4


 無事、期限ギリギリになったけれど、二次審査に曲を間に合わせ、なんとか乗り切った。


 楽曲を作り終え、しばしの休息期間——なのだが、やることはまだある。


 今は日曜日の夜。もうすぐ七時になる時間だ。


「ねえねえ、これ私の目見えてたりしない? 平気?」


 ハチマキのような目隠しを巻いた音論ねろんが僕に言ってくる。


「僕も姉さんに同じこと聞いたけど、全然大丈夫」


 僕のカラーチョイスした紫色の目隠しを女子が巻いている。それも僕の部屋で。


 何も知らない第三者が見たら、どんな言い訳も通用しないだろうなあ、とか思いながら、僕も目隠しを巻く。


「おお、葉集はぐるくんの目、見えてない!」


 目隠しなのに、巻いても見える。全く役に立たない目隠しではあるが、姉さんが言うには、ある一定の需要に応えた画期的な商品らしい。


 具体的に姉さんは、


「目隠しプレイがしたい、でも本当に見えないのは怖い。そんな女性の声と、目隠ししてるのに見えてて見られている——なにそれ興奮すんなあっ! って男の声。まさに男女のニーズにシンデレラフィットした素晴らしいアイテム、あたしはこの目隠しの発案者にグレートジョブと敬意を表する」


 と、言っていた。


「これをつけて、それで動画撮るんだよね?」


「動画は動画だけど生配信な。事前にSNSで告知しておいたし、チャンネル登録者にも通知されるはずだから、たぶん視聴ゼロ、ってことはない——と、思う……」


 自信はない。一応『ヨーグルトネロン』結成からSNSのアカウントを作ったが、フォロワーは三百ちょっと。チャンネル登録者より少ないから、かなり不安ではある。


 SNSを上手く使えれば、もっと宣伝できるのだろうけれど、僕は『ヨーグルトネロン』のアカウントを作るまで、個人のアカウントを取得したことないので、やり方がイマイチわからない。


 音論はスマホデビューしてアカウント作ったけれど、SNSを見る専門らしく、自分から発信したことはないとのこと。


「もっとSNSを上手く使いたいよなあ、とりあえずアカウントのアイコンを絵師に依頼してみるか」


 今のアイコン、パンの耳を皿に並べた悲しい写真だもんな……。


「でも依頼したらお金掛かっちゃうよ!?」


「多少は仕方ないよ、先行投資。僕に絵心があれば描いてるけど、家出して帰ってこないから無理だし、音論は絵心あったりする?」


「私は……その……私が描いたものは、誰にも伝わったことがないの……」


「どういうことだよ」


「小学生のとき、遠足で行った動物園の絵を描く授業があってね、私の絵はみんなにジュラシックパークって言われたの。私は孔雀を描いたのに、みんなにはプテラノドンに見えたんだって」


「逆に凄くね?」


 プテラノドンに見える孔雀を描くって、逆に凄いだろそれ。

 

 誰にも出来ないだろ。ゴッホも驚くんじゃねえか……?


