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「こ、こここ、これが食べ放題……? 噂には聞いていたけれど、食べ放題ってそんなことが許されていいの?」


 姉さんの奢りで、僕、姉さん、そしてバイトが終わった音論の三人で、食べ放題の店にやってきた。


「食べ放題だからいっぱい食べなよ、二人とも。一次通過のお祝いでもあるんだからさ」


葉恋はれんお姉さん、ありがとうございます!」


「あいよー音論ちゃん。次も突破したら、またどこか連れて行くから、覚悟しといてね」


「やったー! がんばります!」


「んじゃ、食べたいもの取りに行こっか」


「私、食べ放題って初めてなので、ルールを知らないんですけど、どうしたら……」


「とりあえずあたしに着いてきなよ。見ればわかるっしょ」


「はい、しっかりお勉強させていただきますっ!」


 音論が嬉しそうにしていると、僕も嬉しい——けれど、その顔を見ると次も絶対に通過しなければというプレッシャーがのしかかってくる。


 切ない……かあ。


 切ないを考えるだけで切なくないのにため息が出る。


「……とりあえず僕も取りに行くか」


 飯を食ってから考えよう。


 腹いっぱいになれば、いい歌詞が浮かぶかもしれないからな。


「うん……腹いっぱいになっても浮かばないな」


 飯は食った。食ったら腹いっぱいになって、腹いっぱいになっただけだった。


「てか音論……めっちゃ食うなお前」


 一回目は唐揚げとサラダ、卵料理を中心に攻め、二回目は唐揚げとチーズ料理、三回目は唐揚げとケーキ、四回目は唐揚げとパスタ、五回目は唐揚げとソフトクリーム。


 唐揚げが好き過ぎるだろ。


「食い溜めをしておかないともったいないもん。あとたくさん食べてもとを取らないと!」


「食い溜めって」


 食い溜めというか、普段足りていないカロリーを過剰摂取してるんだろうな……。


「まあ、よく噛んで食えよ」


「えっ、富裕層って、ソフトクリームをよく噛むの?」


「唐揚げの方だから」


「唐揚げって、なんでこんなに美味しいの? 発明した人誰? 私その人を神様って呼びたいんだけど、葉集くん知ってる?」


「知るかよ。高校生の知識で唐揚げの生みの親を記憶してると思うなって」


「そっかあ。神様は私の心の中にいるんだね……お母さんには神様なんていないって教えられて育ってきたけれど、いたんだ神様!」


 音論が神様の存在を肯定した。だからどうしたと言われたら全くその通りだとしか言えないけれど、音論が神様を肯定した瞬間である。


「んで、葉集。次の歌詞、大丈夫なの?」


 ケーキを頬張りながら、姉さんが僕に言った。


「大丈夫かと問われたら、大丈夫じゃない」


「テーマが切ない、だもんねえ」


「僕が今まで書いてきた歌詞を整理してみたけれど、一個も切ない歌詞がなかったからな。というかそもそも切ないってなんだよ、って自問自答のループが終わらない」


「切ないにも種類あるからね。フラれて切ない、大切な人を亡くして切ない、会いたくても会えない切なさ、言い出したらキリがない」


「だよなあ……」


「逆に考えてみればいいよ。切ないを考えるんじゃなくて、切なくないか。そっちからアプローチするのもありだとあたしは思うかな」


「逆アプローチか……それはアリかもしれない」


 切ないを考えるのではなく、切なくないを考える。


 遠回りではあるけれど、現状では一番の近道とも言える。


「さすが作家だな、姉さん。僕は今初めて姉さんを作家だと思えた気がするよ」


「あたしもネタに困ったときは使う手段だからね。エロを突き詰めると、どこからがエロなのか——って疑問に押しつぶされるから、逆にエロくないことを並べてると、じゃあこうしたらエロいな、って閃くのさ」


