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「とは言ったものの、優勝できるかどうかは僕次第なんだよなあ……」
「だ、大丈夫!
「そう言ってくれるのは
一次審査は普通だが、二次審査以降は嫌がらせだろ。
曲のジャンルを指定とか、嫌がらせだろ。
「このジャンル指定は嫌がらせだが、フルコーラスじゃなくて良いのはせめてもの救いか」
ワンコーラス指定。これは恐らく、審査を丁寧にするからだろうな。一曲一曲きちんと聴いて、それでジャッジするためのワンコーラス指定だろう。
参加者全員がフル尺応募だと、そりゃ時間足りねえだろうし。
参加人数がどのくらい集まるのか知らないが。
「ジャンルってどういう風に指定されるのかな?」
「さあな、わからない。この書き方だとわからないな」
ジャンルと言っても、様々である。
曲調を指定してくるのか、はたまた青春ソングやら恋愛ソングを指定しくるのか、もしくは両方か。
おそらく後者だと思うが、しかしそれにしてもジャンル指定は僕への試練過ぎる。
僕の書く歌詞って、格好いいメロディに合わせて下ネタ言ってるだけなんだから。
そんな奴が青春ソングや恋愛ソングを書けるか、っての。
「つーか、悪いな音論。お前の意見を聞かずに、勝手に参加するみたいなこと言って」
「ううん、全然だよ。あそこで葉集くんが言わなかったら、私から参加したいって言ってたもん」
「優勝賞金五百万だもんな。優勝すりゃクーラーだって買える」
「うん! でも優勝が決まるのは冬みたいだから、暖房機能もあるやつ買わないと!」
「そのためには、まず一次審査を通過しないとな」
「だね! あ、優勝賞金は半分半分にしようね」
「気が早い。まだ始まってもいねえよ」
やる気があるのは良いことだが。
だけど課題はたくさんある。ひとまず僕がジャンル指定に対応できるかはさておき、一次審査に必要な曲を作らねばならない。
一次はジャンルフリー。なのでいつも通りに書けばいいのだが、果たしてそれで通過できるのだろうか。
「んー、私が思うに、とりあえずインパクトがあれば残れるんじゃないかな? たくさんの応募から、印象に残った人を残そうって思うんじゃない?」
「なるほど」
確かにそれはあるかも。
インパクトか。インパクト重視の歌詞——か。
「インパクトなら、私は葉集くんの曲ならなんでも突破できると思うの。だって歌詞はその……刺激的だし」
「でも全国からシンデレラを狙ってくるんだぞ。その中でひときわ印象を残せるか……不安だな」
「葉集くんの歌詞なら大丈夫! どっちかというと、私の方が足引っ張っちゃうよ……」
「それこそ心配ねえよ。足枷になるなら僕の方だ。一次の締め切りは、来月の半ばか」
今月はサークル曲もあるし、それで少し試してみるか。
恋愛ソング、青春ソング。僕がジャンルに対応できるかを試す絶好の機会だ。
「よし、今月の更新は一旦保留にしよう。その分を来月頭に更新して、動画内で『シンデレラプロジェクト』参加を表明しよう」
「わかった! でもなんで動画で発表するの?」
「ファイナルの審査方法が生ライブ形式みたいだからな。今のうちになるべく音論のファンを確保して、あわよくば参加させたい。ファイナルでの票を集められるようにな」
「さ、策士だ……あ、作詞の策士だっ!」
「たまに上手いこと言ったみたいにドヤ顔するよな?」
そのドヤ顔、嫌いじゃないけども。
「そこを突っ込まれると、私は恥ずかしいんだよ?」
「突っ込まざるを得なかったんだよ」
「さっきは全然突っ込んでくれなかったのに……」
「それは許せ。いささかボケが重すぎた」
歌詞はなんとかする。なんとかしてやる。
言葉にはできないけれど、絶対になんとかしてやる——と、僕は誓う。
「さてと、そろそろ僕も帰宅するかな」
「え、泊まるんじゃないの?」
「そうさせてもらうつもりだったけれど、色ノ中が居ないなら帰れるし、帰ることにするよ」
「そ、そっかあ……夜通しパーティーだと思ってワクワクしてたのに」
