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「では、ファイナリストの発表をさせていただきます。呼ばれたアーティストは、こちらの封筒を取りに来てください」
封筒を少し持ち上げた女性は、淡々とファイナリストの発表を続けた。
「『
封筒を取りに来てください——と。女性は言った。
「はっくん、呼ばれてるわよ。行きましょう」
「あ、ああうん」
あまりにもあっさり発表されて、しかも通過していたのでびっくりする暇もなかった。こんなあっさり発表されると思わなかったが、まあドラムロール鳴らして発表するのも変だし、これが普通か。
普通過ぎて、
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
封筒。なんの変哲もない封筒だ。
受け取って、また席へ戻る。
「最後に、審査を務めました
横に立っていた糸咲さんが、女性に促され前へ出た。
「まず、『シンデレラプロジェクト』へのご参加、ほんまにありがとうございます。正直、俺が想定していたレベルより遥かに上で、一次、二次、そして三次とこちらも頭を抱えました。惜しくも三次敗退になってしまった方々は、決して大差で落ちたと思わんとってください。ギリギリでした。ハゲるかと思うくらい悩ませてもらいました。ホンマ、感謝しかありません。敗退した方々のこれからの活躍は、きっと音楽業界を盛り上げてくれると期待も確信もしてます。せやから俺の期待、裏切らんとってください。もし裏切るんやったら、もっとぶっ飛んだ活躍して裏切ってください」
ホンマにありがとう——と。頭を下げた糸咲さんに、参加者から拍手が贈られた。
「そしてファイナリストに残った五組のアーティスト様。きみらで三次を戦った戦友に恥じない最高のファイナルにしてください。もちろん、俺も最高のファイナルにするつもりです。なので、ファイナリスト五組、みなさんのお力を見せてください。心配はありません。きみらが本来の実力を発揮すれば、盛り上がらない会場はどこにもありません」
次もお願いします——と。もう一度頭を下げた糸咲さんに、先程より強めの拍手が贈られた。
「ほな、俺の挨拶はこれで終わります」
「では、これで三次審査を終了します。お疲れ様でした」
女性の言葉で、ほとんどの座っていた参加者が立ち上がった。
「ファイナリストの五組様は、一度ステージまでお越しください。公式サイトに載せるプロフィールを記入していただきます」
どうやらファイナリストはまだ帰れないようだ。
帰りたいわけじゃないが、連絡はしたい。
今のうちにしておくか。音論と姉さんにラインしておこう。
「……………………」
大丈夫だろうか……。
音論が受けた病院からの連絡によると、命に別状はないとのことだが、それでも母親が倒れたら心配だろう。
心配……だよな。母親が倒れたら、心配しない子供はいない。
「大丈夫だといいわね、泥棒ネコ」
「お前その泥棒ネコって呼ぶのやめろよ」
「わたしからはっくんを盗もうとしているのだから、間違いではないもの」
「間違いだろ。僕をお前の所有物にしてることが間違いだ」
「逆と言いたいのね? つまりわたしがはっくんに所有されていると。ええその通りよはっくん」
「全然その通りじゃねえよ。話にならねえな」
「言葉はいらないと受け取るわ。愛ゆえに」
「黙っとけよ」
「じゃあ口で口を塞いで」
「蛇口でも食ってろ」
「そういうドS発言がわたしを悦ばせるのよ、はっくん」
「早くステージ行けよお前」
「はっくんだって行くんでしょ。なら一緒でいいじゃないの」
良くない。全然良くない——が、これではいつまで経ってもステージに向かえない。
仕方なく僕は立ち上がり、ステージに向かった。
「待ってはっくふぅん」
「だから僕をはっくふぅんと呼ぶな、怪異」
「妖怪と思えるほど、わたしのことを美しいと思ってくれているのね、嬉しくて色々出そう」
「怪異は怪異でも、お前は
「鵺だって擬人化すればきっと美少女になるわ」
「擬人化してない鵺だからお前」
「そんなこと言われたら、興奮してぬえちゃう」
「うるせえよ!」
らめえー、みたいなニュアンスで言ってんじゃねえ!
鵺に謝れ! そして許されずに鵺に喰われろ!
