7


 さて、プレゼントを無事渡すこともできたので、そろそろシメの時間である。


 というか今更だけれど、あんなデカい箱にプレゼント入れて、果たして僕は元々の開催場所(牙原さんち)だった場合、どうやって運ぶつもりだったのだろう……なんか最近、ファイナルの歌詞書けてなくて色々な考えが甘くなっている……。


 まあプレゼントは渡せたし良しとしよう。今のところ。


 いや……料理も最初から元々の開催地に運ぶ気満々だったことも今になって何考えていたんだ僕……と考えられているから、なんかやっぱり頭回っていないんだろうな……。


 とりあえず切り替えて、鍋の蓋を開けよう。


「おお、いい感じにスープが煮詰まったな」


 鍋の蓋を開けて、水分が飛び量が減ったスープを見ると謎の嬉しさがある。野菜、牛肉からいい感じにダシが出て、それを煮詰めた割下。しゃぶしゃぶにした分、味をあっさりにしていたから、この残った割下スープには凝縮された旨味が詰まっている。


「よし、シメを作るか」


「鍋のシメってことはうどんとかになるのか?」


「ふっ、甘いな馬島くん。まあ見ててくれ」


 そう言った僕は立ち上がり、キッチンへ。


 炊飯器からご飯をボウルに入れて、少し水を足した鍋に投入。カセットコンロ点火。弱火にして、再びキッチンへ。


 具材は使い切ってしまったので、新たに準備する。野菜は玉ねぎがあればいいとして、よし。


 冷蔵庫から鶏むね肉を取り出し、カット。玉ねぎもカット。


 それをフライパンで軽く炒めて、むね肉はキッチンペーパーに油を吸わせてから、皿へ移す。


 あとは溶き卵作ってから、リビングへ。


「なにするのなにするの?」


 音論が待ちきれないと言った顔で聞いてくるので、


「まあ見てろって」


 と、言ってから、鍋に炒めた鶏肉と玉ねぎを鍋に投入。


 そこへ溶き卵を回し入れ、強火にしてから蓋をして、一煮立ちさせれば——よし完成!


「親子丼風雑炊の完成だ」


 鍋をかき混ぜ、人数分を盛って渡す。姉さんはバスタイムに向かったので、僕も入れて四人分だ。姉さんは風呂上がりに食わせれば文句は言われないから、一人分は残しておこう。


 味が染み込んだご飯と鶏肉が最高なんだよなあこれ。


「さ、食ってみてくれ」


 いただきまーす、と、全員が奇跡的にシンクロした。


「うまいぞ料理長っ!」


「おいしい!」


「なんなのよこのおいしさ……」


 三人がそれぞれのリアクションをしているのを見ると、結構嬉しかったりする。僕は料理長じゃないけれど。


 あらかじめフライパンで鶏肉を炒めて、余分な油を落とすことで割とあっさり食えるのだ。もも肉じゃなくてむね肉をチョイスするのも肝心だ。ご飯に味が染み込んでいるし、一煮立ちさせれば鶏肉にも味が入る。溶き卵で全体をマイルドにできるのも良い。


「俺、雑炊って初めて食ったわ……おかゆみたいなものだと思ってたけど、こんなに美味いとは」


 雑炊を初めて食ったのか、この金持ちめ。


「私も雑炊って初めてで、こんなに美味しいって知らなかったあ! すっごい美味しい!」


 音論は貧し過ぎて、初雑炊か……なんだろう、雑炊って普通の暮らしができているバロメーターみたいな料理だったのだろうか。


「きーばさんは食べたことあるけれど、すき焼きのあとに雑炊ってのは初めてだわ」


「まあ普通のすき焼きを雑炊にしたら味濃くてシメにはキツいもんな。あっさり割下でしゃぶしゃぶにしたから出来たことだよ」


 普通のすき焼きなら、そのまま親子丼にすれば良いだけだ。散々食ったあとに親子丼は重いだろうけど、割下を冷蔵庫に保存して翌日のメニューにすれば、献立を考えることも省略できて都合が良いのだ。


