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本体に繋がれたノズルを浅く咥えてから、少し深く咥えなおした。
息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して、そしてメロディを奏でる。
「どう? 鍵盤ハーモニカ!」
「久しぶりに聴いたよ、鍵盤ハーモニカの音」
リビングに上がり込んだけれど、特にロマンチックな雰囲気にはならない。
なにがラブコメディを始めようか——だよ。
鍵盤ハーモニカによる演奏が始まっただけじゃねえか!
てか鍵盤ハーモニカって、というか鍵盤ハーモニカのノズルを咥える行為って、園児以外がやるとこんなにやらしい行為なんだっけ?
僕はなにを言っているんだと思われるかもしれないし、実際僕もなに言ってんだと思うけれど、女子高生がノズルを咥えるってことがエロい。
僕は知ってしまった。そこそこ成長した女子は、ストローよりも太いものを咥えるだけでエッチだと知ってしまった。
またひとつ、賢くなってしまったぜ。
「次の曲もテンポの速いやつにする?」
「いや、そろそろ別パターンの曲も欲しいよな、バラード的な」
とは言ったものの、僕にバラードが書けるのか問題はある。普段からバラード曲を聴かない人間だから、そもそもバラードの定義というか、どういう曲をバラードと呼ぶのかさえ曖昧だ。
ゆっくりしたテンポで感動するような歌詞?
感動するような歌詞ってなんだよ?
ラブソングとかか……? 無理無理。
「じゃあテンポ遅めの曲も作った方がいいよね?」
「そうだな……いや、今のテンポでも僕が編曲でどうにか出来るから、極端に作曲から曲調を変えようとしなくてもいいよ。好きなように作ってくれ」
なんとなく始めた編曲作業だったけれど、これが結構面白い。結構料理好きな僕としては、料理にちょい足しアレンジする感覚で楽しめるから、割と自分に合っているのかもしれない。
味付けというよりかはちょい足し感覚。
どんどん足して、足し過ぎたら引いて——と。
料理と違って、足してもすぐに引くことが出来るのがありがたい。
「前から思ってたけれど、編曲ってすごく難しいのに、
「そんなことないって。使いたい楽器の音を覚えて、曲をどんな風にしたいかを模索して実行していくだけだし」
「それが凄いと思うんだけどなあ」
凄いと言われても凄いことをしている実感がない。
音論は自分が出来ないことを僕がやっているように思っているかもしれないが、それは違う。
出来ないではなくやっていない、である。
やってみれば出来るだろうさ。
「……………………」
「……………………」
ふむ。しかし音楽の話題が尽きると会話が終わるな。
鍵盤ハーモニカの演奏会だって、一度話題が尽きたから始まったわけだし。
「あ、そうだお菓子食う?」
僕は旅行サイズのカバンに手を伸ばし、中からお菓子を取り出した。
予定では
だってあんな金持ちだと思ってなかったし……。
ポテチとか板チョコが悪いわけじゃないけど、あまりにも庶民的過ぎたのだ。
「凄い! これカロリーどのくらい摂取できる!?」
その庶民的でテンション上げてくれる貧乏娘最高だな!
「全部食ったら成人男性数日分のカロリーは摂取できるんじゃないか? わからないけれど」
成人男性一日分のカロリーからわからないので数日分なんて計算しようがない。
「……………………」
「どうしたんだ?」
「あ、うん。コスパを考えたら、ひょっとしてお菓子の方がカロリー摂取するのに向いてるんじゃないかな、って」
「栄養バランス考えようぜ、さすがに」
「もやしと食パンよりお菓子って栄養ないのかな?」
「……わからねえ」
僕、お菓子って栄養摂取を目的に買わないし、もやしと食パンの栄養もどれくらいなのかわからねえ。
なんだろう……イメージ的に、もやしと食パンならお菓子の方が栄養ありそうに思えてしまう。
「でもこんな時間にお菓子食べて太らないかな……」
「むしろもうちょい太れよレベルだから安心だろ」
毎日そこそこの距離を歩いているからか音論の場合、太ももは健康的だけれど、それ以外は細い。
外見的エロレベルは本当、太ももに特化している。
チャイナ服着て欲しいレベルで。
「私、そんなに軽くないよ?」
「非力な僕が自転車の後ろに乗せて全力疾走したのに特にダメージが残っていない重量だったぞ」
「それは……ありがとう?」
「とりあえず全然軽いから、心配すんなってこと。夜にお菓子食っても許される」
「じゃあ、やってみたかったやつやっていい?」
「やってみたかったやつ? いいけどなんだそれ」
「食パンに板チョコのせて焼きたい、憧れのやつなの!」
「好きなだけ焼け」
「やったー!」
嬉しそうに立ち上がった音論は、トタトタとキッチンに向かい、食パンとオーブントースターを持ってきた。
キッチンで焼けばいいのに、って思うよりも先に、オーブントースターはあったんだなこの家、と思ってしまった。
ずいぶんと年季のこもったオーブントースターだが。
果たして何年……何十年選手のベテランなんだろう。
「……てか、食パン一本食うの?」
切ってない食パンをまるまる持って来たけれど。
「ううん違うよ。いまキッチンの蛍光灯が切れてて、暗くて見えないから、リビングで切るの」
ガスだけじゃなく、蛍光灯まで死んでるのか。
電気が生きてることが奇跡とすら思えてくる。
「包丁持ってくるね」
そう言って音論は包丁を取りに。
持って来た包丁は、パン切り包丁だった。
「この包丁は通販でお母さんが買ったやつなの。フライパン買ったおまけだったみたい」
