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牙原さんが相談に乗ってくれる——とはいえ、人さまの彼女と二人きりで話したいとも思えない。
というのは、牙原さんも同じだったようで、放課後。
僕と馬島くん、そして牙原さんの三人で、ファストフード店に向かうことになった。音論はバイトなので、議題的に好都合である。
「俺は役に立てないけれど、まあ自分の彼女が友達と二人でハンバーガー食ってるの嫌だから着いてきたぜ。でも俺にできることならなんでも言ってくれよ、
対面に座る馬島くんがそう言ったので、
「悪い、頼りにしてる」
と、返す。牙原さんと馬島くんが隣同士に座り、僕は向かいに一人だ。
「そういや二人って、音論と付き合い長いのか?」
聞いたことなかったけれど、出身中学が同じとかなのだろうか?
「きーばさんは小学から一緒よ」
「俺は中学だね。同じクラスになったのは高校が初めてだけど、でもほら、カミクと仲良しだから面識はあったくらい」
なるほど。結構牙原さんとの付き合いは長いんだな。
なら、二人とも音論の家庭事情も知っていると判断して良さそうだ。
「それで早速なんだけど、誕生日プレゼントってなに渡すのが良いんだろうか……僕、女子に誕生日プレゼントを贈ったことなんてないからわからないんだよ」
貰ったことならあるが。
「その辺はカミクに聞いた方がいいかな。俺じゃ
「どうなんだ? 牙原さん?」
僕の問いに、牙原さんは少し時間を使い、言った。
「難しいのよね、あの子の場合。たとえば友達であるきーばさんから贈るなら、お米券とかになるんだけど」
お米券——たしかにめちゃくちゃ喜びそう……。
ひょっとしたら、それが音論へのプレゼントで一番喜ばれるんじゃないだろうか、お米券……。
「でも
「大切に……か」
音論が大切にしてくれる物——なんでも大切にするイメージがあるんだよなあ、音論。
姉さんから貰ったスマホもパソコンも、めちゃくちゃ大切にしてるし。百均で買ったスマホカバーを自分でリメイクして使ってるからなあ、音論。パソコンだって百均で買った布を自分で裁縫してカバーにしているし。
服だって、かなり大切に着ている。
そう考えると、僕が贈れそうな物は、ほとんど姉さんがあげてしまっているな。
選択肢が狭まっているじゃねえか、姉さんめ。
「馬島くんは、牙原さんにどんな物を贈ってきたんだ?」
「俺? 俺は……その」
言いにくい物をあげてきたのだろうか……まさか、大人の玩具かっ!?
「談示はそうね、毎年なにかしらのプレゼントと手紙を贈ってくれるわね。無駄に字が綺麗で、言葉遣いも丁寧な手紙」
「ちょカミク、言うなよ恥ずかしいだろ……っ!」
「キミを愛して〇年目〜から始まるわ」
「ああああああぁぁぁ……っ!」
馬島くんが死んだ。その様子をにこやかに見る牙原さん。
馬島くん、恋人にはいじられキャラなのか。
いや、その手紙ならいじられても文句は言えねえな。
でも、大人の玩具じゃなくてよかった。そんな発表されたら、僕は帰宅していたぜ。
「馬島くん気にするなよ。手紙って僕は素敵だと思うよ」
僕が勘違いした大人の玩具に比べたら、本当に素敵な贈り物だと思う。マジで。
「!!? 柿町……優しいなあ、お前なあ!」
「日頃の感謝を込めて書いてるのだから、それは素敵だと思うだろ」
「はあ……お前本当いい奴だ……ポテト奢らせてくれ」
「いや、自分のあるから大丈夫だよ」
「お前が俺の従姉妹——
「僕は色ノ中に対して、優しくしたこと一度もねえぞ」
優しくされたこともない。いつもアイツは僕に厳しいというか、僕を社会的に殺そうとしてくる。
「ああ、そういえば談示の従姉妹と柿町くん、幼馴染なんだっけ。談示が言っていたわね、忘れていたけど」
「会ったことないのか? 牙原さん?」
「ないわ。会う理由もきっかけも見つからないもの」
確かにその通りだ。好奇心で会ってみたいと思って会ってみたら後悔するから、やめておいた方が賢明だ。好奇心で馬島くんの従姉妹に会ってみたいと思って後悔した僕が言うのだから、間違いない。
まあ談示の従姉妹はどうでもいいとして——と。牙原さんはポテトを食べながら、続けた。
「そんなことよりろんろーのプレゼントでしょ。恥ずかしい手紙を贈るのなら、今までに貰ってきた談示からのレターを読ませてあげるわよ。参考に」
「い、いや、それはちょっと……」
読みたくないと言えば嘘になるが、読んだら馬島くんに恨まれる。でもなんか、恥ずかしい手紙とか言いながら、しっかりと馬島くんからの手紙を保存してるっぽい牙原さん、ちょっと可愛いところあるじゃん、見直したよ。
「それは牙原さんだけの手紙だから、僕には読めないよ」
この発言で、馬島くんの僕に対する好感度が上がった。気がした。
「じゃあ逆に考えてみたら柿町くん。柿町くんが貰って嬉しい物を考えてみるの」
「僕が貰って嬉しい……」
なんだろう。音論から貰えて嬉しい……。
既に貰ってるんだよな……あのボーカリストと組めている時点で、僕は一生ぶんの贈り物を受け取った気分なのだ。
「なにかあるでしょう、たとえば初体験とか」
「それで僕が僕の初体験をプレゼントして喜ばれると思えてたまるかっ!」
引かれるわっ! ただでさえ、僕は変態ってイメージが定着しているのだ。さらにそんなこと言ったら、解散の危機に
「柿町くんは童貞……よし。これはあとでろんろーにチクッておこう」
「おい色々おい!」
「ちなみにろんろーも処女よ。良かったわね柿町くん」
「ほほう……じゃなくって! ちょっと馬島くん助けて!?」
助け舟を求めた僕だったが、馬島くんは馬島くんで、
「でも男としては嬉しいよなあ、それが贈られるとさ」
と、ノリ気。ふざけんな手紙読むぞ!?