「それがきっかけでお絵描きをしなくなって、鍵盤ハーモニカで遊び始めたんだけどね」


「ある意味、人生の分岐点じゃねえか、そのエピソード」


「だから私、絵は苦手だよ」


「なら依頼するか。幸い僕には、姉さんのサークルで活動してるイラストレーターの知り合いはいるしな」


「おお、お安くなる?」


「いや、値切りとかはしないよ。クリエイターに対して僕は値切り行為やお友達価格を要求するのは、マナー違反だと思ってるから」


 クリエイターに対して、そういうことは絶対にしない。


 お友達価格と言っても、別に友達ってわけでもないが。


「なんかその考えカッコいい……安くしてくれるかもって思った自分が恥ずかしい!」


「音論もすぐにそう思うようになるよ。お友達価格で格安で作曲して、って言われたら嫌だろ?」


「あ、うん。安さにもよるけど、五十円とかじゃ嫌だ」


「五十円は安過ぎるな。ツラの皮厚すぎだろそのお友達」


「言われたことないけどね」


「まあ、普通の人は頼まないよな」


 さて、そろそろ配信の準備をするか。


 とは言え機材のセットは完了してるし、場所も僕の部屋なので変なオモチャもローションもない。


 身元バレするような制服や、教科書などもきちんと片付けた。事前に打ち合わせで、互いの呼び方はヨーグルさんネロンさんと決めたし、バッチリだ。


 配信まで、あと五分。


「あー、なんか緊張すんなあ、僕が出る必要あんのかよなあ」


「さ、さすがに私、一人で目隠ししてネットに晒されるの嫌だよ……? ダメだよ、葉集くんも道連れだよ、この目隠し選んだ責任あるんだよ?」


「……わかってるよ」


 厳密に言えば、目隠し選んだの姉さんだけど。僕チョイスはカラーだけだ。


「待機人数……七百四人!?」


「それ凄いの?」


「わからない」


 生配信したことないし、凄いの基準は知らない。


「でも七百オーバーって、うちの学校の全校生徒より多いぞ」


「あ、う、うわあ、ど、どうちよ……緊張しちきた」


「うん、めっちゃ噛んでるもんな」


「あ、あと二ひゅん」


「二分な」


 なんかあれだな。自分よりも隣で緊張しまくってる人がいると、冷静になれるって本当なんだな。


「さて、配信開始だ」


 冷静になれたことで、僕は通常のテンションだ。


 七百人オーバーの前で、喋るのかあ。人生初だよ。


 でも七百人の顔が見えるわけじゃないし、案外冷静に喋れそうだ——配信スタート。


「えと、見えてます? こんばんはー、初めまして。『ヨーグルトネロン』の作詞、編曲担当のヨーグルです。そして」


「『ヨーグルトにょロン』にょ、作曲、歌唱担当のネロンです、はじめめした!」


「噛みすぎだろ。『ヨーグルトにょロン』にょって言ったし、はじめめした、ってなんだよ。作曲、歌唱担当のネロンって言えたの奇跡かよ」


「言ってないよ、私噛んでない、なにいってるの!?」


 おお、完全に音論がど緊張してるけれど、掴みは好感触だ。


 コメントも貰えてる。いい感じかもしれない。


 コメントのほとんどが、音論の言葉に対するツッコミと、僕の存在に対する驚きだが。


 ちらほらコメントを拾って進行していくか。


「えーと、ネロンさんがど緊張してるのはご愛嬌ってことで、多くコメントして貰ってる、『ヨーグルって存在してたんだ』ってことに答えると、うん、してました。ご覧の通り存在してました」


「ちょっとは……ヨーグルさん!」


 いま音論、絶対僕のこと普通に名前で呼ぼうとしたな。


 呼ばなかったからセーフだが。


「なんだよ、ネロンさん」


「な、なに話せばいいのお……?」


 音論のど緊張がいい感じにコメント貰うきっかけになっている。


「『ヨーグルトネロン』を知って貰いたいから、その感じで良いんじゃないか?」


 僕の言葉にコメントが反応する。


『ヨーグルの言う通り』『その素の感じ、すごく好きです』『こんな清純そうな子が目隠しして……ふへへ』『ネロンちゃんの目隠し助かる』『ネロンちゃんの目隠し助かるマジわかる』


