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控え室に戻ると、すぐに説明が始まった。
それぞれ自由に場所を確保して座っているので、説明の女性は入り口付近で話しを始めた。
「本日は『シンデレラプロジェクト』三次審査にお集まりいただき、ありがとうございます。これから順番に一組ずつアーティスト名を呼びますので、呼ばれましたアーティスト様は、ステージにお上がりください。なお楽器を使う方は、こちらで機材を用意してあります。事前に案内しました通り、ドラムセットに関してはこちらで用意しました」
その辺の説明は僕たちには関係ない。僕たちはノートパソコンを繋げるだけで完了するので。
それからもしばらく説明を聞き、いよいよ三次試験が始まった。
「では『アイラブッチッパラダイス』様、ステージへ」
名前が呼ばれたアーティストが控え室を出ていく。
「あいうえお順みたいね。じゃあわたしは次かしら」
独り言と判断した僕は、色ノ
スルーしても文句は言われないことはわかっている。だって僕、コイツの話とか生まれてからほとんどスルーして来た人生だから。
しばらくして、一組目の曲が控え室に聴こえてくる。
「う、うわあ、結構聴こえてきちゃうんだね……」
「だな。まあじっくりと聴き耳を立てる人はいないみたいだけども」
自分の番に集中している。イヤホンでずっと耳を塞いでいる人がほとんどで、楽器担当は楽器を触ってイメトレなどに時間を有効に活用しているようだ。
ちなみに音論の言葉はスルーしない。完全に差別と捉えられても言い訳はしないし、ぶっちゃけ差別である。
「みんなイヤホンしてるね……」
「使うか? 僕持ってきてるぞ」
「ううん、大丈夫。歌詞は覚えたから平気だよ」
「そうか」
イヤホンを使われると、僕が困るのでありがたい。
音論が黙ってしまったら、ずっと沈黙して待ってるのは地味にキツいからな。
「なら適当に喋って待ってようぜ。ずっと緊張してる必要はないんだしさ」
そんなことを言ってる僕が緊張してるんだけども。
だって
「あいうえお順なら、私たち最後の方だよねきっと?」
「だろうな。つっても、ワンコーラスだからそこまで待たされることはないよ、たぶん」
「うう……早く終わって、楽になりたい」
緊張するな、って方が無理だよな。歌う音論は、僕の数倍緊張してても不思議じゃない。何もしない僕が緊張してるのが不思議と言ったらその通りなのだが。
「大丈夫。歌ってるときは、僕もステージにいるわけだし」
それのなにが大丈夫なのかわからないけど。
ノートパソコン接続して役目を終える僕がいて、どこに大丈夫要素があるのか不明だが、言ってみただけである。
「うん、葉集くんがいてくれると安心するから、頼りにしてるね」
「いるだけしかできないけど、任せろ」
しばらく談笑していると、一組目が終わったようで、次のアーティストが呼ばれた。
「
「どうやらわたしの番ね。そこの泥棒ネコを絶望させて、はっくんをわたしに依存させるわ」
そんな言葉を残して、色ノ中はステージに向かった。
「よし音論、ちょっと外行こうぜ」
「え、出ていいの?」
「大丈夫だよ。ちらほら出てる人いたし」
「でもなにしにお外行くの?」
「特に理由はないよ。だけどここで座ってるより、外の空気吸ってた方が、リラックスできるぞ、きっと」
まあ、それは建前だ。
音論を絶望させると言った色ノ中の歌をわざわざ聴く必要もない。音論が絶望させられるとは思っていないが、今のメンタルだとダメージを受けるかもしれないし、それなら最初から聴こえない場所に出てしまおう、ってだけである。
念のため、ノートパソコンを鞄に入れて持ち、立ち上がる。
控え室がある通路を入り口とは反対に進むと裏口があり、そこから出入りしている参加者が見えたので、僕たちもそのルートで外に出た。
裏口の出口は路地裏。ここから表に周り、歩道に出る。
「ふう……暑いけど、お外って良いね」
「だろ。暑いしコンビニでも行くか?」
向かい側にコンビニがあるので言ってみた。
夏場の日中は暑い。当然だ。
「なにも買わないのに行ったら迷惑になっちゃうよ」
「僕いま、すごくアイス食いたい。奢るからアイスタイムに付き合ってくれよ」
「ズルいなあ、その言い方……甘えさせる言い方なんだもん」
「じゃあ甘えとけ」
「むー。私を甘やかす天才になってるからね、葉集くん」
「無能だと思っていた僕にそんな才能があったのか」
「よく言うよ、もー!」
横断歩道まで少し歩いて、コンビニへ。
アイスを買って、コンビニのイートインスペースで十五分くらい時間を潰してから、僕たちは控え室に戻った。
「さすがねはっくん。わたしの歌を聴かないことで、わたしの狙いを避けるなんて、二万回惚れ直したわ」
