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「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
どうしてこうなった!?
どうして僕と音論は同室で寝ることになった!?
落ち着け僕……冷静にここまでの流れを振り返ろう。
えっと……確か音論にパーカーを貸した。なぜかと言うと、バレバレだったから。
んで、音論の下着を干した。僕が干したわけじゃなく、音論が自分で干した。リビングに。
音論を僕の部屋で寝かせてリビングに寝るつもりだった僕は、下着があることで寝場所を失った。
姉さんの部屋で寝ればいいやと切り替えた僕だったが、しかしクーラーの電気代節約しないとダメだと音論の超節約論を熱弁されて圧倒された僕は、音論と同じ部屋で寝ることに。
以上。振り返りである。
いや寝れるかよ。寝れてたまるかよ。
本当ならベッドを音論に譲るつもりだったけれど、音論が遠慮して結局僕がベッド、音論は布団と、寝る場所は別々だけれど同室ってことは寝る場所を一緒と言っても過言ではないこの環境でぐっすりできるかよ。
「葉集くん、まだ起きてる?」
僕がソワソワしていると、音論が小さな声で言って来た。ベッドと布団、高さが違うので顔は見えないのは残念と言うべきか、はたまた幸運と呼べばいいかわからない。
「起きてるよ。どうした?」
「涼しくて快適だから寝ちゃったかなあって」
「クーラーあるしな」
僕にとっては毎晩のことだが、家にクーラーが一台も無い音論には、珍しいことなのだろう。
「そういや、音論のお母さんってなにしてるんた?」
何度か家に行ったこともあるが、会ったことはない。会いたいわけではないが、多額の借金を抱えている母親がなにをしているのかは気になる。
「千葉のパン工場で住み込みで働いてるよ」
「じゃあ、ほぼ一人暮らしだったのか音論」
「うん。週に何回か帰ってくることもあるけれど、夜勤が重なるとひと月に一回とか。それでもすぐに戻っちゃうけどね」
「大変だなあ、夜勤とか」
夜勤ならば収入もありそうな気もするが、残念なことに二億オーバーの借金のせいで、本当に最低限の暮らしをすることしかできないんだろうな。
にしても、親子揃ってパン関係で働いているのか。
一体、月給からどのくらい返済しているのだろうか……ほぼゼロ円になっている気がする……。だって食生活とかガスとかで困っているレベルだ。
「いっぱい稼いだら、まずお母さんに恩返ししてやれよ」
なんとなく言っただけだったが、思いのほか音論は嬉しそうな声で、
「うん!」
と、言った。親孝行できるなら、できるときにするべきだからな。僕のように、幼少期に両親が他界している人間は、親孝行することはもう叶わない。だから僕は、北海道の爺ちゃん婆ちゃん、そして姉さんに恩を返せるようにしよう。
今のままだと恩返しどころか完全に姉さんに寄生しているようなものなので、なんとか頑張ろう。
「葉集くんは、どうして音楽始めたの?」
「小学生の頃、めちゃくちゃ励まされた曲があって、いつか僕もこんな曲を——ってな」
幼少期に両親を亡くし、子供ながらめちゃくちゃダメージを受けた。その頃聴いた音楽が僕を励ましてくれたのだ。アニソンだったけれど、アニソンだからこその歌詞とメロディ。アニメはすぐに終わってしまったし、人気があったわけでもなかったが、僕にとっては最高の曲を届けてくれたアニメである。
「いつかアニソンやりてえな」
ふと、無意識に呟くように言っていた。
「……………………」
音論に言ったわけじゃなかったが、返事がなかったので身を乗り出して確認したら、すやすやと眠っていた。
午前中からバイトやって、今はもう深夜だもんな。そりゃ寝るよな。
「おやすみ」
眠る音論に向かってベッドの上から小声で言った僕も眠るとしよう。
少し話したら眠くなって来たし、これなら眠れる。
こうして、僕は眠りについた。
※※※
葉集が寝てから、およそ一時間後。
布団で眠っていた音論は、肌寒さを感じ目を覚ました。
眠い目を擦り、枕元に置いたスマホで時間を確認する。
「まだ……しゃんじ……」
三時——と、言えないくらいに眠気はあるが、肌寒さによりトイレに行きたくなった。
「おといれ……」
のっそりと布団から立ち上がり、ゆっくりゆっくり、静かにドアを開けて、トイレへ向かった。
便座に座り、だんだんと眠気が覚めていく。自分が葉集と同じ部屋で寝ていることが、改めて考えると不思議な感覚だった。
葉集には言えないことだが、彼女が葉集に接近したのは、自分を守るためである。
