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「こんばんはー。『ヨーグルトネロン』のネロンです。ふふ、ヨーグルさん元気いい掛け声でスタートしましたー」
『おーい!』『おーい!』『おーい!』『おーい!』『おーい!』『オオォン!(幻聴)』
「……こんばんは、ヨーグルです」
「ちょっとヨーグルさん、元気ないですよ、どうしたの?」
「いや、それネロンさんが言います?」
『たぶんヨーグルフラれた』『たぶんヨーグルフラれた』『絶対ヨーグルフラれた』『ヨーグルがフラれたとかやめてあげてヨーグルがフラれたとか繰り返すのやめてあげてえ!』『ヨーグル……』
「いや、僕がフラれた前提のコメントやめてよ。フラれてないですから」
「実は配信前に、ヨーグルさんはどんな女子が好みなの? って話をしたんだけど、なんて答えたと思います?」
『ゴリラ』『ゴリラ草』『ゴリラ草に草』『ゴリラ確定してるの草』『ゴリラの幼女』『ゴリラの幼女もゴリラなんだよなあ』『ゴリラで抜いてるってよヨーグルすっげえ変態だぜ』『←ゴリラで抜いてることにされてるの草』『ちょっと男子ゴリラちゃん泣いてるじゃん謝りなよー』
「ゴリラちゃんが泣く前に僕が泣くぞ?」
どうしてゴリラになった。なにきっかけでゴリラだと思われたんだよ。
「さて、今日の配信の背景にいつもの違うのあると思わない?」
切り替えよう。切り替えて、わざと背景になるように置いたギターに話題を逸らすとしよう。
「『ギターよりゴリラ』——おい、いつまでゴリラを引っ張るんだよ? ギターに食いつけよみんな!」
「ごめんねみんな、今日はね、本当はヨーグルさんギターを自慢したかったんだよ。みんな、ヨーグルさんの気持ちをわかってあげてください」
「それ言われたら僕めっちゃダサいやつ!」
でも結構ウケた。草いっぱい生えた。
「ほらヨーグルさん、ギター自慢しないの?」
「自慢って言うなよ自慢って。お披露目と言ってくれ」
「モノは言いようだよね」
あれ、音論さんなんか機嫌悪い?
なんかトゲトゲしてる気がするんだけど。
「僕、ネロンさんになにかしました? トゲトゲしてない?」
「だってさっき、『ね』って言いかけたから、私かと思ったのに違うんだもん!」
なにその理由、可愛い。
「え、僕の好みになりたいの?」
ちょっと冷静になれなかったので、素直に心からの質問をぶつけてしまった。動画配信中なのに。
「ち、違くて……わ、私って言ったらイジって面白くなるかなって思ったからで、特別深い意味はないんだよ!? なに言ってんの理解できないからね!?」
「お、おう」
視聴者を置き去りのトーク。コメントは『?』で埋め尽くされている。
「あー、えと、今の流れはさっきのゴリラ案件に戻るんだけど」
さっきのゴリラ案件って言葉なんだよ。言った自分でも意味わかんねえ案件だな。
とりあえず事態を収集すべく、僕はゴリラ案件の振り返りとゴリラ案件前のことを話した。
『シスコン』『シスコン』『シスコン』『シスコン』『シスコン』『シスコン』『愛があればシスコン』『隙があればシスコン』『そこに愛はあるんか』『←愛があるからシスコンなんだよなあ』『ぼくはいいとおもいます』『ひょっとしてお姉さんはゴリラだったりする?』
コメントひでえ。でも一応このコメントには突っ込んでおこう。
「ひょっとしてお姉さんはゴリラだったりしねえよ!」
『ネロンちゃんかわいい』『今の話聞いたらネロンちゃんかわいい』『今の話聞く前からネロンちゃんはかわいい』『ツンデレった』『ネロンおれだー結婚してくれー』『どけ俺が結婚すんだどけ!』『おやめなさい……俺が結婚すんにきまってんダルォォォ!?』
「わ、私まだ結婚出来る年齢じゃないよ……?」
「超真面目返答!」
『でネロンちゃんヨーグルはどうなん?』『←おっさんみてえな奴いるな!?』『でも気になるすごく気になります』『そこは暖かく見守るべきでは?』『←お、そうだな。じゃあネロンちゃん発表どうぞ(外道)』『今目隠しすごく剥ぎ取りたい』『剥ぎ取りたい変態いて草』『剥ぎ取りたい変態草だけど俺がコメントしたのかと思った』『ヨーグルはそのままでおけ』
めっちゃ煽られてるし、変態が湧いてるじゃねえか。
僕はこのままとか、僕に興味無さ過ぎかよこいつら。
「目隠しは取らないよ! 発表もしないです!」
「『じゃあヨーグル目隠し取ろうか?』——なんでだよ!」
このままだとクソグダグダ生配信になってしまう。それは避けたい。
仕方なく僕は、流れを無視して背後のギターを手に取った。
ギターを持ち、軽くかき鳴らす。アンプ繋いでいないので完全にパフォーマンスである。
「『ヨーグルギター似合う』——マジ? 今日一番嬉しいこと言われたよ、ありがとう」
「『てか編曲にギター使うの?』だって。どうなのヨーグルさん?」
