3


 結局、ファミレスでずっと時間を過ごし、僕たちは三次の会場であるライブハウスまでやって来た。


 店休日のライブハウスを貸し切ったようで、入り口にはお休みの看板があったけれど、参加者が出入りしていたので、僕たちも入店。


「ライブハウスって、私初めて」


「僕も初めてだよ。結構広いな」


 ステージは綺麗に片付けられている。観客席には、ちらほらと参加者がステージの下見をしているが、控え室みたいな場所はないのだろうか?


「あ、見て。あっちに控え室あるみたいだよ」


 音論の向く方に僕も目をやると、スタッフオンリーと書かれた扉に『参加者控え室』と書かれた貼り紙がされていた。


「行ってみるか」


「うん、いっぱいいるのかなあ……?」


「それなりにいるんじゃないかな、たぶん」


 二十五アーティストが残っていたので、少なくとも二十五人以上は集まるはずだからな。


 控え室に入る。入り口にパイプ椅子が用意されていて、ご自由にお使いください、って感じらしい。


 パイプ椅子を持って進み、一番奥に設置。


 さすがにど真ん中を陣取ることはできない。僕は引っ込み思案なのだ。


「楽器持ってる人多いね」


 僕の右隣にパイプ椅子を下ろし、座った音論の言葉通り、楽器の最終調整をしてる人が結構いる。


 僕たちは生演奏ではないので、ノートパソコンだけである。荷物はノートパソコンを入れた鞄だけのお手軽な僕だ。


 チューニングしてるところを見たい気持ちはあるが、あまりジロジロ見られても嫌だろうし——と、僕はノートパソコンを取り出して、膝に置いた。


 置いただけだ。作業してる感を出してるだけである。


「久しぶり、はっくん」


 パソコンのトップ画面を凝視する僕に、パイプ椅子を持った人がそう話しかけてきた。


 正直、話しかけて欲しくなかった人物ではあるが、でもなぜか話しかけてきただけで良かったとも思える人間——僕の幼馴染。


「あまり久しぶりでもないだろ、色ノ中いろのなか


「毎日会っていた頃と比べたら、久しぶりよ」


「会いたくて会っていたわけじゃないけどな」


「ツンツンしてるはっくんも可愛い。ここがラブホなら食べちゃってた」


「やめろ馬鹿。不吉なこと言うな」


「そっちの泥棒ネコも久しぶりね」


 僕の左隣にパイプ椅子を設置した色ノ中は、背筋を伸ばし腕を組んで、音論にそう言った。


「お久しぶりです、色ノ中さん」


「はっくんと二人で生配信しているみたいだけれど、調子に乗ってるんじゃないわよ」


 おい。さっそくバチバチすんなよ。僕を挟んで揉めようとしないでくれ。


「観てくれたんですか? わあ嬉しいです」


 音論の言葉は普通の言葉に聞こえるけれど、声が全然嬉しそうじゃない……なんか怖え。


「あなたのために観たわけじゃないわ。なに? 配信で視聴者から『ご祝儀』とか貰って勘違いしているの?」


「してませんよ、勘違いなんて。だって勘違いすることがありませんから、私たち」


「いい気にならないことね、はっくんの近くにいるだけの女ってだけなのだから」


「近くにいさせてくれてるんですけどねー?」


「あ?」


「え?」


 うわ……マジ怖え。つか音論もなぜ張り合った!?


 適当に聞き流しておけば良いのに……。


「僕、ちょっと自販機行ってくるわ」


 両サイドからのプレッシャーに耐えられず、僕は席を立ち、外にある自販機に脱出。


 音論と色ノ中を二人にする不安はあるけれど、バチバチしてる真ん中にいるのは無理!


「はあ……」


 外に出た僕は、自販機でコーヒーを飲みながらため息。


 遭遇したくなかったけれど、あの控え室では仕方ない。


 個室だったらなあ、良かったのになあ——と。コーヒーをちびちび飲む。なるべく時間を使おうと努力しているのだ。


「おっす。なんや自分、元気ないなあ? どないしてん?」


 ちびちびコーヒータイムを過ごしていたら、急に関西弁のお兄さんに話しかけられてしまった。


「え、いや別に」


「きみ、参加者やろ?」


「はい、そうです」


 参加者——そう言ってきた。じゃあこの人も参加者なのだろうか。


「名前は? あ、参加しとる方の名前やよ。なんて言うん?」


「『ヨーグルトネロン』です」


「…………ほう、きみがかいな」


「言っても僕は作詞と編曲だけなんですけど」


「そりゃそやろ、ボーカリストは女性限定やし。あでも、演奏は男性もアリやけど」


「僕は演奏してないですので、今日は本当、付き添いみたいなもんですよ」


「ほなら、そんな緊張せんでええやん。コーヒー飲みながらめっちゃ暗い顔しとったけど、もっと気楽でええんちゃう」


「いや……暗い顔してたのは緊張とか関係ないんですよ」


「ははーん、さては女やな? 遊んどるんやろ、ええなあ」


「……よくないですよ。遊んでませんし」


「でも、きみの歌詞、遊び人の歌詞やん」


「歌詞は性癖です」


 って……あれ?


 この人、僕が書いた歌詞を知ってるのか?


「お、そろそろ時間やね。ヨーグルくん、またすぐ会うけど、これ俺の名刺な」


 ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、僕に渡した男性は、小走りでライブハウスに入っていった。


 コーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に捨てて、僕も向かいながら、受け取った名刺に視線を落とす。


糸咲しざき奇王きおう……マジ?」


 あのチャラそうなお兄さんが!?


 あの人が糸咲さん!? え、サイン貰えば良かった……。


 てかなに? 審査員ってあの人なの!?


「マジか……」


 まだ表に出て数年なのに、有名アーティストに楽曲提供しまくってる、あの糸咲さんに審査して貰える——というか今まで審査してもらえてたのか!?


「やべえな」


 僕のことを知っててくれたことが嬉しい。


「作詞と編曲やってて良かった……」


 そう思うと同時に不安にもなってくる。


 今回の編曲、本当にアレで良かったのだろうか、と。


 歌詞は大丈夫なのか——と、急に不安になってくる。


「と、とりあえず、戻るか」


 歌うわけじゃないのに、緊張を隠せない。


 畜生、ほとんど色ノ中のせいじゃねえか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る