8


「とは言ったものの、優勝できるかどうかは僕次第なんだよなあ……」


 色ノ中いろのなか識乃しきのは言うことを言って満足して帰宅した。タクシーで帰りやがった。


「だ、大丈夫! 葉集はぐるくんならできる!」


「そう言ってくれるのは音論ねろんだけだよ。つーかこのコンテスト概要、絶妙に嫌なところ突いてきてやがる」


 一次審査は普通だが、二次審査以降は嫌がらせだろ。


 曲のジャンルを指定とか、嫌がらせだろ。


「このジャンル指定は嫌がらせだが、フルコーラスじゃなくて良いのはせめてもの救いか」


 ワンコーラス指定。これは恐らく、審査を丁寧にするからだろうな。一曲一曲きちんと聴いて、それでジャッジするためのワンコーラス指定だろう。


 参加者全員がフル尺応募だと、そりゃ時間足りねえだろうし。


 参加人数がどのくらい集まるのか知らないが。


「ジャンルってどういう風に指定されるのかな?」


「さあな、わからない。この書き方だとわからないな」


 ジャンルと言っても、様々である。


 曲調を指定してくるのか、はたまた青春ソングやら恋愛ソングを指定しくるのか、もしくは両方か。


 おそらく後者だと思うが、しかしそれにしてもジャンル指定は僕への試練過ぎる。


 僕の書く歌詞って、格好いいメロディに合わせて下ネタ言ってるだけなんだから。


 そんな奴が青春ソングや恋愛ソングを書けるか、っての。


「つーか、悪いな音論。お前の意見を聞かずに、勝手に参加するみたいなこと言って」


「ううん、全然だよ。あそこで葉集くんが言わなかったら、私から参加したいって言ってたもん」


「優勝賞金五百万だもんな。優勝すりゃクーラーだって買える」


「うん! でも優勝が決まるのは冬みたいだから、暖房機能もあるやつ買わないと!」


「そのためには、まず一次審査を通過しないとな」


「だね! あ、優勝賞金は半分半分にしようね」


「気が早い。まだ始まってもいねえよ」


 やる気があるのは良いことだが。


 だけど課題はたくさんある。ひとまず僕がジャンル指定に対応できるかはさておき、一次審査に必要な曲を作らねばならない。


 一次はジャンルフリー。なのでいつも通りに書けばいいのだが、果たしてそれで通過できるのだろうか。


「んー、私が思うに、とりあえずインパクトがあれば残れるんじゃないかな? たくさんの応募から、印象に残った人を残そうって思うんじゃない?」


「なるほど」


 確かにそれはあるかも。


 インパクトか。インパクト重視の歌詞——か。


「インパクトなら、私は葉集くんの曲ならなんでも突破できると思うの。だって歌詞はその……刺激的だし」


「でも全国からシンデレラを狙ってくるんだぞ。その中でひときわ印象を残せるか……不安だな」


「葉集くんの歌詞なら大丈夫! どっちかというと、私の方が足引っ張っちゃうよ……」


「それこそ心配ねえよ。足枷になるなら僕の方だ。一次の締め切りは、来月の半ばか」


 今月はサークル曲もあるし、それで少し試してみるか。


 恋愛ソング、青春ソング。僕がジャンルに対応できるかを試す絶好の機会だ。


「よし、今月の更新は一旦保留にしよう。その分を来月頭に更新して、動画内で『シンデレラプロジェクト』参加を表明しよう」


「わかった! でもなんで動画で発表するの?」


「ファイナルの審査方法が生ライブ形式みたいだからな。今のうちになるべく音論のファンを確保して、あわよくば参加させたい。ファイナルでの票を集められるようにな」


「さ、策士だ……あ、作詞の策士だっ!」


「たまに上手いこと言ったみたいにドヤ顔するよな?」


 そのドヤ顔、嫌いじゃないけども。


「そこを突っ込まれると、私は恥ずかしいんだよ?」


「突っ込まざるを得なかったんだよ」


「さっきは全然突っ込んでくれなかったのに……」


「それは許せ。いささかボケが重すぎた」


 歌詞はなんとかする。なんとかしてやる。


 言葉にはできないけれど、絶対になんとかしてやる——と、僕は誓う。


「さてと、そろそろ僕も帰宅するかな」


「え、泊まるんじゃないの?」


「そうさせてもらうつもりだったけれど、色ノ中が居ないなら帰れるし、帰ることにするよ」


「そ、そっかあ……夜通しパーティーだと思ってワクワクしてたのに」