くそう……色ノ中と話すと大体無駄に突っ込まされて疲れるんだよ。これ以上疲労したくないのに。ただでさえ音論が心配だってのに。
精神的に疲れた僕は、早く終わらせるためにステージまで早歩きした。
渡された紙を記入するだけなので、すぐに終わりそうだ。
「……………………」
が、地味に記入欄が多い……てかこれ、音論のぶんも僕が書くことになるのか。
といっても、名前くらいだが。
とりあえずサクッと書いてしまおう。
結成何年目——そんなこと聞かれても、半年すら経ってねえんだよなあ。大体四ヶ月くらいか? 約四ヶ月でいいか。
その後も記入を続けて、最後の欄。
ホームページのURLって。これはあれか? 動画サイトのでもいいのか?
それともアーティストのホームページってことか?
わからない。わからないので聞こう。
「あの、このホームページの欄は、動画サイトでも良いんですか?」
誰に尋ねたわけでもなかったが、この質問には説明担当の女性が答えてくれた。
「はい、問題ありません」
「ありがとうございます」
なんだろう、僕あの人苦手かもしれない。
なんか、めちゃくちゃマニュアル人間感が強い。
普段姉さんというアバウトの塊みたいな人と生活しているからか、融通が利かなそうな人が僕は苦手なのかもしれない。
「終わった方は提出して、あとはお帰りいただいて結構です」
その言葉に一斉に提出が始まったので、僕は最後に立ち上がり紙を手渡した。
そのまま帰っていいとのことなので、では外に出るか。
時間は夕方五時半。まだ外は明るい季節で、全然暑い。
「うわ暑…………」
「はっくんこのまま帰るの?」
「そりゃそうだろ」
「わたしと夜を過ごさない?」
「嫌に決まってるだろ」
「ふふ、そう言うと思ったわ。なら一生を共にしない?」
「誘い方が悪いとかの問題で断ってねえし、もっと悪化してるじゃねえか」
「照れ屋さん。でもそんなところが美味しそう」
「帰れよお前」
「さすがに日帰りはキツいから、今日は帰らないわよ」
「あっそ。一応言っておくけど僕んち来んなよ」
「ところで、もっとセキュリティの甘いところに引っ越す予定はあったりする?」
「ねえよ!」
「さすがにマンションのセキュリティ突破は難しいのよね。北海道の頃はあんなにガバガバだったのに」
「お前、僕のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家をセキュリティガバガバとか言うなよ」
僕のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家になんてこと言いやがる。
やっぱり僕は、こいつが嫌いだ。
「そんなに怒らないで、はっくん。わたしはここでさよならさせてもらうのだし、こうでもしなきゃはっくん、話してくれないんだもん。またね」
そう言った色ノ中の横にタクシーが停車した。どうやら事前にタクシーアプリで呼んでいたようだ。
見送る義理はないが、タクシーが羨ましくて見送ってしまった。いいなあタクシー。
「おっす、ヨーグルくん」
タクシーを羨ましがっていると、ライブハウスから出てきたお兄さん——もとい、糸咲さんからまた話しかけられた。
「あ、あの、はいなんですか?」
糸咲奇王だと判明しているので、無駄に緊張してしまう。
なんか、ミーハーみたいで恥ずかしいな僕……。
「たまたま外におったから声かけただけやってん」
「そ、そうですか、ありがとうございます」
「なんでやねん」
「審査していただいて」
「そりゃするやん。俺審査員やし」
「ですよね」
緊張が虚しい。突然虚しくなって、少し冷静になれた。
「では、僕も帰ります」
そう言って頭を下げて、僕も帰るために歩き出した。
「ちょい待ちい」
が、呼び止められて、立ち止まる。振り向く。
「ちょっとお茶に付き合わへん?」
そう言った糸咲さんは、ハンバーガーショップを指差し、チャラそうな笑顔で言った。
「なんでも奢ったるよー?」
せっかくやから話してみたいし——と。糸咲さんにそう言われては、断れない。
「い、いただきます」
ミーハーな僕は、なぜか糸咲さんと一緒にハンバーガーショップへ行くことになった。
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