん。


「でも、これからは隠し事すんなよ、親友に」


「了解。悪かったよ」


 そんなことを言いながら、すでに音楽活動を隠している僕の後ろめたさ……結構キツい罪悪感。


 とりあえず僕の方は、おあいこで終わった。良かった良かった。


「向こうはまだ話してるみたいだし、飯食ってようぜ」


 向こうと言っても、音論たちは廊下だが。


 廊下はなにげにリビングに声が入ってこないから、気になるのは気になるけど、まあきっと大丈夫だろう。


「にしても柿町の唐揚げ美味えな。なんでこんなに香ばしいんだ?」


「衣にきな粉使ったんだ。小麦粉や片栗粉で揚げるよりカリッと仕上がるんだよ」


「マジで料理長の工夫じゃん……!」


「料理長ならもっと下味にも工夫するだろ。僕がやった下味は、一般家庭のそれとなんも変わらないぞ」


「お前……ああ、いや。なんでずっと彼女いないのか不思議に思ったけど、それたぶん識乃さんのせいだよな」


「察してくれて助かる」


 北海道時代は、僕に少しでも近づこうとした女子は、もれなく色ノ中が威嚇していたからな。あんなのにまとわりつかれたら、そりゃ彼女なんてできねえっての。


 威嚇とマイルドに表現したけど、実際はほぼ脅しだ。


 へえ、いのち、いらないんだ、へえ、愚か——って、鉛筆削りながら同級生女子の正面で呟く色ノ中の声は、何度も耳にしたし、怖過ぎて脳内再生がいまだに余裕なのが悲しい。


「ケーキ食べたーい!」


 音論が戻って来た。少し遅れて牙原さんも。


「どんどん食え」


「やったー!」


「チョコのネームプレートも主役のところだからな。これも食えよ」


「うおーうやったあ!」


 いただきます——と、ケーキを頬張る音論。


「うへ、うへへへ、甘さがとってもうへへ」


「喜んでくれて良かったよ」


 ケーキをきちんと作ったのは久しぶりだったけれど、上手くいってよかったよかった。


 これで、料理を出した僕の心配はひとつ減ったぜ。


 牙原さんがいやに大人しく感じるけれど、でも元々騒がしいタイプじゃなかったはずだし、きっと冷静になったのだろう。


「柿町くん。あの、あとで葉恋彗星先生の……サイン、貰えるかしら……?」


 大人しく感じたのは、姉さんのサインが欲しかったからか。


「あとでと言わず、今から書いて貰えばいいよ」


「そ、そんな恐れ多いわ! 相手は神なのよ!?」


「僕の姉だよ」


「だからあなたのお姉さまは神だと言っているの!」


「崇拝するタイプの読者かー、牙原さんって」


 そういや、姉さんの担当編集から聞いたことあったな。姉さんのファンは作品というより姉さん自体を崇拝している読者が多いから、正直書けばどんどん売れる——とか言ってた気がする。