 もう少し女子としての意識を強く持てと言いたい。


 お前自分が可愛いってこと自覚しろよ。僕の身にもなれ。


「お菓子は食ってくれ。持って帰るの荷物になるし、少しでも荷物を減らして、もし補導されたときに極力怪しまれないようにしたい」


 お菓子持ち歩いて、着替えまで持ち歩いてたら、完全に家出少年だと思われるからな。


「お菓子って……え、あんなにいいの!?」


「そこまでの量じゃないだろ」


「そこまでの量だよっ、パーティーサイズのポテチ五袋に板チョコ八枚、一口ようかん二袋、おせんべい二袋……ひょっとしたら私の摂取カロリー、ひと月ぶんをオーバーするくらいの量だよ!?」


「どうせ持ち帰っても姉さんに食われるだけだし、なら音論に食われた方がお菓子も幸せだろ」


「どういう理屈なの……?」


「お菓子だって、だらしない大人よりも女子高生に食われたいだろ、たぶん」


「葉集くんって、たまにナチュラルに変態的な発言するよね、ふふふ」


「お菓子の気持ちになっただけだ」


「ふーん? お菓子の気持ちになった葉集くんは、私に食べられたいんだ?」


「顔真っ赤にしてまで言うことか?」


 そんな顔して言われると、こっちの恥ずかしさが逆に薄れる。


「とりあえず僕は帰るよ。今日は助かったよ、ありがとう」


「私の方こそ助かってるよ。お菓子もこんなに貰っちゃって、コーヒー牛乳もごちそうになったし、この恩を返せるように日々努力する!」


「恩を売ってるつもりはないよ。別に優しくしてるつもりもないしな」


「ずるいなあ、それ」


「んじゃ、お邪魔したな音論。また明日」


 と、僕は帰ろうとした。


「待って!」


 が、玄関で靴を履いていると、音論が僕を呼び止めた。


「なんだ?」


「ひとつだけ文句!」


「文句? 僕なんか不快にさせてしまったか……?」


「不快だった! 葉集くん、私が色ノ中さんに潰すって言われたとき、関係ないって言おうとしたでしょ!」


「言う前に止められたけどな」


「言ってたらもっと怒ってたもん、関係ないなんてことないんだから。私たちは、ふたりで『ヨーグルトネロン』なんだよ。関係なくないんだよ」


「…………ありがとう」


「そこは謝罪でしょ!」


「ごめん」


「うん許す。詫びお菓子たくさん貰ったし、仕方ない許す」


 靴を履き終え、僕は立ち上がり玄関を開けた。


「音論……」


「なに? おやすみ?」


「僕はお前をシンデレラにするって決めたよ。王子様にはなれないけれど、じゃあ魔法使いになってやるさ」


「…………うん」


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 僕は玄関を閉め、帰宅した。



 ※※※



 葉集を見送った音論は、しばらく玄関に立ち尽くした。


 なにを考えるわけでもなく、ただひたすらに立ち尽くした。


 やがて自分の心臓の音で、ふと我に帰る。


「あ、あれ……なにしてんだろ私」


 立ち尽くしている。けれどなぜ?


 見送っただけ。見送っただけ——と、現状を確認し、玄関の鍵を閉めた。


「ふう……なんだよもー、最後のは、本当ずるいよもー」


 リビングに戻りながら、一人呟き、怒っているわけでもないのに、勢いよく腰をおろす。


「最後のはさあ……ちょっとさー、反則だよ……」


 ぶつくさ文句を言いながらテーブルの上を片付け、自室へ向かう。


 クーラーはないので、窓を開けて網戸にする。


 まだ扇風機を出すほどではないので、布団に潜り込み、小さく息を吐き、また呟く。


「カッコよかったし……うぅ」


 高鳴る胸の鼓動は、初夏だから——ではなく彼女を熱くした。


「誰もいないし……いいよね。今日は……両手使えちゃう——……っ……」


 布団に潜り、静かに静かに。ごそごそと。


 誰も居ない自宅の誰も居ない自分の部屋。


 彼女は彼女から、自分にしか聞こえない音量で。もぞもぞと。布が擦れる音と湿しめった息遣い——それと。


 かすかに喉の奥から、我慢しても我慢できなかった、小さな小さな音漏れをして、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る