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「わたしは
「過言だろ。自己紹介のついでに自分に都合の良いように現実を歪めるのやめろ」
「はっくんは覚えてないけれど、わたしは覚えている……そうあの日あの時」
「妄想を現実のように語るのやめろ」
「それをやめろと禁止されるのなら、わたしは人間を辞めるわよ、うふふ」
「もう人間やめてるよお前……」
もみじ饅頭をノーバンキャッチしたあの動き、既に僕が知る人間の動きじゃなかった。
人間だとしても忍びとかの動きだった。
「わたしが人外でも愛してくれる人がいるなら、わたしは喜んで人を辞めるわ。光栄なことで幸せなことよ、はっくん」
「言っておくが僕はお前を愛さないぞ」
「照れちゃってぇ〜、やんもー、かーわーいーい〜」
「うるせえよ、朽ち果てろ」
「え? 口づけろ!? 仰せのままに」
「ちげえよ馬鹿!」
ダメだ、コイツの耳はもうダメだ。
朽ち果てろを口づけろに聞き取るコイツ耳はもうダメだ。
「とりあえず音論、こんなのだが、一応僕の幼馴染だ」
僕は終わっている幼馴染の紹介を切り上げ、音論に振った。
「あ、うん、じ、じゃあ次は私の自己紹介だね、面白いこと言えるように頑張るね!」
面白いことを言う大会だと勘違いしてるじゃねえか。
どうやってそんな勘違いをしたんだ、くそう。
そんな僕の脳内ツッコミは、脳内ツッコミなので届くことはなく、音論は自己紹介を始めた。
「私は
「……………………」
「……………………」
僕——どころか色ノ中すら黙ってしまった。
すげえ、色ノ中を黙らせた!
「ほら葉集くん、突っ込んでくれないと! お前借金二億超えの貧乏だろ、って突っ込んでくれないと成立しないんだよ!?」
「いや、僕にそんな人の心がない突っ込みを求めるのやめてくれない……?」
「ガス止まってるくせになに言ってんだハッピー脳とか言ってくれるって信じてたのに」
「もっと違うところで僕を信じてくれないかな……」
「これじゃあ私が滑ったみたいになっちゃったよお」
「僕を巻き込んで事故ってるから」
「つまりこれが本当の自己破産だね!?」
「違う」
上手いこと言った〜、みたいな顔で僕を見るのやめて。
自己破産も音論が言うとシャレにならねえんだよ。
自分の貧乏をネタにするなよ。精神つよつよ過ぎだろ。
「え、っと……ガス止まっているの?」
ここで色ノ中が呟くように言った。
呟くというか、聞いてはいけないことを質問している罪悪感に溢れた、って感じだが、今更コイツが人の心を持っているみたいに振る舞っても僕はなんとも思わない。思わないよりも思えないだが。
「はい止まってます。あでも、お風呂は銭湯に通うので平気です。ちゃんと洗ってますので」
「わたしだって洗っているわよ、きちんといい匂いするように丁寧に擦るように洗っているわ、いつでもはっくんに捧げられるように! はっくんに捧げられるように!」
「二回言ったところで僕は捧げてくれなんて言わないからな」
「二回イッたところで? はっくんいつの間に、わたしの知らないところで二回もイッたの?」
「字が違うんだよ! 解釈も違うんだよ!」
「わたしの知る北海道ではこの解釈と字で正解だったはず」
「ならお前の知る北海道を僕は知らねえよ。異世界かよ、北海道に謝罪しろ」
北海道に謝れよ。マジで謝れよ。
「そんなことより、貧乏って大変ね。苦労するんじゃない?」
コイツ、北海道を敵に回したな。
謝罪しろという僕のはからいを『そんなこと』で片付けやがった。お前の支持者は北海道に存在しないと言い切れるぞ。
「貧乏は大変ですけれど、でも苦しくはないです。かろうじてご飯も食べられます。ガスは止まってもお風呂に入れます。困ったら助けてくれる人だっています。貧乏は確かに不公平ではあるのかもしれません。けれど、不公平だとしても不幸ではないんです」
やべえ。なんか急に心に響くこと言い始めやがった。
不公平ではあっても不幸ではない。改めて言われると、確かにその通りと納得させられる言葉だ。
僕と同じように、色ノ中にも響いたのだろうか。
いや僕とは違う気がする。僕の場合は心に響いただが、色ノ中は真っ直ぐな言葉で
「ふうん、ならなにか才能でもあるといいわね」
「才能ですか?」
「そう才能。なにかひとつでも、誰にも負けないという才能があれば、あなたの貧乏は世界が否定して
「才能……あるのかなあ私に」
首を捻り、考える音論。
その姿を見て僕は言った。
「あるぞ」
音論の才能を僕は知っている。
「音論はな色ノ中、お前に負けないくらい、とびっきりの才能を持っている」
「はっくんはその才能を認めているってこと?」
「もちろん。じゃなきゃ僕は、自分から作詞をするなんて言わない」
「は? はっくんが……作詞……?」
「ああ」