 その崇拝者が僕の前にいるわけだ。


「な、なによ、きーばさんの弱みを握って喜んでいるの!?」


「いや、普通に自分の姉さんが褒められたら嬉しいだろ」


「あなたのお姉さまが神だと知っていたら、きーばさんは柿町くんにもっと優しく接していたのに……後悔しているわ」


「優しくされてたらされてたで、なんか不気味だから、僕的には話しやすくて助かってた側面もあるんだけど」


「そう、ならこのままを貫くわ。きーばさんは初志貫徹を曲げないことにするわ」


「じゃあ姉さんにサイン頼んでくるよ」


「あ、ありがとう……ございます」


「姉さんに言えよ」


 まあ、変な気分だが、悪くはない。だって姉さんのファンだっていうのだから、悪い気分になるはずがない。


 ということで姉さん再召喚。危うくパンイチになる寸前だったけれど、脱ぐ前に再召喚成功。


「せっかくだから、はいどうぞ。あたしの次発売する本。まだ書店には並んでないけど、サイン書いておいたからこれ貰って」


 姉さんは部屋で書いたサイン本を渡し、にこっと笑った。


「ありがとうございます、あの、家宝にします!」


「どういたしまして。これからも応援よろしくね、カミクちゃん」


「ふぁ! きーばさんの名前を……かみが……呼んだあ……」


 ガチのファンってこうなるんだな。噂には聞いてたけど。


「ちなみに姉さん、牙原さんは僕が入院してた病院の院長の娘さんらしいぞ」


「え、マジか! あれ? そういやあたし、病院の人にもサイン書いたな……」


「結構知られてるんだな姉さん」


 意外というかなんというか。そこまで注目されてる作家ってイメージがなさ過ぎるんだよなあ、普段の姉さんに。


「あ、あの……そのサインの人、たぶん母です」


「え! じゃああたし、院長さんにサインしてたの!?」


「おそらく……母も先生のファンなので」


「おいおいマジかー。まさか親子ファンがあたしにいたのかよ……これにはあたしが一番驚きだね」


 僕も普通に驚いたけどな。母と娘が揃って僕の姉の性癖読んでるのか……なんか複雑。


「なあ、柿町のお姉さんは作家さんなのか?」


「ん、ああ、そうだよ。官能小説だけどな」


 もうここまでバレたら姉の職業を隠す必要もない。


 隠したところで牙原さんからすぐに伝わるだろうし。


「すげえな、作家さんに初めて会ったよ俺」


「そう言ってくれると弟も鼻が高いよ」


「実は柿町も作家とか言わないよな?」


「言わないよっ!」


 なんか微妙に鋭いこと言われてちょっと焦った。


 この雰囲気を流すために、僕は立ち上がる。


「そろそろプレゼントを贈りたいんだけど、いいか?」


 あまり遅くなるのも良くないしな。気づけば八時を回っているのだ。


「そうね、そろそろプレゼントタイムにしましょう」


 牙原さんが乗った。冷静さを取り戻したようだが、抱きしめるように持ってるの官能小説なんだよなあ。


「あたしはさっき渡しちゃったから、開けて開けて」


「はい! ありがとうございます!」


 姉さんからのプレゼントを開封する音論。ゆっくり丁寧に包装紙を剥がし、中の箱を開く。


「うおお、なんじゃこりゃあ!」


 そう言った音論が箱から取り出したのは、普通に財布だった。


 やたらオーバーリアクションだったのは、ハイブランドの財布なので、普通の財布と比べたらなんかふっくらしていて、上質なレザーを使用した光沢に財布と判断できなかったと思える。


「お財布だよ、億万長者になるなら、それくらいの財布は持っててもいいっしょ。改めて誕生日おめでとう、音論ちゃん」


「葉恋お姉さん……ありがとうございます! 必ず億万長者になります、私やってやりますよ! このお財布に相応しい女になって見せますっ!」


 喜ぶ音論が姉さんを微笑ませる。が、そのプレゼントの後、ぶっちゃけハードル高え……。


 僕が用意したプレゼント、軽く四つくらい買えちゃうんだけどその財布……。


 僕の懸念は牙原さんにも伝染したようで、同じくハードルの高さを感じているのか、ちょっと目が死んでる。


「つ、次はきーばさんのプレゼントね……はい、ろんろー」


 あまり期待しないで——と。小さく呟いた牙原さんのプレゼントは、お米券五枚。


「五枚!?!? 五枚も!!?」


 が、さすが音論はお米券への反応はピカイチ。


 知ってたしわかってたよ。牙原さん、プレゼントのたとえでお米券って言ってたし、それが喜ばれる確定なことはわかっていた。


「来年はもっと用意するわ、楽しみにしていてよね」


「五枚でも多いよ!? どうしよう太っちゃう!」


「ちょっとくらい太りなさい。ろんろーお誕生日おめでとう」


「うん、毎年きーばにはお祝いしてもらって、本当にありがとう……私、恩返しできる女になるよ!」


 期待してるわ——と。まんざらでもない笑みを浮かべた牙原さん。そして僕の番になってしまった。


 やべー。超高え財布とニーズに直撃したお米券のあとに出すプレッシャーくそやべえ。


「あのー、俺もいいかな?」


 馬島くんまで!? お前昼間は用意してないとか言ってたじゃねえかよ!?


 これでもし馬島くんが、和牛一頭とかプレゼントしちゃったらどうしよう……高校生のスケールでそのプレゼントはないだろと思いつつも、この金持ちなら和牛くらいポーンと出しそうな気がするから怖え。


「プレゼントってほどじゃあないんだけど、たまたまうちにあったものなんだけどさ」


 そう言ってなにか封筒を取り出した——なんだ?


 まさか小切手とかじゃねえだろうな!? 


「四枚あって、連番が二組ずつ。これ、俺はカミクと行くつもりなんだけど、良かったら柿町と行きなよ」


 馬島くん、まさかテーマパークのチケットとかか?


 いや待てよ、連番って言ったか? 言ったな?


「こ、これは……これは、葉集くん……」


 そう言いながら音論が僕に見せてきたのは、果たして馬島くんからのプレゼントは、そう。


 チケットだった。でもテーマパークのチケットじゃない。


 このチケットの日程は十二月二十八日。場所はさいたまスーパーアリーナ。


「こ、これ……う、馬島くん、行くの?」


 僕は動揺を隠せない。そこに行くのか馬島くん。


「うん、行くつもり。なんかさー、識乃さん出るらしいんだよ。それでうちにチケット贈ってくれたんだけど、まあ従姉妹の晴れ舞台だし、せっかく贈ってくれたのに無駄にするのも悪いだろ? 柿町も遠くからなら識乃さん平気だと思ったけど、やっぱキツイ……?」


「い、いや、そう、いや……あの……問題が違くてー?」


「なんで動揺してるんだお前? 揺れすぎだろ心」


「本当なんでだろーなー、揺れ過ぎてるなー僕のこころー」


 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。


 馬島くんと牙原さんが来る? それはまずい!


