5


 お昼休み。放課後が僕んちになったことを、一緒に昼飯を食っている馬島くんに伝えた。


「マジか。俺も柿町んち行きてえ!」


「来るか? というか来てよ。牙原さんが来るんだし、来てくれないとなんか嫌なんだけど」


「でも俺、プレゼントとか用意してないし……」


「別にいいだろ、渡さなくても。彼女いるんだし必要ねえよ」


「はは、それはなに? 束縛みたいな感情か?」


「いやそんなつもりはなかったけど」


「良いじゃん良いじゃん。やっぱさ、好きな相手には自分だけを見てて欲しいって思うだろ普通」


「わかるけど、僕らそういう関係じゃないし」


「柿町次第ですぐにそうなるよ、きっと」


 そう言われてもなあ。好きは好きだし、そりゃ付き合いたくないと言えば嘘になる——が、やはり音楽活動をしているから、伝えて仮に成功したとしても、その先を考えてしまう。


 告白が成功したとして——じゃあもし、別れることになった場合は、果たして音楽活動を続けることができるのか。


 その不安が大きくて、今はとても告白しようとは思えない。


 が——本音を隠さず言うなら、かなり迷っている。伝えたい気持ちが日に日に強くなっているから、自分でも困っているのだ。


 だけど、今はダメだ。堪えるしかない。


 もしこの気持ちを伝えるなら、せめてファイナルだけは終えてからじゃないと。


 今伝えて、成功しても失敗しても、どちらにせよ浮ついた中途半端な気持ちで勝てるほど、ファイナルは甘くない。


 ファイナルが終わったら——まてまて。落ち着けよ僕。


 それこそ負けるだろ。勝つんだ。勝つんだ。絶対に。


 まだ歌詞は書けていないけれど、絶対に勝ちにいく。


 僕に自信があるわけじゃない。僕の歌詞と編曲がどこまで通用するか未知数なのは自覚している——から、ならさ。


 なら——音論を信じよう。今までと同じだ。


 ファイナル優勝。それを成し遂げたら、僕はこの気持ちを伝えると約束しよう。自分自身に約束する。


 そう決めてしまえば、嫌でもモチベーションは上がる。


 だって僕は、好きって言いたいのだから。いつまでも隠し通せるほどの演技力なんて持っていない。


「……今年中に伝えられるように、頑張るよ」


 馬島くんにはそう言っておこう。


「おう、頑張れ柿町。成功したら四人で初詣でも行こうぜ」


「それは楽しみだな」


「だろう、だからビビるなよ」


「わかってるよ。かつてないほど全力で頑張る」


 モチベーションは上がった。そうか、こうしてモチベーションを上げることもできたんだな。またひとつ、勉強してしまったぜ。


 そして昼休みが終わり、午後の授業を終えて——放課後。


 どうやら牙原さんは、音論にとって僕の家自体がサプライズだと思っているらしく、僕を急いで帰宅させて、馬島くん、牙原さん、そして音論の三人で僕んちに直接来るとのこと。


 学校を出る前に馬島くんに住所を送っておいたが、そもそも音論は普通に知ってるんだけどな、僕んち。


 とりあえず家に着いた。めちゃくちゃチャリ漕いだ。


「ただいまー」


 もし、リビングがいつものリビングなら、今からマッハで掃除——のつもりだったが、さすが姉さん。


 僕の願いを叶えてくれたようで、リビングにローションも電マの姿も見当たらない。トイレもチェック。


「トイレも平和!」


 これが普通の家なんだよ。普通、トイレに電マ置かねえんだよ——と、思いつつも、見慣れない光景だから逆に戸惑いを覚えてしまうが、僕はキッチンに向かい準備していた鍋と冷蔵庫に入れていた材料をリビングのテーブルに運び、カセットコンロにセット。飲み物、コップ、お菓子をセッティング。


