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 審査会場になっているライブハウスの場所を確認してから、僕たちはファミレスに入店した。


 今回、助かったと思わされるのは、前回の生配信で『ご祝儀』という名で受け取った投げ銭だ。僕はともかく、音論の旅費を——旅費といっても近場過ぎるが——確保できたことは本当にありがたい。


 こうしてファミレスに入る余裕も生まれた。


 僕の提案では家電量販店で涼む——だったのだが、なんとファミレスは音論が提案したのだ。理由は、


「ドリンクバーって言う、無限オアシスがあると聞きました!」


 である。情報提供は牙原きばはらさん。通称きーばさんらしい。


 このファミレスは、サラダバーが設置されていて、それを注文すればサラダやカレー、ライス、スープ、パン——と、おかわり自由、しかも時間無制限のお店である。


「え……ファミレスって無限サラダもあるの……?」


 メニューを見て、サラダバーの存在に早速気づいたようだ。


「無限カレーもあるぞ」


「無限カレー!? え、無限パンもある!」


「無限ごはんもあるしな」


「私、将来ここに住む」


「どんな努力を成し遂げても叶わないだろ、その目標」


 食べ放題バイキングほど品数が多いわけじゃないけれど、正直、これくらいの品数の方が迷わなくて良いと思う。


 とりあえずサラダとドリンクを取ってきて、着席。


 音論はカレーとドリンク。ついでにバターを持ってきたようで、


「カレーにバターを溶かす……こ、こんな日が来るなんて」


 と、感動している。


「カレー跳ねないように気をつけるんだぞ」


「わかりましたー先生」


 ニコニコしながらカレーを頬張る音論を見ながら、僕もサラダを食う。


 見た感じはリラックスしているが、いつもより呼吸が不規則で、緊張していることがうかがえる。


 これから人前で歌うことになる彼女には、できるだけリラックスさせてやりたいが、僕にリラクゼーション話術があるわけでもない。


 なにか良い手段でもあればと考えるが、難しい。


「緊張してるか?」


 緊張していることはわかる。わかるけれど、緊張してるだろ、と。見透かしたかのように言ったら、たぶんキモイ。


 だからここは、緊張してることを音論から言わせることにした。


 音論は、スプーンを置き、小さく頷いてから言った。


「うん……人前で歌うって、初めてだから……」


 人前で歌う経験をさせてやれなかったのは痛い。


 カラオケでトレーニングはしたけれど、聴いていたのは僕だけだ。投稿している動画は、視聴数も上がって来ているが、収録したものを聴いてもらうのと、その場で聴いてもらうのでは、後者の方が緊張して当たり前だろう。


 今は緊張していても構わないと言ってたとしても、そんなものは気休めにもならない。


 じゃあなんと言えばいいか——ゆっくり考える時間はない。なので数秒考えてから、僕は言葉を口にした。


「ファイナルいったらさ、僕もステージ上がるよ」


「え……どうやって!?」


「ギター弾く。人前でできるか不安はあるけれど、一人でステージ立つよりかは安心できるだろ?」


 ファイナルにいけるかは未定だが、先の光景をイメージさせることで、緊張をしつつも、楽しみ——と。そう感じてくれれば良いなあ、と。そんな思惑があって言った言葉だが、音論は身を乗り出すような勢いで、僕に言った。


「安心できる! 本当に一緒にステージ立ってくれる!?」


「約束するよ。ファイナルにいって、僕と一緒に緊張しようぜ」


「よし、じゃあ絶対三次を突破しなきゃ!」


 そう言った音論は、カレーを平らげてジュースを飲み干す。


「私、葉集くんが書いてくれたエッチな歌詞歌うから、見ててねっ!」


「あまり大きい声で言わないで……」


 僕がエッチな歌詞を女の子に歌わせて喜んでる男だと思われちゃうだろ。残念ながらその通りであり、何も間違いじゃないんだけど。


「でも今回の歌詞、今まででも結構刺激的だよね。ふふ、私に人前であんな歌詞歌わせて、嬉しい?」


「おいおい、僕がそんな魂が穢れているように見えるのか? 心外だぜ」


「えへへ。見えるって言ったらどうするー?」


「自分を見つめ直して反省するよ……」


 でも僕、性癖は歪んでいるかもしれないけれど、結構純粋だと思うんだよな。だって好きな子と同じ部屋で寝て、なにもせずに朝どころか昼過ぎまで寝た男である。


 言い訳にもならないことを思いながら、僕はコーヒーを口に含んだ。


「私、早口言葉とか得意じゃないけど、今回の曲、いつもより歌詞量が多めなのに、練習でどうしてか噛んだりしなかったんだよね。なんでだろ?」


「今回は割とテンポというか不規則なリズムだから、その辺はちょっと気をつけてみたんだよ。僕なりに、なるべく噛みにくい言葉というか、言いやすいワードを選んだからじゃないかな」


 具体的に言うのは難しいけれど、台詞みたいな歌詞にすることで、息継ぎしやすくしたり、口がまわるようにして、メロディに当てた——って感じだ。


 これは曲を先行で貰ったからできたことだ。


 作詞先行だと不可能だからな、そんな工夫。


「そんな工夫できるものなの?」


「やろうと思えばできるよ。というか、曲先行で作ってる人はみんなやってると思うぞ」


「作詞ってすごいなあ……私は文章を書くの自体苦手だから絶対無理だあ」


「やってみたらできると思うけどな」


「無理無理無理無理。書くだけでも無理なのに、メロディに合わせるなんて無理無理」


「まあ、音論がやれないことは僕がやればいいしな」


「葉集くんがやれないことは、私がやればいいよね」


「そうそう。二人で『ヨーグルトネロン』だ」


「うん」


 音論の踏み台になる——と。そう決意したはずなのに、いつの間にか僕は、二人で成功したいと思っている。


 いや、少し違うな——二人で成功というより、絶対に手放したくないと言うべきか。


 そのためには、僕はもっと頑張らないとな。


 凡人の積み重ねを一瞬で超えるのが天才ならば、じゃあ凡人の僕は、天才に超えられないくらい積み重ねるしかないのだから。


 無駄な努力はない——なんて今は言えない。それは成功した人間だけが口にすることを許される言葉だ。


 いつか僕も、その言葉を胸を張って言えるようになりたいものだ。


「僕もカレー食べたくなってきた」


「私もおかわりしちゃおうかなあ」


「じゃあ、一緒に取りに行くか」


「うん、行く」


 カレーもシンデレラも——僕たち二人で。

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