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「え、それ大丈夫なん!?」
「命の危険はない、って言われたみたいなので、大丈夫だと思います」
糸咲さんとハンバーガーを食いながら、途中退席した音論のことを説明した。泣きそうな顔をして走る音論と糸咲さんがすれ違ったらしく、心配してくれていたのだ。
「大変やけど、それなら心配せんとも大丈夫そうやね。てっきり、ヨーグルくんがなんかやらかしよったんか思っとったわ」
大変なのは間違いない。なにせお母さんが倒れたら、おそらく音論の生活がやばい。倒れたってことは入院の可能性もあるし、そうなればいよいよ電気とガスが死んで、完全なる絶食生活に突入する危険性もあるのだが、僕が思っている大変と糸咲さんの思う大変は、次元が違うレベルだろうし、わざわざそこまで深い事情を懇切丁寧に言う必要もあるまい。
もはや入院費とかの心配もしてるからな、僕。
でも僕がやらかした疑惑は、しっかりと否定しよう。
「やらかしませんよ……僕は純粋ですので」
「よう言うわ自分、純粋な人間がshot me 繰り返してシミシミなんて読ませたりせーへんっちゅーねん」
「性癖は歪んでる自覚はありますけど、私生活は純粋なんですよ僕」
「性癖を歌詞にするなんて、ようやるな。俺にはちょっと怖くて出来へんよ」
「性癖は武器になる——だって僕はそう教わったんですよ」
「誰にやねん」
「姉です」
「ええこと言うあねさんやけど、弟に教えるもんなんか普通」
「まあ……そう言われたら家庭環境としか」
下ネタに
言ったら正気を疑われるんだろうな……ローション置いたテーブルを姉さんと囲んで飯食ってるって、言いたくないし言えねえな。
「実はちょいと聞いてみたい思っとってんけど、ヨーグルくん、ハグルマンやんな?」
「え、あ、はい。え……ハグルマンのこと知ってくれてるんですか!?」
「知っとる知っとる。めっちゃ知っとるし、実は俺めちゃくちゃ『
「い、意外ですね……糸咲さん、ああいうゲームやるんすね」
「いや自分でも意外やねん。きっかけは同人ゲームの音楽を聴きたいってだけやってんけど、最近の同人ゲームって、音楽も進化しとるけど、ストーリーもやばない? エッチなゲームしとったのに、なんで俺泣いとるん……? みたいなことめっちゃあんねん。むしろストーリーが読みた過ぎてエッチなシーンスキップしとる俺がおんねん。なんなん、あのクオリティ?」
「それは……シナリオの努力でしょうか」
姉さんが聞いたらどう思うんだろうか。姉さんがストーリーとエッチなシーン、どちらにより力を込めて書いているかは定かではないが、複雑に思うのだろうか。
「ヨーグルくんはやらへんの? 高校生ならやるやろ?」
「僕は真面目な未成年ですから、やったことないですね」
「えー嘘やん。やってへんのにあんな歌詞書いとったらおかしいやろ」
まあそう言われるのも理解出来るけれど、これが本当なんだよなあ。だって実の姉がシナリオ書いてるし、エッチなシーンも書いてるから、やりたいと思えないんだもん。
姉さんの性癖を読むとか、地獄だろ……。
成人になっても、姉さんの性癖で作られたゲームには手をつける勇気はない。が、姉さんが関わっていないのならば、興味はある。僕も男子だ。姉さんが関わっていない書物くらいならば、こっそり持っている普通の男子なのだ。
「そういうシーンだけを抜いたシナリオを貰って、それで書いてるんですよ僕。キャラ設定とシナリオを読んで、ストーリーを軸にヒロインの性格から外れないようにして、僕の性癖をぶっ込んでるだけなんです」
姉が書いてるので——とは言わないでおこう。別に恥ずかしいわけじゃないけど、言いふらしたいことでもないし。
「なるほど……いや、そういうやり方もあるんか。いやあ器用やなあ自分」
「器用なんですかね?」
むしろ不器用の方がしっくりくるが。器用な人間なら、割り切ってエッチなシーンも読めちゃうだろうし。
