3


 帰宅してから、僕はパソコンに向かって誕生日プレゼントについて調べることにした。


 なにを贈られると嬉しいか、調べてみる。


 が、いい案はない。僕が欲しているのは、付き合っていない相手に贈るプレゼントであり、贈っても引かれることのないプレゼント。


 そう考えると、僕こそお米券を贈ったほうがいいんじゃないだろうか、とも思えるが、それはそれで僕的に納得しないので却下である。


「アクセサリーは重いよな……たぶん」


 それを付き合ってもいない男子に贈られても、付けて歩くか微妙だもんな。


 いくらぐらいの値段なら、引かれないのだろう。


「そこから調べるか」


 プレゼント。高校生。女友達。相場——検索。


「参考にならねー」


 出てきたものを見ながら呟く。ポテチ一袋とかジュース奢るとか、確かに高校生らしいのかもしれないが、いまいちだ。


 とりあえず、高校生というワードを外して、再検索。


「一気に質が変わった……」


 下着とか贈るのかよ、大人。すげえな大人。ちょっと記事を覗いてみよう。


 普段使いできるものがオススメ——かつ、普段使いするためにショーツは二枚贈ると喜ばれる、か。


 いや、参考にするにはいささか僕は若すぎる。こんなのダンディなジェントルマンが贈るプレゼントだろっ!


 くそう、高校生というワードを外しただけで、こんなにも変わるのか!


「難しいな……誕生日」


 まさか三日後とは思ってなかったし。


 そもそも、音論から教えて貰っていない誕生日にプレゼントを贈って、キモがられないだろうか。


「まあ、その辺の言い訳はできるか」


 牙原さんから聞いたって、素直に言えばいいし。


 気にする必要はない。僕から積極的にリサーチしたわけじゃないけど、知ってしまった以上、祝いたいし贈りたい。


 プレゼントは一旦考えを休ませるとして、とりあえず。


「ケーキは必要だな、うん」


 ケーキ屋を調べよう。ショートケーキだと寂しいので、小さめのワンホールにしようか。


「いや、買うよりかは作るか」


 ケーキ屋に一人で入る勇気はないし、なら作るか。


 材料はスーパーで簡単に手に入るし、よしそうしよう。


「明日スーパーで買ってこよう」


 ケーキは作るとして、プレゼントに戻る。


 悩ましいぜ、プレゼント。


 幸い、資金に余裕はある。今月は動画収入で十万、音論と半分にして五万の収入があったので、基本物欲がない僕は手付かずのお金がある。予算に余裕はある。


 予算はあっても案がない。もどかしいなー。


 こういうときに、SNSを使えば良いのかもしれないが、『ヨーグルトネロン』のアカウントは僕と音論が共有しているので、発信したらすぐバレちまう。


 つまり、僕が解決するしかないのだ。


 牙原さんのアドバイスは、大切にできるもの。大切にできるイコール食品はダメだ。


 食ったらなくなってしまう。


「なにがいいかなあ……」


 マジで、なににしよう……。作詞よりも難題じゃねえか。


 作詞がまだできてない僕が言えることじゃないかもだが。


「用意する時間もあるし、プレゼントは今日中に決めなければ」


 ネットで買うなら、今日頼まなければ間に合わない。


 店に足を運んで、それっぽいものを選ぶことも考えてみたが、それっぽいものがわからない以上、無駄足になるのは確定しているからな。


「下着は無しだ。でも普段使いできる物はアリか?」


 普段使いか。普段から気兼ねなく使えて、なるべく長持ちするもの——か。


 そうなると靴とか服とか、アクセサリーは重いだろうから、結局その辺が無難だろうか。


 いや、それも微妙かな……だって、友達から服贈られるとかやっぱり重い気がする。贈ったら贈ったで、僕と会うときには『絶対着なきゃ!』と思わせてしまうかもしれない。


 そもそも服を贈るとして、フルセットを贈るべきなのかどうなのか、その問題が浮上する。なのでこの案は保留にしよう。


 普段使いできる手頃な家電とかどうだ?


「調べてみよう」


 家電。お手頃——検索。


「美顔器とかは……どうなんだろう」


 それをプレゼントとして良いのか微妙だなあ。なんか失礼な気がする、美顔器を贈るって。じゃあ却下。


「決まんねえじゃん!」


 決まんねー。マジで決まらん!