「あ、葉集、おかえり」


 僕が作業をしていると、姉さんが自室から出て来た。その姿を見て、僕はちょっと感動した。


「おお! 姉さんが服着てる!」


「いつも着てるだろ、あたしは」


「だっていつも下パンツじゃん」


「あんたが着とけって言ったんでしょうが」


「姉さん、僕はちゃんと肩揉みも首マッサージもするからな!」


「当然でしょ。てかなに? 誰か来るの?」


「うん。音論の誕生日会をここでやることになった」


「急だな〜、さすが高校生」


「本当ごめんな、うるさくしちゃうかもだけど」


「気にすんなし。周りの部屋に迷惑にならない程度なら、あたしは文句言わないよ」


「ありがとう」


「あ、そうだ。あたしからも音論ちゃんにプレゼント用意したんだけど、あんたから渡しといて」


「それは姉さんが渡せば良いじゃん」


「だってあんたの友達も来るんでしょ? 姉が混ざったら変な空気になるだろうし、あんたも恥ずかしいでしょ」


「別に変な空気にならないだろうし、恥ずかしくもねえよ。服着てれば」


「あたしの下着姿はそんなにみっともないと言うのか、弟のくせに」


「弟だから言えるんだろ」


「それもそうか。なら直接渡すことにするよ」


「わかった」


「あんたのプレゼントは、どこに置いたの?」


「部屋にあるよ」


「ねえ……なに買ったの? そこそこデカい箱で地味に重かったんだけど」


「それは内緒ってことで。姉さん普通にバラしそうだし」


「ふーん、あんたがプレゼントを内緒にして楽しませたい、って思える相手が出来て、良かったねー、ふふふ」


「うるせえ。からかうな」


「へいへい——おっ、あんたの友達来たみたいだよ」


 ピンポーン、と。チャイムが鳴った。


 そうか、音論は来たことがないってことにしてるのだろう。音論ひとりだけなら玄関まで来るが、牙原さんと馬島くんがいるから、じゃあ下まで迎えに行くか。


 下まで降りる。と言っても高いフロアに住んでるわけじゃないので、すぐ到着。


「いらっしゃい」


「良いマンションね。案外ボンボンなの?」


「いや、僕は居候だよ」


「姉の脛齧りってことね、きーばさん把握したわ」


「否定したいけど間違ってないからできねえな。とりあえず上がってくれ」


 そう言って案内開始。エレベーター乗って、すぐ到着。


 部屋の扉を開ける。


「三人ともどうぞ」


 僕の言葉に、みんな素直に入室。それぞれお邪魔しますと言って靴を脱いだので、リビングへ通す。


 最初にリビングに入った馬島くんが、驚いた口調で声を上げる。


「え、なんか鍋あるじゃん!」


「いやだって、誕生日って鍋じゃないの?」


「あ、北海道ではそうなのか? 最近の誕生日はカミクと過ごしてるから違うけど、小さい頃の俺は寿司ばっかだったぞ」


「それは出身の違いじゃなくて財力の違いだな」


 北海道でも当然寿司で祝う人はいる。でも冬はだいたい鍋のイメージというか僕が鍋で祝われて来たからな。僕は二月生まれだから、お爺ちゃんお婆ちゃんが毎年作ってくれたのだ。


「てか、まって。これ柿町が作ったの?」


「具材切ってスープ準備しただけだから、作ったとまでは言えねえよ」


「いや十分だろ、すげえ」


 そんなに驚かれると、馬島くんがいかに家事をせずに育ってきたのかわかってくるなあ。


「とりあえず座ってくれ」


 僕は三人を座らせて、カセットコンロを点火。


「僕は唐揚げ揚げてくるから、鍋沸いたら具材入れて蓋して、野菜がしんなりしてきたら食べてて。すき焼きしゃぶしゃぶだから、肉を先に食っててもいいし、卵も割って使ってくれ」