 そのステージ僕ら立つんだよ? 見るのお!?


「は、葉集くん……これは、もう発表しちゃおっか」


 音論の言葉に落ち着きを取り戻す僕。


「良いのか?」


「うん。億万長者になるんだもん。私たちで」


「わかったよ。その覚悟、最後まで突き合わせてもらう」


「お願いします、ヨーグルさん」


 ふう——と。一息。僕と音論の会話を全く理解できない二人に、説明をしよう。姉さんは知っているので笑いを堪えているが無視しよう。


「二人とも——聞いてくれ」


 そうやって切り出し、僕は言った。


 僕たちの活動を。音楽活動を。


「僕と音論、このステージに立つんだ」


「え、冗談……じゃないのか? まじ?」


「ごめんな馬島くん。黙ってたことは謝る。僕と音論が前からちょくちょく会っていたのは、これのためなんだ。作曲歌唱ネロン、作詞編曲ヨーグル。僕らはそのチケットに名前が載っている『ヨーグルトネロン』なんだ」


 黙っててごめん——と。頭を下げると、音論も続けて下げた。


「ごめんなさい、きーば。私が見つけた億万長者になれる道、これなの」


「きーばさんは別に責めたりしないわよ。内緒にしていたことだって、女なら秘密くらいあって当然だもの。ろんろーがやりたいこと、やると決めたこと。そこに口を挟めるほどツラの皮は暑くないつもりよ」


「ありがとう、きーば!」


 牙原さんは柔軟だ。音論を応援するという軸はしっかりしているが、柔軟な思考をしている。


「馬島くん……すまん!」


 問題は馬島くんだ。彼は隠し事を嫌う傾向にある。


 それは僕も共感できる部分だし、だからこそ、馬島くんと仲良くできたと確信している。


「謝るなよ柿町……俺も別に怒らないよ。言葉が出なかったのは、単純にびっくりしたからだよ……ったく、お前さー、マジかよお前さー! さっき隠し事なしって言ったのにこれかよお前マジでさー!」


「ご、ごめん」


「いいよ。これから隠し事なしって言った時点で、お前はすでに隠してたんだから、それは仕方ないことだよ。これから隠し事なしの『これから』は、未来のことだもんな。だからこうして話してくれたことの方が正直嬉しいよ柿町」


「馬島くん、マジできみは性格が良過ぎるなあ!」


 ぜっっっったい、さっきの馬島くんの台詞、牙原さんにいじられるのに、それでも口にする性格の良さが止まることをしらねえな!?


「談示、またすごくすごーく、きっっっっっしょいこと言ってしまったのね。きーばさん、ドン引きよ」


 あーあ、落ち込ませたー。僕の親友になにしてくれてんだ。フォローできないのは普通にごめん馬島くん。


「で、死んだきーばさんの彼氏はスルーしておいて、柿町くんのプレゼントはどうなったの?」


「あ、うん、今持ってくる」


 なんとか馬島くんをフォローしてあげたかったけど、やっぱり無理だったので、僕は大人しく部屋からプレゼントを持って来た。


「で、デカくない?」


 と、音論。確かにサイズはデカいが、中身はそこまで巨大というわけじゃない。箱の大きさに対して、中身の大きさは半分くらいだろう。


「開けていいぞ」


「うん……うわうわあ、ねえねえすごいよ、巨大な箱あけるワクワク感って、こんなにすごいんだね、開ける前から楽しいっ!」


 どんなプレゼントでも喜ぶ才能、すごいな。


 僕たぶんこのサイズの箱渡されたら、そんなリアクションできないよ……だってこの箱、僕入れるサイズなんだぜ?


「お、おお、こ、これって、え、良いのこんな高価な!?」


「まあこれからもここに歩きで来るの大変だろうからさ」


 姉さんのハイブランド財布より安いけどな。


 僕が音論に贈ったプレゼントは、普段使いできて、長持ちして、あっても困らない邪魔にならないもの——そう。


 折りたたみ自転車である。ちなみに中身は事前に僕が組み立てて、わざわざ収まるサイズの箱を用意したのだ(もともとの箱も結構デカかったけど)。


「ありがとう! やったあ! わあやったー!! タイヤ可愛い……ボディピカピカー! おおおおおおすごーい!」


「誕生日おめでとう、音論」


「ありがとう葉集くん! 一生大切に乗らせてもらいます!」


「それは僕も嬉しいよ。あと、これからもよろしくな、ネロンさん」


「こちらこそ、末永くお願いします、ヨーグルさん」


 言葉を交換しながら、握手を交わした僕たち。


「いまひょっとして柿町くんとろんろー、婚約したの?」


「ち、違うよきーば! なにいってんの!?!?」


 慌てるのは音論に任せて、僕は大人しくしていた。


 こういうとき、焦ったら負けなのだ。牙原さんは僕の想いを人質にしているのだから、焦ってやる必要はない。


 大人だぜ、僕。

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