十月十七日の三日前と翌日。
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夏休みが恋しい。もう十月だけど……。
もう十月かあ。十月……かあ。冬休みまであと少し。
ファイナルまであとひと月ちょい。あれいや二ヶ月か? あ、うん二ヶ月だな。プレッシャーで時間感覚が死んできてる。そんな朝である。
「歌詞、一行も書けてねえんだよなあ」
学校への道中、自転車に乗る僕の呟きである。
一行どころか一文字も書けていない。なんてこった。
幸い、編曲の方は先行しているので、なんとかカタチにはなっているが、しかし歌詞が出来ていない。
困ったなあ。困ったけれど、学校に着いたなあ。
困ったまま、駐輪場に自転車をとめて、教室へ。
とりあえず自分の席へ。最近は毎朝、歌詞やべえどうしようって考えながら登校しているので、教室に入るのは一番になることが増えた。
誰もいない教室で、ただ焦るだけの時間を過ごす。
だが、悪い気はしないのが不思議である。
「良いものを書こうとしてるから……」
なのかな。わからないけれど、いままでの僕——音論と『ヨーグルトネロン』を組む前の僕ならば、ここまで悩むこともなかった。
必ずしも、良いものが書けるとも、ましてや良いものを書けてきたとも思えないけれど、でもこの焦っている感覚は他に味わえない独特の楽しさがある。
でも、いつまでも焦っているだけじゃダメだ。書かないと。
書かないと——そう考えると、頭を抱えざるを得ない。
「うー………………っ!」
「早いのね、
頭を抱えていたら、次に教室に入ってきた女子にそう言われた。
「おはよう、
ひとまず姿勢を正し、僕は牙原さんに挨拶。
「おはよう。頭を抱えて悩んでいたようだけれど、ああ、きーばさんは察したわよ。ちゃんと考えてあげなさい」
「え? なにを?」
「なにって。恥ずかしがることないじゃない。わかっている、わかっているわよ、きーばさんはお見通しよ」
だからなにを?
いや——まさか牙原さん、僕と音論の活動を知っているのか……?
僕は話していない——が、音論が話した可能性はある。
けれど、話すだろうか? 音論が。下ネタをメロディにのせて歌ってるなんてことを、わざわざ友達に言うだろうか?
音論の性格的に、自分からそういう発言をするとは思えない——じゃああるいは牙原さんが自力で気づいた?
難しいことではない。『ヨーグルトネロン』はファイナリストになり、知名度もそれなりに上がった。目隠し配信をしているとは言え、知人なら気づくこともできるはず。
もし牙原さんが『ヨーグルトネロン』を知っているのなら、作詞編曲が僕だと判明するのは明確である。
し、知っているのか……牙原さん?
僕がエロい歌詞を書いていると知っているのか……っ!?
「き、牙原さん、きみはなにを知っているんだ……?」
「輝く希望と未来」
「ボケないで!?」
「失礼ね。真実よ。きーばさんはこの世の全てを見通すのよ。生きるアカシックレコードとは、何を隠そうきーばさんのことなのよ」
「それが本当なのだとしたら、僕はどんな手段を使ってでも隠した方が良いと思う」
「隠す才能だけ、きーばさんに足りていないみたいね。困ったわ」
「……………………」
隠す才能だけ——でも牙原さん、テストの順位結構下だよな。
下から数えた方が早い順位だよな……毎回。
「それで、なにを悩んでいるの?」
「わかってなかったんじゃん!?」
「わかってたまるかって話でしょ。どうしてきーばさんが、柿町くんのことをわからなければならないのよ。理由がないわ」
「ごもっとも過ぎて、悲しくもならない」
「ろんろーのことじゃないの? 違う?」
「……………………」
当たっているようで、当たっていない気がする。
確かに『ヨーグルトネロン』の悩みなのだから、音論のことで悩んでいるとも言えるが、それだけで牙原さんが僕らの活動を知っているとは判断できない。
万が一、僕が口を滑らせてしまって、音論が隠していたとしたら——嫌われてしまう!
「晩御飯、なに食べようかと考えていたんだ」
結果、苦しい言い訳になってしまった。
もっとあっただろう……別の逃げ道。
「晩御飯にろんろーを食べるか悩んでいた? 食べてあげなさいよ」
「どんな聞き間違いしたの? 僕が入院してた病院紹介する?」
「その病院の院長の娘が、きーばさんだってことを知らないの?」
「マジで? 今のところ牙原さんの発言に対する僕の信用度では疑わざるを得ないんだけど」
「マジよ。柿町くんが入院中、わざわざ担任にお願いして座席表を病院に届けて貰っていたこととか知っているわ」
「やめろよ、ちょっと恥ずかしいだろ」
「あ、こいつ、入学早々ずっと休んでるから、クラスで浮くこと気にしてるじゃん。哀れー、って思っていたわ」
「思うだけにしておいてよ。口にするなよ」
「そんな心配性の柿町くんが、どうやってろんろーを口説いたのかまでは知らないけれど」
「口説いてねえよ」
「ろんろーに聞いても誤魔化されるのよね。たまたまだよ、とか言って。弱みでも握ったの?」
間違いとも言いにくい。あながち間違いとも否定できないこと言われて、僕は一瞬戸惑ってしまった。
真実を話せばわかってくれるのだろう——が、音論が誤魔化していると判明したので、僕が言いふらすのはダメだ。
草食ってるところ見たんだ——なんて。言えてたまるか。
「花壇の前で、花について少し語ったんだよ」
「ふふ。優しいのね」
「なんでだよっ!」
「だって知っているもの。ろんろーがしてたこと。ろんろーから聞いたから」
「なぜ僕をはめた!?」
「柿町くんがろんろーに相応しいかどうかを見極めるため——もとい、泳がせて馬鹿みたいな言い訳をなんて答えるのか面白いと思って」
「もといの使い方おかしいだろ……」
ん? まてよ?
音論がそのことを話しているのであれば、『ヨーグルトネロン』のことも話しているのか?
わからない。わからないわからない。
「そうやって悩むことが大切よ。その時間が嬉しかったりするんだから」
「だからなんのことなんだよ、牙原さん」
「照れなくてもいいのよ。十月十七日。あと三日でろんろー誕生日でしょ。そのプレゼントを悩んでいたのでしょう、きーばさんにはお見通しよ」
やっべー。全然僕の悩みと違ってたー。
しかも音論の誕生日初めて知ったー。三日後とかおい!
「そ、そうなんだ……実はそうなんだよ、すげえな牙原さん、マジでお見通しかよ、僕は脱帽するよ、帽子を脱がされた気分だ、さすが僕の親友の恋人だ驚きを隠せねえ」
脳を切り替えて、僕はずっと誕生日プレゼントで悩んでいることにした。牙原さんのお見通しに乗っかることにした。
「任せなさい。ろんろーの親友、きーばさんが相談に乗るわ」
「そ、それは心強いよ……ありがとう」
頼んでねえけど。でも僕、頼んでねえけど。
「きーばさんはろんろーの味方だもの。協力できることならしてあげるわ、せいぜい感謝しなさい」
作詞できてない問題を抱える僕に、新たなタスクが追加された。そんな朝だった。
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