 そう言って、キッチンへ向かう。


「葉集くん葉集くん!」


 こっそりとキッチンに着いてきた音論が、声を潜めて僕を呼んだ。


「どうした?」


「なんで葉集くんちなの!? どうしてこうなった??」


 どうやら音論たちは一度馬島邸を経由してからタクシーで来たらしく(馬島財力)、マンションの前に着いて初めて場所を理解したとのことだ。


 どうしてこうなった——か。その問いに嘘なく真実を答えるなら、この言葉以外に見つからない。


「牙原さんに脅されたから」


「おど……っ! きーばなにしたの?」


「それは言えねえな」


 それを言ったら、ただの告白になるんだもん。


 やっかいな人質を取られてしまったもんだぜ。


「だ、大丈夫なの? 迷惑じゃない!?」


「迷惑なわけあるかよ。僕にも音論の誕生日を祝わせろよ」


「……う、ありがと……嬉しい……えへへ」


 なんかいつもより赤面が凄い気がする。寒い中歩いて来て、部屋が暖かいからだろうか。いやタクシーだから歩いてないだろうしそれは違うか。


 可愛いからいいや。風邪ってわけでもなさそうだし。


「ま、唐揚げ揚がるまで寛いでてくれよ。今日の主役」


「うん、でもね、私お手伝いするよ」


「唐揚げ揚げるのに二人いてもやることないぞ?」


「じゃあ見てたい! いい?」


「別に構わないよ。でも油跳ねるから、ちょっと離れて」


「わかったー!」


 音論を横にスタンバイさせ、唐揚げを揚げていく。


 二度揚げまできっちりとやる。カリッとした方が美味いもんな。


 二度揚げ工程に音論は釘付けだ。パチパチと音を鳴らす鍋をじっと見つめ、にやにやしている。


「よし、揚がった揚がった」


「凄くいい音だった……着信音にしたい」


「ちょっとその気持ちわかる」


 揚げ物の音って、なんか良いもんな。


 皿に盛った唐揚げを持って、リビングへ戻る。


 テーブルのスペースに唐揚げ盛り盛り皿をどーん。


「うわ唐揚げすごっ! 柿町マジかよお前!」


「どこに驚いてるのかわからねえぞ、僕」


「鳥揚げるとか、うちだと料理長の仕事だぜこれもう!」


「だんだん馬島くんが金持ちだと実感してきたよ」


 うちの料理長って。馬島くんち、料理長いたのかよ。


 前お邪魔したときは居なかったと思うけど、そう言えばあの時は馬島くん喪中だったもんな。


「好きなだけ食ってくれ。ちょっと用意し過ぎたかもだが」


 流石に揚げ過ぎた感はある。盛り盛りどーん、だもん。


「まあ残ったら音論が持ち帰って食ってくれ」


「いいの!?!?!?!?」


「いいよ。唐揚げ好きだろ」


「うん大好き!」


 音論の大好き発言に、不自然な挙動で僕を見るのやめてくれないかな馬島牙原カプ。唐揚げのことだから。


「鍋ももう平気だろ、みんなしゃぶしゃぶしてじゃんじゃん食え食え」


「なんか柿町くん、たまにしか会わないけど会ったら優しくしてくる親戚のおじさんみたいになっているわね」


「まだおじさんレベルまで老けたつもりはないぞ」


「冗談よ。およそ半分」


「全部冗談であって欲しかったよ」


「しかもおよそだものね。きーばさんが言ったおよそ半分は、ひょっとしたら七割おじさんで、三割冗談って可能性もあるのよ」


「じゃあ七割冗談って可能性を信じるよ」


「本当に本当に裏切ってごめんなさい」


「おい、マジで頭下げるなよ!」


 僕も食おう。すき焼きしゃぶしゃぶ久しぶりだなあ。


 牛肉うめー。唐揚げも上出来だ。グレートジョブ僕。


「あ、そうだ。姉さん呼んでもいいか? 姉さんの晩飯を用意するの面倒だし、ここに呼んじゃっていい?」


「別にきーばさんは気にしないわよ」


 その言葉に馬島くんも頷く。音論は当然気にしていない。


「んじゃ呼んでくる」


 と、姉さんを召喚。きちんと服を着た姉さんを友人に紹介できるのは謎の嬉しさがある。


 音論も若干驚いているし。『あの葉恋お姉さんがお洋服をきちんと着てる!』って声が幻聴のように聞こえてくるぜ。


「どもー。葉集の姉、葉恋でーす。弟と仲良くしてくれてありがとね、えっと」


「すいません、先に自己紹介すべきでしたのに、失礼しました。自分は馬島談示と言います。こちらこそ、日頃柿町くんにはお世話になっています。これからも仲の良い友達として学校生活を満喫させていただくと思いますが、葉恋お姉さん、きちんとご挨拶できたこの機会に感謝いたします、お邪魔させていただき、ありがとうございます」


