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 しばらく理由もなくショッピングモールをぐるぐる回り、僕たちは姉さんと合流することにした。


 メッセージを送ったら、二階の一番東にある店で待ってる——とのことだったので、その店へ入店した。


 姉さんの姿は見えないが、それとは別に僕が知っている人物がいた。目が合った。


「あれ、エンペラーショタコンさんエンペラーショタコンさんじゃないっすか!?」


「ちょっおまっ!! その名前を店内で呼ぶな馬鹿!」


「だって僕、エンペラーショタコンさんの名前エンペラーショタコンさんしか知りませんし」


 姉さんのサークル『葉恋家はれんち』のメンバー、エンペラーショタコンさん。


 姉さんとは高校の同級生で、サークルを立ち上げた初期メンバーである。


 それ以外の情報は、女性ってこと以外、ほとんど何も知らないが。


「エンペラーショタコン呼ぶな……ここでは湯崖ゆがけさんと呼べ」


「まさかこんな感じで名前を知るなんて思ってなかったですよ」


「奇遇だな葉集……俺様も同じ意見だよ」


「えっと……え、湯崖さん、ここで働いてるんですか?」


「そうだよ。一応ここの店長だかんな俺様」


 ここの店長——この音楽ショップの店長らしい。


「んで、葉集。そっちの女の子はなんだ? なんだなんだお前、一丁前に彼女連れて来たのか?」


「いや、そういうんじゃないけど、紹介させてください」


 僕の後ろに隠れるようにしていた音論の手を引き、僕の隣へ案内した。


「エンペラー……湯崖さん、こちらは僕のクラスメイトで、僕と『ヨーグルトネロン』をやってる音論」


「一瞬エンペラーって言ったことは見逃してやる——ああ、きみがネロンちゃんか。『ヨーグルトネロン』の曲聴いているよ、イイ声してるし作曲もやってるんだろ、一度話してみたかったんだよ、よろしくなー!」


