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 ショッピングモールでの買い物を終えて、海鮮バイキングを食べて、長いようで短くも感じた今日は終わりが近づき、僕は帰宅した。


「姉さん……本当ありがとう」


 リビングにて、ギターを触りながら僕は感謝を伝えた。


「あいよー。配信でも必要になるだろうし、ギターは持ってても良いだろうしね」


 ギターを買ってもらってしまった。ついでにミニアンプとピックとギターストラップとギタースタンドとギターケースも(甘え過ぎだろ僕)。


 中学時代は学校からのレンタルで、自分のギターを持ったのは初めてだ。


 普通に嬉しくて、ギターを見るたびにニヤついてしまう。


 つーか、ギターカッケェな。


「エンショから聞いたけど、あんた結構弾けるみたいじゃん」


 エンショというのは、エンペラーショタコンさんの略である。


「エンペラーショタコンさんほどじゃないけどな」


「エンショはだって、小学からギター触ってる人間だから、そりゃ経験値はあるよ。そんな人間が弾けるって言ったんだから、あんたもなかなかやるってことじゃん」


「たぶんギターがなくてもできるトレーニングとかは暇つぶしにやってたからかな。久しぶりに弾いても指が動いたのはそれのおかげかも」


 入院中もやっていたが、今でもやっている。


 テーブルなどに指を置いて、コードを押さえる形を作る練習。練習というより遊び感覚で、もっと言えばちょっとした癖みたいなものだが、それが役に立ったのだろう。


 その練習をリビングのテーブルでやって見せると、姉さんは、


「うわ、指の動きエロ」


 と、全ギタリストに謝らせたくなる言葉を言った。


 通常なら反論していたところだが、ギターを手にして浮かれているので、何も言う気になれないぜ。


「んで、次の作詞、どうにかなりそうなん?」


「……………………」


「おい、指止めろし」


「次の歌詞……か」


 どうしようか……それ。マジで。


「正直、かなり困ってる」


「甘いデートは参考にならなかったの?」


「参考にはなった。でも考えてみたんだけど、どうも指定された内容に引っかかるんだよなあ」


『甘い歌詞』指定——二次は『切ない曲』だったが、今回は『甘い』と、明確に歌詞を指定してきている。


「そうやって具体的に歌詞と言ってくるんだから、審査員には明確な甘さの基準があるんじゃないかと」


「甘さの基準? たとえば?」


「僕のイメージになるけれど、そもそも恋愛って甘いか?」


 僕には恋愛を甘いとは思えない。恋愛は甘いというより、甘酸っぱいにカテゴリーされるのではないだろうか。


「あー、なるほど。そういうのはあるかもね」


「だろ」


「うん、小説コンテストでもある話だよそれ。ジャンル指定のコンテストで作者がミステリだと宣言しても、読み手がミステリじゃないと思えばミステリじゃない物語になる。逆もまた然り」


「難しいよな、この課題」


「うーん、確かにあんたの言う通り、恋愛って甘いというより甘酸っぱいイメージが強いかもね」


「やっぱりそうだろう、甘いの定義が曖昧なんだよ」


「でも、あたし的にはあんたの土俵とも思えるけど」


「は? どこがだよ」


「甘いってつまり、恋愛の先——ざっくり言うと付き合うことをゴールとする甘酸っぱいの先にあるわけじゃん? 甘酸っぱいの向こう側ばかり書いてるじゃん」


「それを僕の土俵とするの嫌だな……」


 交際経験ゼロの人間の土俵とは思えない。


 甘酸っぱいの向こう側が僕の土俵って思えるかよ。


「でもさあんたの歌詞って、基本そっち系じゃん。ドロドロというか、ヌメヌメというか——甘さの種類で言うなら、砂糖じゃなくてガムシロップとか水あめとかハチミツみたいな?」


「……思いのほか言いたいことが伝わった」


 つまりさっぱりしていないってことだ。粘着質みたいな感じで喉に残る、あと味のキレが悪くて水で流し込むってことだな。


「でもそれを甘いと思うか? 審査の人が」


 甘いと言えば甘いのかもしれないけれど、喉に痛みを覚える甘さを、果たして甘いと呼んでいいのだろうか……。


「それはやってみないとわからないっしょ」


「だよなあ」


「ちなみに、いつも通りのテイストなら書ける自信は?」


「そりゃあるよ。それで書けなかったら僕のちっぽけなキャリアが無駄になるだろ」


「ならそれで勝負しなさいな」


「大丈夫かなあ、そんなんで」


「ならお姉ちゃんからためになる言葉を贈ってやろう」


 そう言った姉さんは、真っ直ぐ僕を見て、そして続けた。


「クリエイターの武器は性癖。創作というジャンルで勝負するなら、人生を掛けて——人生を賭けて、性癖を暴露し続ける覚悟を決めなさいな」


 人生を掛けて——人生を賭けて。


 性癖は武器か。なるほど。


「含蓄のある言葉だが、誰の言葉だ?」


「あたし。デビューしてすぐの頃、新人賞受賞作家のインタビューで、作家志望の人向けに言ったやつ」


「そんなこと言ってたのか、姉さん」


 いいこと言ってるな。さすが自慢の姉だ。


「よし、わかった。僕の歌詞で勝負する」


 元々はサークルのゲームに合う歌詞——と、僕なりに考えて書いていたけれど、ゲームをプレイして書いてるわけじゃないので、性癖といえばまさにそれだ。


 それなら書ける。それなら書けなければおかしい。


「あ、そうだ姉さん、ついでに意見というか感想を聞かせてもらってもいいか?」


「ん? なに? もう歌詞あるの?」


「いやそれはこれからだけど、僕なりに考えて、指定が歌詞だったから曲はどんな曲調でも良いという解釈で、前にちょっと試しに編曲してたやつを使おうと思うんだけど、それを聴いて感想くれ」


「いいよーそれくらい」


 姉さんのオッケーをもらったので立ち上がり、僕は自室からノートパソコンを持ち出し、リビングに戻った。


 ヘッドホンを姉さんに渡し、編曲した曲を流す。


 聴き終えた姉さんは、


「この曲にあんたの歌詞か……うん」


 と、唸るように言った。


「どう? なんとかなるかな?」


「音楽は専門外だけど悪くないと思う。というか、次のゲームでこの曲使いたいとすら思った」


「ならいけるな。ありがとう姉さん」


「しかし攻めるね葉集。『甘い歌詞』でその曲ジャンルを選ぶなんて」


「歌詞を甘くするなら、僕なりに渋さや格好良さも欲しくなると思ってな」


「歌詞はすぐ上がりそう?」


「今夜書き始めて、たぶん明日には上がる」


 編曲はほぼ終わっているので、そこから仮歌を制作して、明日の夜までには僕の仕事は完了するだろう。


「それなら音論ちゃんの練習時間も確保できるね。うん、スケジュール管理ができるのは才能だなあ」


「姉さんもやれよ。スケジュール管理」


「そういうのは担当の仕事だから」


「じゃあ守ってやれよ」


「あたしのコントロールも担当の仕事だし」


「姉さんの担当編集にだけはなりたくねえなあ……」


「あたしもそう思う」


「だろうな」


 とりあえず方向性は決まった。性癖を暴露する覚悟も決まった。


 ならあとは書くだけだ。


 もうひとつ懸念があるが、それは書いたあとに考えるとしよう。

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