 家電はやめだ! まず結構高い!


「どうする……普段使いできて、引かれない値段、長持ちして、あっても困らない邪魔にならない物……」


 うーん。うーんうーんうーんうーん。


「……あっ!」


 あるぞ。あるじゃねえか! 見つけた! これだ!


 普段使いできる。長持ちする。あっても困らない。


 値段は……まあ友達に贈るのであれば、高いだろう。


 が、相棒に贈る——『ヨーグルトネロン』の相棒に贈るとするなら、セーフだ。たぶんセーフだ。


「よしもう決めた。これしかない。僕はもう迷わないぜ」


 迷うことをやめた僕は、早速ネットでその商品を注文。デザインは僕チョイスだが、音論に似合いそうな色を選んだ。


 届くのは明後日の午前中だから、全然間に合う。


 そうと決まったら、姉さんに言っておかねば。


「姉さーん! 明後日、午前中に宅配届くから受け取り頼むー!」


 早速姉さんに伝えた。部屋のドアを開けて、大きい声で言えば伝わるからな。


「あいよー」


 こういうとき、在宅仕事の姉の存在は助かる。


 よーし、誕プレはなんとかなった。これでひと安心。


「てか……そろそろマジで歌詞書かねえとやばい」



 ※※※



 葉集が誕生日プレゼントを決定し、注文をしている頃。


 自分へのプレゼントに葉集が散々悩んでいるいたことを全く知らない音論は、バイトが終わり帰宅したところである。


 制服から着替え、バイト先で売れ残り、頂戴した食パンをトースト。


 そして贅沢して買ったお徳用ココアを作った。ただし、ガスは節約したいので、水で無理矢理溶かしたココアだ。電気ケトルなんてものは、この家にない。


 トーストした食パンを一口サイズにちぎり、冷たいココアにディップして、口に含む。


「んふ〜っ! 甘くて幸せ〜」


 嬉しそうに次々と口に運び、一枚目を完食。


 二枚食べる予定だが、一枚目を完食してから二枚目を焼くつもりだったので、予定通りトースターに食パンを入れ、タイマーを回す——と。音論のスマホが小さく音を鳴らした。


「もしもし? どうしたのきーば?」


 牙原カミクからの着信。


 これより、女同士の女子トークの開幕である。


「あ、ろんろー。今なにしているの?」


「食パン焼いてる。ココアに浸して食べてるの」


「相変わらず不思議な食べ方をしているのね」


「美味しいよココアパン? きーば食べたことないの?」


「カップスープならまだしも、まずココアに食パンを浸すという発想がなかったわ。最近ちゃんと食べてるのね、きーばさんは安心よ」


「ありがときーば。最近のご飯代はなんとかなってるよ」


「困ったら言いなさい。きーばさんの家で食べても良いんだから」


「うん、ありがと。でも平気だよきーば。私はちゃんと食べれてるし、そのうち絶対に毎日イクラとマグロを食べられる生活するんだもん」


「どうしてイクラとマグロなのよ。ろんろー海鮮好きだったの?」


「んーと、たまたま幸運にも食べさせて貰って、味を知っちゃってね……それから毎日食べるために億万長者を目指してるよ」


「どうやって億万長者になるのか謎だけれど、なれるといいわね」


「億万長者になったら、きーばにいっぱい奢っちゃうんだから。楽しみにしててっ!」


「期待しておくわ」


「あ、まって。食パン焼けた!」


「食べながらでも食べてからでも良いわよ」


「うん、わかったー。じゃあ食べながら、スピーカーにするね」


「めちゃくちゃカリカリ音するわね。焦げてない?」


「耳をカリカリにしたい派だから、焦げてる方が好きなんだもん」


「まあ、好みに口を出す気はないから、好きに食べなさい」


「はーい。で、きーばなにか用事があったんじゃないの?」


「用事というほどでもないのだけれど、ろんろーって柿町くんのこと好きよね?」


「んごふっ! げふげふっ!」


「大丈夫? ココア吹いたの?」


「吹いてないよ……吹いたらもったいないから、気合い入れて飲み込んだらむせた」


「でも今の反応でだいたいわかったわ」


「なにが!? 私なにも言ってないよね!?」


「じゃあ改めて聞くけれど、柿町くんのこと好き?」


「ど、どうしてそう思ったのかなあ……?」


「そう思わない方が嘘でしょ。小学校から知ってるのよ、ろんろーのこと」