「いちターンでエロって言い過ぎだろ」


 作家だと思えたのは思えたけれど、もっと違うジャンルの作家だったら、大声で自慢出来るんだけどなあ……。


「……でも、今の姉さんの話を聞いて、ひとつだけ決まった」


「なにが?」


「切ない、って言葉は絶対に歌詞に使わない」


 エロエロ言う姉さんを見て、そう決めた。


 切ないを指定されているから使いたくなるけれど、それは甘えだろう。もっと言えば手抜きだ。


「あたしもそれは賛成だね。あたしも普段はエロエロ言うけれど、作品でエロって言葉を書いたことないし」


「一緒にすんなよ」


 エロエロ言われて決めたけれど、一緒にはされたくねえ。


「いかに切ないって言葉を使わず、切なさを伝えるか。それは官能小説でエロを使わずにエロを伝えるかとなにも変わらないでしょ」


「一緒にされる側の気持ちの問題を考えてくれない?」


「一緒にされる側の気持ちいい問題? 考えなければならないね!?」


「姉さん耳鼻科行ってこい」


「うーん、今の『一緒にされる側の気持ちいい問題』って、言葉で次作を書けそうだな……よし、次は複数モノにしよう!」


 無視かよ。聞けよ。聞けよというか行けよ耳鼻科。


 僕の悩みを踏み台にして、次作のネタを思いつくなよ。


 悩んでる僕がアホみたいじゃねえか。今まさに切ない。


「あ、そうか。書けるかも……」


 思いが伝わらない切なさというより、声が届かない切なさ。なにを言っても、シカトされる切なさを歌詞に。


「うん、書ける。それなら……書けるな」


 書ける——そう思って音論の方をチラッと見ると、まだ唐揚げ食ってた。


 ソフトクリームと唐揚げを交互に食ってやがる。大食いタレントの食い方じゃねえか。


「書けそう?」


 僕が見てるのに気づいた音論の言葉。


 その言葉に小さく頷く。


「うん。でもまあ、書けるってだけで、それがいい歌詞になるかはわからないけれど」


 こればかりは書いてみないとわからない。


「大丈夫。私も頑張って歌うから、一緒にがんばろ」


「了解だ」


 こういう時、音論の存在はかなりデカいな。


 僕の歌詞がショボくても、音論の歌唱力でカバーしてもらえる。


 それだけで、気持ちはだいぶ楽になる。


 だからと言って、楽に書ける歌詞にしたりしない。現状で書ける最高を目指さなければ、二次を通過することはできないだろう。


「……………………」


 この『シンデレラプロジェクト』——女性ボーカリストのコンテストかと思っていたが、主に試されているのは楽曲作成の能力かもしれない。


 まあ、そう気づいたところで、なにか出来るわけでもない。出来ることは歌詞を書くことと編曲。


 僕に出来る限りのことをする。なら出来る——だって、出来る限りということは、出来る限りなのだから。


 出来る前提の言葉だ。


「んじゃ、そろそろ時間だし帰ろっか」


 食べ放題は無制限ってわけじゃないからな。姉さんの言葉で僕たちは帰宅する。


 音論は車で送って、僕と姉さんも帰宅し、すぐに自室に戻り、パソコンを立ち上げた。


「今日書けると思ったら今日書かないと、きっと書けない」


 宿題のようにはいかないんだよな、作詞って。


 明日から本気出すをやった時点で本気ではない。


「今日仕上げる」


 今日歌詞を仕上げて、明日から編曲作業に入る。


 そうしなければ、音論の歌う練習時間も満足に確保できない。


「くそ、この二週間って期限、絶妙に嫌がらせだろ」


 設定したやつ絶対性格悪い。少しでも遅れたらアウトになる期限を設定しやがって。


「もし設定した奴に会うことがあったら、一言くらい文句言ってやりたい」


 ぶつぶつと期限に文句を言いながら、キーボードを叩く。


 途中、風呂休憩を挟んだし、時計は十二時を過ぎて今日中に仕上げるって目標には届かなかったけれど、寝る前には仕上がった。


 午前二時四十分。それがこの歌詞の生まれた時間か。


 まあ時間を確認したところで、曲名にするわけじゃないけど、書き始めると時間が過ぎるの早いよなあ……。


「……よし、寝るか」

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