もう少し女子としての意識を強く持てと言いたい。
お前自分が可愛いってこと自覚しろよ。僕の身にもなれ。
「お菓子は食ってくれ。持って帰るの荷物になるし、少しでも荷物を減らして、もし補導されたときに極力怪しまれないようにしたい」
お菓子持ち歩いて、着替えまで持ち歩いてたら、完全に家出少年だと思われるからな。
「お菓子って……え、あんなにいいの!?」
「そこまでの量じゃないだろ」
「そこまでの量だよっ、パーティーサイズのポテチ五袋に板チョコ八枚、一口ようかん二袋、おせんべい二袋……ひょっとしたら私の摂取カロリー、ひと月ぶんをオーバーするくらいの量だよ!?」
「どうせ持ち帰っても姉さんに食われるだけだし、なら音論に食われた方がお菓子も幸せだろ」
「どういう理屈なの……?」
「お菓子だって、だらしない大人よりも女子高生に食われたいだろ、たぶん」
「葉集くんって、たまにナチュラルに変態的な発言するよね、ふふふ」
「お菓子の気持ちになっただけだ」
「ふーん? お菓子の気持ちになった葉集くんは、私に食べられたいんだ?」
「顔真っ赤にしてまで言うことか?」
そんな顔して言われると、こっちの恥ずかしさが逆に薄れる。
「とりあえず僕は帰るよ。今日は助かったよ、ありがとう」
「私の方こそ助かってるよ。お菓子もこんなに貰っちゃって、コーヒー牛乳もごちそうになったし、この恩を返せるように日々努力する!」
「恩を売ってるつもりはないよ。別に優しくしてるつもりもないしな」
「ずるいなあ、それ」
「んじゃ、お邪魔したな音論。また明日」
と、僕は帰ろうとした。
「待って!」
が、玄関で靴を履いていると、音論が僕を呼び止めた。
「なんだ?」
「ひとつだけ文句!」
「文句? 僕なんか不快にさせてしまったか……?」
「不快だった! 葉集くん、私が色ノ中さんに潰すって言われたとき、関係ないって言おうとしたでしょ!」
「言う前に止められたけどな」
「言ってたらもっと怒ってたもん、関係ないなんてことないんだから。私たちは、ふたりで『ヨーグルトネロン』なんだよ。関係なくないんだよ」
「…………ありがとう」
「そこは謝罪でしょ!」
「ごめん」
「うん許す。詫びお菓子たくさん貰ったし、仕方ない許す」
靴を履き終え、僕は立ち上がり玄関を開けた。
「音論……」
「なに? おやすみ?」
「僕はお前をシンデレラにするって決めたよ。王子様にはなれないけれど、じゃあ魔法使いになってやるさ」
「…………うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
僕は玄関を閉め、帰宅した。
※※※
葉集を見送った音論は、しばらく玄関に立ち尽くした。
なにを考えるわけでもなく、ただひたすらに立ち尽くした。
やがて自分の心臓の音で、ふと我に帰る。
「あ、あれ……なにしてんだろ私」
立ち尽くしている。けれどなぜ?
見送っただけ。見送っただけ——と、現状を確認し、玄関の鍵を閉めた。
「ふう……なんだよもー、最後のは、本当ずるいよもー」
リビングに戻りながら、一人呟き、怒っているわけでもないのに、勢いよく腰をおろす。
「最後のはさあ……ちょっとさー、反則だよ……」
ぶつくさ文句を言いながらテーブルの上を片付け、自室へ向かう。
クーラーはないので、窓を開けて網戸にする。
まだ扇風機を出すほどではないので、布団に潜り込み、小さく息を吐き、また呟く。
「カッコよかったし……うぅ」
高鳴る胸の鼓動は、初夏だから——ではなく彼女を熱くした。
「誰もいないし……いいよね。今日は……両手使えちゃう——……っ……」
布団に潜り、静かに静かに。ごそごそと。
誰も居ない自宅の誰も居ない自分の部屋。
彼女は彼女から、自分にしか聞こえない音量で。もぞもぞと。布が擦れる音と
かすかに喉の奥から、我慢しても我慢できなかった、小さな小さな音漏れをして、眠りについた。
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