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 音論の誕生日当日。僕は最近恒例となっている早朝の教室での頭を抱える行為を、今日も飽きずに続けていた。


「ゔー……………………っ!」


「当日まで頭を抱えているとか、まさか柿町くん、プレゼントまだ用意していないなんて言わないわよね?」


「あ、いや、まずおはよう牙原さん、プレゼントは……ちゃんと用意したよ」


 プレゼントは昨日届いている。そしてケーキも昨夜作って冷蔵庫に入れてきた。ケーキ以外の料理もそこそこ用意して、もちろん姉さんには食うなよと念を押すことも失念していない。


 僕が頭を抱えていたのは、牙原さんが知らない作詞事情なのだ。言えないけど。


「おはよう。きちんと挨拶するの結構偉いわよね」


「挨拶はするよ。育ちがいいからね」


「柿町くんに育ちがいいイメージがなかったけれど、挨拶と感謝が出来る人間は評価するわ」


「そりゃどうも」


「お礼も言えて偉いけれど、プレゼントを用意したのになぜ頭を抱える必要があるの?」


「それはな……それは」


「それは?」


「ば、晩御飯なにを食べようか悩んでいて……」


 この言い訳、こないだも使ったな。くそう、言い訳のストックが尽きてきた!


「晩御飯のことで毎日悩み過ぎでしょう。主婦でもそこまで悩まないわよ、たぶん」


「まあ、家で調理担当は僕だから」


 嘘じゃない。調理どころか、掃除洗濯買い出しゴミ捨て、およそ家事と呼ばれることは全部担当している。


「家庭的ね。一人暮らしじゃないわよね?」


「違うよ。姉と暮らしてる」


「ああ、談示から聞いた気がするわね。でも興味なくて忘れていたわ、ごめんなさい」


「そりゃ僕の生活環境とか興味持たれても困るから、忘れてくれて構わないけども」


「ところで柿町くん、今日のろんろーの誕生日会、あなたの家でやってもいいかしら?」


「それは無理」


「なぜ?」


「か、家族いるし」


「普通家族はいるわよ」


「そういう問題じゃなくて」


「じゃあどういう問題よ。わかりやすく具体的に短く」


「姉いる」


「短さだけを意識し過ぎて、なにもわからないじゃないの。わかりやすくと具体的はどこいったのよ」


「無茶だろ、わかりやすく具体的に短くって。正解はどんな答えになるんだよ」


「正解を見つけ出して答えるのが柿町くんの仕事じゃない。仕事できない男とか、ろんろーの将来が不安になってしまうわ」


「これでも僕……」


 あぶねえ。思わず作詞やってることを言いそうになった、あぶねえ!


「これでもなによ?」


「これでも僕は、将来を見据えて毎日生きているんだぞ」


「だいたいみんなそうよ。あなただけじゃないわよ」


「その通りだ牙原さん。僕は当たり前のことを当たり前にこなせる、普通の男子だ」


「で、なぜ柿町くんの家はダメなの?」


 話戻っちゃったよー。せっかくらせたと思ったのに……。


「ダメというか……なんというか」


「いいじゃない、ろんろーもいるのだし」


「それは、まあ、音論は良いんだけど」


「え、きーばさんはダメなの? ろんろーは良くて、きーばさんはダメ。なるほどわかったわ、そこから導き出される答えは、つまり——今夜ろんろーを食うつもりなのね?」


「違うから。勘違いしないで」


「ということは……じゃあろんろーに持たせないと」


「なにをだよ……」


「薄くて破れないやつ」


「必要ねえからな!?」


「必要よ! どう考えても必要よ!?」


「違う違う、まず食わないし聞いて牙原さんお願いだから」


「ずっと聞いているのよ、きーばさんは聞き上手か、ってくらいずっと聞いているのよ」


「そ、そうだね……ほら、姉がいるとさ、気まずいだろ?」


「べつに? きーばさんは気にしないわよ。ろんろーも気にしないでしょ」


 音論が気にするわけない。むしろ姉さんと仲良しなくらいだから。


「特に理由がないのなら、オッケーってことね?」


「なぜそこまで僕の家にしたがる!?」


「きーばさんちが今夜使えないのよ。パパの知り合いが訪ねてくる予定になってしまって。確認したけど談示の家も無理。同じような理由でね」


「それで僕んちか……」


 かたや金持ちのボンボン息子。かたや院長の娘。


 金持ちの家には人が訪ねてくるんだな。


 理由はわかった。確かにそれが本当なら、僕んちくらいしか候補はない。


「いや、音論んちは?」


「それはダメよ。ろんろーの家だと寒いし、電気代使わせるの可哀想じゃない。寒いし」


 たぶん寒いってことが第一の理由だな二回言ったもん。確かに音論んち、暖房器具なかったもんな……。部屋でも姉さんから貰ったダウン着てるって聞いたことあるし、寝る時も着てるとか言ってたし。


「……ちょっと時間頂戴?」


「五秒でいいわね」


「もっとくれよ!」


「ふふ、欲しがりね。いいわ、午後まで待ってあげる」


 五秒から午後まで伸びたことを考えると、めちゃくちゃ譲歩してくれた感はあるから勘違いしてお礼言いそうになったけれど、無茶振りされているんだ、しっかりしろ僕。


「わかった……昼までに姉に聞いてみる。ダメだったら悪い」


「ダメだったらダメよ。許されると思わないことね」


「きみは僕に対してなにか権限でも持っているのか?」


「権限というか人質よね。言葉の。具体的には柿町くんの想いってやつ?」


「ぐっ…………!」


 牙原さんに言うんじゃなかった……ちくしょう!


 親友の彼女だからと信じたら、まんまと僕の気持ちが人質にされてしまった!


 なんてズルいんだ……っ!


「女に二言はないって言ったのに……っ!」


「その通りよ。でもダメだったら、二言はないけど、一言くらいリークしちゃいそう」


「セコイ!!!!」


「ズルいと言いなさい」


「ズルい!」


「そうよ、女だもの」


 くそう……僕、牙原さんに言葉で勝てる気がしねえ。


 僕がなに言っても弱らせることができない気がする。


「とりあえず……姉さんに聞いてみる」


 聞くというか、頼むんだけども。


 僕は姉さんにラインした。内容は——お願いだ姉さん、一生のお願いだ姉さん、僕の望みを聞いてくれ頼む、リビングとかトイレのローションやら電マやらを今日だけでいいから撤去してください、撤去してくれたら、肩揉みする! あと今日だけはパンイチぴちティーで過ごすのを我慢してください、首マッサージもするから!


 である。驚くべき速度で既読がつき、そして返事。


 今日だけだぞー。ちゃんと首と肩揉めよなあ——という返事。


 ありがとう姉さん。わがままな弟の願いを聞いてくれて、本当にありがとう——でも一言だけ言わせてもらえるなら、なぜ今日が終わったら電マやらローションやらをまたリビングとトイレに戻す気満々なんだ……っ!


 そして下は毎日着用しろよおおおおお!!!!!


「……………………っ」


 本音を言えば大声で叫びたいところだが、そろそろ教室に人が集まってきたので、自制心で言葉を噛み殺した僕は、こっそりと脳内絶叫にとどめ、牙原さんに言った。


「僕んちで大丈夫」


「グレートジョブ」


 やかましいわ! 良い仕事した、じゃねえよ!

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