「あう……ううう」


「好きってことね? それでいいわね?」


「そ、それを聞いて、きーばにどのようなメリットがございますのでしょうか?」


「なぜ敬語なのよ。いえ、きーばさんにメリットらしいメリットはないわよ。ただ、ろんろーが好きって言うのなら、良いこと教えてあげる」


「いいこと? なになに?」


「好きなのか教えないと教えないわよ」


「けちー」


「ほら早く認めなさい」


「う、う…………うん」


「好きなの?」


「……好き……だよ」


「ふふ、ならろんろーに良いこと教えてあげるわ」


「なに?」


「柿町くん、ろんろーのこと女として好きだって」


「ふぇ!?!?」


「本人から直接聞いたから間違いないわよ」


「え、えっ、ええ? えええええ!?」


「なによ?」


「待って待って、理解が追いつかない」


「きーばさんは柿町くんから直接、ろんろーのことが好きだと聞いた。それをきーばさんはろんろーにチクった。それだけよ」


「ええ……え、えっ、ええ、それほんとなの??」


「本当よ」


「ど、どうして私にそれを……言ったの? ううん、すごく知りたかったことではあるけどっ!」


「もし柿町くんから告白するならそれでもいいけれど、でもろんろーから告白するのなら、きーばさん的に協力したいじゃない? だから柿町くんにはろんろーには絶対に言わないと言って、聞き出して、もしろんろーから告白するときの背中を押すきっかけになればと思ってね」


「そ、それは……確かにありがたい情報だけれど、でも私ズルくない? てかほんとなの? 葉集くんが私を……ええ、ほんと!? ううー、絶対ほんとだよね!?」


「本当の情報よ。本人に確認してみれば?」


「それは……勇気が……勇気があっ!」


「勝ち確なのに。まあでも男から言って欲しいわよね」


「だよね!? それはすごくわかるよきーば!」


「この情報は切り札にすればいいわ。もし柿町くんがグズグズしていたら、ろんろーから告白しちゃえば良いんだし」


「……でも、それなんか私、やっぱりズルくない?」


「女なんてズルくてなんぼでしょ。こんなことでズルいなんて言えないほどズルい女なんて、探せばどうせ二億人くらいいるわよ」


「二億人! でもでも、数がいればズルくないってことじゃないよね!?」


「ズルくないわよ。仮に多数決で決めたとしても、ろんろーは100%ズルくないと判定されるわ。でもきーばさんが言ったことは内緒にしてね。そのかわりに、ろんろーの気持ちは絶対に柿町くんには内緒にするから。五兆積まれても喋らないと誓うわ」


「う、うん。その前に五兆円も積まれるかなあ?」


「まあぶっちゃけバレても構わないのだけれど。もしバレて、きーばさんの立場が危うくなったらこう言っておいて——きーばさんに二言はないって言ったけど、じゃあだからろんろーに、一言チクっただけ、って」


「うわあ、すごい言い訳! セコい!」


「セコくてなにが悪いのって話よ。んじゃ、きーばさんの用事はこれで終わりよ」


「え、これを言うために!?」


「そうよ。あ、あと誕生日は空けて起きなさい」


「あ、うん、バイトお休みにしてある!」


「それじゃ、また明日学校でね」


「うんきーば、おやすみ」


「おやすみ、ろんろー」


 これにて、秘密の女子トーク終了である。


 葉集の想いは信じた親友の恋人により、あっさりと裏切られ音論に伝わった。


 そしてこのことを葉集が知るのは、もう少しあとのことである。


「葉集くんが……私、を……え、どうしよどうしよどうしよどうしよ???? え、えええ、えどうしよ?」


 きゃーーーー! と叫びたいのを堪えた音論は、立ち上がり、


「んーーーーーーーーーーっ!」


 と、ぴょんぴょんした。


 が、テンションが上がりすぎて我慢出来ず、リビングに置いていた防音マイクを口に当てて、


「————————っ!!!」


 と、音漏れせずに叫ぶことに成功し、それが思いのほか気持ち良かったので意味不明のままテンションはさらに上昇し、観客のいないテーブルをステージに謎の踊りまで披露して、とても元気いっぱいである。

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