 馬島くん、きちんとしてるんだよなあ、こういうところ。


 だから僕と気が合うのかもしれない。いい友達ができて良かったな僕。いささか丁寧過ぎるのは、金持ちクオリティってことなのだろうけど。


 さっきまで柿町って呼んでたくせに。


「あ、ひょっとしてきみが色ノ中いろのなかちゃんの従姉妹の?」


「はい、識乃さんとはしばらく会っておりませんが、そのことは把握しております。なんでも幼馴染だとか」


「うひゃー、丁寧な子。そういや色ノ中ちゃんも、基本年上には丁寧だもんなあ、凄いな今の高校生って!」


「ありがとうございます、お褒めいただき光栄です」


 馬島くん、すげえ。なにがすげえって、僕らの前でここまでキャラ変できることがすげえ。さすが恥ずかしい台詞を気づかないで言って、気づかされると下向いちゃう男子だぜ。


「ほらカミク。きみも自己紹介しなよ」


 馬島くんが、牙原さんに言った。


 どうしたんだろうか、牙原さん。いつもの太々しさが消えてるけど、まさか年上は苦手なのか? 意外な弱点見つけちゃった?


「あ、あにょ!」


 牙原さんが噛んだ! 牙原さんが噛んだあ!


「あ、あ……あの、その……だ、大ファンでしゅん」


 でしゅん、って言った! 牙原さんがでしゅんって言ったあ!


「え、あたしの?」


「ひゃい! デビューしゃくから、ずっと、ずっと……あにょ!」


 またいっぱい噛んだ——って、待てよ。ファンって言った?


 でしゅんの前にファンって言ってた?


「柿町くん! ちょっと聞いてにゃいわよ!」


「なにを!? 僕からなにを聞いてにゃいの!?」


「あなたのお姉しゃんはれんしゅいしぇいしぇんしぇ〜って聞いてないよお…………っ!」


「ごめん聞き取れない。もう一回言って」


 ちょっといじったのにスルーされるの切ねえ。切ない課題はもういいんだって。


 ほぼ声泣いてるじゃねえか。声どころか顔面がもう号泣!


「あたしの作品読んでくれてるんだ、わあありがとう、弟の友達にまさか読者がいるなんて思ってなかったよー」


 姉さん聞き取ったのかよ、読解力!


「ほらほら泣かないで。あたしは号泣させるような作品書いてないんだから、ね?」


 姉さんちょっと困ってるな。珍しい。


「姉さん、牙原さんの言葉聞き取ったの?」


「そりゃわかるよ。あたしのこと葉恋はれん彗星すいせい先生って呼んだんだもん、この子」


「姉さんの作家名、正直今初めて知ったよ僕」


 マジで初めて知ったよ。だって書籍を手に取ったことないから。


 そうか、そういや姉さん、ファンには顔バレしてるんだったな。デビューと同時に。


 牙原さんの弱点はまさかの僕の姉さんか。


 だから牙原さん、エロ話題バンバン放り込んで来たのか。納得した。


「音論知ってた? 牙原さんがファンって?」


「ううん、衝撃の事実で私もびっくりしてる」


 音論とヒソヒソ話していたら、姉さんがこっちを向いた。


「あ、音論ちゃん誕生日おめでとー。これあたしからのプレゼントね」


「わあ、ありがとうございます、葉恋お姉さん!」


 このやりとりに、真っ先に食いついたのは、号泣していた牙原さんだった。


「ろんろー、かみしゃまと知り合いだったにょ?」


「あ」


 ひとまず、牙原さんが喋れていないことは置いとくとして——あ、って。いや僕が根回しするの忘れたのも悪いけど。


 でも仕方ない。姉さんと細かく打ち合わせするような時間なかったし、これは仕方ないだろ。


「えっと、えへへ。実は私、葉集くんのおうち来るの初めてじゃないんだ、ごめんねなかなか言い出すタイミングなくて……」


 音論が言うと、僕に号泣女と金持ち男の視線が集まる。


 だから僕は言ってやることにした。ここは堂々と。


「なんだよ、僕になにか問題あるか?」


 開き直ったレベルで言ってやったぜ。


「いや言えよ!?」


 と、馬島くん。


「言いなさいっての!?」


 と、牙原さん。喋れて良かったね。


「とりあえず飯食ってから話そうぜ。そうそう実は僕、バースデーケーキも用意してあるんだ、今持ってくるから」


「流せると思うなよ!?」「流せると思わないで!?」


 さすが付き合いの長い恋人同士、見事なシンクロっぷりだ。


 さーて。音楽活動を内緒にしつつ、なんて誤魔化すべきか……どうするか、どうしようか……。


「困っちゃったね。えへへ」


 なんで爆弾投下した本人が一番嬉しそうなんだよ!

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