「ぶっちゃけ使わない。でもこれからは編曲前に軽くギターでイメージ固めるつもりだよ」
「私もヨーグルさんギター似合うと思うよ。格好いい。髪型をセットすればもっと格好いいのに」
何気なく音論が言った言葉に、コメントが一斉に反応した。
『確定』『これはむふふ』『ほほえま〜』『ほほえま〜でもうやらま〜』『おめでとう』『ご祝儀』『ご祝儀』『ご祝儀』
と、僕を格好いいと言ったことで、勘違いした視聴者は『ご祝儀』という名の投げ銭を僕らに投げた。
ちょっとびっくりするんだけど、配信終了までに十四万円になってしまった……みんな金持ち過ぎだろ。
その後の配信は、その感謝を伝えて、また雑談にリターン。
予定では僕がギターを披露するつもりだったので、雑談配信は不本意ではあったが、視聴者の反応を見る限り、演奏よりも雑談の方が好まれるのかもしれない。
これは今後も雑談メインにしても良いかもしれない。
SNSにもコメントが来ていて、前回よりも拡散されている。ありがてえ。
なにはともあれ、配信は無事に終了した。
「ふう、お疲れ様、音論」
「うん、なんだか今日は疲れたね」
「だな。投げ銭もたくさん貰っちゃったし、曲も上げていかないとな」
とはいえ、新しく曲を作るのはなかなか難しい。『シンデレラプロジェクト』の曲を作ったばかりなので、結構キツイ。
なので二次で使った『なのに泣けない』のフルサイズを完成させてあるので、録音もしてあるからそれを近日中にアップしよう。
「こんなに貰っちゃって、どうやって恩返しすればいいんだろう……」
「歌で返せば良いんだよ」
「それで良いのかなあ……?」
「それが唯一できる恩返しだろ。応援してくれたみんなにいい報告できるように、僕たちはシンデレラを獲りにいくぞ」
「うん! よろしくね、ヨーグルさん」
「こちらこそ、ネロンさん」
さ、ラーメン鍋でも食ってお開きだ——と。僕は思っていた。僕はというか、音論もそう思っていただろう。
が、そうはいかなかった。
ラーメン鍋を食べて、外に出たら。
「めっちゃ豪雨」
だったのだ。雨も風もすごく、夏の天気は油断するとすぐこうなる。
「こんな雨の中帰らせるわけにはいかないし、もう少し雨宿りしてくれ」
「うん、ありがとう」
ひとまずリビングに戻り、作った仮歌を音論に聴かせて時間を費やした——が。
四時間経っても雨は止まず、風もビュービュー。
もう夜十二時になってしまった。僕が送ると言っても、こんな時間に送って補導されても困るし、夏休みってお巡りさん多めだから……どうしよう。
「……あの、音論…………今日泊まってけ」
すごく言いにくいけれど、言った。
「そ、その……えと、えと」
「一応言っとくけど、なにもしないから安心しろ」
「は、はい……じゃあ……お泊まり、甘えちゃいます」
恥ずかしそうに顔を伏せた音論。そんな反応されると、僕も恥ずかしい。
こうして、姉さん不在のマンションで、僕と音論のお泊まりが確定した。
「シミシミ、キミから溢れるゼリーの正体〜」
羞恥心を乗り越えた音論は、仮歌を聴いたからか、次の曲の歌詞を口ずさんでいる。
「……それ、僕以外の人の前で歌わない方がいいぞ?」
書いた僕が言えることじゃないけども。
「で、でも三次はこの曲を人前で歌わないとだし」
「あ、そうだ。音論、明日バイトは?」
「おやすみだよ。どうして?」
「じゃあちょっとカラオケ行こう。普段防音マイクしか使ってないから、最低限の使い方を覚えよう」
「マイクって普通に使うじゃダメなの?」
「マイクとの距離とか、出す声によって変えたりするんだよ。僕も詳しいわけじゃないけれど、自分でやって覚えてもらいたいからな」
詳しいわけじゃないどころか、ほぼほぼネット知識だ。
普段防音マイクしか使っていない音論は、圧倒的にキャリアが足りない。それをどれだけカバーできるかはわからないけれど、対策はしておくに限る。
棒立ちで歌うよりも動きがあった方が、人は引き込まれやすい。僕の歌詞に引き込める要素はないが、音論の歌声に引き込めれば、勝てると信じている。
「カラオケデートだ。デートってことは、男の僕が払うからお金は心配しなくていいぞ」
「え、それは悪いよ!」
「男が自己満足できる瞬間を奪うなよ」
デートなんて、昨日のショッピングモールでしかしたことないけれど。
それに僕の言い分は、時代遅れだろうな。
今の時代だと、きっと割り勘こそ正義だ。
でも、僕は自己満足したいしこれでいい。
こう言えば、音論も納得するからな。
「ズルいなあ、もう」
「男は自己満足したい生き物なんだよ。納得しとけ」
「むう………………むうー、わかった……ありがとう」
また甘えちゃった——と。小さく呟いた音論の言葉は、風の音にかき消され僕まで届かなかった。ことにした。
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