「器用やと思うで。ちゅーか、なんでハグルマンで編曲やっとらんかったん?」
「編曲をちゃんと覚えたのが、今年なんですよ。ちょっと入院してた時期がありまして、暇だったんでボカロ使ってやり始めたんです」
「ほえー、ほなら経験浅かったんか。にしても音の知識は広いよな?」
「それは……なんと言いますか、実はもともと作曲家になりたかったんです。それで色んな音楽を聴きまくったことが、役に立ってるんだと思います」
「なるほどな。ジャンルフリーで音楽を聴いて自然と音の知識も身についたと。勉強家やなあ」
「そんなことないですよ、そんなこと言ったら、同人ゲームまで手を伸ばしてる糸咲さんこそですよ」
「俺の場合はゲームが目的になり始めとるんやけど、褒められると悪い気せえへんわな」
話しながら、ハンバーガーを完食。久しぶりのハンバーガーは、絶妙にお高いハンバーガーで、僕が頼んだセットは二千二百円。高え。
糸咲さんも同じセットで、話しながら完食した。
「三次の曲、なんでジャズロックにしたん?」
「思いつきというか、指定が『甘い歌詞』だったので、なら曲に甘さを入れたらくどいだろうな、って。ついでにジャズロックの渋さと格好良さなら、僕の性癖を書いてもマイルドにしてくれるんじゃないかと。そんな感じです」
「
「僕たち、最年少だったんですか」
そうか。敬語使っていないから忘れてたけど、色ノ中って年上なんだよな。
あと僕が苦手だと判断した女性は、旗靼さんって名前だったのか。
「さて。ぼちぼち出よっか、ヨーグルくん」
「あ、はい。ご馳走様です、ありがとうございました」
「ええよええよー。関西人はケチやと思われがちやし、こういうところでそのイメージを払拭したいねん。あんな? 関西人はケチちゃうねんで? 関西人のおばちゃんがケチなだけやって、俺らみたいな普通の関西人はケチちゃうんよ。派手なトレーナー着とるおばちゃんと一緒にせんといてな」
「は、はい、わかりました」
「出る言うても、俺はこっからも仕事や……せや、封筒まだ開けとらんよな?」
「はい、まだもらったまま鞄に入ってます」
「そこに書いてあることやけど、直接言っとこか」
そう言った糸咲さんは、席から立ち上がり、言葉を続けた。
「会場はさいたまスーパーアリーナ。日時は十二月二十八日。課題は『メインヒロイン』」
メインヒロインに相応しい曲や——と。糸咲さんは言った。
「今回はフルサイズ。きみらの曲、楽しみにしとるで。ほなな」
言うだけ言った糸咲さんは、カードで支払いをして、そのまま店から出て行った。
課題は『メインヒロイン』。メインヒロインに相応しい曲。
「しかもフルサイズかよ……」
忘れてた。あの人が審査員であり、しかも課題の提出者。
じゃああの人か! 今まで二週間縛りを要求したの!
文句言ってやればよかった……くそう。
「やってくれるな、糸咲さん」
三次までは、二週間というギリギリ間に合うスケジュールだったのに対して、最後は時間を与えてじっくり悩ませるとか、嫌な性格してやがる……。
「フルサイズ……か」
時間はまだある——が、時間があることで悩む時間も当然増える。
約三ヶ月か。しかも会場がでけえ。
なんでそんな大舞台なんだ……僕、音論にギター弾くとか言っちゃったじゃん。
三次がライブハウスだったし、最後はお客さん入れてライブハウスでやるのかと勝手に思ってたのに、いやいや、さいたまスーパーアリーナって。
まずギターの練習から始めた方がいいかもしれない。
「うわ……胃が痛え」
そんな大舞台でギター弾く資格ねえって僕!
どうすんだよ。でも約束しちゃったし……あーもー!
「帰ってギター練習しなきゃ」
僕は急ぎ立ち上がり、店を後にした。
あと地味に問題なんだけど、配信で使っている目隠しをファイナルで装着するか否か、どっちにすべきだろうか……。
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