草を食べる——入学後ひと月でそんなところを目撃された彼女は、それを口外されてクラスで浮くことを気にしていた。
だが葉集は、入学からひと月遅れて登校した生徒で、仲の良い友達がいる様子もなかった。だから音論は、そんな彼の友達になることで、彼が口外しないようにできれば——と。そんな思惑があり、彼女は葉集に接近した……のだが。
接近する前に接近して来たのだ。向こうから。
パンをくれたあと、自転車を貸してくれた。
小学、中学、かつての学びやで、自分に優しくしてくれた男子はもちろん存在する。そしてその男子たちは、自分に気があって優しくしてくれていることも気づくようになった。
だから彼女は、異性から優しさを受け取ることに躊躇いがある。
優しくされると嬉しい。でも、その受けた優しさに応えることができない。優しくされたとしても、男子たちに好意を抱くわけではなかったから、結局は傷つけてしまう。
自分のせいで彼らを傷つけてしまう——と。そう思うようになった。
正直、葉集がパンをくれた瞬間から、将来傷つけてしまうと危惧していた。なのでふらふら足取りでバイトに向かうことにしたのだが、彼はふらふら足取りの音論を見つけて、やっぱり優しくしてくれて、自転車を貸してくれた。
このままだと彼を傷つけてしまう。でも自分を守るために彼と友達にならなければならない——その葛藤で栄養不足の頭が回らなくなっていた音論に、彼は言ったのだ。
『僕は前々から女の子が乗った自転車に乗りたいと思っていたんだ。夢と言ってもいい。僕の夢は女の子が乗った自転車に乗ることなんだ、だから僕のために僕の自転車を借りてくれ』
と、言った。この言葉は一見変態の発言である——が、音論にとって、すごくありがたい言葉に思えたのだ。
まさか自分に気がある人間が、こんな理由で優しくしてくれるわけない——優しくというか、もはやこれは彼のため、と。そう納得することで、音論は自転車を借りた。
その後は普通に友達になれば良い。そう思っていた。
はずなのに——いつのまにか。本当にいつのまにか。
「……好きになっちゃってた」
個室一人——自分の想いを呟き、トイレを流す。
水に流せるほど、軽くない想い。
胸に秘めた想いは、まだ秘めたまま、部屋に戻った。
「……………………っ!?」
あとは布団に潜り寝るだけなのだが——ここで彼女の脳裏にある言葉が蘇る。
その言葉は、彼女の友人から言われた言葉。
つまり彼女の脳内では——間違えたって言えば、同じお布団に潜り込んでも許されるのでは!?
である。普段ならば実行することはない。だが今日はお泊まり。予定外のお泊まりは、彼女を少し大胆にした。
静かに入室。肌寒かったはずなのに、借りたパーカーを自分の布団に脱ぎ置く。
そして、息を殺して、音論は葉集のベッドに潜り込んだ。
背を向ける葉集の背中にゆっくりと身体を密着させる。
「…………あったかい」
小さい声。声よりも心音の方がうるさい。この心音のうるささが、なぜか今は心地良い。
しばらく、息を殺して密着を続けた。もし葉集が起きた場合には、奇跡の言い訳——間違えた、がある。
「……………………っ!」
が——ここで、緊急事態がおきた。
緊急事態——あるいは当然の反応とも言えるが、好きな男子のベッドに潜り込んだ彼女は、自分の身体が人間として当たり前の反応をしてしまっていることに気づいた。
もちろんスルーすることだってできる。
できるけれど、今夜はそういうわけにもいかなかった。
なぜなら——いま音論はノーパンだからである。
借り物の半ズボンを汚すわけにはいかない。万が一シミになっちゃったらまずい——と、彼女は半ズボンをすこしだけ下ろし、股下からの距離を確保した。
念のため、確認。
「……………………ぁ」
漏れた声に、ドキドキを隠せない。葉集が目を覚ました様子はなく、内心ほっと胸を撫で下ろした。
「……………………」
確認のために触れた指。しっとりと濡れた指。
それを彼女は葉集の背中で拭いた。迷いなく。
「————————!!!!!!」
拭く場所がなかったからではなく、葉集の背中に自分の匂いを残したかったから——これは動物の本能であり、縄張りなどに自分の匂いを残す本能。
今彼女は、テンション爆上がりで、ここが誰もいない場所ならば『きゃーーーーーーあ!!!!!』と叫んで走り回りたいくらいだが、その気持ちグッと堪える。
かわりに、胸を背中に押し付ける。ノーブラだ。
匂いを移すように、密着させる。
「うへへ」
あまりの嬉しさに、小さく笑った彼女は、そのまま眠くなって、眠りについた。
同じベッドで。朝までぐっすりと。
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