フライパンのおまけでパン切り包丁が付いてたのか。
普通フタとかじゃねえのかよ。フライパンのおまけ。
とまあ通販にツッコミを入れても仕方ない。通販のおまけって、テレビとかで観てると意味不明なおまけ多いもんな(掃除機のおまけに鍋とか観たことあるし)。
音論は慣れた手つきでパンをカットしていき、
「葉集くんも食べる?」
と、聞いて来た。
「いや、僕はしょっぱいお菓子が食いたいから平気。ポテチの気分」
ポテチの気分は本音だが、もっと本音を言うなら彼女の貴重な食パンを僕が食すわけにもいかないからな。
僕の返事に少し残念そうな顔を見せたが(一緒に食いたかったのか?)、板チョコをのせる頃にはニコニコしていた。
年季のこもったオーブントースターで板チョコ食パンを焼いていく。
音論は焼き上がりを見つめている。その気持ちわかる。
だいたい五分。音論は焼き上がりをずっとニコニコ微笑みながら見つめ、そして焼き上がった。
「お、おおおおう、おほほ〜う!」
オーブントースターから取り出しただけで、たまに見せる謎テンション。実はその謎テンション嫌いじゃない。
「いただきます」
カリっ——と、程よく焼けた食パンから音が聞こえてくる。
「あまーい、私贅沢しちゃってるチョコ優勝!」
チョコが優勝した。税込み百二十円のチョコが優勝した。
金持ちの家で出すことすらできなかったチョコが優勝か。
美味そうに食いやがって。ポテチの気分だった僕も食いたくなるじゃねえか。
「やっぱり半分食べる?」
「いや平気だよ。でもひとつアドバイスしていいか?」
「なに?」
「砕いたポテチをふりかけみたいにかけて食ってみ」
「それは冒涜になるよ……!?」
「ならねえよ。騙されたと思ってやってみ。うすしおポテチとチョコって結構合うんだぞ」
僕の言葉に若干首を捻りながら、音論は砕いたポテチを一口ぶんふりかけて、食った。
「どうだ?」
「……と、飛べるかと思った」
「マジかよすげえな」
「なにこの組み合わせの奇跡、天才! 葉集くん天才!」
「残念ながら僕発祥の味じゃないんだけどな」
地元の北海道では、あの有名なクッキーがお土産として人気だけれど、ひっそりとチョコがかかったポテチもお土産で存在する。
最近ではスーパーのお菓子コーナーでもそういう商品を見た気がするので、マイナーな味ではないはずだが、音論は初めての味だったようだ。
「しょっぱいのと甘いのが仲良くしてる……この和平が成立するなら、きっと世界から戦争だってなくせる!」
「スケールでけえよ」
「ミサイル作るお金があるなら、食パンとチョコとポテチ作ればいいのに……無駄遣いもったいない!」
世の中全員貧乏なら、世界は平和になるのかもしれないと一瞬勘違いしそうになったけれど、もし世の中全員貧乏だったら、兵器を使わない奪い合いが発生するだけなんだろうな。
「奪い合いか……それもありか」
「え、私とパンを奪い合うの?」
「違う違う。新曲の歌詞。奪い合いをテーマになにか書けないかな、って」
「良かったあ……私てっきり、食パン戦争が始まってしまうのかとヒヤヒヤしたよ」
「奪うなら買いに行くタイプだからな僕」
「私は奪うなら我慢しちゃう」
「わたしはまず奪った相手に復讐しちゃう」
「…………は? うわあでたあ!」
窓の外から変質者が会話にカットインしてきた!
窓の外に変質者がいる!
「はっくーん、あけてあけて〜、わたしも混ぜて欲しいな〜」
「開けてたまるか! いや僕は家主じゃないから決定権はないけれど、開けてたまるかよ! つーかなんでいるんだてめえ!
「はっくんが帰らないって葉恋ちゃんから聞いて、じゃあわたしも帰ろうとして歩いていたらあらあら不思議、はっくんの自転車を見つけちゃって、じゃあ大人しく帰るなんて選択肢はなかったよね。うふふ、高校生の男女がこんな遅い時間に二人きりで同じ屋根の下にいるとかダメじゃないかなあ、わたしは見逃さないし見逃せない事態だよね、そもそもはっくんがわたし以外と同じ屋根の下で過ごしているところを目撃して、それで黙っているなんて出来ない出来ない、わたしにも出来ることと出来ないことがあるんだよ、ふふふ、ふふふふふ、わたしに出来ることははっくんの子供を産むくらいのことだけれど、きゃあ言っちゃった!」
「お前、夜間に人んちの窓覗き込みながらなに言ってんの、あり得ないだろマジで……」
「なら開けるしかないよね、うふふ、ほらそこのボサっとしている泥棒ネコ、はやくこの窓を開けなさい」
「えっと、ど、どうしよう……葉集くん?」
音論は困っている。そりゃ困らない方がおかしい。
対して僕も困っている。開けたら地獄、外で騒がれると開けなくても地獄。
詰んでんな。
「音論、開けてやってくれ……」
「きゃーやったー! うふふ」
「その代わり、僕に触れようとするなよ。近づくな。わかったか色ノ中」
「はっくんが人前ではシャイってこと、このわたしは知り尽くしているから承諾する」
「どのお前が知り尽くしているんだ馬鹿が。騒いだら追い出すからな?」
と、ここで音論の方を向き、僕は謝罪した。
「ごめん、すごく迷惑なやつが登場してしまった……」
「大丈夫大丈夫! 明日も学校あるけど、このまま夜通しパーティーってことだよね、私は大丈夫!」
というか、色ノ中が馬島ハウスに帰るなら、僕が音論の家に泊めてもらう必要も無くなったので、正直すぐにでも帰りたい。
「お邪魔しまぁす、文字通り」
そんな言葉と共に、最悪の幼馴染は入室した。
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