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 デザートを食いたいと言った姉さんに連れられ、オシャレなカフェで地味に高いパンケーキを食ったあと、姉さんに案内されてたどり着いたのはSMショップだった。


「いやちょっと待てよ姉さん……どこの世界に実の弟を連れて、SMショップに入ろうとする姉がいるんだよ」


「隣にいるじゃん」


「いるけども!」


 創作モチベーションを強制的に上げる秘策でも教えてくれるのかと思っていたのに、全然違っているじゃねえか。


 あるいは、この店にその強制アゲアゲツールが売っているのだろうか? それはないだろうな……店売りの物ならば、事前に教えてくれてもいいはずだし、それならば買う必要も感じない。


 だって家にいっぱいあるし。姉さんの小説の参考資料として、そんじょそこらのショップよりかは、姉さん自前で持っているからなあ……。


「ここに来たのは、あんたの買い物する為だよ」


「僕の? え、なにひょっとして僕って姉さんに太いロウソクとか必要な弟だと思われてるの?」


 だとしたらショック過ぎるだろ、その認識。


 否。認識ではなく誤認識だ。


「思ってないし。まあ欲しいなら買ってあげよっか?」


「いらねえよ」


「ここに来たのは、あんたらの動画のためだよ」


「動画? 動画内で僕にロウソク垂らすのか? アカウント削除案件だろそれ」


「だからロウソクじゃないってば。仮面よ仮面」


「仮面? なんで仮面?」


「あんたらの動画、チャンネル登録はいい感じに増えてるけれど、広告収入を得るには再生時間が全然足りないでしょう」


 足りない。確かに足りない。


 チャンネル登録者数は、音論の歌でぐんぐん伸びているけれど、月に数回の更新、そして一本の動画が五分ほど。


 今のままで再生時間をクリアするためには、もっともっと人を集めなければならない。更新頻度を上げることが一番の近道だが、オリジナル曲を配信しているのでなかなかペースアップが難しいのが悩みである。


「だったら、ファンのみんなと交流する生配信でもすればいいじゃんって思ってね。でもあんたら高校生だし、動画で素顔を晒すのも心配だと思ってさー。だから仮面」


「……仮面付けて生配信しろと?」


「そういうこと。ささ、店に入るよ。好きなの選んでいいよ、姉さんからのプレゼントだからさ!」


「つか待って……僕も動画に出演しろと?」


「当たり前でしょ。あんたら二人で『ヨーグルトネロン』なんだから、二人でやるのが当然」


「僕も……かあ」


「一番近くで、いやらしい仮面付けた音論ちゃんを観察できるんだから、特等席だと思ってやりなさい」


「そう言われると……いや待て。いやらしい仮面にする必要あるか?」


「ファンサファンサ」


 ファンサって。まあファンサなんだろうけれども。


 たぶん現在のチャンネル登録者って、おそらく動画で唯一見せている音論の太ももに寄って来た感はあるから、そりゃ素顔公開が一番喜ばれるだろうけれど、仮面でもそれなりに需要がありそうな気がしてきた。


 問題は僕の存在だよな、絶対。


 ここまでの動画で僕は存在を隠しているかのように、少しすらも映っていない。


 だって僕の役目は作詞と編曲だし。


 作詞と編曲は裏方で、舞台に上がるわけじゃない。


「僕が動画に参加するメリットあるのか……?」


「ギターで軽く演奏したりすればいいんじゃない? あんたらの曲を弾いたりするだけで十分メリットになるって」


「なる……のか……?」


 ギター弾くのは構わないけれど、僕のギターなんて上手いわけじゃない。素人じゃないけれど、上級者でもない中途半端なレベル。


 素人からは上手く見えて、上級者からはゴミに見えるくらいの位置にいるのが僕のギター技術である。


 それならば、音論の鍵盤ハーモニカ(口元アップ)映像を流した方がめちゃくちゃ喜ばれてスタンディングオペーションになるはず。


 あ、でも鍵盤ハーモニカとギターのセッションとかは面白いかもしれない。


 そう考えると、ちょっとやってみたいかもと思える。思えてきた! 


 その前にギターを買わないとだが、それは後で買うとして!


「よし姉さん、僕に仮面買ってくれ!」


「あんた……自分の中だけで納得して、すぐにテンション切り替えるの、それちょっとした才能じゃない?」


「その才能なんの役に立つんだよ」


 僕の言葉に姉さんは、知らんし——と、仰ぐように手を振って、入店。姉さんの後ろに着いて、僕も入店。


「仮面コーナーはこっちね」


 薄々勘づいてはいたが、この姉。


 店内のコーナーの場所を把握していることから察するに、ちょくちょく来てやがるなこの店に。


「うわ……めっちゃあるな……仮面」


 めっちゃあるよ仮面……。


 フルフェイスみたいなデザインから、それもう隠れてねえよって言いたくなる網みたいなやつまである。


 なんだよこの網のやつ。フルーツについててペットに被せてバズるやつだろこれ。


「それにすんの? 攻めるねえ」


「いやこれは無理、絶対無理! 付けたところでほぼ僕の正体丸出しじゃん!」


「まあ、それするならサングラスの方がマシかもね」


「言われて気づいたけれど、サングラスでよくね?」


「ダメダメ。サングラスした男女の動画なんて誰が楽しめるのさ。顔を隠すなら、エンターテイメントに隠さないと」


 サングラスは却下された。理由は納得できない。


「これ良くない?? ほらこのハチマキみたいな目隠し」


「それ、前見えなくね……?」


 姉さんが持っているのは、姉さんの言葉通りハチマキみたいなデザインだ。仮面というより、完全に目隠し。


「いや、これ見えるっぽいよ。ちょっと付けてみなよ」


 そう言われて、拒否する前に僕に目隠しが巻かれた。


「どう? 見えてる?」


「うん、めっちゃ見えるこれ。すごいけれど、僕の目とか丸見えになってるんじゃないのか?」


「全然。普通に目隠しされてるされてる。それ良いじゃん、目隠しされた二人が動画やってんの見てみたいし、それにしなよ」


「……音論になにも相談せずに買って、これ付けて動画撮るぜ、って言う勇気がねえよ」


 どんな顔してどんなテンションで言えばいいんだよ。


 これからは目隠しして動画やってバズろうぜ、とか?