「案外こういう話題に弱いのね、柿町くん。まあろんろーも似たようなものだから、似た物同士と言ったところね」
音論がエロに精通してる原因、絶対牙原さんだ。
なんか今、ものすごく理解と納得をした。
「似ていると考えたら、きーばさん的に柿町くんの童貞を贈れば喜ばれる気がするけれど」
「それは却下なんだって!」
「じゃあ他になにがあるのよ」
「いくらでもあるだろ!?」
「たとえば?」
「たとえが浮かぶなら、僕は悩んでいないんだよ牙原さん」
「理論的ね」
「心からの本音だよ」
「なら本音を贈ればいいじゃない」
「……は?」
「告れ」
「は? いやは? はぁ!?!!!?????」
「告れ柿町くん。誕生日に想いを贈られるなんて、女からしたら最高のプレゼントよ」
「それは好意を寄せていたら、の話だろ!? 僕からそんなこと言われても、困らせるだけだろっ!」
「さあ? どうなのかしらね? 困るのか喜ぶのか。果たしてどちらなのか、面白いじゃない?」
「牙原さんの楽しみのために僕をけしかけようとしないで」
「でも柿町くん、ろんろーのこと好きでしょう?」
「べ、べつに……そんなんじゃねえし」
「ゴミみたいな言い訳ね。というかゴミね」
「失礼だな……」
「失恋を怖がっていたら、なにも成し遂げることなんてできないわよ」
「それらしいこと言って僕をけしかける計画を進めようとしないで?」
「ちっ、使えねえ」
舌打ちして、ドリンクを吸う牙原さん。たぶん僕は、相談する相手を間違えていると思った。
「でも柿町、好きなら好きって言った方がいいぜ。前にも言ったけど、百ヶ狩さん男子人気高いからさ、後悔してからじゃ遅いんだから」
そういや、以前にも馬島くんはそんなこと言ってたな。
「でも僕、音論が男子と話してるのほとんど見たことないんだけど?」
人気と言うのなら、話しかけられるはずだが。
「それはお前がいるからだろ、柿町」
「僕? なんで僕?」
「あのなあ、普通に考えてみろよ。普段俺くらいしか話してないお前が、百ヶ狩さんを名前呼びしてる時点で、ほとんどの男子はお前と付き合ってると思ってるわけ。向こうもお前を名前呼びだし、そんな相手に話しかけるのは、いかに好意を抱いていたとしても抵抗がある、それが男子心理だろ」
「あー、なるほど」
抵抗というか罪悪感だな。わかる。僕が牙原さんに相談することになったとき、馬島くんに少なからず罪悪感めいたものがあったからわかる。
僕が音論と付き合っていると誤解されているのか。
僕は構わないけど、音論には申し訳ないな……その誤解。
「誤解なんだけどな……」
「いいんだよ誤解でも。今は誤解だとしても、真実にしちまえば柿町、お前の勝ちだ」
「そんなこと言われても、僕と音論じゃ釣り合わないよ」
「自分の価値観を自分で決めるのは褒められないな。柿町葉集という人間の評価は、周りがするんだ。百ヶ狩さんと釣り合うかどうかは、もちろん百ヶ狩さんが決めることでもなく、釣り合うかどうかなんて周りが決めること。周りが決めたところで、否定できない絶対事実なんだよ。それが好きってことであり、想い合うってことなんだ」
「う、馬島くん……」
恥ずかしくないのか? そんなこと言って?
真面目なことを言ってくれたけれど、真面目な顔で言って恥ずかしいとか思わないのか? 作詞してる僕ですら恥ずかしいと思える台詞だったぞ、今の言葉……。
「談示、こういうところあるのよ柿町くん。恥ずかしい台詞を真顔で言って、恥ずかしいことに気づかない。気づかせると羞恥心で死ぬ。きーばさんの楽しみは、気づかせて悶える談示を眺めていることと言っても過言ではないわ。ちなみに談示、今の台詞きーばさんなら恥ずかし過ぎて自殺しているわよ」
いい性格してるな、牙原さん。
牙原さんの発言で、馬島くん下向いちゃったよ。
フォローできなくてごめんな馬島くん。
「まあ、ろんろーと柿町くんの問題は、二人だけの問題だし、きーばさんは口を挟むことはしないわよ。でも一応、これはろんろーの親友として訊くわ——ろんろーのこと本気で、女子として好き?」
「………………まあ、うん」
茶化されるんだろうな……と、思いながら、そんな真っ直ぐと親友として訊かれたら、誤魔化すのは失礼で、僕は素直に頷いていた。
「そう。ならいいわ。応援してるわよ」
茶化されることはなかった。素直に答えれば、割とまともに返してくれるっぽい。
「あの牙原さん……音論には言わないでよ……?」
「言わないわよ。絶対に。女に二言はないわ。女に二言はないってことは、きーばさんに二言はない。なにがあってもろんろーの味方だもの」
「信じるからな……?」
「彼氏の親友を裏切るほど、きーばさんは終わっていないのよ」
その言葉に安心しよう。たぶん嘘じゃない。
二言はないと言った親友の彼女を信じよう。
「で、プレゼントどうするのかしら?」
「思えばその議論が停滞して久しいな」
結局、ろくな案もリストアップもできず、僕たちは解散した。
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