戻ると、自分の順番を終えた色ノ中がそう言ってきたので、僕は「あっそ」と返して席に座る。
「色ノ中さん、ステージってどんな感じでしたか?」
「普通のステージに決まっているじゃない。わたしが立つと普通のステージだとしても、まるで星が輝く夜空のステージになってしまうけれど」
「普通のステージかあ」
心なしか、音論の色ノ中に対する姿勢が強気に思える。
一体、僕が自販機ちびちびコーヒータイムを過ごしている間に、なにがあったんだろうか……知りたいけど知りたくねえな。
その後もピリピリした雰囲気に挟まれたまま、とうとう僕たちの順番になり、名前を呼ばれた。
「『ヨーグルトネロン』様、ステージへ」
その声で、僕は立ち上がる。
緊張が増した音論が、ふうぅぅ——と。深く息を吐いたのを見守ってから、手を差し伸べた。
「ステージまでエスコートしてやろうか」
冗談混じりで言ってみたら、僕の手のひらに手を重ねた音論は、
「よろしくお願いします、ヨーグルさん」
と、緊張しつつも、だけどしっかりと準備が出来ている表情で言った。
順番は僕たちがラストのようで、控え室にいる他の参加者は、イヤホンも楽器の調整も、もう必要がない。つまりめっちゃ聴かれるのだが、今の音論はそこまで考えていないのだろう。
せっかくだから、控え室のみんなに聴かせてやるぜ。
僕たちの『甘い』は刺激的だ、心せよ控え室——と。本当は結構不安な僕は内心で強がりつつ、音論をステージまでエスコートした。
ステージに立つと、目の前には三人の審査員の姿が見えた。
一人は糸咲さん。もう一人は知らないおじさん。
もう一つ余っていた席には、説明と順番呼びをしていた女性が座った。
「まず、歌詞カードの提出をお願いします」
女性の言葉に、僕は鞄から歌詞を印刷した紙を取り出し、審査員まで運ぶ。
良かった……念のため五枚印刷して持ってきていて良かった。持ち物に歌詞カードとは書かれていたけれど、枚数までは指定されていなかったし、多めに準備しておいて正解だった。
「よろしくお願いします」
審査員ひとりひとり、頭を下げながら歌詞カードを渡していく。
ステージに戻り、ノートパソコンをスピーカーに接続。
「ほな、軽く自己紹介して、曲名言って、歌唱始めてください」
糸咲さんの言葉に、音論がまず応えた。
「初めまして。『ヨーグルトネロン』の作曲歌唱のネロンです。そして」
そんな配信みたいな自己紹介じゃなくても、と思いながら、そしてと振られては続けなければなるまい。
「『ヨーグルトネロン』の作詞編曲のヨーグルです。今日は僕の書いた『甘い歌詞』と、ネロンさん作曲のメロディに乗せた歌を聴いてください。それでは」
「『ヨーグルトネロン』で『かわいい嘘本当?』——お願いします」
繋いだパソコンを操作して、メロディを流す。
さあ、控え室まで届けてやろう。
くらえ控え室。『ヨーグルトネロン』の新たな領域——ジャズロックメロディの『甘い歌詞』に胸焼けしてもらうぜ。
アーティスト名『ヨーグルトネロン』
曲名『かわいい嘘本当?』
作曲・ネロン
作詞・編曲・ヨーグル
ほらまた髪の毛乱れてる ネクタイも曲がってるよ
まったく 仕方ないんだから なおしてあげる
なんてね 言うわけないでしょ 自分でやって
そんなに頼られても 困っちゃうんだから
それでも頼りたいの わたしになおして欲しいの
欲しがりさん でもね 与えられるだけじゃイヤよ
与えて欲しいな たまには キミからわたしに
遊んで欲しいな ココとか ソコとか こっちもほら
あー 今変なこと考えたでしょ いけない子ね
イジワルじゃないのよ だって考えただけじゃ イケないでしょう
ふふふ 顔が赤くなってるよ 照れちゃったの
ふふふ アツくもなってるの じゃあ一緒だね
冷まシたい でもダーメ もっとアツくなるなら考えてアゲル
違うわよ 勘違いしないで ナニが欲しいかは言わなくてもわかるよね
ヒントが欲しい 欲しがりさん じゃあ特別に
ほら正直に言ってみて 言ったらしてあげる
さん にー いち
はい残念 タイムオーバー してあげない
そんな顔したって してあげないんだから
なーんてね 嘘
我慢できないんでしょう 仕方ないんだから もう
ネクタイと同じ方向に曲がってるココ 特別になおしてあげる
ね こっちにおいで ほらいい子いい子
秘密の撫で撫で 好きなんでしょう こんなに愛を垂れ流して
どんなことか言ってごらん だって言わせたいんだもん
あーあ イっちゃったね でもわたしその顔が一番好き
なんてね 嘘 それも嘘 やっぱり本当
うん本当 嘘 ナイショ
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