 こんなの、どう誘っても変な勧誘になるだろ。


「大丈夫っしょ。音論ちゃん、なんだかんだノリ良いし、説明とかしなくても渡せば自然と巻くんじゃない?」


「姉さんのイメージだと音論ってそんな感じなのか」


 言われてみれば、ノリは悪くないと思う。


 時々見せる謎テンションもあるし、姉さんの言う通り、渡せば巻くかもしれない……と思えてしまう。


「もし拒否られても、ご飯奢るから〜、とか言えばやってくれるって」


 否定できねえ。マジでやってくれると確信できるから否定できねえ。


「……わかった、じゃあこれにする」


 姉さんに言われて仕方なく、って雰囲気を出しているが、このハチマキみたいは目隠しをした音論を見たい願望がどんどん強くなっているので、わざわざ言う必要はないので言わないけれど、実は僕ノリノリである。


「色はどうする?」


「僕は……何色でもいいかな」


 僕のとかどうでもいいし。似合う色とかあるのだろうけれど、こんなの似合ってもモテるわけじゃないから、僕の使うやつとかマジでどうでもいい。


「じゃああんたは今つけてる緑ね」


「うん、僕はこれでいいよ」


「音論ちゃんは……何色がいい? あんたチョイスで選んじゃいなよ」


「音論は……うーん。じゃあ紫」


「あんた紫の下着とか好きそう」


「目隠しの色で僕の好みを見抜こうとしないで?」


 紫の下着は嫌いじゃない。念のため。


「んじゃ買ってきちゃうから、あんた外行ってていいよ」


「わかった。ありがとう」


「弟に目隠し買ってお礼言われる姉ってこの世に何人いるんだろうね?」


「弟が実の姉に目隠し買ってもらう時点で少数だろ」


 僕だけってことはあるまい。たぶん。


 絶対に人類で僕だけじゃない——と、思いたい。


 そんなことを考えながら、僕は店の外へ。


 誰か知り合いに、こんな店から出てくるところを見られたら嫌だな、とは思ったけれど、僕の知り合いの少なさは高校生とは思えないくらい少ないので、誰にも見られることはなかった。


 店の外へ出て、目の前で待っていると恥ずかしいので、向かいの道路にあった自販機に向かっていると、僕のスマホが震えた。


 メッセージだ。音論からのメッセージ。バイト休憩なのだろう。


『おおおおおおおおおお突破あああああ!!!』


 というメッセージ。なんて返信すればいいのかわからない内容すぎる。


 とりあえず、次も頑張ろうな、と返すとすぐに返信が来た。


『次の曲どんな課題だったの!?!?』


「あー…………そうだった」


 軽く忘れていたが、次の歌詞どうしよう……。


 現実を思い出し、僕の悩みが復活した。


 が、ひとりで考えても答えが出そうもないので、ここは音論にも聞いてみるとしよう。


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。


 なら僕はすぐ恥じることを選ぶ賢い人間なのだ。


『次の曲は、切ない曲。音論ならどんな時に切ないって思う?』


『お米がなくなったとき!』


 切ねえ……。


『あとは?』


『売れ残る直前でパンが売れたとき!』


 切ねえ……。


『もっともっとくれ!』


『お腹いっぱい食べた夢を見てもお腹って膨れないんだ……って独り言を言っちゃった朝!』


 おい。色々おい。


 歌詞の参考にならねえ切なさで溢れ過ぎだろ!


 これを聞き続けても、もう食べれないよ〜、って号泣するまで音論の口に炊き立てのご飯詰め込んでやりたいとしか思えねえよ!?


『そろそろバイト戻るね! 終わったら連絡するっ!』


 僕が求めていた切なさとは違った切なさで言葉を失っていると、どうやら音論はバイトに戻ったらしい。


 この行き場のない切なさをどうすればいいんだよ僕は。


「おーい葉集。あたしにコーヒー買ってきてー!」


 絶句する僕に、向かいの道路から手を振る姉の声が聞こえた。


 要望通り自販機でコーヒーを買って、姉さんに渡す。


「どした葉集? ラーメンこぼしたみたいな顔してるけど、なにかあったの?」


「ラーメンこぼしたみたいな顔してたのか僕……」


 実は——と。姉さんに先程の音論とのやりとりを説明。


 聞き終えた姉さんは言った。じゃあ——と。


「じゃあ今夜は、あたしが一次通過のお祝いで、二人をご飯連れて行ってあげるよ。お高いレストランでも良いけれど、でも音論ちゃんを満腹にするなら——食べ放題にしよう!」


「ありがたいけれど姉さん、ケーキとかばっか食うなよ?」


「肉も食べるから大丈夫」


「野菜食えよ」


「お祝いで野菜食ってたまるかっての」


「野菜に失礼だろ」


 お祝いで野菜食う人だっているだろ。たぶん。


「音論ちゃんにはあんたから連絡しといてね」


「わかったよ。今しとく」


 姉さんと並び歩きながら、僕は音論にメッセージを送った。


 さて——さてさて……マジで歌詞どうしよう……。

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