「ひょっとしてあなた、料理の道を選べば普通に腕の良い料理人になれるんじゃないの……?」


「選ぶつもりはないけど、褒め言葉として受け取っておくよ。ありがとう牙原さん」


 音楽で食っていけなければ、その道を選ぶこともあるかもしれない——が、僕は音楽で食っていけるようにならないとダメなのだ。


 少なくとも、音論を億万長者、あるいはそこに辿り着くまでの軌道に乗せるまで、僕は音楽を続けるし、そもそもやめるつもりもやめたいとも思わない。


 シメを平らげ、時計を確認すると、時刻は九時を過ぎている。


「もう九時過ぎたのか」


 早いなー。楽しい時間は早く感じる。作詞しているときも時間の流れが早く感じることは多々あるが、それとはまた違う感覚なのは不思議だな。


 作詞しないとなあ……マジで。


「そういえば葉集くん、次の歌詞、そろそろ書けそう?」


 心を読まれたかのような音論からの問いかけに、若干ドキッとしつつ、作詞状況を素直に打ち明ける。


「今のところ、正直ちょっとまずい……今回の課題、僕的にものすごくハードルが高いんだよ」


「『メインヒロイン』だよね? 葉集くんなら全然書けそうだと思うけど」


「僕も当初はそう思っていたけど、思い通りにいかなかったよ……」


 曲にするとなると、今回の『メインヒロイン』は、誰が耳にしてもそう思われないとならないところが難しいのだ。


 誰が聴いても、この曲は『メインヒロイン』だ——と。そう思われないとならない。そしてそれがもっとも頭を悩ませている。


 丁度カミングアウトもしてしまったことだし、ここは二人にも参考意見を聞いてみるか。


「馬島くん、牙原さん。二人に聞いてみたいんだけど」


 そう切り出して、僕は今回の課題についてなにか参考意見を求めた。


 議題は『メインヒロイン』とはなにか、である。


「それはもちろん、俺の場合はカミクだよ。当たり前じゃん」


 やはりそうだよな……うん、馬島くんに聞いても、そう答えるって知ってた。


「きーばさんは、どうなのかしら。ヒロインというなら、女性になるわけだし、けれど創作物語ではなく人生のメインと問われたなら、きーばさん自身と答えるべきなのかしら」


「なるほど」


 今回の課題に対して姉さん以外の女性意見ってかなり貴重だ。姉さんからは職業的に作者としての『メインヒロイン』論しか聞けないからな。


「そもそも受け取る側次第過ぎて、きーばさん的には課題として成立していないとさえ思ってしまうわ」


「うん、それは僕も感じていた」


 だが、糸咲さんがこの課題を選んだことには理由があるはず——流石に適当に課題を選んだとは思えないのだ。


「私も言っていい?」


 音論が挙手して、言った。


「もちろん頼む。ぜひ聞かせてくれ」


「『シンデレラプロジェクト』自体が、それを決めるコンテストなんじゃないかな?」


「コンテスト自体が? どういうことだ?」


「えっと、ほらボーカリストは全員女性なわけだし、コンテストのコンセプトが、初めからそうだったのかなあって」


 ごめんごめん的外れだよね——と。音論は頭をいた。


「いや、的外れじゃない気がする……」


 女性ボーカル限定だが、ボーカリストが女性ならば他のメンバーやスタッフは男性でも参加できる。そういやなぜ女性限定はボーカルだけで、他は女性限定にしなかったのだろうか。


「……………………」


 そこまで考えてみたら、僕の脳裏に糸咲さんの言葉がよぎった。


 ハンバーガーショップで、去り際に糸咲さんが僕に言った言葉——『メインヒロイン』に相応しい曲。


「あ、そうか……そういうこと……なのか?」


 そう考えると、ファイナルがライブ形式なのも納得できる。


 ライブは盛り上げてナンボ——盛り上がってナンボ。


 そして、観客の投票が勝敗を決めるジャッジ——か。


「ああ、わかったわ、わかったわかった……」


 そういうつもりなんすね、糸咲さん。



 端的に言ってしまえば、心構え。スタンス。


 それこそが、糸咲さんの狙いか。おそらくファイナリストで気づけなかったのは僕くらいだろう。カテゴリーエラーを恐れて、課題内容に目を向け過ぎたことが原因だ。


「よくわからないけど、書けそう?」


 音論が少し心配そうに聞いてきた。その問いには、具体的にわかりやすく短く答えるとしよう。


「書ける」


「おお、さっすがヨーグルさん!」


「今夜仕上げて、明日の夜には仮歌を渡せると思う」


「私は今週末でも平気だよ? 明日も学校あるもん」


「こればかりは、今日じゃなきゃダメなんだよ。今日書ける歌詞は明日書いたらまったく違う歌詞になるんだ」


 もちろん、明日の歌詞の方が良いかもしれない——が、僕の場合は書けると確信したら書かないとダメだ。


 モチベーションはマックス状態で書く。維持しているつもりでも、日をまたいでしまうとマックス状態ではなくなってしまうからな。


 今夜は寝れないな——でも書ける。


 書いてやる。ファイナリストで一番輝いたアーティストこそがシンデレラであり——それこそが糸咲さんの課題内容なのだ。


 つまり『メインヒロイン』とは、もっとも観客を盛り上げて、支持されたアーティストを指す。だから今回の課題には、二次審査の『切ない曲』や三次審査『甘い歌詞』のように、曲の内容について指定がないのだろう。


 言ってしまえばジャンルフリーに等しく、しかしファイナリストには誰しもが『メインヒロイン』になれるチャンスがあるという、糸咲さんなりの激励のようなメッセージだ。


 ならば『ヨーグルトネロン』がやることは、たったひとつ。観客を盛り上げて熱狂させて、あわよくば音楽に狂わせてしまうこと。これしかあるまい。


「ありがとう、みんなのおかげでやっと僕は書けるよ」


「俺の意見は特に影響なかったと思うけど?」


「それもそうだな」


「おいそこはそんなことないよ馬島くん、じゃないのかよ!」


 リビングがささやかな笑い声に満たされて、とても尊い時間を過ごすことができた——そんなふうに感じた十月十七日の夜だった。

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