「嘘でしょ、わたしには……わたしには書いてくれなかったのに」
「厳密に言えばお前にも書いてるけどな、サークルで」
「あれは違うもの! あれはゲームのために書かれた曲で、わたしのために書かれた曲じゃない!」
「そうだな。僕はお前の才能は凄いと思っている。僕では決して届かないとリスペクトしている。だけど——だけれど、あえて言葉にすらなら、僕にとってお前は敵だ」
「……………………」
酷いことを言っているのだろうか。わからない。
でもこれは確かなことなのだ。僕にとって色ノ中は、幼馴染であり、そして——作曲家を目指していた僕を諦めさせた才能なのだ。
憎しみはないが嫉妬はある。その才能を欲しがっている僕がいることも否定しない。
「そう、そうなのね……そこの泥棒ネコは、単なるクラスメイトだと勘違いしていたけれど、本当に泥棒ネコだったようね……うふふ」
顔を伏せたまま、ぶつぶつと呟き笑った色ノ中は、ばっと顔を上げ、射抜くように音論を見た。
「あなた……えっと百ヶ狩ちゃんだったっけ。単なるクラスメイトならば、別に気にしなくてもいいと思っていた。でも違った、クラスメイトってだけじゃないみたい。わたしからはっくんを奪うというのなら、わたしはあなたを潰すわ」
「おい色ノ中、音論は関係な——っ!」
関係ないだろ、と。そう続けたかった言葉は、音論の手に止められた。
「私は潰されない。やっと、やっと……億万長者になる希望が見えたんです、葉集くんは私に希望をくれたんです。私こそ色ノ中さんに葉集くんを渡さないっ!」
まるでハーレムラブコメみたいだあ……と、現実をマイルドにするために脳が勝手に整理を始めたが、いやいや待て。
僕こういう展開苦手なんだよマジで。
揉める感じ。仲良くしろよマジでさ。
「……………………」
仲良くしろよ、とか僕が言える立場じゃねえ……。
だって引き金僕じゃん。その台詞を言ったら、どの
こんなきっかけでハーレムラブコメ主人公の気持ちを理解するとは……あの主人公たちはそうか、そもそも自分がきっかけでギスギスしてるわけだもんな、そりゃあ仲良くしろよとか喧嘩すんなとか強く言えないよな。
毛嫌いしていたけれど、ハーレムラブコメ主人公って大変だったんだ。知らなかった。
まあ残念ながら、ハーレムラブコメ主人公の気持ちは理解したけれど、別に僕の現状がハーレムラブコメ主人公と重なっているわけではないのだが。
だって好意を押し付けて来ているの色ノ中だけだし。
ハーレムとは程遠い。あと五人くらいいないとハーレムじゃないだろ——と、僕がピリピリしている現実から逃避するように脳内で独り言を楽しんでいると、
「本当は」
と、色ノ中が言った。
「本当ははっくんに会いに来るつもりはなかった。だから手紙も宛名なしにしたわけだし、それでも会えちゃって舞い上がっちゃったわけだけれど、本当なら次にはっくんに会うときは、わたしもっともっとビッグな存在になってて、はっくんを一生養えるだけの財力を手にして、はっくんに貢ぎライフを満喫するつもりだったけれど、予定通り行かないものね、まったくこれだから人生って困ってしまうわ、でもわたしは負けない、どんな障害も生涯をかけて超えていく。だからはっくんに貢ぎライフは諦めない、この夢を叶えるために、わたしは世界に羽ばたくの。見ていてはっくん、わたしはあなたが働かなくても贅沢に暮らせる環境を提供する唯一の女になってみせるから!」
「僕は全力で目を逸らすぞ」
見てられるかよ! そんな女見てられるかよ!
「まず世界に羽ばたくために、わたしはこれを獲るわ」
そう言って色ノ中は、スマホ画面を見せつけて来た。
「先週、葉恋ちゃんからわたしに届いた招待メール」
「姉さんから?」
「そうよはっくん。わたしの歌を耳にした主催側が出てみないかと声を掛けてくれたらしいの。女性ボーカリストコンテスト——『シンデレラプロジェクト』」
『シンデレラプロジェクト』——女性ボーカリスト限定コンテスト。
女性ボーカリストならば、男女グループでの参加も可。
応募はオリジナル楽曲のみ。詳細は公式ページ参照。
一次審査はジャンルフリー。二次審査からは、一次審査結果発表とともに通過者にメール通知にて、次審査の曲ジャンルを指定。
三次まで勝ち抜いた五組をファイナリストとし、ファイナリストを集めた生ライブ形式でお客様からの票を一番集めた者が勝者とする。
優勝賞金五百万。メジャーデビュー確約。
「はっくん、わたしはこれを獲ってシンデレラになるわ。王子様ははっくんよ」
「残念だが、お前はシンデレラにはなれねえよ色ノ中」
僕は言った。自信満々に獲ると宣言した幼馴染に向かって、僕もまた、自信を嘯き言った。
「悪いがそのシンデレラは、うちの
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