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結局、ファミレスでずっと時間を過ごし、僕たちは三次の会場であるライブハウスまでやって来た。
店休日のライブハウスを貸し切ったようで、入り口にはお休みの看板があったけれど、参加者が出入りしていたので、僕たちも入店。
「ライブハウスって、私初めて」
「僕も初めてだよ。結構広いな」
ステージは綺麗に片付けられている。観客席には、ちらほらと参加者がステージの下見をしているが、控え室みたいな場所はないのだろうか?
「あ、見て。あっちに控え室あるみたいだよ」
音論の向く方に僕も目をやると、スタッフオンリーと書かれた扉に『参加者控え室』と書かれた貼り紙がされていた。
「行ってみるか」
「うん、いっぱいいるのかなあ……?」
「それなりにいるんじゃないかな、たぶん」
二十五アーティストが残っていたので、少なくとも二十五人以上は集まるはずだからな。
控え室に入る。入り口にパイプ椅子が用意されていて、ご自由にお使いください、って感じらしい。
パイプ椅子を持って進み、一番奥に設置。
さすがにど真ん中を陣取ることはできない。僕は引っ込み思案なのだ。
「楽器持ってる人多いね」
僕の右隣にパイプ椅子を下ろし、座った音論の言葉通り、楽器の最終調整をしてる人が結構いる。
僕たちは生演奏ではないので、ノートパソコンだけである。荷物はノートパソコンを入れた鞄だけのお手軽な僕だ。
チューニングしてるところを見たい気持ちはあるが、あまりジロジロ見られても嫌だろうし——と、僕はノートパソコンを取り出して、膝に置いた。
置いただけだ。作業してる感を出してるだけである。
「久しぶり、はっくん」
パソコンのトップ画面を凝視する僕に、パイプ椅子を持った人がそう話しかけてきた。
正直、話しかけて欲しくなかった人物ではあるが、でもなぜか話しかけてきただけで良かったとも思える人間——僕の幼馴染。
「あまり久しぶりでもないだろ、
「毎日会っていた頃と比べたら、久しぶりよ」
「会いたくて会っていたわけじゃないけどな」
「ツンツンしてるはっくんも可愛い。ここがラブホなら食べちゃってた」
「やめろ馬鹿。不吉なこと言うな」
「そっちの泥棒ネコも久しぶりね」
僕の左隣にパイプ椅子を設置した色ノ中は、背筋を伸ばし腕を組んで、音論にそう言った。
「お久しぶりです、色ノ中さん」
「はっくんと二人で生配信しているみたいだけれど、調子に乗ってるんじゃないわよ」
おい。さっそくバチバチすんなよ。僕を挟んで揉めようとしないでくれ。
「観てくれたんですか? わあ嬉しいです」
音論の言葉は普通の言葉に聞こえるけれど、声が全然嬉しそうじゃない……なんか怖え。
「あなたのために観たわけじゃないわ。なに? 配信で視聴者から『ご祝儀』とか貰って勘違いしているの?」
「してませんよ、勘違いなんて。だって勘違いすることがありませんから、私たち」
「いい気にならないことね、はっくんの近くにいるだけの女ってだけなのだから」
「近くにいさせてくれてるんですけどねー?」
「あ?」
「え?」
うわ……マジ怖え。つか音論もなぜ張り合った!?
適当に聞き流しておけば良いのに……。
「僕、ちょっと自販機行ってくるわ」
両サイドからのプレッシャーに耐えられず、僕は席を立ち、外にある自販機に脱出。
音論と色ノ中を二人にする不安はあるけれど、バチバチしてる真ん中にいるのは無理!
「はあ……」
外に出た僕は、自販機でコーヒーを飲みながらため息。
遭遇したくなかったけれど、あの控え室では仕方ない。
個室だったらなあ、良かったのになあ——と。コーヒーをちびちび飲む。なるべく時間を使おうと努力しているのだ。
「おっす。なんや自分、元気ないなあ? どないしてん?」
ちびちびコーヒータイムを過ごしていたら、急に関西弁のお兄さんに話しかけられてしまった。
「え、いや別に」
「きみ、参加者やろ?」
「はい、そうです」
参加者——そう言ってきた。じゃあこの人も参加者なのだろうか。
「名前は? あ、参加しとる方の名前やよ。なんて言うん?」
「『ヨーグルトネロン』です」
「…………ほう、きみがかいな」
「言っても僕は作詞と編曲だけなんですけど」
「そりゃそやろ、ボーカリストは女性限定やし。あでも、演奏は男性もアリやけど」
「僕は演奏してないですので、今日は本当、付き添いみたいなもんですよ」
「ほなら、そんな緊張せんでええやん。コーヒー飲みながらめっちゃ暗い顔しとったけど、もっと気楽でええんちゃう」
「いや……暗い顔してたのは緊張とか関係ないんですよ」
「ははーん、さては女やな? 遊んどるんやろ、ええなあ」
「……よくないですよ。遊んでませんし」
「でも、きみの歌詞、遊び人の歌詞やん」
「歌詞は性癖です」
って……あれ?
この人、僕が書いた歌詞を知ってるのか?
「お、そろそろ時間やね。ヨーグルくん、またすぐ会うけど、これ俺の名刺な」
ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、僕に渡した男性は、小走りでライブハウスに入っていった。
コーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に捨てて、僕も向かいながら、受け取った名刺に視線を落とす。
「
あのチャラそうなお兄さんが!?
あの人が糸咲さん!? え、サイン貰えば良かった……。
てかなに? 審査員ってあの人なの!?
「マジか……」
まだ表に出て数年なのに、有名アーティストに楽曲提供しまくってる、あの糸咲さんに審査して貰える——というか今まで審査してもらえてたのか!?
「やべえな」
僕のことを知っててくれたことが嬉しい。
「作詞と編曲やってて良かった……」
そう思うと同時に不安にもなってくる。
今回の編曲、本当にアレで良かったのだろうか、と。
歌詞は大丈夫なのか——と、急に不安になってくる。
「と、とりあえず、戻るか」
歌うわけじゃないのに、緊張を隠せない。
畜生、ほとんど色ノ中のせいじゃねえか!
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