 と、コメントが増えていく。そのコメントを見た音論が、問いかけた。


「目隠し助かる……? 私の目隠しで助かる人がいるの?」


 なんて純粋な問いかけなんだろうか。これは変態が喜ぶ質問だ。


『僕は助かります』『はい』『いえす』『ふう……』『推せる否すでに推してる』『てかその目隠し見えてるの?』


 変態が喜んでいる。やはり普段の動画で音論の太ももを公開していたから集まった連中は、コメント力が違う。さすがだ。


「あ、私たちの目隠しは見えてます。見えてますよお、みんなのコメントバッチリ見えてまーす」


 ようやく緊張も解けてきたのか、噛みまくることはなくなったが、掴みを上手くやれたので、ここからは予定通り進行しよう。


 予定と言っても、コメント拾って返事する、くらいしか考えてないけども。


「僕たちは見えてるので、もし質問とかあれば気軽にコメントしてください」


 僕の言葉にコメントが動いた。


「『作詞は全部ヨーグル?』——はい、今まで公開した曲の作詞と編曲は、僕が担当しています」


 てか、思いのほか、僕への質問が多い気がする。


 全部は拾えないので、目についたやつを拾っていくか。


「『ヨーグルは変態?』——おい、なぜそう思った?」


「ふふ、『自分の歌詞を読め』だって。ヨーグルさん、どうなの? 変態さんなの?」


 ニヤニヤ声で問い掛けてくる音論。さてなんと答えたものか。


「僕が変態か否か、うーん、僕は変態じゃないな。僕レベルで変態を名乗るのは、変態に失礼だと思っているので、結論を素直に述べると僕は変態じゃない」


「『変態をリスペクトする変態はやばい変態ってそれ一番……』、だって。私の感覚だと、ヨーグルさんは変態だよ」


「馬鹿なっ……! 僕が変態だと思われるエピソードなんかひとつもないぞ!?」


「逆じゃない? 変態と思えないエピソードがひとつもないの間違いじゃない?」


「いや僕なにしたよ? ネロンさんになにかしました?」


「うーん……イメージ?」


「風評被害にもほどがあるだろ!」


「ほら、コメントにも『確かに変態イメージある』って書いてあるもん」


「僕のなにを知って、その変態イメージを持ったんだよ」


「『だから歌詞を読め』、だって」


「おかしいな。何度もチェックしてから曲にしてるんだけどなあ——『なんでヨーグルトネロンを結成したの?』、って質問がきたぞ、ネロンさん」


「億万長者になるためです!」


「安直!」


「だって私、貧乏だから億万長者になりたくて……」


 コメントで『どのくらい貧乏?』って質問されてるけど、僕が拾えるようなコメントじゃねえな。


 流石に音論ねろんも拾わないだろう。


「『どのくらい貧乏?』——えっとね」


 拾うのかよ! 勇気あるなあ!


「顔見えてないし、思い切ってぶっちゃけるとね、結構ご飯を我慢することもあるし、ガス止まったりするし、我が家の台所はだいたい三ヶ月くらい蛍光灯がつかなくて真っ暗だよ。食パン大好き!」


 ぶっちゃけたなあ……。


 でもこのぶっちゃけで、めっちゃ投げ銭されてんだけど。


「え、なになに、この、え、なにこれ!?」


「アカ名とコメント読み上げて、感謝を伝えてください、ネロンさん」


 金額が結構えぐい。音論が動揺するのもわかる。


「おみ足さん『これで蛍光灯買って』、良いんですか!? ありがとうございます! パパカッツさん『これお小遣い』、お小遣い!? お小遣いってお小遣い!!? え、ありがとうございます! トッキブツさん『キミの瞳に乾杯』見えてないよね!?」


 そのほかにも投げ銭コメントは集まり、配信終了までになんと十万円を超えた。


 貧乏ぶっちゃけエピソードで十万を稼ぎやがった。すげえ。


 ともあれ、初の生配信は成功で終われたと言っても良いだろう。


「あ、『シンデレラプロジェクト』で二次通過したって言ってねえ!?」


「忘れちゃってたね……でもいよいよ蛍光灯買える」


「よかったな。そのお金は、音論が貰ったお金だから、音論のものだよ」


「え、半分こにしないの?」


「くれた人は、僕じゃなくて音論に使って欲しいから投げたんだよ。それを僕が半分貰ったら、贈り主の気持ちを踏みにじるだろ」


「……本当にいいの? だって結構な金額になったよ?」


「いいに決まってるだろ。金額は関係ないよ」


「あ、ありがとう……」


「僕にお礼言う必要はないよ。それよりもこのまま、感謝のショート動画でも作ろうぜ。ついでに『シンデレラプロジェクト』の通過発表できるし」


「うん! じゃあ撮って撮って!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る