「は、はい! よろしくお願いします!」


「うんうん、葉集と違って素直でかわいいじゃねえか」


 かわいいと言われて照れている音論に、僕は湯崖さんの紹介をする。


「音論。こちらは湯崖さん。僕も今初めて知った名前だけれど、姉さんのサークルメンバーで、主にゲームBGMの制作を担当してる作曲家だよ」


 エンペラーショタコンとかいう名前でサークル活動をやっている彼女が、本当にショタコンなのかは不明である。


「作曲家さん! すごい本物だ!」


「いや、ネロンちゃんだって作曲してるだろ」


「自分以外に作曲する人とおはなしするの初めてで、嬉しいです!」


 まあ、厳密に言えば音論は色ノ中いろのなか識乃しきのと面識あるし会話もしているのだが、色ノ中とは作曲をテーマに話してないもんな。


「そういや湯崖さん、姉さん来てませんか?」


「ああ葉恋なら、飲み物買いに行ったぞ」


「呼び出したくせに店から離れるなよ、たくっ」


「すぐ戻るだろ」


 そう言った湯崖さんは、もう一人の店員さんに話しかけると、


「よし、裏こいよ、葉集、ネロンちゃん」


 と、僕たちを店の裏スペースに案内した。


「いやここ入っていいの? 湯崖さん」


「大丈夫、スタッフオンリーってわけでもねえし、ここは楽器のメンテや修理をやるスペースだからよ」


「あとで問題になっても、僕は無関係を主張しますからね?」


「俺様の店だし問題ねえよ。たぶん」


 たぶんかよ。じゃあ信用できねえ……。


「適当な椅子に座んな、二人とも」


 そう言われても感が半端ないけれど、逃げ出したいほどの危機感もない。


 音論は戸惑っているし、ここは率先して僕から座ってしまおう。


「音論も椅子借りちゃえよ。歩き疲れただろ」


「じ、じゃあ失礼します」


 僕に続き着席した音論。それを見た湯崖さんは、


「よし座ったな。んじゃ葉集、これ弾いてみ」


 そう言って渡されたのはギター。


「え、なんで?」


「いいから弾けって。弾けるだろ」


「弾けますけど、なにを弾けと?」


「とりあえず好きな曲でいいよ」


「好きな曲……じゃあ」


 ギターストラップを肩に掛け、リクエスト通り、好きな曲を弾いた。


 好きな曲であり、最近仕上げた曲をワンフレーズ弾き終えた。


「『なのにもう泣けない』だよね?」


「うん、ギターだけでよくわかったな」


「わかるよ。私たちの曲だもん。それよりも葉集くん、ギター上手!」


「いやいや、僕なんかより湯崖さんの方がやばいぞ」


 言いながらギターストラップを肩から外し、湯崖さんにギターを渡す。


「まあ俺様は作曲するときに使ってるから、それなりに弾けるけど、葉集も十分弾けるじゃんかよ」


「弾けるだけじゃ足りないでしょ。弾けるだけの人間なんて、世の中探せばいくらでもいますし、僕はその一人ですよ」


「卑屈というかなんつーか。お前はギター弾ける自分カッコいいとか思わないのかよ」


「惹きつけられる演奏ができたなら、そう思うかもですね。僕のレベルは、初心者よりは弾けるけど上級者から見たらゴミ、って自覚してますし。このレベルで格好良いと思えないでしょ、自分を」


「お前はなんだか、上を知り過ぎたゆえに自分を下に見るタイプだなあ」


「そうですかね?」


 とぼけてみたが、残念ながらその通りである。


 上を知り過ぎたというわけではないが、上に思い知らされた経験なら豊富だろう。


 産まれた瞬間から上位互換が家族に存在していたし、幼馴染は僕の影響で作曲を始めて、一曲目で僕を置き去りにして超えたのだ。


 姉さんはコンプレックスというわけじゃないが、色ノ中いろのなかはそれに近い。努力で得たスパンを一瞬で潰してきたあの幼馴染には恐怖さえ覚えた。


 違う恐怖も刻まれているが……。


「すぐれた人間を知り過ぎるっつーのも大変かもだけどよ、葉集。それはそれで恵まれてるんだぜお前」


 僕から受け取ったギターを軽く弾きながら、湯崖さんは続けた。


「上を知るっつーことは、いい勉強にもなるんだ。場合によっちゃ、下で競い合うよりも遥かに学べる」


「そんなもんですかね?」


「そんなもんだよ。つーか葉集、お前はお前で編曲の才能マジであると思うぞ」


「それたまに言われるんですけど、実感ないんですよね僕」


 入院中に覚えただけ——という側面が強いからか、才能と言われてもピンと来ない。


「俺様も編曲はやれるにはやれるけど、葉集風に言うならやれるだけだな。あれは作曲とは全く違う能力が必要だと俺様は思ってる」


「能力? 作曲とは違う能力ってなんすか?」


「んー、感覚は人それぞれだろうし、言葉にすんのは難しいんだけど、俺様の場合は脳内再生が上手くできねえな」


「湯崖さん作曲してるのに?」


「自分の曲を脳内再生しても、ギターの音でしか再生できねえのよ。たぶん同じ感覚の人はいると思うんだけどなあ」


 その言葉に聞き入っていた音論が、


「わかります!」


 と、声を上げた。


「私も鍵盤ハーモニカの音でなら脳内再生できますけど、他の楽器では無理でした!」


「おお、ネロンちゃん話せるなあ!」


「そこにギターとかドラムとか混ぜるなんて無理無理、鍵盤ハーモニカのソロしか脳内再生ができないです」


「だよなあ! 頭おかしいよなあ編曲できるやつ!」


「ですですー!」


 いや、編曲を頭おかしい呼ばわりするなよ。


 そんなこと言ったら、イチからメロディを生み出してる作曲も人のこと言えねえよ。


「作詞もやれるし、編曲もやれる。お前立派な才能持ってるじゃねえか、葉集」


「そう言ってくれると嬉しいですけど、なんで僕は励まされてるんですか?」


 店の裏スペースまで連れ込まれて、励まされるほど落ち込んで見える通常フェイスなのだろうか僕は。


「話が逸れちまったな。本来の目的は、お前のギターを聴くだけだったんだけど、つい」


「僕のギターを聴いてどうするんすか……なんのメリットがあるんですか」


「どのくらい弾けるかを見てからじゃねえと、オススメもできねえだろ」


「オススメ?」


「あれ、葉恋から聞いてねえの? お前のギター見繕ってくれって言われてたんだけど」


「湯崖さんから初めて聞いたよ……」


 聞いてない。そんな話は聞いていない——が、そう言えば姉さん、特別プレゼントがあるとか言ってたな。


 てっきり、音論とのデートがそれだと思っていたんだけど、まさか別にあるとは……。


「とりあえず、表出ろや葉集。お前に合いそうなギター、俺様が直々にセレクトしてやっから」

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